捨てられない少女 楽静 登場人物 アカツキ アユミ(暁 歩)   高校三年生。本好き。 ランドウ ユラ (藍銅 夢来)高校三年生。活発。新しいもの好き。 ロクショウ イツキ(緑青樹) 高校三年生。男勝りな少女。 アユ母   アユミの母。世話好きの心配性。 ユラ母   ユラの母。ヤンママ。 オバサン  的屋のおばさん ※ 四人でやる場合、イツキはユラ母とオバサンも兼ねる。     三月の中旬の一日だけの物語。     舞台上にはアユミの部屋。八畳ほどの広さがある。     両親は割と良い生活をしている。     引っ越しの前日のため、いたるところに段ボールがある。     また、整理しきれていないものが当たりに転がっている。     場面は過去に戻ったりもするが、     舞台上の物を転換のためどかしたりはしない。     全て登場人物と観客の創造力で過去シーンは作られる。 1 三月某日 アユミの部屋。     いい雰囲気の音楽と共に舞台は明るくなる。     しかし、その音楽を上回るように、口げんかが聞こえてくる。     アユ母とアユミだけが舞台上に浮かび上がってくる。 アユ母 本当に分かってるの? 引っ越しは明日なのよ? アユミ 分かってる。 アユ母 分かっててこんな状態!? アユミ 今からやるところだったの! アユ母 明日になっても片付いてなかったら、全部捨てるから。 アユミ なんでそんな話になるの!? アユ母 あんたが片づけられないからでしょ!? これくらい捨てられなかったら、これから先どんどん捨てられない物ばかりたまっていって、家の中だけじゃなくてベランダや外にまでゴミがあふれるようになって、それでいつの間にか行政の指導が入って、テレビが「こちらが町で有名なゴミ屋敷です」なんて報道される中、ゴミをどんどん捨てられるようになるのよ! アユミ 大げさすぎる! アユ母 例えばこれ。やたら小さいTシャツだと思うけど、流石に着られないわよね?     と、アユ母が手に取るのは子供用のTシャツ。     なんか変なシミとかある。 アユミ もしかしたら、急に子供に戻ってしまう薬とか飲まされることがあるかもしれないから。「あれ、頭脳は大人なのに、体は子供!? 大変。着られる服がない。っと思ったけど、こんなところに昔の服が! 持っていてよかった!」 アユ母 ないわね。 アユミ ないけど。 アユ母 じゃあいいわね捨てて。(と、捨てようとする) アユミ ダメ!(と、奪う)分からないくせに口出ししないで! アユ母 あんたのことを思って言ってるんでしょう!? アユミ あたしのことは放っておいて! アユ母 こんなゴミを持っていったら、引っ越し先もすぐゴミだらけになるわよ! アユミ ゴミじゃない! いい加減出て行ってよ! 出てけ! アユ母 勝手にしなさい!     と、アユ母は怒って部屋を出ていく。 2 ユラとアユミ@     ひとりになったアユミは床に散らばったものを手にする。 アユミ いる。いる。いる……。     と、ようやくあたりの景色が見えてくる。     そこは段ボールだらけの部屋。アユミの自室。     アユミは片づけようとしている。     と、いつの間にかユラがいる。派手な頭。アユミは気づかない。 ユラ よ。 アユミ (と、気づかずに)いらな……いる。 ユラ よ。アユミ。 アユミ ……(と、その目がユラを見て)なんでいるの? ユラ それはどっちかというとあたしの台詞。さすがに、参考書は捨てていいでしょ? しかも中一の英語。 アユミ いつか読み返したくなるかもしれないから。 ユラ どんな時? アユミ 中学校一年生の英語が懐かしくなった時。 ユラ アユミさ、今まで生きてて中学英語が懐かしいって時あった? アユミ ……ない。 ユラ だったら、もう、無いでしょ? 懐かしくなる時。 アユミ かもしれない。 ユラ じゃ、捨てよう。 アユミ うん。じゃなくて、なんでいるの? ユラ いや、だからいらないよね? 中学の参考書だよ? それも一年生。 アユミ 私じゃなくて、ユラが。 ユラ え、中一の参考書が必要だと思われてるの? 私? イツキじゃないんだから。いくらテスト終わると単語忘れるからって それは……。 アユミ (と、参考書を見て)「宿題」のスペル。 ユラ え。ホームワーク、だから「H」「O」「M」「E」「W」「A」「L」「K」 アユミ あげる。 ユラ ちょ、待って。何か間違えてた? 答えは? アユミ 読んだ方がいい。絶対。 ユラ 廃品を押し付けてるだけだよね? アユミ よし、一冊片付いた。 ユラ いいけど。あ、「W」「O」「R」「K」か。テストでは出来たのに……(と、捨てるものに置く) アユミ 何で捨てるの。 ユラ 読んだ。いらない。 アユミ いるから! って、だからなんでいるの!? ユラ それ聞きたいのはあたしの方でしょ!? アユミ 私じゃなくて、ユラが。 ユラ あたしはいらないって! アユミ 私の家! ユラ 知ってる。 アユミ なんでいるの!? ここに!  ユラ あ〜。そっちか。 アユミ どこから入ったの!? ユラ 玄関から。 アユミ ……入れるんだ。 ユラ 入れたよ。 アユミ ……最悪。 ユラ え、なんで。 アユミ こんなとこ見せるなんて。カッコ悪いじゃん。 ユラ あたし、あんたが格好いいとか思ったことないけど。 アユミ そうか。 ユラ 何年の付き合いだと思ってんの。 アユミ 10年ちょい? ユラ 長かったねぇ。 アユミ あっという間だったよ。 ユラ まあ、そんな腐れ縁もさ。おしまいなわけだし。福島だっけ? アユミ 福井。 ユラ また間違えた。とりあえず、合格おめでとう。 アユミ うん。 ユラ イツキからは言われた? アユミ ううん。まだ、元気ないみたい。連絡はしたけど。 ユラ そっか。合格祝いしたかったなぁ。 アユミ ……それで来てくれたの? ユラ 手伝ってやろうと思って。 アユミ うん。 ユラ よし! 任せとけ。(と、一番古い本棚による。)とりあえず、これ全部捨てるでしょ? アユミ 待って。なんでそうなるの。 ユラ え? 何回も読んだでしょ? アユミ 読んだ。 ユラ じゃあ、いいでしょ。 アユミ 良くない! お母さんと同じこと言うんだから。 ユラ だって、読んだんでしょ? アユミ また読みたくなったらどうするの。 ユラ でも結構ぼろいのもあるよ。ほら、これなんて表紙テープで直されてる。テープもちょっと黄ばんでるよ。これも、これも。 あ、これもだ。 アユミ それ、ユラがやったんだよ。 ユラ あたしが!? アユミ 覚えてない? 小学校入る少し前くらい。初めて会ったとき。 3 幼稚園時代。初めての出会い。     と、どこかにユラ母がやってくる。若い。     すぐ隣に娘(ユラ)がいるように演じる。 ユラ母 おじゃまします。     と、アユ母もやってくる。若く見せようとしている風。 アユ母 あら、フカミさん。いらっしゃい。 ユラ母 アカツキさん。今日はありがとうございます。幼稚園がお休みの時に限って出かけなくちゃいけない用事なんて。本当にまいっちゃうわぁって感じなんですけど。 アユ母 もう、フカミさん。お隣同士じゃない。子供も同い年だし。(と、ユラに話すように)上に、うちの子いるから。階段気を付けてね。 ユラ母 あ、ちょっと、ユラ! 挨拶くらいしっかりしなさい。本当すいません。     と、アユミとユラに光が当たる。     二人は特に幼稚園児っぽい恰好はしていないが、演技だけ幼稚園児っぽく演じる。     アユミは本を読んでいる。     ユラは元気いっぱい。 ユラ こーちは(「こんにちは」) アユミ ……。 アユ母 (と、アユミに)アユミ。ちゃんとあいさつしなさい。 アユミ ……。 アユ母 ごめんなさい。無愛想な子で。 ユラ母 人見知りしちゃってるのかな? アユミ ……。 アユ母 一つのことに夢中になると周りが見えないみたいで。 ユラ母 いえいえ。ユラなんて落ち着きないから羨ましいです。 アユ母 (と、ユラに)こんな子だけどよろしくね。 ユラ う。(と、頷く) アユ母 ちゃんと返事できて偉いねぇ。 ユラ う。(と、頷く) ユラ母 もう。「はい」って返事しなさいっていつも言ってるでしょう? ユラ う。(と、頷く) ユラ母 なんか、変なところにこだわりがあるみたいで。 アユ母 いえいえ。全然。(と気づいて)フカミさん。お時間大丈夫ですか? ユラ母 え? ああ、すいません。じゃあ、お願いします。 アユ母 ええ。大丈夫ですよ。ね〜? うちの子と、仲良く出来るよね? ユラ う。(と、頷く) アユミ …… ユラ母 じゃあ行ってくるから。大人しくしていてね。お願いだから。     と、ユラ母とアユ母が去る。 ユラ ……。 アユミ ……。 ユラ あんそれ?(「何それ?」) アユミ ……本。 ユラ 本、おーしろい?(「本、面白い?」) アユミ ……。 ユラ おーしろい? おーしろい?(「面白い? 面白い」) アユミ ……面白い。 ユラ ゆーも読む!(「ユラも読む!」) アユミ ……やっ!(「嫌だ!」) ユラ ゆーも読む!(「ユラも読む!」) アユミ やー!(「嫌だ!」)     と、派手な音と共に本が真っ二つになる。 アユミ あー! ユラ ……だー!(と、反応が面白かったのか、違う本も真っ二つにする) アユミ あーー! ユラ だー!(と、反応が面白かったのか、違う本も真っ二つにする) アユミ あーーー!     と、ショックでひっくり返るアユミ。     楽しそうに笑うユラ。 4 ユラとアユミA     そのまま、部屋の中に戻る。 ユラ あったね。そんなこと。その後、アユミぎゃん泣きしたでしょ? アユミ 泣きながらお母さんに抱きついたよ。それ以来、ユラを家に呼ぶことはなくなったから、良かったって言えば良かったけど。 ユラ 今は勝手に入って来れちゃうけどね。 アユミ よくもまあのこのこ来れたよ。 ユラ ってことはあれか。あの後張り合わせて、で、取っておいたわけだ。物持ちいいな。 アユミ 捨てたら負けな気がしたから。 ユラ よし。じゃあ、これは捨てられないってことにしておこう。捨てたら負けって理由は良く分からないけど、いわばあたし達の初めての出会いの、思い出の品なわけだ。 アユミ うん。 ユラ じゃあ、(と、Tシャツを見つける)って、これ! これはいらないでしょ。小っちゃいTシャツ。さすがに着られないでしょ? アユミ それはすでにお母さんと言い合った。 ユラ それで捨てなかったの? なんで? 着るの? アユミ もしかしたら、いや、いいや。 ユラ なに? なによ。 アユミ 二回も言うのはさすがに恥ずかしいから。 ユラ あ、もしかして「急に子供に戻ってしまう薬とか飲まされることがあるかもしれないでしょ」とか? 「あれ、頭脳は大人なのに、体は子供!? 大変。着られる服がない。っと思ったけど、こんなところに昔の服が! 持っていてよかった!」とか。 アユミ 見てたな!? ユラ 言いそうでしょ。アユミ。って、ヤバい! 変なしみついてる! これってまさか、 アユミ ただの血液だよ。 ユラ なんだ血液か。って血!? なんで血!? アユミ 覚えてない? ユラ なにを!? アユミ 小学校低学年くらいの時。 ユラ 低学年? アユミ ブランコ。 ユラ ブランコ? アユミ 近所の公園にあったやつ。今は撤去されちゃったけど。 ユラ あったね。そういや。 アユミ そこであたしがブランコに座って本読んでたら、ユラがきて。 ユラ そうだっけ? アユミ 立ち乗りで、すごい勢いで漕ぎ出して。 ユラ えー? アユミ そのまま、ブランコから手を離して跳んでさ。あたし思わず「危ない!」って声出しちゃって。 ユラ ああー(なんかうっすら思い出してきた) アユミ 自分で思ってた以上に大きな声で。そのせいかもしれないけど、「え?」って顔してあたし見て。そのまま地面に顔面から落ちていって。 5 小学校低学年時代。二回目の接近。公園     と、あの日の情景になる。     突然その場にうつぶせに倒れるユラ。     おろおろしながらも、アユミは近づいていく。     二人は小学生。 アユミ あの、 ユラ ……。 アユミ 大丈夫? 生きてる? ユラ ……(と、ゆっくり起き上がる。地面にぶつけた顔に手を当てる) アユミ 良かった。その、 ユラ あんたのせいだかんね。 アユミ え? ユラ あんたが変な声出すから着地に失敗したんでしょ! アユミ ええ!? ユラ せっかく、綺麗にジャンプ出来るとこだったのに! なんで邪魔すんのよ! アユミ あ! ユラ なに!? アユミ 鼻血。 ユラ え。(と、鼻を触る)あー。もう。あんたのせいだから(と、上を向いて吸う) アユミ ダメ! ユラ あにが?(「なにが」) アユミ 鼻血の時に上を向くと、血がのどに流れちゃう。血が固まった時に、のどをふさいだり、気持ち悪くなって吐いたりするんだって。本に書いてあったの。 ユラ どうすりゃいいのよ。 アユミ 下向いて下。(と、側による) ユラ ちょっと。血が垂れちゃう。 アユミ いいから。足も楽にして。     と、アユミはユラの顔を抱きかかえるようにして俯かせる。     姿勢を整えたら離れる。 アユミ これで、しばらくじっとしていて。 ユラ うん。(と、アユミの服を見て)ごめん。血、ついた。 アユミ (と、自分の服を見て)あたし、ハンカチ水にぬらしてくる。     と、アユミが立って歩いていく。そのままTシャツに触れる。 6 ユラとアユミB     あたりは再び部屋に戻る。 ユラ あったねぇ。え、じゃあそれ私の血!? アユミ うん。 ユラ うわぁ。引くわ。 アユミ なんで!? いい話だったじゃん!? ユラ いい話だったよ? ブランコで馬鹿やった子に手を差し伸べたってのは。でも、その時の服を取っておくってのは、 なんか、それは物持ちいいっていうのとはちょっと違うでしょ。 アユミ まあ、それはそうだけど。 ユラ なんで取っておいたの? アユミ 隠してたの。血の付いた服見せたらお母さんに心配されるから。 ユラ 捨てればいいでしょ。 アユミ お気に入りだったの! で、こっそり洗おうと思ってたんだけど……。 ユラ 忘れてたわけだ。 アユミ うん。 ユラ じゃあ、捨てよう。血が付いた服なんて取っておくもんじゃないよ。 アユミ 服だけじゃないからいいよ。 ユラ 他にも私の血がついている物がこの部屋に!? え、アユミって私のストーカー!? アユミ 違うから。ほら、(と、本を取り出す)あの時持っていた本も、ちょっと血が。 ユラ 捨てろよ! アユミ 好きな本だったから。 ユラ なに? 「銀河鉄道の夜」おー、みや何とかさんだ。 アユミ 宮沢賢治。 ユラ それ。 アユミ なんか捨てられなくて。 ユラ まあ、アユミとはそれからこうやって話すようになったわけだし? 思い出の品と言えばそうか。うん。 ちょっと気持ち悪い感じするけど、昔のことだし? 取っておけばいいよ。うん。 アユミ その後、話すようになったわけじゃないよ? ユラ え? そうだっけ? アユミ むしろ、私、ユラのこと避けてた。 ユラ なんでよ。ひどくない!? アユミ だって、そうでしょ。いきなりブランコ立ち乗りして、跳んだ挙句怪我して、その怪我をあたしの責任にしようとするような子だよ? 絶対気が合うわけないって思った。 ユラ (ちょっとムッとして)まあ? あたしも? ブランコに乗ってまで本読んでるやつなんて意味わからなかったけど。 アユミ 少し揺れている方が集中しやすいから。 ユラ そこがもう意味わからないでしょ。 アユミ 本読まない人にはわからないかなぁ。 ユラ 分かりたくもない。あれ? じゃあ、お互いに避けてたんだっけ? あたし達。お隣同士なのに。 アユミ そうだよ。 ユラ じゃあ、なんで? アユミ これ。(と、箱を出す) ユラ 箱?(と、開ける)うわ、またこれは細々としたものが入ってるね。ごみ箱? アユミ 小物入れ! ユラ だってこれ、なんか雑然としてるっていうか。どこで買った?って言うか。 って、ジッポライター!? え、アユミタバコ喫うの!? アユミ 違うから。それ、くれたのユラだから。 ユラ いやいやいや。さすがのあたしも煙草は喫わない。 アユミ お祭り。 ユラ 祭り? アユミ 町内会のお祭りがあって。あたしは全然興味なかったんだけど、お母さんが「せっかくだから」って言うから、ちょっと冷やかす程度で見て回ろうと思ってて。そうしたら、ユラがいたんだよ。 7 小学校高学年。三回目の接近 お祭り     と、あたりは縁日の風景となる。     小学校高学年くらいの二人。     近くにある段ボールを使って射的屋を表現する。     オバサンがやってきて銃を渡す(と、もしくはパントでもよい)     興味なさそうに辺りをあるくアユミ。     射的屋に夢中になっているユラ。 ユラ くそ。また外した。おばちゃん。 オバサン お姉さん。 ユラ お姉さん、もう一回。 オバサン まいどあり〜 ユラ てか、これ当たらなくない? オバサン そんなことないわよ。腕が良ければ当たるから。はい、いらっしゃいいらっしゃい。5発で300円。色々あるよ〜。 ユラ くそ。今度こそ当ててやる。(と、アユミを見つける)あ! ねえ、ちょっと! アユミ ……あたし? ユラ さっきから射的で狙ってるのがあるんだけど、全然落ちてくれないんだよね。どうしたらいいと思う? アユミ いや、なんであたしに(聞くの?) ユラ あんたいつも本読んでるじゃん。休み時間とか。昼休みとか。でしょ? アユミ それが? ユラ だから、頭いいでしょ。 アユミ それはわからないけど。 ユラ ってことで、思いつかない? あたしはあのおばちゃんが、 オバサン 「お姉さん」が何か? ユラ お姉さんが、ずるしているんじゃないかって思ってるんだけど。 オバサン 失礼なお子様だね。 ユラ だって、もう五回目だよ?  アユミ 銃が長いから、地面と平行にするのが難しいんだと思う。 ユラ え? アユミ 大人はけっこう当ててるから、銃が悪いってわけじゃないはず。狙っているものに真っ直ぐ届かせたかったら、手元と、銃の先が、真っ直ぐになっていることを確認しないといけない、と思う。 ユラ そんなのどうやって合わせればいいの? アユミ フロントサイトと、リアサイトはちゃんと確認している? ユラ なにそれ? アユミ 銃の先端がこう、中心が盛り上がっている部分があるでしょう? これがフロントサイト。銃の後ろの方にへこんだ部分が あるでしょう? これがリアサイト。盛り上がっている部分が、へこんでいる部分に合わさるように持てば、真っ直ぐ持てているっていう証拠。 ユラ おお、なるほど。聞いておいて今更だけど、よく知っていたね。 アユミ 銃が出ている小説では常識だから。 ユラ そうか。よし、オバサン! オバサン ああん!? ユラ お姉さん、今度こそ商品はもらったよ!     銃を撃つ音。 ユラ あたった! でも、落ちない! オバサン 残ね〜ん。 ユラ (と、アユミに)なんで!? アユミ こういうのは、頭の方を狙わないと。 ユラ 頭? アユミ バランスを傾けて倒さないといけないから、真ん中に当てるよりも、上の方に当てた方が確実。 ユラ なるほど!     銃を撃つ音。 ユラ あたった! 倒れた! オバサン おめでとう〜。はい。頑張ってくれたから、おまけにこれも上げる。 ユラ 捕れた! やった! ありがとう! オバサン! オバサン お姉さん、ね。またおいで。 ユラ この店では二度とやんない! オバサン 本当失礼なお子様だね!(と、皆に聞こえるように)はい、いらっしゃいいらっしゃい。5発で300円。色々あるよ〜。     と、オバサンは去る。 ユラ あんたも、ありがとう。 アユミ あたしは別に。 ユラ あ、おまけもらったけど、いらないからあんたにやるね。     と、オバサンが顔だけだし オバサン おい! アユミ 私も別にいらないんだけど。 オバサン 本当失礼なお子様たちだよ!(と、去る) ユラ えっと、確か家の隣だよね。同じクラスになったことないけど。名前なんだっけ? アユミ 私は―― 8 ユラとアユミC     部屋の中に戻る。 ユラ そうだ。それから、良く話しかけるようになったんだ。あたしが。 アユミ 私はいい迷惑だと思っていたけどね。 ユラ え。そうなの? アユミ そりゃそうだよ。本を読んでいても構わず話しかけてくるんだから。おかげで読みたい本が全然進まない日もあって。 それに私、クラスの中で浮いていたから、ユラが私に話しかけるたびに「なんであの子に話しかけてるの?」みたいな視線が痛かった。 ユラ でもアユミ、あたしが話しかけたらちゃんと反応返したよね。嫌なら無視したらよかったのに。 アユミ ……嫌じゃなかったから。 ユラ そうなの? アユミ 言ったよね? 「クラスで浮いてた」って。そんな私に、話しかけてくれるのは、ユラくらいだったから。迷惑とも思ったけど、でも、まあ、嬉しくも、あった。 ユラ そうなんだ〜。(と、にやにや笑う) アユミ やめて。 ユラ なにが? アユミ そのにやにや笑い。 ユラ いや〜なんだかんだ言って、受け入れていたんだなぁって思ったら面白くなっちゃって。 アユミ でも、なんでだったの? ユラ なにが? アユミ だって、ユラはクラスの中で結構中心的な存在だったから。私に構わなくても、周りに友達はいくらでもいたよね。だから、不思議だった。なんで、私に話しかけてくるんだろうって。 ユラ ……なんとなく。とか? アユミ なにそれ。 ユラ わかんないよ。深く考えたことない。 アユミ 本当に? ユラ 嘘ついてどうするの。ま、そうして二人は話すようになったわけだ。じゃあ、これはその思い出の品ってわけか。 アユミ だから捨てられない。 ユラ しかしごちゃごちゃいっぱいあるね〜。これは?(と、何かしら取り出す) アユミ その翌年のお祭りで、ユラが(とったやつ) ユラ ああ、取った取った。なんかコツ掴んだおかげで、凄い取れて。で、これあげたのか。うわ。なんであたしこれ取ったんだろう? アユミ いらないからあげるって言われた。 ユラ だろうなあ。なんか色々押し付けちゃってごめんねぇ。(と、何か得体のしれないものをだし)これは覚えてる。中学入ったばかりの時の祭りで取ったやつ。 アユミ あたり。……もっと押し付けてくれてよかったんだよ。 ユラ (と、箱の中身をあさりながら)いやいや、そうやってなんでも受け止めてたらね、この部屋潰れちゃうよ。 アユミ ちゃんと受け止めたかったよ。あたしは。 ユラ これ以上迷惑かけられないしねぇ。 アユミ 迷惑かけて欲しかった。 ユラ ……あ、ピアスだ。あれ? アユミピアスつけてたっけ? アユミ それ、ユラがくれたんだよ。 ユラ あたしが〜? なんでもかんでもあげちゃうな。しかも覚えてないとか。酷くない? アユミ 本当に覚えてない? ユラ ……中三の時のやつ? アユミ うん。あたし、受験で悩んでて。行きたい高校は偏差値ギリギリだったから、なんかずっと勉強しているような気がしてて。 寝ないとダメだってわかってるのに、寝ても不安ですぐ起きちゃって。なんか世界で自分だけ苦しいような気がしてて。そんな時、ユラが来たんだよ。 9 中学三年生。衝突     インターホンの音。 と、どこかにアユ母が浮かび上がる。     この間に、ユラは上着を変える。 アユ母 はーい。はーい。ちょっと待ってくださいね。(と、ドアを開けるしぐさ)あ、えっと、どちら様……ユラちゃん? ユラちゃんなの?(と、その姿を上から下まで見て) まあ、ずいぶん、その、うん。元気そうでよかったわ。え。アユミ? そりゃいるけど。えっと。そうね。大丈夫よね。ユラちゃんだものね。ええ。どうぞ。あの、ドアは開けておいてね!     と、アユ母は去る。     勉強しているアユミと、派手なジャンパーを着たユラがいる。     ユラは耳を見せつけるようなポーズをとる。 ユラ ほら。 アユミ ……。 ユラ 分かんない? ほら! アユミ ……。 ユラ アユミ、目、悪かったっけ? アユミ 反応に困ってるだけだから。 ユラ あるでしょ。「え、どうしたの!?」とか「素敵!」とか「あたしもあけたい!」とか。 アユミ なにそれ。 ユラ ピアス。あけてみた。どう? アユミ そういうの私達にはまだ早いと思う。 ユラ うわ。うちの親と同じこと言ってる。 アユミ 怒られたんだ? ユラ そりゃあね。 アユミ ……当たり前だよ。なんであけたの? ユラ ちゃんと専門の穴あけ使ったよ。 アユミ 道具のことなんて聞いてない。 ユラ 1000円もしなかった。結構高いと思ってたんだけど。 アユミ じゃなくて。理由は? ユラ ……なんとなく? アユミ 馬鹿じゃないの!? あたし達受験生なんだよ!? ユラ そんな怒ることないじゃん。 アユミ なんとなくで体に穴開ける? ユラ たかがピアスでしょ。大げさ。 アユミ そういう人に限って、「たかが刺青でしょ」とか言って、刺青入れたりするから。 ユラ ただのファッションでしょ。 アユミ 一度やったらもう取り返しつかないんだよ!? ユラ またうちの親みたいなこと言って。 アユミ ちゃんと考えてみればわかることでしょ!?  ユラ あたし考えるの苦手だから。 アユミ そう言ってて、ユラ勉強できるじゃん。あたしなんて頑張っても頑張っても全然目標に追いつけないのに。こないだの期末だって、必死にあたし勉強していたのに、ユラの方が点高かったじゃん。 ユラ まあ要領はいいほうだけど。あたしの出来ることなんて実際は役に立たないことばっかりでしょ?アユミなんかあたしと違っていろいろ知ってるでしょ。そっちの方がずっと、将来役に立つと思う、 アユミ あたしは今役に立って欲しいの!! だから必死に頑張ってるのに! 全然結果が出ないのに! なんでユラはそんななの!? そんなへらへらして! 馬鹿じゃないの!! ユラ や、ちょっとそんな熱くならないでよ。もうちょっと肩の力抜いてさ、 アユミ 今力抜いたら、受かりたい学校に受かれないんだよ! ユラ ……     ふと、アユミとユラがそれぞれ浮かび上がる。     それは過去を思い出している現在のアユミとユラ。 アユミ ごめんね。ユラ。 ユラ なにが? アユミ あの時、本当は何かあったんでしょう? 何かあって、でもそれがうまく言えなくて。だから、 ピアスを開けるっていうのはユラなりのSOSだったんでしょう? あたしに気づいてほしくって…… ユラ そうなのかな。わかんないよ。 アユミ でも、あたしは気が付かなくて。自分のことばかりで。 ユラ 「馬鹿じゃないの」 アユミ ごめん。 ユラ 忘れちゃったんだ? アユミ 何を? ユラ あたしを救ってくれた一言。アユミが救ってくれたんだよ。あのころのあたしを。 アユミ あたしが?     と、再び過去の風景に戻る。怒鳴られた直後の二人。 ユラ ……なんで? アユミ、一学期の頃は偏差値的に余裕だって言ってたでしょ? 担任の先生には「絶対大丈夫」って言われたって。家からも割と近いし、そこにしようかなって言ってたでしょ? アユミ ……だって、ユラ、いないから。 ユラ え? アユミ 一緒の高校に行きたかったの! 悪い!? ユラ ……あたしと? アユミ 最近ようやく仲良くなったと思ったから、高校一緒だったらもっと楽しいだろうなって思ったの! そうしたら、ユラ、あたしより偏差値高いじゃん! だったらあたしが頑張るしかないじゃん! ユラ ……そんなに、アユミ、あたしのこと好きだったんだ? アユミ 馬鹿じゃないの! 目標があった方が楽しいってだけ! だから、その目標にへらへらされてると困るの! あたしが受かってユラが落ちてたら許さないからね! ユラ ……うん。     と、ピアスを取るユラ ユラ はい。 アユミ なに? ユラ いらないからあげる。 アユミ あたしだっていらないから! ユラ 高校は同じクラスになれるといいな〜。 アユミ その余裕そうな顔、腹が立つんだけど! 10 捨てられない少女     部屋の中に戻る。ユラは上着を脱ぎ元の姿に戻る。     二人は過去を思い出した余韻にしばし浸る。 ユラ ……結局一緒のクラスにはなれなかったけどね。 アユミ ユラはいいよ。二年はイツキと一緒のクラスだったじゃん。 ユラ そんなこと言ったら、アユミは一年と三年の時イツキと一緒でしょ? アユミ でも、一年の時は全然話さなかったから。 ユラ あ〜ま、いいでしょ。二年からは楽しかったんだから。 アユミ うん。 ユラ いや〜、あっという間だったわ高校生活。色々あったけど。なんか、「色々あったな〜」で全部片付く気がする。 アユミ ……うん。 ユラ って、駄目だ。思い出に浸ってたらいつまでたっても片付けが終わらない。 アユミ いいよ別に。全部持っていくから。 ユラ そういうわけにはいかないでしょ。あたしが手伝ってるんだから、少しは捨てないと。 アユミ ……ダメなのかな。捨てないと。 ユラ 四月からは新生活だよ? いつまでも古い思い出に浸ってたら、始まるものも始まらないでしょ。     と、ユラが片づけ始める。 アユミ いつの間にか一日が流れていくんだ。朝が来て、お腹が空いて。ご飯を食べて。家を出て。バスが来て。電車を待って。学校は静かで。お腹が空いて。 ユラ (と、片づけながら)いいんだよ。それで。 アユミ 変わらないんだ。何も。だからふとした時に探しちゃう。どこかにいるんじゃないかって。当たり前だけど、いないから。たまらなくなる。それでも、捨てなきゃいけないのかな? 捨てていかないといけないものなのかな? ユラ そうだよ。 アユミ ……捨てられないよ。捨てたくないんだよ。 ユラ これから新しいものが増えていくのに? アユミ ユラと作れない思い出に興味ないよ。 ユラ そっか。ならいいよ。捨てなくて。 アユミ うん。     膝を抱えるアユミ。見つめるユラ。     暗転。 11 それでも続く今日の話。     暗い中、インターホンが鳴る。     明るい声が響く。イツキの声。 イツキ声 こんにちは〜 あれ? もうこんばんはか? いや、ギリギリこんにちは? アユ母声 あら、イツキちゃん。いらっしゃい。 イツキ声 あ、お久しぶりです。どうです? 進んでます? アユ母声 全然よ。あの子ったら本当……。 イツキ声 いいですか? アユ母声 どうぞ。……お願いね? イツキ声 はーい。     あたりが明るくなる。ユラのいないアユミの部屋。     アユミはぼんやりと片づけをしている。     イツキが顔をのぞかす。 アユミ いる。いる……。 イツキ よ。 アユミ (と、気づかずに)いらな……いる。 イツキ よ。ア〜ユミ。 アユミ ……(と、その目がイツキを見て)なんでいるの? イツキ やっと気づいたか。って何だこれ。全然片付けてないし。まじか。 アユミ 何できたの? イツキ 明日だろ? 引っ越し。 アユミ うん。でも、 イツキ 留守電に入ってたし。ごめん。何度もかけさせちゃって。 アユミ 別にいいよ。 イツキ メッセージも全然返せてなかったし。 アユミ もう、大丈夫なの? イツキ 少しは落ち着いたっていうか。いつまでも落ち込んでられないっていうか。てか、あたしよりもアユミの方が心配っていうか? って言わすなよ!(と、アユミを叩く) アユミ 痛っ。 イツキ あ、ごめん。 アユミ 相変わらず手加減知らないよね。 イツキ 痛かった? アユミ 言ったよね? 「痛い」って。 イツキ ごめんごめん。で、これどういう状況? アユミ えーっと。(と、どう説明していいか悩む) イツキ あれだ。こっちが捨てる奴で、こっちがいる奴? 逆? アユミ いや、それも悩んでいるっていうか。 イツキ まじで? 明日だろ? 引っ越し。 アユミ はい。 イツキ ま、いいか。だから手伝いに来たんだし。(と、小物入れの箱を取り)んじゃ、これは? 捨てるの? アユミ ……捨てない。 イツキ え、じゃあこれは?(と、テープで補修された本を見せる) アユミ 捨てない。 イツキ え。これはさすがに捨てるよな?(と、血の付いたTシャツを見せる) アユミ 捨てない。 イツキ は? マジで? ってか、これなんか着られないだろ? どうするの? アユミ ごめん。そのくだりもう二度もやったから。 イツキ まさか全部持っていく気? 正気? アユミ 親にも言われた。でも、 イツキ 気持ちはわかるけど。少しは捨てないと。全部持っていけるわけないんだから。 アユミ ……うん。 イツキ お、(と、壊れた折り畳み傘を取り出す)さすがにこれは捨てられるでしょう? なんか、折りたたみ傘? は、いるか。いや待てよ。これどっかで見たぞ。 アユミ それ、イツキがくれたやつだよ。 イツキ あたしが? これを? アユミ 二年生の梅雨頃。あたし図書室で本読んでて。気がついたら雨が降ってて。そこに、部活終わった後のイツキとユラが一緒に来て。 12 高校二年生の出会い 雨の昇降口     雨の音。ユラが現れる。特に制服を着ていたりはしない。     傘を持っている。イツキは所在無げに空を見てる。     アユミはこのまま濡れながら帰ろうかどうか悩んでいる。 ユラ お待たせ。 イツキ マジ助かったよ。部活終わったら雨降ってるし。 ユラ 部活の終わる時間が同じで良かったよね。ロクショウさんは(帰る道どっち?) イツキ イツキ。イツキでいいよ。同じクラスだし。 ユラ 分かった。 イツキ ランドウさんって下の名前何? ユラ ユラ。 イツキ ユラね。てか、「ランドウ」って名字カッコいいよな。 ユラ そう?  イツキ 「ランドウ」って。なんか。すごい強そうな男の人って感じ。 ユラ 母方の名字なんだけどね。 イツキ へえ、お父さんの名字は? ユラ 一昨年まではフカミって名乗ってた。 イツキ ……ごめん! あたしって考え無しだから。 ユラ 大丈夫。もう平気だから。あ(と、アユミに気づく) イツキ ん? お、アカツキさんだ。え? 知り合い? ユラ うん。アユミ! アユミ (と、気づいて)あ……。 イツキ そうそう。アユミさん。アカツキアユミさん。去年同じクラスだった。話したことないけど。 アユミ (と、ぎこちなく)えっと。 ユラ (と、ぎこちなさが移る)なんか、久しぶり。 アユミ うん。 ユラ ごめんね。最近部活楽しくて。 アユミ 剣道部、だっけ? ユラ 今はバスケ。 アユミ 相変わらずだね。 ユラ 元気だった? アユミ そっちは? ユラ まあ、ボチボチ。 アユミ あたしも。 ユラ そう。 アユミ うん。 イツキ (と、二人の肩を叩く)付き合いたてのカップルか! ユラ 痛いっ。何すんの。 イツキ なんか見てるこっちがイライラした。 アユミ えっと、 ユラ あ、イツキね。今同じクラス。 アユミ そうなんだ。 ユラ 帰るところ? 一緒に帰る? アユミ 傘持ってなくて。 イツキ お、あたし持ってる。折りたたみ傘。ボロいけど。 ユラ こら。 イツキ え? ユラ あんた、あたしに傘入れてって言わなかった? 自分で持ってるのかよ! イツキ いや、ぼろいんだってこれ、だからなるべくさしたくなかったし(と、傘を出す) ユラ ……本当にボロい。 アユミ 無くてもいいくらいボロいよね。 イツキ だろ? ま、これで良かったら使って。 ユラ あたしたち、帰る方向一緒なんだけど? イツキ 待って。あたしにこの傘使えって言ってる!? ユラ 普通に考えればそうじゃない? アユミ いいよ。せっかくだし。これ、使わせてもらう。 ユラ 全然傘の意味ないでしょ? アユミ せっかくだから。 イツキ あ、返さなくていいよ。あげるから大切に使って。 ユラ いらないもの押しつけただけでしょ。 イツキ そんなことはない。多分。 ユラ あたし、わりと足早いから。よろしく。     と、ユラが早足で去る。 イツキ あ、ちょっと、待て! ほら。帰ろ。 アユミ うん。 13 続いている今日     再び部屋に戻る     アユミは折りたたみ傘を大切に畳む。 イツキ ……あたしさ、はじめアユミのことそんなんでもなかった。 アユミ 知ってた。 イツキ 一年の時、いつもあたしにはわかんない本読んでたし。 アユミ あたしは、なんか怖い人だなって思ってた。 イツキ なのに、いつの間にかユラが遊びに行く日決めててさ。 アユミ そうそう。「明日の休みは遊びに行くよ!」って。 イツキ 集合場所行ったら当然のようにアユミもいて。 アユミ 何でいるのって思った? イツキ そりゃあね。 アユミ それ、あたしもだから。(と、近くの段ボールからぬいぐるみを出す)これ覚えてる? イツキ 覚えてる覚えてる! 三人で言ったゲーセンの商品! ユラが、大はしゃぎしてさ、 14 高校二年生のゲームセンターと海。     ゲームセンター内。アユミとイツキはややぎこちない。     と、クレーンゲームを見ているようで、ユラがやってくる。     アユミは近くの箱にぬいぐるみを入れる。     その箱の近くにユラは立ち止まり、 ユラ 何これ!? 変なぬいぐるみ! ほら、二人とも、見てみなって! イツキ うわーブサイクすぎるわ。 アユミ ほんとだ。 ユラ キモい!……けど、よく見たらどこかしら可愛げがある気がする。 イツキ&アユミ え? イツキ それはないし。 アユミ 可愛くはないよね? イツキ 可愛さはない。 ユラ そんなことないでしょ! ほら、目のところとか、口元? なんかじっと見てると可愛げがあるような気が、しないでもないような気がしないでもないような? イツキ 意味わからん。 アユミ ユラのセンスっておかしいよね。 イツキ だな。 ユラ よし! アユミ どうするの? ユラ 取る! 取れたらどっちかにあげる。 アユミ いらないから! イツキ 自分で持って帰れよ。 ユラ だって、うち狭いし。 アユミ 勝手だなぁ。 イツキ ほんとそれ。 アユミ クラスでもこんな感じ? イツキ もちろん。 アユミ 苦労をかけます。 イツキ 幼馴染には負けますよ。 アユミ いえいえ。私なんて全然。 イツキ あたしこそ。 ユラ ちょっと。後ろでごちゃごちゃ言うのやめてくれない? 集中できないから。 アユミ&イツキ はーい。 ユラ もう少し……ほら、とれた!(と、箱からぬいぐるみをだし)はい。ジャンケンね。買ったほうにあげる。 イツキ マジだったか。覚悟は良いか? アユミ。 アユミ 負けるのには自信があるよ。イツキ。     イツキとアユミは笑って イツキ&アユミ じゃんけんポン!     イツキはパーで、アユミはチョキ。 イツキ うわー残念。負けちゃった〜。 アユミ こんな時ばかり勝つんだから。 ユラ おめでとうございます。勝者にはこのぬいぐるみをプレゼント。 アユミ うわーい。全然嬉しくない。 ユラ 大丈夫。持ってるうちに可愛いと思えるようになるよ。さ、次行こうか! アユミ どこ行くの? ユラ 海!     ユラはご機嫌で去る。 アユミ&イツキ はぁ!?     と、波音が聞こえる。あたりは急に海へと変わる。     ユラが走ってきて叫ぶ。 ユラ 海だ〜!!     呆然としているアユミとイツキ。アユミはぬいぐるみを持ったまま。     目の前には夕方の海が広がっている。 イツキ 海だなぁ。 アユミ 海だねぇ。 ユラ ほら、二人とも、海に来たら叫ばないと。 イツキ 案外早く来られるんだな。海って。 アユミ 電車で一時間もかからなかったね。 ユラ 見なよ。この広い海。この海の大きさに比べたら、我々の悩みや苦しみなど、ほんのちっぽけなものだと思わないかね? イツキ どこの宗教家だ、お前は。 ユラ 好きなんだ〜海。(と、海に向かって)海が好きだ〜! アユミ ちょっと恥ずかしいよ。 イツキ 大丈夫か? ユラ (と、何かを振り切るように叫ぶ)私は生きてるぞ! ざまぁみろ! イツキ ちょっと意味が分からないな。 アユミ だよね。 ユラ あれだよ。この世界にあふれる苦しいことや悲しいこと、泣きたくなる突然の不幸、運命、逃げられない経済状況。そんなもの全てに打ち勝って、今日もあたしは、あたしたちは生きてる。そうでしょう? 生きてるから叫ぶ! (と、海へ叫ぶ)ざまぁみろ! ほら、二人はないの? 叫びたいこと。海は広いよ。なんだって受け止めてくれるんだから。 イツキ 仕方ない。付き合ってやるか。(と、叫ぶ)馬鹿でも生きてるぞ! ざまぁみろ! ユラ ほら、アユミも。 アユミ えっと、根暗でも生きてるから! ざまぁみろ? ユラ 金が無くても生きてるぞ! ざまぁみろ! イツキ レギュラーになれなくても生きてるぞ! アユミ コミュ障でも生きてるぞ! ユラ 今日もあたしは生きてやったぞ! 三人 ざまぁみろ!     笑う三人。ちょっと叫びすぎたのかせき込むユラ。     そして去っていく。呆然とぬいぐるみを抱きしめたままのアユミ。 15 続く今日     部屋に戻ってくる。     余韻に浸る二人。イツキはアユミのぬいぐるみに気づく。 イツキ ……それ、可愛いと思えるようになった? アユミ 全然。 イツキ よし捨てる。 アユミ でも! 三人で出かけた日の思い出の品だから。 イツキ ……ユラと、アユミと、こんなに仲良くなるなんて思わなかった。 アユミ あたしも。  イツキ 正直言うとさ、ユラはなんでアユミのこと構ってあげてるんだろうって思ってた。なんか、上からな言い方でごめん。 でも、あの頃はさ(わかんなかったから) アユミ うん。あたしなんていまだに良く分からないから。なんで、ユラと良く喋るようになったのか。なんで、あたしに構ってくれたのか。……多分放っておけなかったんだと思う。ずっと本ばっかり読んでいて、いつも一人で。だけど、家は隣同士で。毎日のように顔を合わす相手で。だから、仲良くなろうとしてくれたんだと思う。でも、それでもあたしは、それが嬉しくて。手放したくないほど、嬉しくって…… イツキ 違うよ。 アユミ え? イツキ 違うんだよ。あたしさ。聞いたんだ。なんか嫌だったんだよね。周りから浮いてる子にさ、わざわざ話しかけてあげますみたいな偽善ぶった感じに思えちゃって。先生受けの良い生徒? みたいな感じするし。だから、聞いたんだ。ユラに。「あの子といて楽しい?」 16 高校二年の一コマ。     ユラが現れる。     イツキとユラの会話をアユミは聞いている。 ユラ あの子って? アユミ? イツキ そう。 ユラ 楽しいよ。 イツキ いつも本ばかり読んでるし、なんか暗くない? ユラ 別に気にならないけど。 イツキ マジで? ユラ ……アユミは、すごいよ。 イツキ どこが? ユラと一緒にいる時はまだしも、それ以外ほとんど本読んでばっかりだし。 ユラ だから、色々なことを知ってるでしょ? イツキ でも、成績はそんなでもないし。要領悪いよね。あの子。なんか、ユラの方が構ってあげてるように見える。だけどユラって、そんな本好きじゃないし。話も合わないんじゃない? ユラ ……昔から、アユミって本好きなんだ。 イツキ まあ、そんな感じはする。 ユラ あたし、そのアユミが好きな本をこう、破ったことがあるんだ。しかも、初めて顔合わせた時に。 イツキ はあ? アユミ (その話を覚えているユラに驚く)え……。 ユラ 馬鹿だからさ。こっちが話しかけてもろくに反応しなかったアユミが、本が破れるたび悲しそうに叫ぶのが、なんか楽しくって。何冊も、何冊も破った。叫んでるばかりのあの子が、そのうち泣くようになって、母親の所に泣きながら行っても、ずっと本を破ってた。 イツキ 鬼だ。 ユラ 嫌な奴だったんだ。あたし。世界のすべては自分のためにあると思ってた。 イツキ 子供ってそうだな。 ユラ だから、自分を避けるようになったアユミのことも、なんでこいつはあたしを避けるんだろうって思ってた。何であたしが側を通るのに話しかけないんだって。自分勝手に思って。怒ってて。そんな時に、公園のブランコに座る アユミを見つけたんだ。 アユミ 覚えてたの? 全部? ユラ なんでだろう? いいところを見せようとしたのかな? ブランコをこう立ち乗りしてさ。思い切りこいで、そしてジャンプして。アユミが何か言って。で、あたしは無様に地面に落ちて。……絶対、逃げるって思ったんだ。なのにさ、アユミは、自分の大事なものをさんざん破ったあたしに、「大丈夫?」って。 イツキ マジか。 ユラ しかもその後あたし逆ギレしたからね。アユミに。お前のせいだって。 イツキ 最低だ。 ユラ なのに、あたしが鼻血流しているの見てさ、ずっと、心配してくれて。血が止まるまで、ずっと一緒にいてくれたんだ。 イツキ すごい。 ユラ まあ、その後はまた避けられるようになったけどね。あたしもしばらくは何て話しかけていいかわからなくて避けちゃったし。お祭りをきっかけに話せたときは嬉しかったな。そして今では自慢の友達です。 イツキ ごめん。誤解してた。 ユラ いいよ。でも、この話アユミには内緒ね? あたしは昔のことは覚えてないことになってるから。 イツキ なんで。いい話だよ? ユラ だって、恥ずかしいでしょ。     ユラが笑って去る。 17 アユミの見てるもの     景色は部屋に戻る。 アユミ 覚えててくれたんだ。 イツキ ユラはさ、忘れてなかった。アユミとの出会いとか、何やったとか。そういうこと全部覚えてんの。ま、でもそりゃそうだ。本当に大事なことって、忘れないよ。 アユミ うん。 イツキ だから、さ。……アユミに見えているユラは、本当のユラじゃない。 アユミ え?     ゆっくりと無表情のユラがアユミの部屋にやってくる。じっと二人を見ている。     アユミはそんなユラを見ないようにするが意識している。 イツキ 見えるんだろ? アユミには。アユミとの思い出を聞いてくれるユラが。でも、それはユラじゃない。アユミがこの部屋の物を捨てたくなくて、ユラがいないことを認めたくなくて見せてるんだ。 アユミ なにを、言っているのか、良くわかないんだけど。 イツキ 今日来たのは、もちろん手伝いに来たっていうのもあるんだけど、オバサンからも頼まれたんだ。オバサン言ってたよ。引っ越しの準備をするようになってから、アユミの独り言が増えたって。時々、誰かいるみたいに視線を飛ばすようになったって。どうか、助けてあげてくれって。あたしは医者じゃないから詳しいことはわからないけど。でも、あたしもそうだった。だから、抱え過ぎたらいけないってことは分かるんだ。ちゃんと、捨てられるものは捨てないと。このまま全部持ったままだと、新しい場所に行っても、引きずられる。 アユミ 何もわからないくせに イツキ わかるよ。ユラとの思い出の少ない、あたしだってしばらくふさぎ込んだ。こんなにあるんだ。 全部抱えたまま生きていけっこない。 アユミ いけるよ。 イツキ 引っ越し先、狭いんだろ? アユミ 六畳くらい。 イツキ 全部持ってったら、寝る場所無くなるよ。 アユミ どうにかなるよ。 イツキ これからだって物は増えていくんだし。 アユミ 増やさないからいい。 イツキ 服とかどうする? 大学行ったら私服だろ? アユミ スーツで過ごす。 イツキ 本だって、これから先買わないってことないだろ。 アユミ 電子書籍で買うからいい。 イツキ それで昔の思い出だけ大事にして生きていくって? これから新しい生活を始めるのに? いい思い出も悪い思い出もこれからずっと増えていくのに? アユミ そうして忘れていくの? イツキ そういうこと言いたいんじゃなくて、 アユミ 私は忘れない。イツキが、みんなが忘れても忘れない。絶対に。絶対に忘れない! ユラの思い出は一つも捨てない。私が捨てなければ、ユラはずっといてくれるから。 イツキ どこにユラがいるんだよ。 アユミ ここにいる! ユラとの思い出がこんなにあるんだから! ユラだって、ここにいる! イツキ ユラがこんなところにいるわけないだろ! アユミ いるよ! イツキ ユラはいつだって自由だっただろ! 部屋にいつまでもこもってるようなやつじゃない! アユミ それは、 イツキ 好き勝手なことばっかりして、無茶で、馬鹿で、その馬鹿なところが可愛いんだなんて自分で思っちゃってるようなやつで、 アユミ やめて。 イツキ それどころかろくに知りもしないものを、「まあこんな感じで大丈夫でしょ」みたいな感覚で扱って、失敗するようなやつで。いつだって新しいことに夢中になって。 アユミ やめてってば。 イツキ 後ろなんて振り返らないから、ついて行く方は大変で、でもなんか放っておけなくて。そんなユラが、部屋の中なんかに閉じ込められると思うのかよ! アユミ わかってるよそんなこと! ……分かってる。こんなとこにいるわけないって。でも、いたんだよ。ここに。一緒に遊んで。お祭り行って。ゲームセンターも、楽しくて。海も、その後色々なとこ行ったのも全部。 ユラと一緒だったんだ。 イツキ うん。 アユミ 強引なところもあったけど、でも、嫌じゃなかった! イツキ ……うん。     アユミはゴミ袋を取り出し、そこに夢中で思い出を詰めていく。 アユミ もっと色々なところに一緒に行きたかった! もっと話したかった! 笑いたかった! 遊びたかった! 相談してほしかった! なんで、なんで何も言ってくれなかったの! なんで! 一人で行っちゃうの! 勝手すぎる! 馬鹿じゃない!? 馬鹿だよ。……あたしじゃ、そんなに頼りなかったのかな。     と、その手がお守りを掴む。捨てられなくて。床に投げる。 イツキ ……「交通安全」 アユミ 渡せなかったんだ。買ったけど、その前に、だったから。 イツキ うん。 18 高校三年生。アユミとユラ。     と、どこかにユラが現れる。ユラはヘルメットを取り出す。 ユラ ほら。 アユミ ……。 ユラ 分かんない? ほら!(と、ヘルメットをかぶる) アユミ ……。 ユラ アユミ、目が悪かったっけ? アユミ 反応に困ってるだけだから。どうしたのそれ。 ユラ 原付。ヘルメット。 アユミ それはわかるけど。どうしたの? ユラ 買った。バイト代貯めて。 アユミ 最近大人しくしてたのってそれのせいなんだ。 ユラ まあね。原付だけど。高かったぁ。本当は二輪が良かったんだけど、値段がね。 アユミ どうするのそれ。 ユラ え? 乗るに決まってるでしょ? あ、後ろ乗せてあげようか? アユミ 法律違反はしたくないから。 ユラ これで、どこへでも行けるよ。 アユミ 遠慮しておく。受験生だし。てか、ユラもだよね? ユラ あたしは、無理かな。お金ないし。 アユミ ユラ? ユラ ま、いつでも言って。じゃあこれからあたし出かけるから。 アユミ ねえ。 ユラ ん? アユミ 何かあった? ユラ 別に、何もないよ?     と、ユラは去る。 19 明日へ続く今日の二人     部屋の中に戻る。 アユミ あの時、もう少し話を聞いてあげられたら、もっとどうにかなったのかな? イツキ ……。 アユミ 一人で悩んだりしないで。無茶なこともしないで。今、ここにいてくれたのかな? イツキ ごめん。わかんない。 アユミ だよね。……あんな毎日が続くと思ってた。 イツキ うん。 アユミ ……ずっと一緒だと思ってたのに。 イツキ うん。 アユミ これからも、いっぱい色々な思い出作っていって、 イツキ うん。 アユミ 馬鹿なことやって笑って、 イツキ うん。 アユミ 成人したら飲みにいって。絶対ユラは酒癖悪いから、あたしたち、二人で、あんまり飲みすぎないように気をつけて。 イツキ うん。 アユミ ……就職したらさ、ちょくちょく誘ってくるんだよ。     と、ユラがやってくる。楽しそうに。笑顔で。 ユラ ねえ、行こうよ。行こうよ〜。一人じゃ寂しいじゃん。 アユミ 忙しいとか言っても全然気にしないの。 ユラ ほら、行くよ? イツキ しかも休みとか関係なく突然な。 アユミ こっちの事情も考えずにね! イツキ 絶対誘うの当日だな。 アユミ それね。 ユラ 行かないの? 本当に? 本当に行かないの? アユミ 断るとすねるんだよね。 ユラ いーよ。一人で行くから。 イツキ メッセージに泣いてるスタンプとか大量に送ってきたりして。 アユミ うわーしそう。 イツキ そのくせしばらくしたら、「おひとり様最高!」とか送ってきたり。 アユミ あるある。お酒の写真とか無駄に送ってきたりね。 イツキ しそうだなぁ。 ユラ もう行くよ。 アユミ 一人で行って、一人で楽しんで。 イツキ で、あたしらが来るのを待ってるんだ。笑って。 アユミ 待っててくれるかな? イツキ 待ってるよ。ユラなら絶対。それで、遅れたのに割り勘にされる。 アユミ うわーしそうだなぁ。 ユラ じゃあ、待ってるから。ゆっくりおいで。 アユミ またね。 イツキ え? ユラ またね。     ユラが去る。アユミはユラの姿は追わない。 イツキ アユミ? アユミ ……片付けようか? イツキ いいの? アユミ うん。待っててくれるなら、お土産用意できるようにしないと。 イツキ お土産? アユミ こんな楽しかったよって。一人で先に行っちゃったこと、悔しがらせてやらないとね。 イツキ お、いいなそれ。絶対悔しがるよあいつ。 アユミ それ見て笑ってやろうよ。ざまぁみろ!って。 イツキ そうだ。私たちを泣かせた罰だ! ざまぁみろ! アユミ あたしたちは生きるぞ! ざまぁみろ! イツキ せいぜい泣いて悔しがるといいわ!     二人笑う。 イツキ よし! じゃあちゃっちゃとやっちゃいますか! アユミ おう!     二人して片付けに入る。     アユ母が飲み物を持ってやって来る。 アユ母 ご苦労様〜片付け進んでる? ってちょっと、全然進んでないじゃない!     二人は顔を見合わせ、ふてぶてしく言い放つ。 アユミ&イツキ 今からやるところだったの!     片付け出す二人。     どこか遠くを歩いているユラはそんな二人へ笑って見せる。     あたりは暗くなっていく。 完