そして
少女は笑みを浮かべる

魚屋  男
少女  女1
母親  女2
刑事  女3
博士  女4




    舞台の上には各自の衣装。椅子。

    舞台には幕が下りている。客席が暗くなっていく。
    同時に。幕が開く。
    と、暗くなったと思った客電がまたつく。
    そして、途端に派手な音楽と共に、出演者達が踊りながら舞台に現れる。
    馬鹿馬鹿しいまでの踊りを披露した彼等は、突如ジャンケンを始める。
    そして、ジャンケンで勝った人間ごとに、
    それぞれの役を早い者勝ちのように取っていく。
    少女だけは、そのまま椅子に座る。
    最後の二人になった頃には、幕は閉まり始めている。
    そして、最後の一人が捨て台詞を吐き、退場。
    音楽が止む。
    閉まりきった幕を確認すると共に、客電が消えていく。
    暗いニュースが流れる。少年犯罪ネタ。いくつかニュースが流れた後最後に、


NA 「次のニュースです。まもなく「そして少女は笑みを浮かべる」が
    上演される模様です。観客の中には、
    『まだはじまらないのか?』『もう待ちくたびれた』の声もあり、
    上演開始が期待されます。……次のニュースです……


    と、アナウンスがFOしていく。
    同時に幕が開いていく。




    舞台上には椅子が一つ。その周りには、ぬいぐるみが散らばっている。
    椅子には少女が一人、厳粛な顔で座っている。
    少女の顔は観客席をまっすぐに見つめている。
    音楽が止む。

    恐ろしいくらいの間。

    と、少女が突然笑い出す。
    それは急に我慢できなくなって笑い出したという感じ。
    少女は真っ正面を指さすように笑い続ける。
    笑いの発作は急速にでかくなり、少女は倒れる。
    死


母親「ご飯、ご飯。今日のごっはんは、豚の丸焼き。早く、食べないと、逃げるわよ〜」


    なんか、すさまじく陽気に母親が舞台に現れる。
    いかにも母親という格好。
    母親は、娘が倒れているのを見つける。


母親「む、娘!? で、電話しないと! おっまわりさーーん!!」


    母親はあわてふためく。
    暗転。
    典型的な電話のベル。そして、
    なぜかリカちゃん電話の声がする    
    リカちゃんの声がだんだん小さくなって……




    照明がつく。舞台には、椅子の前でさっきとは違った形相で死んでいる死体。
    ちょっと派手になっている衣装の母親。
    なぜかエプロンはしている。
    いかにも刑事風の姿の魚屋。
    メモを取っている刑事(いかにも助手っぽい)がいる。


魚屋「ということは、お母さんが入ってきたときには娘さんは既に倒れていたんですね?」

母親「はい……(むせび泣く)」

魚屋「それで、思わず電話をかけたと。病院にはかけられたのですか?」

母親「いえ……」

魚屋「なぜですか!?」

母親「娘は……嫌いだったんです」

魚屋「病院がですか!?」

母親「いえ、白衣がです……(むせび泣く。嗚咽。ついでに、せき込む)」


    魚屋と刑事は母親を哀れむように見ている。刑事は、
    メモを取っている。
    魚屋は母親にハンカチを渡す。
    母親はハンカチをポケットにしまう。
    そして、エプロンで涙を拭う。派手にせき込んだ後、
    母親は急に冷静になる。


母親「で、娘、死んだんですか?」

魚屋「知りませんよ! 医者じゃないんですから」

母親「そうですか……なぜ、なぜ娘はこんな風に!?」

魚屋「それをこれから調べるんですよ……(と、刑事を見て)
    あの、さっきから何をメモっているんですか?」


    刑事は魚屋の言葉にふと、顔を上げる。書いている途中らしく、
    声を上げ、


刑事「『あの、さっきから何をメモっているんですか』と。メモですよ?」

魚屋「いや、だから、なんでメモってるんですか?そんなことまで」

刑事「『いや、だから、なんでメモってるんですか? そんなことまで』と」

魚屋「メモるなよ!」

刑事「『メモリアル』と」

魚屋「全然違うよ!」

刑事「『現実逃避』と」

魚屋「一字もあってないって言うか、そんな無駄なことまでメモるなよ」


    刑事は呆れたように白紙のメモ帳を見せる。


刑事「メモってないよ」


    魚屋は何も言えなくなってぐっと黙る。


母親「あの、刑事さん」


    思わずかけた声に、刑事は嫌そうな顔で答える。


刑事「はい?」

母親「いえ(と、魚屋を見て)刑事さん」

刑事「はい」

母親「あの、だから、あなたではなくて、こちらの」

魚屋「刑事はこちら(刑事)ですが?」

母親「え!? じゃあ、あなたは?」

魚屋「見たら分かるでしょう魚屋ですよ?」

母親「すいません。見て分かりませんでした……魚屋!?」

魚屋「ええ。魚屋ですが?」

母親「なんで、魚屋なんですか!?」

魚屋「なんでって……まず私の祖父が漁師でして、」

母親「いえ、そうじゃなくて」

魚屋「いえ、漁師ですよ、うちの祖父は」

母親「そうではなくて、なぜ、魚屋がここにいるんですか?」

魚屋「なんでって……肉屋がいた方が良かったですか!?」

母親「肉屋!?」

魚屋「じゃあ、八百屋ですか!?」

母親「あの、だから、普通こういう場所に魚屋はいないでしょう」

魚屋「失敬な……帰れ!」

母親「ここ、私のうちですよ!?」

魚屋「わかっているよ!」

刑事「まぁまぁ、お母さん、その辺で許して上げて下さい」


    と、刑事が余裕の顔で発言。


刑事「彼もね、悪気があってここにいるわけじゃないんですよ。一応、我々の見習いでしてね」

母親「あ、そうなんですか」

魚屋「うそですよ?」

母親「え?」

刑事「それで、お母さん。娘さんについてですが」

母親「ああ、はい……本当に、刑事さんなんですか?」

刑事「ええ。見えませんか?」

母親「あまり……」

刑事「やっぱり、警部くらいに見えちゃいますかね?」

母親「(きっぱり)いえ、それはないです」

刑事「あ、そう……あ、(魚屋に)少女の周りに、あれ、お願い」

魚屋「嫌だよ」


    魚屋退場




母親「えっと……(大丈夫ですか?)」

刑事「(聞いていない)ふふふ。嫌よ嫌よもってね」

母親「はあ……(そうなんですか)」

刑事「さて、お母さん。娘さんについてですが」

母親「はい」

刑事「実はですね……こんな事件をご存じですか?」

母親「え?」

刑事「あのエロマンガ島において、島の名前変更に対する住民投票が行われたんですよ」

母親「…………はい?」

刑事「やはりご存じないんですね。
    いいですか。エロマンガ島だなんて馬鹿な名前をと
    思ってはいけません。外国ですからね。
    日本語とは違った意味で名前が付けられた事
    なんてよくあるんですよ。おっと、何よりも、
    エロマンガなんて読んだことないって言うんですか? 
    かまととぶるんじゃない!」

母親「ぶってませんよ。かまととなんて」

刑事「(学者のように)この場合、かまととぶるで動詞なわけで、
    活用形は五段活用。『カマトトぶら』『カマトトぶり』
    『かまととぶる』『かまととぶる』『かまととぶれ』
    『かまととぶろ』。
    よって、「ぶらないかまとと」という言い方は日本語と
    しては少し変だと言わないわけにはいきませんね」

母親「すいません」

刑事「ちなみに、かまととの「かま」とはカマボコのこと。
    「とと」は魚のことで、『かまぼこは魚(とと)から作るんどすか?』と、
   知っているくせに知らないふりをすることから来ています。
   これは明らかに女性が男性に可愛く見られようとする意識から
   来ているわけで、だから女に対してかまととぶっても
   何の意味もないんだよぉ!」

母親「すいません」

刑事「(興奮を抑えて)いえ、失礼しました」


    間


母親「あの、それで」

刑事「何ですか? もう謝ったと思いますが?」

母親「そうではなくて、さっきのお話の」

刑事「ああ、ですからね。エロマンガ島の名前変更に対する住民投票ですが」

母親「(真面目に)はい」

刑事「昔のエロマンガ島なら何の問題もなかったんですがね。
    国際化が進んでいる現在ではそうも言っていられず……ついに、
    村民らは「エロマンガ」の違う意味を知ることになってしまったわけです」

母親「はあ」

刑事「が、住民投票では現在の改名反対の方が多いみたいですよ。
    村民の代表は、こんな言葉を残しています。(演説ぶって)
    『皆この島の名が日本語で何を意味するか重々承知しています。
    しかし、我々にとって、エロマンガはあくまでエロマンガなのです。』
    ……名言ですよね」


    浸っている刑事。
    疑問の顔のまま固まる母親。
    間

4   


    魚屋が舞台に現れる。少女の周りに立入禁止柵を作る。
    その行動の途中で、母親が我慢できなくなり、


母親「あの」

刑事「……なんですか?」

母親「それが、娘と、その、何の関係が?」

刑事「あるわけないでしょう?」

母親「そんな」

刑事「それともあなたは、娘さんの事件と『エロマンガ島』が少しでも関連していると、
    そう思っているわけですか?馬鹿馬鹿しい」

母親「だって、刑事さんが」

刑事「(遮って)そろそろ、娘さんの事件に本腰入れさせて下さいよ」


    母親、むっとする。刑事は魚屋の行動を見ているが、ふと


刑事「そうか!」

母親「どうしたんですか」

刑事「なるほど、そうかもしれない」

母親「なにか、分かったんですか?」

刑事「ええ。お母さん、分かりましたよ」

母親「一体、娘に何が」

刑事「いいですか? 良く思いだして下さい。……ジャイ子と、
    ジャイアンのお母さんの声は、同じ声優だったんです」


    ジャイ子とジャイアンの母の声が流れる。
    (わかりにくい場合は、刑事によって「ジャイ子!」「お母さん」等の言葉を入れる)
    


母親「……はい?」

刑事「疑わしいところは何カ所もあったんですよ。あまり同時に出てこなかったり、
    同じしゃがれ声だったり。でも、そうなんですよ。低予算で作られる傾向で
    あるアニメでは、それが長く続いているだろうと
    関係なしに、声優がかぶることはやくあるんです。
    いやぁ。でも、なかなか気づかないですよね」

母親「あの、いい加減にして下さい!」

刑事「これがいい加減に見えますか!」


    間


刑事「お母さん、いいですか? 刑事って職業はね。
   一歩一歩進んでいかなくちゃいけないんです。
   分かっていることを少しずつ積み上げていって、
   真実を突き詰めなければならないんですよ。それは
   いわば知識で作られた芸術作品です。あのように!」


    そう言って刑事は魚屋を指す。
    魚屋は作り上げた立ち入り禁止柵を見て、満足げ。
    が、直ぐに壊し始める。


刑事「あのように、作っては壊し、作っては壊し、作り上げなければならないわけですよ。
    推理って言うのは」

母親「はあ」

刑事「まぁ、でもとりあえず飽きてきたことですし、そろそろ
   無駄話は辞めて、本格的に娘さんの死の謎を解明してみますか」

母親「無駄話!?」

刑事「(聞かずに)ちょっと(魚屋に)なにか、座るもの取ってきて」

魚屋「嫌だって言ってるだろう?」


    魚屋、言いながら退場。


刑事「可愛いやつめ。まぁ、お座り下さいませんか?」


    と、地べたを指す。


母親「いえ、結構です」

刑事「そうですか?」


    と、魚屋が椅子を二つ持ってきたため、そこに刑事は座り。


刑事「では、私は遠慮なく座らせていただきます。(魚屋に)あ、お母さんは結構だそうだ」

魚屋「そうですか」


    と、魚屋も、椅子に座る。二人して足を組んでえらそうな体制。




    母親は、憮然としながらも視線に押され、その場に座る。


刑事「それで、お母さん。娘さんについてなのですが」

魚屋「刑事、その件に関して私から一言よろしいでしょうか」

刑事「駄目だ」

魚屋「ありがとうございます」


    魚屋は立って、少女の死体の方へ向かう。



刑事「駄目だって言っても言うんですよ彼は。困ったものです(嬉しそう)」

母親「はあ」


    深刻そうな音楽がかかる。


魚屋「(核心をつくように)すべての鍵は、少女がなぜ突然倒れたかにあると思うのです」


    間
    魚屋は満足したように戻ってくる。音楽止む。


母親「え? 終わりですか?」

魚屋「一言ですから」

刑事「うん。いい一言だった」

魚屋「ありがとうございます」


    魚屋は席に着く


刑事「じゃあ、つぎは私の番ですね」


    刑事が少女の近くに立つ。


刑事「音楽ほしいなぁ。音楽」


    物欲しそうに言うその科白にあわせるように音楽が入る。
    「古畑任三郎のテーマ」


刑事「これかかっちゃったら、やっぱり照明も、ね〜」


    とか言っていると、照明がサスになる。(できればスポット)


刑事「え〜(発声練習)え〜この事件は〜(練習)この事件は〜(練習)ん〜ふふふ(笑い方練習)
   どうでしょう〜(なぜか長島茂雄)
   あんな声真似できるか!」


    照明も音響も元に戻る。


刑事「まったく。注文が多いんだよ!」


    怒りながら椅子に戻ってくる。
    間


母親「あの……」

刑事「何やってるんですか!」

母親「え?」

刑事「次はあなたでしょう?」

魚屋「早くしないと、僕が始めちゃいますよ」

母親「あの、何をすれば……」

刑事「推理ですよ。事件の。そしてすべての」


    母親はなんだかよく分からないまま立ち上がり、
    娘の死体の側に行く。





    と、娘を見ると、丁度その時、死体役も疲れたのか、体を動かす。


母親「娘!?」

魚屋&刑事「どうしました!?」

母親「娘が、娘が今動いたんです……もしかしたら、まだ」

刑事「待って下さい。素人さんが触っちゃいけません」

母親「でも」

刑事「私に任せて下さい。おい」

魚屋「(うなずく)」


    魚屋が走って退場。刑事は、少女に触らずに少女の死体を眺め、
    残念そうに。


刑事「……駄目ですね」

母親「でも、今動いたんですけど」

刑事「いえ……残念ながら、死後硬直という奴です」


    そこへ、魚屋が戻ってくる。棒のようなものを持ってくる。
    刑事は渡されると、おもむろに少女のわきをつく。


母親「娘!?」

刑事「ほら、動いたでしょう」

母親「ええ。まだ息が?」

刑事「死後硬直ではよくあることなんです。おい」


    魚屋も真似して棒でつつく。
    ちょっと苦しそうに少女が息を吐いてもいい。



魚屋「魚もね。死んだ後直ぐだと、ちょっと押してやったりすると、
    こうやって口が動いたりするんですよ。まぁ、筋肉の痙攣ですね」

母親「そんなものなんですか?」

刑事「ええ。そんなものです。ほら」


    と、刑事は少女をくすぐる。魚屋もくすぐってみたり。
    声は出さないが、少女はもだえる。


刑事「こんな風に体を触ると、筋肉が反応してしまうんですよ。
   (声とか出たら)肺の中にたまっている空気が出たりも
   するんです。哀しいことですが……」

母親「……そうですか……」


    母親は、なんだか急に娘の死を思い知ったのか、椅子に座る。


魚屋「それ、俺の席……」


    刑事は魚屋に目で合図し、何も言うなと首を振る。
    魚屋はうなずくと棒を片づけて退場
    間





母親「なぜ、……なぜ娘がこんな事に……昨日まではどこにでもいる普通の娘だったのに……」

刑事「ご愁傷様です」

母親「一体、何が……なにが娘に起こったのでしょう。
   ……昨日までは本当に普通の子だったんですよ? 
   体重を軽くしたいからと、湯船の中で体重計に乗っていたり」

刑事「普通ですね」

母親「トイレに入ったときには、用を足す音が恥ずかしいからとずっとドアを蹴っていたり……」

刑事「……普通ですね」

母親「回る扇風機の前で舌を出して、
   舌が触れるか触れないかのスリル感を味わっていたり」

刑事「普通ですね」

母親「新聞の文字を切り抜いては脅迫状を作っていたり」

刑事「本当に、どこにでもいるようなお嬢さんだったんですね」

母親「欠点と言えば学校に行かないことくらいの、本当に、
   普通の子供だったのに……なんで、なんでうちの子が」


    間
    ふと、刑事は何かに気づいた顔になる。


刑事「お嬢さんは、いわゆる……引きこもりだったわけですか?」

母親「ええ。でも、引きこもっているって言ったって、
   ごくごく普通の引きこもりだったんですよ?」

刑事「なぜ、引きこもっていたのですか?」

母親「さぁ それは……」

刑事「いじめですか? 友情関係?勉強に追いつけなかった?」


    と、魚屋が飛び込んでくる。
    鯉のぼりを持っていたりするとよい。


魚屋「愛ですよ! 愛!」

刑事&母親「愛!?」

魚屋「娘さんは、恋をしていたのです。僕があなたへ恋(鯉)しているように!」


    魚屋の視線の先には刑事がいる。
    ムードのある音楽。
    刑事も魚屋も、エロチックな動きになる。

刑事「魚屋君。そのことはすでに何度も話し合ったでしょう?」

魚屋「いいえ刑事。これだけは言わせてもらいます。僕はあなたに恋しています!」

刑事「何故?」

魚屋「何故!?」

刑事「その愛情の根拠を述べたまえ」

魚屋「根拠なんてありません。魚屋ですから!」

刑事「根拠のない裁判に審議の必要はない!」

魚屋「ですが、愛の証拠ならあります!」

刑事「ならば提出しなさい!」


魚屋「ここに! あなたを焦がれるこの瞳、あなたを慕う
    この体、あなたを思うこの言葉が証拠です!」

刑事「自白は何の証拠にもならない! 証拠不十分で不起訴!」

魚屋「そんなぁ!」


    敗北感たっぷりに魚屋は去っていく。
    音楽止む。


刑事「お騒がせしました」

母親「いえ……いつも、こんな感じなんですか?」

刑事「ええ。困った物です(嬉しそうに)驚かれましたか?」

母親「なんだか……下手な演劇を見ているようでした」

刑事「恋愛なんて、いつだって演劇みたいな物です。いえ。
    実際の日常ですら。我々はそれぞれの仮面を被りながら、
    誰に見られているとも分からない舞台を
    生きているだけですよ。そうじゃありませんか?」

母親「はあ」

刑事「そんな舞台を生きることに疲れてしまったのかも知れませんね。娘さんは……」


    間



刑事「娘さんは、一体、何をしていたのでしょうか? その、引きこもっているとき」

母親「何を……ただ、ゴロゴロしていただけだと思いますけど」

刑事「ゴロゴロ……」


    瞬間、照明が変わる。魚屋が素早く舞台に登場。
    巻いてある紙を垂らせば、「回想シーン」と書いてある。





    少女、途端に動き出す。


少女「ゴロゴロ〜……ゴロゴロ〜……ゴロゴロ〜……」


    と、言いながら舞台をゴロゴロ転がっている。


刑事「本当に、ゴロゴロしている!?」

母親「まったく、そうやってゴロゴロしてばかりいて。
   どうしてそうゴロゴロするの?」

少女「わけなんてないよ〜ゴロゴロ」

母親「嘘をつくんじゃないの。そんなにゴロゴロするのが楽しいの?」

少女「楽しいよ、ゴロゴロ〜」

母親「それなら私もゴロゴロしてみようかしら」

少女「お母さんはやめておいた方がいいと思うよ〜ゴロゴロ〜」
 
母親「何でよ?」


    と、少女はふと悟りきった顔で、母親に向く。


少女「年寄りには、過激すぎるよ。ゴロゴロするのは」


    少女、死ぬ。さっきと場所が微妙に違う。
    魚屋が紙を素早く巻いて回想シーン終了。照明が元に戻る。





母親「なんて事を言うんですよ、家の子は! お母さんだって、ゴロゴロしたかったのに!」

刑事「そんなことが……」

母親「ええ。そんな、普通の子だったんですよ……」

同時に
刑事&魚屋「普通ですね」

母親「それだけじゃないんです!」

刑事「え?」


    そのまま退場しかけていた魚屋も、驚いて振り向く。


母親「こうなる前兆だったのでしょうか……娘が、笑っていたんです」


    またもや、魚屋によって回想シーンの紙が広げられる。


10


    少女が起きあがる。と、少女はポケットから
    箸を取りだして転がす。にやにや笑って。


少女「(なんか、危なげに)ああ、面白い。箸転がったわぁ。
   これって、遠目じゃ絶対見えないなぁ。前の席でも見にくいけど。ああ、面白い」

母親「娘! 一体何をやっているの?」


    少女は、母親の言葉に、はっと箸を隠す。


少女「お母さん! 部屋にはいるときはノックしてって言ったでしょう!」

母親「それより、今隠したのはなに?」

少女「な、何も隠してないよ」

母親「うそ。お母さん、ちゃんとこのドアの隙間から見てたのよ!」

少女「のぞき見!? ひどい! 信じられない!」

母親「いいから、隠したものを見せなさい!」

少女「だから、何も隠していないって! 私、勉強するとこだったんだから、早く出てってよ!」


    母親は少女に近寄ると、その背に隠してある箸を取り上げる。
    すさまじく驚いて。


母親「こんなもの! 一体どこで手に入れたの!?」

少女「……」

母親「答えなさい!」

少女「(ぶすっと)食器棚」

母親「勉強なんて言って……こんな、箸で遊んでいるなんて」

少女「いいでしょ。何で遊んでたって」

母親「よくないわよ。なんでこんな箸なんかが楽しいのよ。お母さんワケ分からないわ」

少女「……理由がなきゃ笑っちゃ駄目なの?」

母親「え?」

少女「いいじゃん。私が楽しいんだから」

母親「何がいいのよ。全然よくないわよ」

少女「なんでよ!」

母親「反省する気がないんなら……お父さんに叱ってもらうわよ」

少女「お父さんに言うの!?」

母親「言いますよ。当たり前でしょう?」

少女「やだ。それだけは嫌だ! ねぇ、いいでしょう? もう遊ばないから」


    少女、暴れる。母親は仕方なさそうに。


母親「…………ちゃんと、勉強しなさいよ」

少女「はあぁい」

   
    回想終了。
    魚屋退場。


11


刑事「……そんなことが……」

母親「普通すぎるくらい普通なことが、娘の特徴でしたから」

刑事「……普通の子が、一番危ないのかも知れません」

母親「え?」

刑事「よく新聞やテレビで言われる現象をご存じですよね?『キレる』と言われていますが」

母親「ええ」

刑事「キレる若者……いわゆる中高生ですか。が、事件を起こすたびに言われることが
    『普通の子だったのに』と言う言葉です。キレたあと、若者達は虚脱したようになって
   自分がした行動を覚えていないことが多い。……これは、
   高見を目指そうとして、下の世代にどんどん抑圧を
   高めていったおろかな歴史が現在へと復讐している……のかもしれません。
   あれをしろ、これをしなくてはいけない。そうやって上から言い聞かせられ、
   抑えつけられるたびに胸の中にたまっていく不満が、ある時爆発する。
   ……しかし、爆発するのは怒りだけなのでしょうか?」

母親「え?」

刑事「たまっていた不満が爆発する形は、怒りでしかないのでしょうか? 
    同じ爆発するエネルギーなら、笑いもあるのではないでしょうか? 
    現に、日本の言葉には
    「笑い死に」ということわざがあります」

母親「ことわざですか?」

刑事「もしかしたらお嬢さんは、爆発してしまったのかも
   知れません。普通の子としてたまっていたエネルギーが、
   怒りという形ではなく、笑いという形で現れた。
   キレるではない、新しい社会現象、名付けて、パプー!」


    深刻な音楽と共に、
    なんか、「パプー」とこだましてみたり。


母親「パプー!?」

刑事「ええ。私が名付けました」

母親「どんな意味なんですか?」

刑事「ラ行五段活用の動詞です。終止形は「パプル」ですが、「パプー」と発音します」

母親「いえ、そう言う事じゃなくて」


    刑事は勢いづく


刑事「これからの日本では、この現象は爆発的に広まることでしょう。
   なぜなら、怒りとは他者がいなくては表現できないものだからです。
   一人で怒り爆発しても、その不満は消えることはありません。ですが、
   現在のように、引きこもっている青少年が徐々に増え続ける社会では、
   他者に会うことはむしろ困難になって行くでしょう。
   つまり、怒りによる爆発は息詰まって行くしかないのです。が、笑いは違う。
   笑いは一人で笑っても、十分爆発できます! そう、今まで怒りでしか爆発できなかった若者も、
   この少女の死をきっかけに思うはずです。
   『そうか。キレるだけが不満を爆発させる方法じゃないんだ』
   そして、少年は、少女はパプルことでしょう」

母親「パプル?」

刑事「そうです。授業中、溜まりにたまった少女が一人家でパプル!」


    笑い声が響く


刑事「電車で抑圧された少年が駅のトイレでパプル!」


    笑い声が響く


刑事「ゲームセンターでポップンミュージックをやりながらパプル!」


    多くの笑い声が響く。


刑事「日本全国、パプル少年、パプル少女で大混乱!……日本はもう終わりです……」

母親「刑事さん……」

刑事「一体こんな日本に誰がしたのでしょう? 普通の少女が社会の犠牲になる、そんな日本に。
    ……この少女は、歪んでしまった日本社会の被害者です。哀しき被害者です……」


    刑事はしんみりと少女に触れようとする。


12


博士「待て待て待て〜」

魚屋「ちょっと、あんた駄目だってば」

博士「まちなさーーーーい!」


    と、そこへ魚屋に止められながらも博士が登場。
    典型的でありながらいそうにない「博士」な格好をしている。
    (例えば、ぐるぐる眼鏡で、鼻の下に白い髭で、ハゲカツラ。等)


魚屋「だから、ここはお客さんは立入禁止だから」

博士「君」

魚屋「はい?」


    と、止めようとした魚屋は博士に大外狩りで倒される。


博士「客ではない! 私は、博士です!」

刑事「博士!?」

母親「医者の方ですか!?」

博士「ちがーーう。博士です!」


   刑事は立ち上がって、博士に近づく。


刑事「これは博士。よく来てくれました。私、刑事です」


    握手をしようとした刑事の手をよけて。


博士「博士です。刑事君。どうやら君はとんでもない勘違いをしてしまったようですね」

刑事「勘違い?」

博士「そう。さきほど君は少女について、なにやら社会学的な知識をひけらかしていましたが」

刑事「ええ。聞いてらっしゃったんですか?」

博士「博士ですから」

刑事「なるほど!」

博士「しかし、残念ながら、あなたの話はトンデモない間違いであると言わなくてはなりません」

母親「あなたは……誰なんですか?」

博士「だから、博士だと言っているでしょう! 
   いいですかお母さん。魚屋も、いつまでも倒れていないで私の話を聞きなさい」

魚屋「ほっておいてください。俺は倒された無力さを嘆いているんじゃない。
   心まで倒された弱さを嘆いている所なんです」


    間


刑事「はい! じゃあ、次いってみましょう」

博士「そうですね。二人とも、まずは座って下さい」


    母親と刑事、椅子に座る。
    魚屋はなんか倒れて嘆いている。


博士「さて……なにやら色々な話しをされたようですが、
   今までの話しはすべて忘れて下さい。ぽーんと、無かったことにして下さい。
   むしろ初めから無かったくらい!」


    と、少女が立ち上がる。


少女「じゃあ、もう一度私、倒れますか?」

博士「いい。あんたは死んでいて」

少女「はい」


    少女が倒れる。


母親「今、今娘が……」

博士&刑事「死後硬直です」

母親「喋って」

博士「そりゃ喋りますよ」

博士&刑事「死後硬直ですから」

母親「はあ」

博士「とりあえずですね……答えだけ先に言いましょう。
    皆さんの中には、いい加減意味のない台詞のせいで困っている方もいらっしゃるでしょうから」

刑事「それが狙いです」


    博士と刑事互いに嬉しそうにしてみたり。


母親「ねらいなんですか!?」

刑事「捜査(操作)ですから」

魚屋「(突如立ち上がってバットを振り)ソーサですから(サミー・ソーサと言いたいらしい)」


    間


博士「とりあえずですね……答えだけいいますよ」

魚屋「えっと、これが何で面白いかって言いますとね?」

刑事「君(肩を叩いて)分かっているから」

魚屋「はい……」


    魚屋はいじけて体育座り。


博士「この少女はですね……ウイルスに侵されています!」

母親&魚屋「ウイルスに!?」

刑事「(一泊ずれて)犯された……」


    短い間


魚屋「……ちょっと、刑事、今の言い方、明かにニュアンス違いましたよね?」

刑事「え? うそぉ?」

魚屋「違いましたよ。勘弁して下さいよ。自分、そう言うネタ嫌いだっていったじゃないですか?」

刑事「いつ〜? 何時何分何秒? 地球が何回回ったとき?」

魚屋「子供かよ! 本番では言わないって、決めたじゃないですか!」

刑事「だから〜。別に言ってないし〜。今ので、変な意味に捕らえる方が〜おかしいんじゃない?」

魚屋「いえ、今のニュアンスは明らかに狙ったでしょう! ねえ?」


    と、観客に聞く。

If1☆観客がうなずいたら☆
魚屋「ほれ見ろ〜」
刑事「あんたね(魚屋へ)前に座っている客は、目が悪いから
    前に座っているのよ!そんな微妙なニュアンスの違い
    なんて分かるわけないじゃない」
魚屋「それは、そうかも知れないですけど……」


If2☆観客が否定、もしくは曖昧な態度だったら☆
魚屋「いや、ちゃんときいといてよ!」
刑事「客に当たるな」
魚屋「それは、そうですけど」


博士「てか、私を、無視するな!」

母親「あたしも無視されていますけどね」

刑事「まあ、そんな無駄なことはこの際おいておいて。話を元に戻しましょう」

母親「無駄!?」

刑事「(急に真面目になって)それで、ウイルス? ですか?」

博士「(ノリノリ)そうです。ウイルスです。ご存じですか?
   ドーン・オブ・ザ・デッドを。ゾンビをリメイクした
   あの作品を」

刑事「ああ、ゾンビの足が早い」

博士「注目するのはそこじゃないんです! あの映画では、
    八歳の少女から感染が始まりました。そして、どうなりましたか?(母親に聞く)」

母親「映画を見てません」

博士「(無視して)そうです! 死肉を好み食らうようになる
   ウイルスは少女から町中に広がり、そして、様々な人間をゾンビにしました。
   まるで、バイオハザードのように」

刑事「あ、2も出来ましたよね」


    博士照れる


刑事「なんでお前が照れてるんだよ!」

博士「とにかく、そのようなウイルスに少女がかかった可能性があります。
   でなければこのような突然笑い出して死ぬという現象が起こるわけがありません。
   社会現象? 違います。これは、病気の問題です。医学的に解明できる事件なのです。
   私は、この少女にかかったウイルスをこう名づけました。笑い死にウイルス。
   『デッド・オブ・スマ〜イル』!」

母親「笑い死にウイルス……」

刑事「デッド・オブ」

魚屋「スライム……」


    間


魚屋「今のギャグのポイントはですね」

刑事「先をどうぞ」


    魚屋いじける


博士「ええ、今、我々がしなくてはならないことは、
    この少女の死体の隔離です。そして、感染理由の解明。
    これが何よりも最優先にしなくてはならないことでしょう。
    まず、少女の体には触れないようにして下さい」

刑事&魚屋「え?」


    刑事と魚屋お互いを見る。じっと、自分たちの手を見る。
    もう一度お互いを見て、博士を見る。


博士「感染理由が空気感染によるものか直接か分かりませんからね。
   二次感染を防ぐためにも、少女に触れた人は誰にも触れてはいけません。
   というより、私に触れるな!」


    刑事と魚屋は、なんだか頷きあって博士に近寄る。
    博士は二人にタッチされる前に、おもむろに、


博士「バリアー!」


    刑事と魚屋に博士はタッチされる。


博士「(子供のように)バリアー張っていたから大丈夫だもんね!」

刑事&魚屋「ちぇーー」

魚屋「バリアーカット!」

博士「さらに、バリアー」

刑事「ヤマギリカット!」

博士「しつこい! スーパーバリアー」

刑事&魚屋「ちぇーー」


13


    母親は一人消沈している。


母親「そんな……ウイルスなんて……一体どうして……」


    母親の言葉で、博士と魚屋と刑事は現実に戻ってくる。少し反省。


博士「……どこか、ウイルスの感染しそうな場所に、娘さんが行った覚えはないでしょうか?」

魚屋「はい、先生」

博士「なんですか?」

魚屋「どのような場所がウイルスの感染しそうなところなのですか?」

博士「良い質問です。どのような場所が怪しいですか? はい」
 
刑事「え……UFOの墜落現場とかですか」

博士「いいですね。よくウイルスがいそうです。はい(と魚屋を指す)」

魚屋「えっと……薬品会社の工場とか」

博士「いますね〜ウイルス。他には?」

刑事「はい! ……病院の待合い場所」

博士「いますね〜うようよですねぇ」

魚屋「夕方の銭湯!」

博士「(母親に)どこか娘さんが行った覚えのある場所はありますか?」

魚屋「うわ……シカトだ……」

母親「いえ……なんせ、引きこもっていましたから」

博士「そうですか……では、いったい何が原因なのでしょうね……」


    博士は娘の死体に近寄る。


刑事「やはり、ストレスが原因ではないでしょうか?」


    刑事が娘に近寄る


博士「いや、それはないでしょう」

刑事「何故ですか?」

博士「博士としての、勘です」

刑事「そんな物、なんの理由にもなりませんよ」

魚屋「なんか変なものでも食べたんですかね?」


    魚屋も娘に近寄る。


母親「まさか……私も同じもの食べていたんですよ?」


    母親も娘に近寄る。


博士「食中毒? まさか。笑い茸じゃあるまいし」

刑事「じゃあやはりストレスですね」

博士「君こそ何故だね?」

刑事「刑事としての、経験からの、」

博士「やっぱり根拠はないんじゃないか」

刑事「そうですが、ウイルスよりは信じられるでしょう」

博士「信じられませんね。ウイルス以外は」

魚屋「僕は信じますよ。愛がありますから」

刑事「私は君を信じてない」

魚屋「うわぁ。強力だぁ」

母親「(魚屋に言うわけではなく)不憫な子」


    母親の言葉に、みなはっとする。
    なんだかしんみりする。
    間


14


刑事「しかし……可哀想ですよね……プ……(笑いを抑える)」


    刑事は笑いをこらえるが、ふとしのび笑いをし出す。


魚屋「刑事、何も笑うこと……くく……(笑いを抑える)」


    魚屋は笑いを抑えるが、ふとしのび笑いになる。


博士「こらこら、笑い事じゃないですよ……くは……(必死に笑いをこらえ)」


    博士は笑いをこらえるが、クスクス笑い出す。


母親「あの、いくらなんでも酷いんじゃないんですか!? 
    うちの娘の何が……おか……し……(笑いそうになる)」


    母親も笑いを必死に押さえる。以下笑いを抑えながら


刑事「これはでも……」

魚屋「いや、でも、なんか……」

博士「それにしても……」

母親「おかしい……ですね」


    四人は顔を見合わせて、間。次の瞬間一斉に会い出す。
    笑いを途中何度かこらえようとするが、無理。以下、笑いながら、


博士「もしかして、これ」

刑事「なんですか?」

博士「ウイルスなんじゃない?」

魚屋「ウイルスなんですか?」

母親「これが、それ、なんですか?」

博士「やばいよね?」

刑事「やばい、ですよね?」

博士「やばいね」

魚屋「逃げない、と」


    四人、逃げようとする。笑いながら。


母親「あの、笑っちゃって……笑っちゃって……」


    母親が出口に一歩リード。


博士「駄目だ……笑っちゃって……」

刑事「力が……」

魚屋「出ない……」

母親「もうすぐ……出れる!」


    母親退場。


博士&刑事&魚屋「はやっ」


    博士と刑事と魚屋は母親に対しても笑いまくる。
    そして、突然スイッチが切れたように、魚屋倒れる。


刑事「腹痛い〜」


    とか言いながら刑事くたばる。


博士「ウイルス……恐るべし」


    とか、言いつつ博士死亡。間


15


    恐ろしいほどの間があった後、ふと、
    少女がゆっくりと起きあがる。
    大きく延びをして、一息つく。大欠伸。


少女「はぁ。よく寝た……」


    どうやら、目の前には鏡があるらしい。鏡で自分の姿を見ると、
    少女はまたばか笑い。今度は直ぐにその笑いは引いて、


少女「はぁ。自分で言うのも何だけど、あたしの顔かなり面白いわ。
    笑ったらお腹空いたなぁ」


    と、普通に椅子に座って髪でもとかす。その言葉に、死んでいた三人反応。
    え? これって死ぬんじゃないの? と言う顔で辺りを見る。
    ゆっくり互いに牽制しあうように起きあがってくる。
    お互いの顔を見合わせて照れてみたり。


魚屋「……死なないんですか? これ」

刑事「なんだ、死んでないの?」

博士「え? なんだ……てっきり、死んだとおもってたのに」

魚屋「よかった……よかったよ母ちゃん……」


    魚屋は感慨に耽っていたり。少女は三人に気がつき


少女「なんなんですかあなた達!? あの、私の部屋で何しているんですか?」

博士「それはこっちの台詞だ!」

刑事「なんだよ! 死んでないのかよ!」

少女「死んでないって……なんのことですか?」

刑事「こっちはねぇ。あんたが死んだと思ったから」

博士「いや、しかし君が笑いたくなった原因はウイルスなんだよね?」


    博士が少女に詰め寄る。


少女「ウイルスって……笑い疲れて、眠っていただけですよ?」

博士「だから、その笑った原因がウイルスだろう!」

少女「原因は……顔?」

博士「そんな単純な理由が(あってたまるか)」

刑事「いや、博士違いますよ(少女に)ストレスでしょう? 
    ストレスがたまってパプっちゃったのよね?」

少女「ストレス?」

刑事「抑えきれない感情が、こう溜まりに溜まってパプったんでしょう?」

少女「パプル? ドラクエ?」

魚屋「それはパルプンテ! いや、このギャグが面白いのは何でかって言うと」


    刑事は魚屋にドロップキック。魚屋が倒れる。
    少女は怯える。


刑事「パプルだよ。パプル。ぼーんって、爆発しちゃったんでしょう? 
    いいの、素直に言って。私に何でも話してご覧?」

博士「あのねぇ。ウイルスなんだよウイルス。話したって解決しないんだ」

刑事「お言葉ですが、すべてこのような現象は社会学的に解決できるかと」

博士「病気だよ病気。薬を使わなきゃ駄目だって」

少女「なんですか! 爆発だとか、病気だとか!」

刑事&博士「お前のことだよ!」

少女「私、まともです。ただ、笑っただけです!」


    少女は怖くなって退場。


刑事「あ、待ちなさい」

博士「外に出ちゃいかん! 感染が広まる!」


    刑事と博士が外に出ようとすると、
    魚屋が正面切って止める。


魚屋「行かせてやりなさい。後悔するかもしれないが……それが若さって奴よ」


    間。意味が分からず、刑事と博士は止まる。


魚屋「え? 面白くないですか? 今の」


    刑事と博士がうなずく。魚屋はいじける
    そこへ、母親が駆け込んでくる。


16


母親「先生!」

刑事「あ、お母さん」

博士「あの子はどうしました? あの子を外に出しては」

母親「ありがとうございます!」

刑事&博士「はぁ?」

魚屋「いやいや、それほどでも」

母親「(嬉しそうに)やっと……やっと娘が部屋から出ることが
    できました……この半年、いったいどんなにこの日を待ちわびたか。
    ……どんなに、声をかけても部屋から出てくれない娘のことを、
    私が夜眠れぬ目を開け天井を睨みながら何度思い悩んだことか。
    ……もしかしたら、部屋の中で死んでいるかも知れない。
    そう思ったのは一度や二度ではありませんでした。
    ……それを、笑えるようにまでしてくれたのは……先生方のお力あってのことです。
    娘も、しばらくは部屋に入りたくない、入る気がしないともうしております。
    本当に、本当に、ありがとうございました」


    間


刑事「えっと……」

博士「お母さん……」


    刑事と博士は魚屋に言えとの合図。魚屋はうなずいて。


魚屋「大丈夫。すべて計算通りでした」


    途端に、刑事と博士に殴られて、魚屋は沈む。


刑事「あの、感動されているところ申し訳ないのですが」

博士「何のお話でしょう?」

母親「ですから、先生方にお礼を」

刑事「お礼って」

母親「引きこもっていた娘を出して下さったじゃないですか!?」

博士「出して……そりゃ、逃がしましたけど……」

母親「そう言う作戦のお芝居だったんですよね。 私も、初めはまさかと思いましたけど。
    ……さすがプロは違いますね」

刑事「プロ!?」

博士「プロ……ですか」

母親「ええ。もっと早くお呼びすれば良かったです。
    あまり、カウンセラーというものを信じていなかったものですから」

刑事&博士「カウンセラー?」

母親「ええ。素晴らしい心理劇でした。あ、今娘も呼んできますので。
   どうか、娘にも改めて話しをしてやって下さい」


    母親は退場しかける。


刑事「えっと、お母さん?」

母親「はい?」

刑事「あの、覚えてらっしゃいますか? あなた、電話かけましたでしょう? その(私に)」

母親「ああ。はい。……あの、すみません」


    母親はそう言って笑う。


母親「あの時はもう気が動転していまして……
   どこにかけたか覚えていないんです。
   娘呼んできますので、改めて病院のお名前教えていただけますか?」

刑事「はぁ……そうですか……」


    母親は去る。
    間


17


魚屋「……私、もう起きあがってもいいですか?」

刑事「いいよ」

魚屋「なんか……ずっと、殴られていた記憶しかないんですけど……」

刑事「そう?」

魚屋「俺たち、あの母親に呼ばれたんですよね」

刑事「そう」

魚屋「でも、カウンセラーじゃないですよね?」

刑事「そう……」

魚屋「どう言うことなんでしょうか?」

刑事「そう……」

魚屋「鼻が長い動物は?」

刑事「ぞう……」


    刑事無言で魚屋を叩く。


博士「刑事じゃなかったんですか?」

刑事「刑事、だと思っていたんですが……博士、なんですよね?」

博士「たぶん……そうだったはずなんだけど……」


    刑事と博士が魚屋を見る。


魚屋「魚屋……だと思うんですよ。自分では」


    三人、悩む。


刑事「刑事って言われたからなぁ」

魚屋「俺は自分で魚屋って言いましたけどね」

刑事「刑事じゃないのかなぁ?」

博士「それを言ったら私だって」


    間


刑事「(整理するように)電話が鳴って」

博士「暗転」

刑事「私がいて」

魚屋「俺もいて」

博士「私が来て」

刑事「でも、呼ばれてない」


    間


魚屋「そういえば、かかってきた電話はリカちゃん電話でしたよね」

博士「あそうなの? リカちゃんだったの?」

魚屋「ええ。リカちゃんでしたよ」

刑事「そりゃ、来ないわ。刑事、来れないよ」

博士「無理か。博士も無理か」

刑事「無理だよ。リカちゃんだもん」

魚屋「まぁ、所詮ジャンケンで決めた役ですからね」

博士「ばか、それを言っちゃあ」

刑事「おしまいでしょ、もう」


    三人は顔を見合わせると、吹き出す。


刑事「えらそうなこと言ったね」

魚屋「言った言った」

博士「私も言った」

刑事「でも、なにより、私らなんだろうね?」

博士「なんだろうね?」

魚屋「なんでしょう?」


    三人、笑い出す。


18


    母親と少女がやってくる。


母親「あの、娘を連れてきました……」


    三人、母親と少女を指さして笑う。


刑事「連れて来ちゃったよ〜」

博士「今更来てもなぁ」

魚屋「もう展開的に無駄でしょう?」

母親「あの、どうされたんですか?」


    三人、笑っている。


少女「なに、何がおかしいの?」


    三人、笑う。


母親「あの……」

魚屋「うるさいな」

刑事「笑いたいから笑っているんですよ」

博士「これが笑わずにいられますかって」


    三人、笑う。
    自分たちが言ったことで、ふと、気づく。


刑事「そっか。笑いたいから笑うんだ」

魚屋「怒りたきゃ怒りますよ」

刑事「いや、そうじゃなくって」

博士「……なるほどね。笑いたいから笑うだけか」

刑事「そうそう」

魚屋「笑いたいから……ああ、笑いたいからね」


    三人、馬鹿馬鹿しくなって大笑い。


母親「あの……」

少女「だから、何がおかしいの?」

刑事「だから言ったでしょうが」

三人「笑いたいから笑ってるの」


    三人、爆笑。顔を見合わせる母親と少女。
    でも、なんだか、おかしくなってお互いに笑い出す。


少女「お母さん、なんで笑ってるの?」

母親「あなたこそ」

少女「わかんないよ」

母親「いいのよ。私だって、わからないもの」


    少女も笑う。
    母親も笑う。
    みんなが笑っている。なんだか分からないけど、嬉しそうに。おかしそうに。


溶暗。