例えば移る季節のように


登場人物

マツオ ユウスケ 16才  男
オザキ サトル       男
ツツイ ハル         女
ホッタ ユウコ        女

ハヤシ ケイタ  17才  男
ホッタ エミ          女

イソノサン    犬    雄






0 すべての始まり。

    客電が付いている中、放送が流れる。
    空港内の音が響いている。


声  「アテンションプリーズ。全日空より、ご着席の皆様にお願いいたします。
    携帯電話、PHS、その他時計のアラームは、あらかじめお切り下さい。
    また、飲食、喫煙は御法度ですのでおやめ下さい。
    そして最後に、カメラや写メールによるフラッシュ撮影は、
    名古屋弁で言うならば『やめてくれだぎゃ』 
     なお機内で広島のお土産、お弁当を用意しております。お買い入れのお客様は、
    京都弁で言うならば『スチュワーデスに、声をかけておくやす』本便は終演直前には
    羽田に着く予定です。それでは、快適な空の旅を」


    客電が落ちていく。
    飛行機の飛び立つ音。
    照明がつく。

    舞台の中央にはベンチがある。
    奥に寂しげに立っている一本の木。枯れそうで、まだ何とか生きている。
    季節は春から夏へと変わろうとしている頃。

    舞台には変な格好男が浮かび上がる。
    犬のような、人のような。そして、手に日記帳を持っている。


イソノ「あの夏、イラクへと派遣された自衛隊の中には死者が出ていた。世界中の至る所で、
    戦争がまだ終わってないことを知らせるニュースが流れていた。あの夏。
    僕らは、僕らの中の何かが終わって新しい何かが生まれたことを知った。すべてのきっかけは、
    ほんの小さな奇跡。いや、きっといつだって始まりは小さな奇跡からなんだろう。
    ……あの小さな奇跡が起こった日。僕は、嫌な予感に襲われて家へと急いでいた」


    夏のある日、猛暑。蝉の鳴き声が響く。
    マツオが登場。
    舞台中央を見て、血相を変える。
    嫌な予感が当たってしまったのだ。


マツオ「イソノサン!」


    マツオは舞台中央で何かを抱きかかえるようにしてうずくまる。
    それは、あからさまに犬のぬいぐるみ。
    嗚咽。


イソノ「家に帰ったとき、イソノサンは既にぐったりとしていた。学校を休めば良かった。
    そう今更思っても後の祭り。何度体を揺らしても、イソノサンは返事を返すことはなかった。
    蝉の鳴き声がだんだんと遠くなっていくような気がした。舌を出しきったまま、
    イソノサンの咽はだんだんと上下する回数を少なくしていった。そして」

イソノ&マツオ「イソノサンの、息が止まった」

マツオ「イソノサン……イソノ……サン……」


    マツオは思い切り息を吸い込み、叫ぼうとする。
    その瞬間、イソノは日記帳を放りだし、

    
イソノ「ご主人!」

マツオ「……え?」

イソノ「大丈夫ですよご主人! わたくしは、ここにいます」

マツオ「誰が?」

イソノ「イソノサンです」

マツオ「どこに」

イソノ「ここに!」

マツオ「冗談は止めてください」

イソノ「冗談なんて……(と、マツオが抱いている肢体を目にし)うわっ。
    これがわたくしだったのですか……
    うわ〜。(うっとりと)かっこいい」

マツオ「なんなんですか、あなたは
    (と言って相手を見てみると、イソノの背の向こう側までうっすら見えたので驚いて)
     ……まさか」

イソノ「だから、ご主人。イソノサンですよ。あなたの忠実なるイソノサンが、カムバックしたのです」

マツオ「体が透けている……」

イソノ「死んでますから」

マツオ「昼なのに?」

イソノ「昼なのに」

マツオ「幽霊?」

イソノ「幽霊?」

マツオ「……イソノサン?」

イソノ「イソノサンなのです!」

マツオ「でも、イソノサンは犬じゃないか!!」

イソノ「ええ。ですが死んでみたらこんな格好になっていました。
    ……もしかしたら、前世は人間だったのかも」

マツオ「そんな馬鹿な話しが」

イソノ「じゃあ、ご主人。何か命令してみて下さい」

マツオ「命令を?」

イソノ「はい」

マツオ「……お手」

イソノ「ワン(言いながら、イソノサンはマツオの手の上に頬を載せる)」

マツオ「お座り」

イソノ「(今度は態度悪そうにうんこ座り)」

マツオ「待て」

イソノ「(なぜか、「待って」と頼んでいるポーズ)」

マツオ「イソノサンだ……」

イソノ「イソノサンです! おわかり戴けましたか!」

マツオ「でも……なんで……」

イソノ「決まっているじゃないですか。ご主人が心配だったからですよ」

マツオ「犬にまで心配される僕って……」

イソノ「そう言うところがあるから心配だって言うんですよ」

マツオ「なんか、情けないけど……ありがとうイソノサン。嬉しいよ」

イソノ「照れることを言ってくれないでください。とりあえずご主人、
    こちらの(と言って犬の死体辺りを指し)わたくしを」

マツオ「そうだね。……埋めてあげないとね」


    マツオ泣きそうになる。
    イソノサンはその肩を押すようにし、立ち上がらせる。
    マツオが歩いていく途中に、イソノサンは先ほど放り投げた日記帳を拾う。


イソノ「こうしてばかばかしいけど小さな奇跡が起こった日、もう僕……いや僕らの間は
    少しづつ変わり始めていた。それはただ、変わっていたことに僕がやっと気づくようになった
    だけかもしれないけれど。そして気づいてしまったからこそ、僕らはもう戻れない道を進むことに
    なってしまった。……だから、これは手紙なんだ。あの時の君へ。今の僕からの。
    長くて、暑い夏を閉じこめた。後悔の手紙。そして、君への最後の手紙。
    どうか、読んでください。 
    200○年の君へ。マツオユウスケ」


    イソノサンは日記帳を何かを受け取るように胸に、そして手放す。
    人物達が現れる。誰もが心に思う小さな想いを誰かに渡そうと手放していく。
    届きそうにない遠くへ向かって想いを飛ばす。
    届かなく、俯きながらそれでもまた同じ事を繰り返す。
    過去への想いの飛翔。


    暗転


1 始まりはいつだってうわさ話で


    夏の日。七月某日。
    期末テストも終わり、まだ日の照っている帰り道は、陽炎が立ち上るほど暑い。
    涼しげな鳥の鳴き声。それすらも暑さを減らす役目を持たない。
    ここはバス停。
    地元人間が多い高校のためか、高校生が使うことは少ない。
    大半の生徒の交通手段は自転車か徒歩。
    バスを使うほど中途半端な距離の生徒は皆無と言ってもいい。

    マツオが現れる。
    その横にはツツイの姿がある。
    少し離れてオザキも現れる。三人組の下校姿という感じ。


ツツイ「それで。犬小屋も処分しちゃったの?」

マツオ「うん。庭にあると思い出しちゃうからって母さんが」

ツツイ「でも、それってあんまりだと思うけど。だってマツオは? 

マツオはイソノサンのこと思い出すモノがないのって辛くないの?」

マツオ「でも、お母さんが辛いっていうんだから。仕方ないよ」

ツツイ「だけど、写真だって、イソノサンが使っていたタオルや、
     ボールだって処分しちゃったんでしょう?」

マツオ「タオルは始めから古くなっていたし。ボールも、イソノサンがいなくなっちゃったから、
     もう使わないからね」

ツツイ「だけど写真まで」

オザキ「いーじゃんか。マツオが良いって言ってるんだから。なぁ、マツオ」

マツオ「うん」

オザキ「んー。良い奴だねぇマツオは〜」

ツツイ「ちょっと、やめなさいよ。からかうのは」

オザキ「からかってないって。だいたい、ツツイは考えすぎなんだよ(と言って軽くツツイを叩く)」

ツツイ「オザキ! すぐ叩かないでよ!」

オザキ「こいつがそんなに小さいこと気にする分けないだろ」

ツツイ「あのねぇ。マツオはこう見えてデリケートなのよ」

オザキ「ふーん」

マツオ「あの、ツツイ」

ツツイ「なによ」

マツオ「『こう見えて』は余計だと思うけど」

ツツイ「だってぱっと見、マツオってデリケートには見え無いじゃない。ねぇ」

オザキ「うわっ。酷っ」

ツツイ「え?」

オザキ「マツオー。お前、可哀想な奴だな」

マツオ「いいよ。別に。気にしてないから」

ツツイ「うそっ。ごめんねマツオ。酷いこと言った?」

マツオ「だから気にしてないって」

オザキ「あーあ。マツオ傷ついちゃった」

ツツイ「あんたには関係ないでしょう!?」

オザキ「こわっ」


    オザキ、何かを避けるようなポーズ。
    ツツイは無言で睨むが、何も言わずにベンチに座る。


ツツイ「どうせ、私は怖いわよ」

オザキ「いじけるなよ〜。ちょっとからかっただけだろう?」


    オザキは良いながらツツイの隣りに座る。
    マツオは近くまで行きながら座らずに立っている。


ツツイ「マツオ? 座らないの?」

マツオ「いい。俺立ってる」

オザキ「座れよ。バス、まだ来そうにないんだし」


    言いながらオザキがツツイの方へ席を詰める。


ツツイ「ちょっと。暑苦しいから詰めないでよ」

マツオ「だから、俺は立っているから。ご心配なく」

ツツイ「別に、そんなつもりで言ったわけじゃ……じゃあ、私が立ってるから」


    言いながらツツイは立つ。


マツオ「いいよ。座っててよ」

ツツイ「いいえ。どうぞ、座って下さい」

マツオ「いいから、座ってなって。レディファーストです」

ツツイ「いいの。わたし。立っている方がいいから。座って」


    と、そこへ軽快な自転車のベル音と共に、ホッタユウコが現れる。
    ツツイに気づくと、ユウコは自転車を降りて


ユウコ「あ、ハル〜」

ツツイ「ユウコ〜」

ユウコ「相変わらず、モテモテねぇ〜」

ツツイ「馬鹿言わないでよ。あんたも一緒に帰ればいいのに」

ユウコ「バスなんて高級な乗り物、乗れるような身分じゃないんでね。
     それに、歩いたって10分くらいでしょ」

ツツイ「その10分が辛いのよ。特に部活後だと」

ユウコ「我が儘いいなさんな。あんたんとこそんなに練習大したこと無いじゃない。
     あたしなんて、練習でくたくたの上に自転車で帰るんだからね。
     若い頃から怠けていると、年取った時がキツイよ〜」

オザキ「おっと、ホッタ2号。その台詞は聞き捨てならないなぁ。
     演劇部の練習の何処が対したこと無いって?」

ユウコ「2号っていう呼び方は止めてよね」

オザキ「だって、2号じゃんかよ。とにかく。うちの部活の練習はこれでもきついんだぜ。なぁ、マツオ」

マツオ「うん。今日だって、結構先輩にしごかれたしね」

ユウコ「へぇ。お姉ちゃん達、結構厳しいんだ」

ツツイ「エミ先輩はそうでもないけどね」

ユウコ「ああ、成る程ね。……ま、あんた達○中トリオには丁度良いんじゃない? 
     劇楽しみにしているわよ」


同時に
オザキ「ああ、楽しみにしとけよ」
ツツイ「なによ○中トリオって!」
マツオ「うん。ありがとう」


ユウコ「おっしい。これで、そろっていれば、本当にトリオなのにね〜」

ツツイ「ユウコ! 怒るよ〜!」

ユウコ「それじゃあ、また明日〜」


    ユウコは言うと自転車で走り去る。


ツツイ「もう……」

オザキ「怒るな。皺が増えるぞ」

ツツイ「余計なお世話よ!」


    ツツイは怒り顔でベンチに座る。
    と、ホッタエミが現れる。


2  喧嘩話し

   ホッタエミはツツイを見つけて嬉しそうに。


エミ 「あら? ハルちゃんたち、まだ帰ってなかったの?」

ツツイ「あ、エミさん。お疲れさまです」

エミ 「お疲れさま。……モテモテね」

ツツイ「エミさんまで何言ってるんですか! そんなんじゃないですよ。
    エミさんこそ、今お帰りなんですか?」

エミ 「ちょっとね。色々手こずっちゃって」

ツツイ「手こずる?」


    と、舞台にハヤシが現れる。
    途端、ツツイは顔色を変える。


ハヤシ「エミ。ちょっと話しを聞いてくれたって良いだろう?」

エミ 「話すことはないって言ったはずだけど?」

ハヤシ「あれは誤解なんだって」

エミ 「あれってどれ?」

ハヤシ「だから……(声を潜めて)お前が、浮気だって思っていることだよ」

エミ 「そう。誤解なの。ふーん。アサミ、ユウカ、マキエ、リサ、シズコ、の、誰の話が誤解なの?」

ハヤシ「全部だって。全部誤解だよ」

エミ 「ミカとは、キスまでしたんだって?」

ハヤシ「誰からそんな話聞いたんだよ!?」

エミ 「ミカ、本人から」

ハヤシ「そんなの嘘だって。あいつ、からかっているんだよ」

エミ 「そ〜う。へぇ。そうなんだ」

ハヤシ「だから、俺の話を聞けって」

エミ 「さようなら」

ハヤシ「エミ!」


    エミが舞台から去る。


オザキ「やりますね〜ケイタ先輩。何股なんですか」

ハヤシ「お前ら。どうした? バス待ち?」

マツオ「ええ。そうです。なかなか来なくって」

ハヤシ「そうか。ここのバスって時間通りに来ること無いからなぁ」

オザキ「で、先輩、追わないんですか?」

ハヤシ「走れば直ぐ追いつくって。……ただ、なんて言っていいのか、さ」

オザキ「『ごめん。俺にとっては大事な女はお前だけなんだ! 許してくれ!』って言えば
     直ぐ許してくれますよ」

ハヤシ「馬鹿。そんなこと言えるか。……でも、あいつんち遠いしな……俺んち逆方向だし。
     もう帰ろうかなぁ。部活疲れた後にこれじゃあ、さすがにしんどいよな」

ツツイ「追った方がいいですよ」

ハヤシ「ツツイ?」

ツツイ「早く追わないとエミさん誤解したまんまだし。それで別れちゃったら、哀しいでしょう?」

オザキ「お! ツツイが良いこと言った。そうですよ、先輩。早く早く」

マツオ「オザキ」

オザキ「なんだよ」

マツオ「茶化すなって」

ツツイ「だから、早く追って下さい。早く」

ハヤシ「……わかった」


    ハヤシが走って舞台から去る。
    途端、ツツイは貯めていたモノを一気に吐き出す。


ツツイ「もう、駄目だ、あたし」

オザキ「いいのか? 追わせちゃって?」

ツツイ「なんで?」

オザキ「好きなんだろう? ケイタ先輩のこと」

ツツイ「誰が!?」

オザキ「お前だよ、お、ま、え」

ツツイ「まさか。そんな分けないって。何でそんな変なこと」

オザキ「バレバレなんだよ、お前」

ツツイ「なにが!?」

オザキ「先輩と話しているとき、表情がねぇ〜。違うんですよ。
     部活でだって、ケイタ先輩の話はいっつも真剣に聞くじゃんかよ」

ツツイ「それは一年だし、早く演技うまくなりたいから」

マツオ「先輩、演技指導担当だしね」

オザキ「だからって、顧問と話している時とじゃ、性格変わりすぎだろ? 
     なんなら、また練習始まったときに確かめてもいいですけど〜?」

ツツイ「あのね、ホント、馬鹿なこと言わないで。だって、エミさんって彼女がいるんだよ先輩には」

オザキ「へぇ。そうですか〜」

マツオ「……でも、好きなんでしょう?」

ツツイ「…………そうですけど。でも、もういいんだ。
    なんか、今はエミさんに幸せになってもらいたいって感じ」

オザキ「ケイタ先輩と別れた方が幸せだったりしてな」

ツツイ「そんなこと無いよ。だって、エミ先輩きっとまだ先輩のことが好きなんだと思うし。
    じゃなきゃ、あんなに怒ったりしないもん」

オザキ「余計今のうち別れた方が幸せなんじゃない?」

ツツイ「どうしてそういうこと言うの!? そんな人の不幸ばかり願っていると、
    自分が不幸になるわよ」

オザキ「願っているのはツツイだろう?」

ツツイ「もういい。今日はもう歩いて帰る」


    ツツイ、歩いていく
    

オザキ「おい! 待てよ。ちょっとからかっただけじゃんかよ! たくっ」


    文句を垂れながらオザキはツツイを追っていく。
    オザキとツツイが舞台から去る。

    追えないままに、マツオはベンチに腰をかける。
    と、2人が去った反対側から、バスの運転手の格好をしたイソノサンがやってくる。
    電車ごっこのように、ロープをわっかにして、その先頭を持っている。


イソノ「北風高校前〜。北風高校前〜。」


    マツオはぼんやりしたままバスに乗り込む。


イソノ「追わないんですか?」

マツオ「イソノサン!? なんでここに? その格好は?」

イソノ「いえ、ご主人そろそろ帰る頃かと思いまして。でも、幽霊の姿って案外スピード遅いんですよ。
    それで。これ」

マツオ「これって……まさか、バス泥棒!?」

イソノ「いえ。休憩していた運転手から、借りてきただけですよ」

マツオ「泥棒じゃんかそれって!」

イソノ「それよりご主人。本当、いいんですか? バスになんて乗って。追いかけなくても」

マツオ「大丈夫だよ。……オザキが走っていってくれたから」

イソノ「なるほど。だから、追いかけられなくなったんですね。ご主人」

マツオ「なにさ」

イソノ「青春、ですね〜」

マツオ「別に、オザキに気兼ねしてとか、そんなことじゃないよ」

イソノ「そうですか〜?」

マツオ「ただ……ツツイの話を聞いていたら。なぜだろう。痛くて、走り出せなかったんだ」

イソノ「ご主人」


    と、突如パトカーの音。


イソノ「ちっ。追いついてきやがったか」

マツオ「聞きたくないけど、聞いてもいい?」

イソノ「なんです? ご主人?」

マツオ「なにをした?」

イソノ「いやいや〜だって、わたくし元は犬ですからね。安全運転なんて出来ないわけですよ」

マツオ「てことは……」

イソノ「大丈夫。逃げ切って見せますから。しっかり捕まっていて下さいよ」

マツオ「いや、放して……放して〜」


    イソノサンとマツオは一緒に繋がったまま舞台を走り去る。
    パトカーの音が徐々に小さくなっていく。
    と、徐々に暗くなり同時に鳴り響く電話の音。


3 電話


    暗闇の中。舞台にツツイが現れる。片手に携帯電話を持っている。


ツツイ「はい。……先輩、ですか……明日? ……公園……? 時間は? ……え? 
    ……はい。はい。分かりました」


    と、電話を切ったツツイは一つ溜息。俯く。
    話しかけられたのか、気丈に顔を上げて。


ツツイ「なに?お母さん。 ううん。別に対した電話じゃないよ。 ……話し? 
    どうしたの改まって。……え?」


    驚くツツイの顔を残し暗闇に。
    同時にツツイの反対側に、イソノサンが浮かび上がる。
    手に持った文章を、イソノサンは読む。


イソノ「小学校の時、学芸会で劇をやったことをこのごろ良く思い出す。
    演目がなんだったかは覚えていないけど。
    でも、初めて舞台に立った経験であることは間違いない。僕は、木の役だった。
    芝居の始めから終わりまでずっと舞台の上に立っていた。
    風が吹く場面で、木の葉を揺らす以外動くことはない。物語が変化する中、
    登場人物達が変わっていく中、僕だけはずっと変わらない木のまんま立っていた。
    ただ、立っていた。無邪気に。木であることで満足して……」


    そこはいつものベンチ。マツオとオザキが既にベンチの周りにいる。
    どうやら、昨日の電話の話を、ツツイはオザキとマツオにし終えたらしい。
    が、それとは関係なくオザキとマツオは会話をしている。


4 相談


ツツイ「というわけなのよ〜」

オザキ「……しっかし、昨日のパトカーはすごかったよな」

マツオ「本当、死ぬかと思ったよ」

オザキ「恐がりだなぁ。たんにバスとパトカーがカーチェイスしただけだろ?」

マツオ「あ、う、うん。まあね」

オザキ「にしても、犯人が捕まらないなんて、本当物騒だよな。無人だったって話しもあるんだとさ」

マツオ「まぁ、無人ってのはあながち間違ってないと思うけど」

オザキ「ん? 何か言ったか?」

マツオ「ううん。なにも」


    俯いていたツツイはとうとう耐えられなくなって。


ツツイ「ねぇ」

マツオ&オザキ「はい?」

ツツイ「なんで、やっとの思いで相談しているのに、私の話を聞かないで、
     そんなパトカー対バスの話しなんてしているわけ?」

オザキ「んなこと言ったって、お前の話にどうコメントしろって言うわけ?」

ツツイ「困ってるのよ」

オザキ「んなこと言われても……そんな電話もらったってなぁ」

マツオ「なんか、微妙だよね」

ツツイ「そう! マツオ良いこと言った! 微妙なのよ。微妙。
    私、あれから先輩のことをふっきろうってすっごい悩んだのに……
    まさか、ケイタ先輩本人からの電話で、会いたいなんて言われるとは……」

マツオ「ホッタ先輩とうまくいってないのかな?」

ツツイ「エミさん、結構強情っぱりだからね。でもだからって
    違う女の子、しかも後輩に電話したりするかなぁ」

オザキ「あの先輩ならあり得る。だって、彼女いるのに何股もしているんだから」

ツツイ「たしかに、そう言うとこだらしないよね……」

マツオ「会うの?」

ツツイ「どうしようかな」

オザキ「迷うことなんてないだろ? 会ってどうするんだよ。告白でもするわけ?」

ツツイ「それは……エミさんに申し訳ないと思う」

マツオ「会わなければ?」

ツツイ「……後悔、しちゃう気がするの。あの時、会っておけばって。だから……」

マツオ「会わなきゃ良かったって思うかもよ」

ツツイ「そうだけど……」

オザキ「なんだよ。もう、会うって決めてるんじゃんか。(マツオに)なぁ」

マツオ「うん。じゃあ、会えば良いよ」

ツツイ「そうなんだけど。そうなんだけどさぁ」

オザキ「なんだよ。なにが問題なんだよ?」

ツツイ「お願い! 一緒についてきて」


オザキ&マツオ「はぁ!?」


オザキ「おいおいちょっとまて、お前いくつだ」

ツツイ「今年、16になります」

オザキ「待ち合わせ場所は?」

ツツイ「近所の公園です」

オザキ「待ち合わせている人は」

ツツイ「先輩です」

オザキ「それでなんで、俺たちがついて行かなくちゃいけないんだよ!」

ツツイ「だって! 会う時間だって遅いし」

オザキ「何時?」

ツツイ「先輩が塾の後でって。だから、9時くらい?」

オザキ「大丈夫。お前は、襲われない」

ツツイ「そうじゃなくて」

マツオ「会うこと自体が怖いの?」

ツツイ「そうじゃなくて……自分の気持ちが分からないから。
    もしかしたら、なんでもないことなのかも知れないけど、告白されちゃったりして……
    そうなったら、断れるか自信ない」

オザキ「なんだそりゃ。ふっきったんだろ?」

ツツイ「ふっきったよ! ふっきったけど!……でも、怖いの。呼び出しなんてされたこと無いから、
    それだけでドキドキするし。」

マツオ「……近くに隠れていればいいの?」

ツツイ「うん」

マツオ「平気そうなら、直ぐに帰るけど」

ツツイ「ありがとう」

オザキ「ジュースおごりな」

ツツイ「わかってる」

オザキ「なにかあったら、追加報酬だから」

ツツイ「うん。それでいい」

オザキ「たく、しょうがねえなぁ」


    オザキが仕方なさそうに言うと、マツオはあわせるようにうなずく。
    三人のいい雰囲気。


ツツイ「あーよかった。これで、問題が一つ片づいたようなもんよね」

オザキ「なんだよ。まだなんかあるのか?」

ツツイ「ううん。なんでもないの」

オザキ「あっそ」


    しかしツツイの顔を見て、マツオは心配げに


マツオ「何か心配あったら、いつでも相談乗るよ?」

ツツイ「大丈夫。なんでもないって。マツオは優しいなぁ」

オザキ「どうせ、宿題がまだ終わってないとかだろ?」

ツツイ「うるさいっ。色々あるのよ女の子には」

オザキ「女の子、ねぇ」

ツツイ「なによ」

オザキ「別に」


    と、また、バスの運転手の格好をしたイソノサンが現れる。


イソノ「北風高校前〜。北風高校前〜。」


    皆乗り込むがぎょっとするマツオ。一応先頭に乗り込んで。


マツオ「イソノサン……またなの?」

イソノ「今度は大丈夫。安全運転で、きました」

マツオ「ならいいけど」

オザキ「知り合いか?」

マツオ「まさか!? 全然知り合いなんかじゃないよ」


    と、ユウコが現れる。


ユウコ「まって! そのバス待って!」

ツツイ「ユウコ!」

イソノ「はい、ドア閉まりまーす」

マツオ「待ってあげてよ!」

イソノ「待ちまーす」


ユウコが乗り込んできて


ユウコ「よかったぁ。間に合ったわ」

ツツイ「今日は自転車は?」

ユウコ「ちょっとね」

オザキ「とうとう重さに耐えきれなくなったか」

ツツイ「なんで、あんたはいつもそういうこと言うのよ!」

イソノ「発車します〜」


    ハヤシが現れる。
    じっと、ユウコを見る。ユウコは振り切るように背を向け、ツツイに話しかける。
    四人、なんだか不格好に揺られながら、退場する。
    そして、夕闇が空を支配し、徐々に暗闇へと変わっていく頃。


5  そして、公園で。


    夏の暑さのためか、気だるさが支配している公園。
    街灯の明かりが、なんだか怪しく辺りを照らしている。
    昼間とは違い、そこはやけに草花が主張しあっている。
    ハヤシは時間を確かめると、ふと、煙草を吸う。

    ツツイ、オザキ、マツオの三人が、舞台に現れる。
    その後ろからイソノサンも心配げな顔でついてきた。


マツオ「別に、イソノサンは来なくても良かったんだよ」

イソノ「そんなわけにはいかないですよ。ご主人が惚れている女が
    ピンチになるかも知れないって言うのに」

マツオ「何時からそんな話しになったんだよ」

オザキ「おい。マツオ。なに、一人事言ってるんだよ。びびってるのか?」

ツツイ「ごめんねマツオ。やっぱり、無理そうだったら、帰っちゃってもいいよ?」

マツオ「ちがうよ。虫がおおいから、つい愚痴っちゃっただけだって」

オザキ「多いか? 虫」

マツオ「そろそろ隠れないと、オザキ。俺たちが見つかっちゃ意味無いんだし」

オザキ「そうだな。じゃあ、ツツイ。危なくなったら、大声だせよ」

ツツイ「まかせといて」

マツオ「頑張って」

ツツイ「ありがと」


    マツオとイソノサン、オザキはベンチの裏に隠れる。
    ツツイは、背中を向けているハヤシに話しかける。


ツツイ「ハヤシ先輩。高校生の喫煙は、法律で禁止されているんですよ」

ハヤシ「ああ、ツツイか。ごめんな。こんな時間に呼び出しちゃって」

ツツイ「いいんです。用事ってなんですか?」

ハヤシ「電話で済ませても良かったんだけどさ。あった方がこういうのって話しやすいと思うんだ」

ツツイ「どんな話しですか?」

ハヤシ「……ツツイがうちの高校入ってきてから、もう三ヶ月か」

ツツイ「そうですね。まだ、一年生ですから」

ハヤシ「一年から見た三年って、どんな感じに見えるのかな?」

ツツイ「そりゃあ、先輩って感じですよ」

ハヤシ「そうか」


    ハヤシとツツイ、なんだか普通に話している(無声)
    途中、ハヤシが煙草を吸うが、ツツイは止めない。
    ベンチから、ひょっこり三人顔を出し。
    


オザキ「なんだよ。普通の会話じゃんか」

イソノ「よかったですね、ご主人」

マツオ「(イソノサンに)別に、心配なんかしてないって」

オザキ「そうか? マツオ、結構そわそわしてたじゃんか」

マツオ「僕が?」

イソノ「自分では分からないものなんですよ」

マツオ「そんなこと……」

オザキ「しっ。」


    三人がベンチに顔を隠す。
    ハヤシが煙草をふと消して


ハヤシ「そっか。じゃあ、二年差っていうのも、あんまり問題ないのかな?」

ツツイ「私は、そう思いますけど。年の差なんて……べつに」

ハヤシ「じゃあ、俺にもまだ、脈はあるかな」

ツツイ「(自分のことかと思って)……どうでしょう」

ハヤシ「……ユウコちゃんって、好きな人いるのかな?」


    ベンチのマツオとオザキは思わず驚く。
    が、マツオが驚きの声を挙げようとした途端、オザキがふさいでベンチの影に姿を消す。
    ツツイはさらに驚いて、


ツツイ「ユウコちゃんって……ホッタユウコですか?」

ハヤシ「そう」

ツツイ「いないはずですけど」

ハヤシ「そっか。じゃあ大丈夫かな」

ツツイ「……もしかして、ユウコと?」

ハヤシ「うん。今日話してみたら、そんな悪い反応じゃなかったし」

ツツイ「エミ先輩の妹じゃないですか!?」

ハヤシ「そうだよ?」

ツツイ「そうだよって……エミ先輩はどうなるんですか!」

ハヤシ「エミは……仕方ないよ。昨日別れちゃったし」

ツツイ「別れたんですか!?」

ハヤシ「だって、あっちから言ってきたんだし」

ツツイ「だからって……元はと言えば先輩が」

ハヤシ「なに? 俺が悪いわけ?」

ツツイ「そう言うわけじゃ……でも、エミ先輩が(可哀想)」

ハヤシ「でも、安心したよ。2個も下だとあんま接点無いしさ。部活も違うし。
     あれでユウコちゃんって遊んでそうにも見えたから。彼氏とかいるんだと思ってた。
     嫌じゃん? 男がいるのに狙うのなんて」

ツツイ「…………」

ハヤシ「だから、悪いんだけどツツイにも協力してもらいたいんだけど」

ツツイ「……いいです、けど」

ハヤシ「ありがと。今度何かおごるよ」


    無言の空間。
    ふと、ハヤシがからかうように口を開く。


ハヤシ「よかった。相談する相手がツツイで」

ツツイ「え?」

ハヤシ「普通、女の子を夜の公園なんかに誘ったりしたら、告白とでも間違えられちゃうもんな」

ツツイ「そうですよね」

ハヤシ「その点ツツイは平気だからさ」

ツツイ「そう、見えますか?」

ハヤシ「だって、思わないだろ? 誰も。ツツイと俺がつき合うなんて。
     (笑って)ああ、わるい。気にさわっちゃったらごめんな」

ツツイ「いえ、別に」

ハヤシ「ツツイも、恋愛経験多くした方がいいよ。いつまでも仲良しごっこじゃ、
     まともに彼氏もできないぞ」

ツツイ「…………」


6 助ける2人

    オザキがベンチからあからさまにわざとらしく現れる。


オザキ「あっれぇ。ケイタ先輩じゃないですか。ほら、マツオ、ケイタ先輩だよ」


    マツオもすこし頼りなくベンチから現れる。


マツオ「…………」

オザキ「(マツオに)何か言えよ」

マツオ「こんばんは」

ハヤシ「なんだ、お前達。ずっと見てたのかよ」

オザキ「見てた? なにをですか?」

ハヤシ「いや、別に」

オザキ「珍しいですね。先輩がこんな所で……あれ? ツツイもいる(肘でマツオをつつく)」

マツオ「……本当だ」

ハヤシ「ああ、ちょっと偶然会ってね」

オザキ「へぇ。偶然、ですか」


    オザキは言いながらツツイを背に隠すようにハヤシの前に立ち、


オザキ「それで? なんの話しをしていたんですか?」

ハヤシ「べつに。話しはもうすんだ」

オザキ「そうですか。じゃあ、もう用はないんですよね?」

ハヤシ「ああ。じゃあ、ツツイ。例の話しよろしく。
     お前らも、あんまり遅くまでたむろっているんじゃないぞ」


    言いながらハヤシは去る。
    ツツイはしばらく無言。


オザキ「気にするなよ」

ツツイ「…………」

オザキ「先輩がああいう人間だってわかって良かったじゃんか」

ツツイ「…………」


    オザキはマツオにも何かを言えという合図を送る。
    マツオは悩みながら。


マツオ「ツツイには、もっといい相手が見つかるよ」


    ツツイはマツオの言葉にふと、息を思いっきり吸い込む。
    大声で叫んだ。


ツツイ「なんじゃそりゃーー」

マツオ「ごめん」

ツツイ「ううん。マツオに言ったんじゃない。もちろんオザキにもね。
    でも、なんか、『なんじゃそりゃー』って感じ。なにあれ? あんなんあり? 
    なんか、体全部が『なんじゃそりゃー』って叫んでる」

オザキ「(ツツイの口調を真似て)なんじゃそりゃ」

ツツイ「だって、本当そうなんだもん。なんか、今までのあたしとか、
    2人にわざわざついてきてもらったのとか、そういうの全部、なんじゃそりゃって感じでしょ? 
    ああ、もう、本当。意味、わからないよね」


    言いながらツツイの顔はふと俯く。
    泣いているのだろうか?
    心配そうにマツオとオザキが近づいた瞬間、ツツイの顔がぱっと上がる。


ツツイ「よし、帰ろう」

マツオ&オザキ「はぁ?」

ツツイ「だから、帰ろう。もう用事すんだし。いつまでも、こんなとこにいてもしょうがないし」

オザキ「まぁ、そりゃそうだけど」

マツオ「ツツイは? もう平気なの?」

ツツイ「平気平気。叫んだおかげですっきりしちゃった。見事吹っ切り成功です!」

オザキ「単純な奴」

ツツイ「それが取り柄ですから〜」

オザキ「確かにそうか。じゃあ、帰ろうぜ。なぁ、マツオ」

マツオ「あ、ああ。うん」

ツツイ「そうそう。帰りは送らなくて良いからね」

オザキ「そんなわけには行かないだろう?」

ツツイ「どうして?」

オザキ「夜道は、危ないじゃんか」

ツツイ「大丈夫。私、襲われたりしないから」

オザキ「事故るぞ」

ツツイ「家、すぐそこじゃん」

オザキ「だけどな」

ツツイ「悪いけど、一人で帰りたい気分なの……ごめんね」

オザキ「分かったよ」

ツツイ「うん。(走りかけ2人を見て)じゃあ、今日はお疲れさま」


    と、ツツイが去りかける


マツオ「ツツイ!」

ツツイ「…………なに?」


マツオ「いや……気をつけて帰りなよ」

ツツイ「うん」


    ツツイが去る。
    しばらく公園の中は無言が支配する。
    虫の声だけが響き渡る。

7 告白


オザキ「あいつ、泣いてたよな」

マツオ「うん」

オザキ「くそっ……ケイタ先輩も、なに考えてるんだかな」

マツオ「うん」

オザキ「こんな事になるんだったら、絶対こんなとこ来させたりしなかったのになぁ」

マツオ「うん」


    しばらく2人無言になる。
    虫の音がやけにうるさい。


オザキ「なあ、マツオ」

マツオ「なに?」

オザキ「ツツイのこと、どう思う?」

マツオ「どうって……そりゃあ僕も心配だよ」

オザキ「そうじゃなくて……」


    オザキはまっすぐにマツオを見る。
    が、直ぐに目をそらすようにして、どこか遠くを見て。


オザキ「……俺、ツツイのこと、好きなんだ」


    虫の音が止む。


マツオ「え――?」

オザキ「いつからとか、そういうのよく分からないんだけど……今日、はっきりと分かった。
     俺、アイツのこと好きみたいなんだ」

マツオ「好きって言うのは、その、つまり?」

オザキ「ああ、ごめん。こういう話し、マツオにはまだ早かったよな? 
     つまり、中学の時まで見たいに、仲良しな相手としては見れなくなっちゃったってこと」

マツオ「……いつ、から?」

オザキ「だから、分からないんだって。恋って言うのは、知らないうちに始まっちゃっているのさ」

マツオ「…………」

オザキ「俺、たぶんツツイに告ると思う。うまくいくか分からないけど。
     でも、うまくいっても、失敗しても、マツオはこれまで通り、俺たちと友達でいて欲しいんだ。
     大丈夫、だよな?」

マツオ「…………」

オザキ「マツオ?」

マツオ「(明るく)応援するよ。うまくいくといいよね」

オザキ「ああ。ありがとう。まぁ、あいつのことは良く知っているから。大丈夫だとは思うけどな」

マツオ「自信過剰すぎじゃないの? もしもって事もあるんだから」

オザキ「分かってるって……でも、よかった」

マツオ「なにが?」

オザキ「マツオに言っておこうかどうかずっと悩んでたんだ」

マツオ「なんでだよ。友達じゃんか」

オザキ「だって、マツオもツツイのこと好きなんじゃないかって思ってたからさ」


    オザキの方から風が吹く。
    その風に背を向けるようにマツオはオザキから目を逸らす。


マツオ「友達として好きだよ。でも、そういうの僕、よく分からないし」

オザキ「だよなぁ。……まぁ、いつまでもこんな話しをしていてもしょうがないし。帰ろうぜ?」

マツオ「あ、うん」


    オザキとマツオは帰りかけて


マツオ「……あ、ごめん。先帰ってて」

オザキ「どうしたんだよ?」

マツオ「僕、もうちょっと夜風に当たってから帰るよ」

オザキ「なんだ、だったら俺も」

マツオ「一人で! ……ううん。ちょっと、色々考えたいんだ。ここのところ、色々あったし」

オザキ「そうか? ああ、イソノサンの事もあったしな」

マツオ「うん」

オザキ「わかった。んじゃ、また明日な?」

マツオ「また明日。気をつけて」

オザキ「ばーか。お前こそだろって」


    オザキが去る。


マツオ「ツツイを……そんなの……言える分けないだろう?」


    虫の声が蘇る。
    マツオは身動きが取れずにいる。
    と、イソノサンが現れる。


イソノ「やっぱり、ご主人あの子が好きなんじゃないですか。いいんですか? このままで。
    友人に取られちゃいますよ」

マツオ「いいんだ……」

イソノ「ご主人……わたくしはね、ご主人のそう言うところが心配だったんですよ。
    自分押さえ込んで、人のことばっかり。わたくしたちの世界だってねぇ。
    もうちょっと自分のことを考えますよ。
    それをなんですか。好きな女がいるのなら、他人の事なんて気にせずに、
    バーンとぶつかればいいじゃないですか、ばーんと」

マツオ「いいんだ!……(明るく)さぁ、それよりもイソノサン。
    どうやったらあの2人をくっつけてあげられるかなぁ?」

イソノ「ご主人〜」

マツオ「余計なこと言って2人の関係悪くさせちゃっても仕方ないし。
    僕、そう言う方は全然詳しくないから……でも、考えてみれば不思議だよね。
    男2人に女の子一人で、今までこういう話しにならなかったんだから。
    やっぱり、三人で待ち合わせして、僕だけ行かない。とか、そう言う配慮が必要なのかな?」

イソノ「なんで、そんなに2人にご主人が気を使わなくちゃいけないんですか。
    なるようにならせちゃえばいいじゃないですか」

マツオ「だって、オザキもツツイも友達だから」

イソノ「……」

マツオ「帰ろうっか? いつまでもこんな所にいたってしょうがないもんね」

イソノ「はい」


    マツオが歩いていく。


イソノ「ご主人は強かったんですね」

マツオ「え?」

イソノ「いいえ。……気になっていたモノが、はずれただけです」


    マツオが去る。
    イソノが去る。


8 一つの事実


    何日か後の朝
    マツオとオザキが現れる
    バス停にて、学校へと向かうバスを待っているらしい。


オザキ「なんでだよ、マツオ。協力してくれよ」

マツオ「勘弁してよって、言っただろう?」

オザキ「なんでだよ。もうすぐ夏休みだしさぁ。良い考えじゃんか」

マツオ「毎日毎日同じアイデアしかでないのかよ。もう、何度も断ったろ?」

オザキ「先週は、協力するって言ったくせに」

マツオ「内容によるよ! ……ダブル・デートなんて……だいたい、
    ツツイとお前は良いとして、僕はどうするんだよ」

オザキ「大丈夫。考えてあるって。実は一昨日からホッタ2号に頼んであるんだ」

マツオ「ホッタさんに!?」

オザキ「あいつなら、俺等と同じ○中だし、マツオもそんな抵抗無いだろ?」

マツオ「だけど……それで、ホッタさんはなんて?」

オザキ「それが、昨日も一昨日も断られたわけよ」

マツオ「なんだ」

オザキ「でも、マツオだって落ちたんだ。今日も説得すればもしかしたら……」

マツオ「そんなに、ダブル・デートがしたいの?」

オザキ「本当はデートが良いんだけど……でも、それだと、口実が見つからないから」

マツオ「口実……ねえ」


    と、ホッタユウコが現れる。


マツオ「あ、おはよぉ」

ユウコ「おはよ〜。なんだ、2人もこんな時間に家出ているの? 間に合うの? それで」

オザキ「お、ホッタ2号。今日は自転車どうしたの?」

ユウコ「だから2号って呼び方は止めてって。ちょっと、今日は用事があってね」

オザキ「さては男と待ち合わせだな?」


    ユウコはあからさまに動揺する。


ユウコ「違うわよ!」

オザキ「なんだよ。適当に言ったのに、図星かよ。残念」

マツオ「よかった。これで、あの話しは無しだな」

ユウコ「あの話し?」

オザキ「まぁ、他を考えるさ」

ユウコ「ああ、ダブル・デートしたいって奴ね。ごめんね〜マツオ君。お相手できなくて」

マツオ「いいんだよ、別に」

オザキ「じゃあ、ホッタ2号と、その彼氏と、俺とツツイでデートしようよ」

ユウコ「……それは無理だと思う」

オザキ「なんでぇ。そういうの嫌いな相手なわけ?」

ユウコ「それは全然ないんだと思うけど」

オザキ「だったら」

ユウコ「でも、つき合っていること自体秘密だから。本当はオザキにも絶対知らせないつもりだったし」

オザキ「んだよ〜それ。不倫か?」

ユウコ「そんなんじゃないわよ! ……でも、特に、ハルには知られない方がいいと思うの」


    オザキとマツオ、一瞬訳が分からなくて顔を見合わせる。
    が、直ぐに思い当たる。


オザキ「はぁ!? じゃあなに!? お前って、まさか!? まじかよ!」

マツオ「ケイタ……先輩と?」

ユウコ「絶対誰にも言わないでよ! ハルにばれなくても、お姉ちゃんにばれたりしたら、
    間違いなく2人とも命無いんだから」

オザキ「でも、何でそんな話しになっているわけ?」

ユウコ「好きだって言い寄られちゃってさ。弱いんだよね。あたし、そう言うの」

オザキ「でもお前なんでまた……姉とつき合っていたんだろ? 平気なのかよ」

ユウコ「いいのよ。それは。だってケイタ先輩は今あたしのことが好きなんだから」

オザキ「絶対、後悔するってそれ」

ユウコ「いいの。人の恋愛に一々口出さないでよ。彼女もいないくせに」

オザキ「うるせえなぁ。それは今頑張ってるんじゃんか。なぁ、マツオ」

マツオ「あ、うん」


    言いながらマツオは時間を気にする。
    バスの時間になろうとするのに、ツツイの姿がまだない。


オザキ「あ、もうすぐ時間か……」

マツオ「遅いね」

ユウコ「あ、やだ。待ち合わせの時間過ぎちゃうじゃん。もう、絶対ハルには内緒だからね」

オザキ「分かってるよ」


    ユウコ去りかけ


ユウコ「あ、ハルなら今日は休むんじゃない? 色々あると思うし」

オザキ「なんだよ色々って。どうせ寝坊だろ? よし、いた電かけようぜ」

ユウコ「あんたそれで本当にハルの彼氏志望なわけ? もうちょっとデリカシー持ちなさいよ」

オザキ「そんな気にする方がアイツにとっては悪いんだよ」

ユウコ「そんなもんかな。まぁ、頑張ってよ。遠距離なんて、続かないと思うけど」


    一瞬、オザキとマツオは顔を見合わせる。
    意味が分からない。
    周りの音が大きくなる。


オザキ「はぁ? お前何言ってるの?」

ユウコ「だって、広島と東京でしょ? 立派な遠距離じゃん」

オザキ「だからそれって……はぁ!?」

マツオ「どういうこと?」

ユウコ「え……やだ……ちょっと。……知らなかったの?」


    音に辺りが包まれる。
    心が拒否しているのか、鼓膜をつんざくように高く聞こえる鳥の鳴き声。
    
    急速に暗くなる。
    そして、闇の中に浮かび上がってくるイソノサン。
    手に、文章を持っている。


イソノ「誰もが変わっていく。僕だけを残して。不格好に枝を揺らして、
    僕だけが舞台の上で変わらないまま立っている。声も出せずに浸りきって
    目の前の景色をただ見つめている。何か言わなくちゃ。……でも、僕は木だから。
    見つめていた。ずっと。変わっていく姿たちを」


9 喧嘩


    夕方。
    下校途中の帰り道。
    マツオが足早に現れる。
    後ろの会話を聞きたくなくて耳をふさいで。
    いつもなら座らないはずのベンチに、腰を下ろして疲れたように溜息をつく。

    その後ろから会話をしながらオザキとツツイ登場。
    言い合いながら現れる。


オザキ「だから俺はそういうことを言ってるんじゃないだろ!?」

ツツイ「じゃあなによ! 何が言いたいのよ!」

オザキ「だから何度も言ってるじゃんかよ。うまく言えないって」

ツツイ「言えないんだったら、言わなきゃいいでしょ!」

オザキ「お前そういうこと言うか!?」

ツツイ「怒鳴らないでよ。変な目で見られるでしょ」

オザキ「あーー、くそっ。だからな」

ツツイ「なによ!」

オザキ「なんで、俺らより先にホッタ2号の方がお前が引っ越すって話しを知ってるんだよ」

ツツイ「だって、急だったし」

オザキ「そんな前の話しかよ!? なんだよ広島って」

ツツイ「だからお父さんの転勤先で」

オザキ「そう言うこと聞いてるんじゃないんだよ」

ツツイ「じゃあなによ。いったいなにが聞きたいの?」

オザキ「……もういい」

ツツイ「なにがもういいのよ」

オザキ「もういい。引っ越すなら、勝手に引っ越せば。はいはいさようなら」

ツツイ「なにそれ? 自分から聞いてきたくせに」

オザキ「だってお前言う気ないんだろ?」

ツツイ「だから、何が言いたいのって聞いているでしょ?」

オザキ「いいよ、もう行きたきゃどこでも勝手に行けよ」

ツツイ「そうですか、ありがとうございました!」


    ツツイがベンチに座る。
    不器用な沈黙が続く。


オザキ「……いつなんだよ」

ツツイ「……なにが?」

オザキ「引っ越し」

ツツイ「……一学期終わったら」

オザキ「そんなに早くかよ!」

ツツイ「夏休みの間に準備しなくちゃいけないことたくさんあるし」

オザキ「何でもっと早く言わないんだよ」

ツツイ「急だったから……」

オザキ「早めに言われれば、どっか行ったりとか計画出来たじゃんかよ!」

ツツイ「そういうのなんか嫌だし」

オザキ「だからって、何も言わないなんてありかよ!」

ツツイ「……」

オザキ「……友達、だろう?」

ツツイ「……言えないわよ。言えるわけないでしょ? 言えない。絶対言えない。
    だって、あたしだって嫌なんだから。何度も、お父さんに文句言って、お母さんに泣きついて。
    嫌で、嫌でしょうがなくって。せっかく高校だって受かったのに。必死に勉強して、
    また友達と一緒に毎日過ごせると思ってたのに。広島だよ? ……遠すぎだよ。
    ……嫌で嫌で消えたいくらい嫌で、なんであたしだけなんか嫌な目にばかり遭うのとか思って。
    もうあたしなんかいなくて良いよとか思うのに……そう、言えばいいの?
    あんた達に。そう言えば、よかったの?」

オザキ「ツツイ……」

ツツイ「……マツオは、ずっと黙っているんだね。やっぱり、怒ってるの?」

マツオ「僕は……」


    と、ホッタエミが現れる。
    後ろからホッタユウコも現れる。


ユウコ「だからお姉ちゃん。別に怒るような事じゃないでしょ」


    ユウコの言葉にエミは振り向く。


エミ 「怒ってないわよ。別に私怒ってません」

ユウコ「怒ってるじゃん」

エミ 「怒ってない」

ユウコ「じゃあ何で、学校で話しかけても無視するわけ?」

エミ 「無視してないでしょ」

ユウコ「そんなに、あたしに彼氏が出来たのが嫌なわけ」

エミ 「あのね。あたしがいつあんたがつき合っている相手についてとやかく言った? 
    あんたが誰とつき合おうが自由。あたしは別にとやかく言うつもりはないわよ。
    ……あたしが怒っているんだとすればあんたじゃなくて、
    そこであたし達の会話を聞いて笑っているあの男に対してよ」


    ハヤシが現れる。


ハヤシ「なに? 俺のこと」

エミ 「私と別れたからって、こういうことするわけ?」

ハヤシ「どういうこと?」

ユウコ「なんか、ケイタが私とつき合っているのを、当てつけだと思っているみたい」

ハヤシ「まさか。そんな分けないって」

エミ 「じゃあ、どういうワケなのよ?」

ハヤシ「人の心は変わるって事だろ?」

エミ 「へぇ。ずいんぶん早い心変わりね」

ハヤシ「常に変わっていく。それが人ですから」

エミ 「ふうん。じゃあ、また直ぐ変わってもおかしくないわけだ」

ハヤシ「もしかしたらね(ユウコの視線に気づき)いや、俺恋したら一筋ですよ」

エミ 「勝手に言ってなさい!」


    エミは舞台を走り去る。


ユウコ「ごめんね。お姉ちゃんって思いこむと暴走しちゃうから」

ハヤシ「分かってる。それで俺誤解されたんだし」

ユウコ「あたしも良く誤解されるんだよね〜」


    と、そこで初めてユウコはツツイ達の姿に気づく。
    ツツイは呆然として2人を見ている。


ツツイ「……ユウコ……」

ユウコ「(慌てて)ケイタ。今日は家まで送っていってあげる」

ハヤシ「え? いや、別にいいよ」

ユウコ「いいからいいから。遠慮しないで」


    ユウコは言いながらハヤシを連れて舞台を去る。
    ツツイは立ち上がって。


ツツイ「ユウコ」

オザキ「あっちゃぁ……」

マツオ「(溜息)」

ツツイ「……知ってたんだ。2人とも」

オザキ「いや、べつに」

ツツイ「知ってたのに、隠してたんだ?」

オザキ「別に隠していたわけじゃねえって」

ツツイ「人のこと、言えないね」

オザキ「おい、ツツイ、聞けよ!」

ツツイ「いいよ。私なんて、ほんともういいよ!」


    ツツイは舞台を走り去る。


オザキ「おい! ツツイ!」


    オザキは後を追いかけようか悩む。が、直ぐに追いかける。
    マツオはベンチに座ったまま、頭を抱える。
    沈黙。そして、声が聞こえる。


イソノ「追わないんですかい?」

マツオ「いいんだ。どうせ」

イソノ「どうせ?」

マツオ「僕には、なにも言えないから」

イソノ「そうでしょうか?」

マツオ「変わって行くんだ。みんな、変わっていっちゃうんだ。僕を置いて。
     僕はなにも言葉をかけられない。……大事な場面でも、ただ木でいることしかできないんだ」

イソノ「ご主人……木って言うのは、こういうのをいうんですよ?」


    イソノサンが現れる。
    というより、背景だった木が、イソノサンになる。


マツオ「イソノサン!? その格好は?」

イソノ「木です」

マツオ「いや、それは分かるけど……なんで!?」

イソノ「いや、なんか冗談半分で木の中に潜り込めるかやってみたら、以外と入り心地が良くてですね」

マツオ「そんなこと、冗談半分でしないでよ」

イソノ「まぁ、それはともかく。このままで、いいんですか?」

マツオ「……その格好でシリアスやられても」

イソノ「意外でしょ?」

マツオ「ぶちこわしだよ!  ……いいんだよ、僕なんか」

イソノ「そう言って、あの子は走っていきましたね」

マツオ「……」

イソノ「そうですか。いいですか……2人とも、友達、だったんじゃないですか?」


    マツオが俯く。
    イソノサンはいつの間にかまた背景の木に戻る。
    マツオの顔が上がる。


マツオ「うん。友達だよ。……いくら変わったって……それは、変わらない」


    マツオがベンチから立ち上がる。


マツオ「ありがとうイソノサン。僕、行くよ」


    マツオが走り出す。
    送るように、木の葉が揺れる。


11 解決?

    音楽の中、空は次第に曇り出す。
    2人を捜すマツオ。
    走って走って、走り続ける。

    その足は観客席を走り抜け、ドアを走り抜けていく。
    いつの間にか、舞台にはツツイがとぼとぼ歩いている。

    雷が鳴る。

    オザキがツツイに追いつく。
    ツツイの腕をオザキが掴む。

無声 オザキ「待てよ」

    何かを話そうとした瞬間、鳴り響く雷鳴。
    雨が、次第に2人をぬらす。
    ツツイが何か言う。

無声 ツツイ「私の事なんて放って置いて」

    その声は、雨の飲まれたのか、観客に届かない。
    また走り出そうとするツツイを、オザキが捕まえる。
    
    その時やっと、マツオが現れる。
    肩で息をしながら、2人を見つけ、マツオは駆け寄ろうとする。
    一瞬の稲光。
    マツオは空の眩しさに気を取られる。

    瞬間、オザキが叫んだ。

無声 オザキ「好きな奴が泣いてるのを、放っておける分けないだろう!」

    そして、その叫び声に、マツオははっとして歩みを止める。
    オザキがツツイを抱きしめる。
    ツツイの手が、オザキの肩に回った。
    マツオはただ見ている。
    
    ツツイの顔が、雨に打たれて立ちすくむマツオを見つける。
    そっと、オザキの体を押し戻す。

    音が無くなる。
    ツツイが口を開く。それは、オザキに言っているようで、
    マツオだけに向けた声にならない言葉。マツオはただ見つめ続ける。

無声 ツツイ「ありがとう」

    時が凍る。

    暗転。


12

    闇の中、声が響く。

声  「ご着席の皆様。まもなく、本便は羽田へ到着いたします。シートベルトをご確認下さい。
    なお、全日空では、『行きも帰りも空の旅』キャンペーンを実施中です。
    皆様のまたのお越しを……」


    徐々に小さくなっていく声。
    イソノサンが浮かび上がる。
    手に書類を持っている。


イソノ「結局、僕にはなにもできなかった。あれからも秋が来て冬になって……また、夏になって、
    秋になって……冬になって……夏になって……オザキは、大学には行かなかった。
    僕は行った。昔の話しはあまりしない。……僕はあの時、なにが出来たんだろう。
    だから、僕は手紙を書いた。何遍も手紙を書いた。何度も返事を書いた。
    最近のことばかり。最近のことだらけ。だけどこれは……」


    イソノサンはふと、その文章を閉じる。
    そして、その紙を投げる。
    マツオの姿が浮かび上がる。
    マツオが紙を受け取った。
    どこか、大人びた感じがする。
    

マツオ「投げることはないだろう?」

イソノ「いい文だと思いますよ。ご主人」

マツオ「そうかな?」

イソノ「……渡すんでしょ?」

マツオ「……うん」

イソノ「やっと、さよならですね」

マツオ「え?」

イソノ「わたくしと」

マツオ「……そうだね。さよならだ」


    2人、手を振り会う。
    イソノサンが消える。
    過去へ執着していた変わることを恐れる自分。
    ゆっくりと手紙の字一文字一文字と共に消えていく。
    マツオは文を読み始める。


マツオ「だからこれは……君への最後の手紙だ。
     手紙って呼ぶには長くなりすぎたかも知れないけれど。
     言えなかった言葉を書いた。伝えたかった言葉も書いた。きっと最後の手紙になる。
     そう信じて僕は書いた。……君が来るのを待っていた。
     帰ってくると知らせてくれるのを待っていた。
     僕は、春をただ待ち続けていたんだ」


12 


    辺りが明るくなる。
    木に、花が咲いている。
    それは少ない花だけれど、老木が、まだ生きていることを知らせている。
    桜の花だ。

    マツオはベンチに座る。
    顔を隠すように帽子を被ったツツイが現れる。
    マツオは女性に気づいた途端、立つ。
    が、ツツイだとは初め気づかない。


マツオ「どうぞ」

ツツイ「いえ、座っていて下さい」

マツオ「いいんです。バスを待っているわけじゃないですから」


    ツツイは席に着き


ツツイ「……待ち合わせ、ですか?」

マツオ「はい。ずっと、待っていたんです」

ツツイ「変わらずに?」

マツオ「ええ。ずっと」

ツツイ「どうして?」

マツオ「……手紙を、渡したくて」

ツツイ「何度も受け取ったけど」

マツオ「返事も書いた」

ツツイ「また、手紙なの?」

マツオ「これが、最後になると思う」

ツツイ「どうして?」

マツオ「これからは、言葉で言おうと思ったから」

ツツイ「……どうして?」

マツオ「……帰って来るって分かってから、長い手紙を書いたんだ。
     ……本当は、昔に当てた手紙だった。
     ……だけど、いつの間にか、今の……君にあてた手紙になってた。だから……」

ツツイ「長い手紙ね」

マツオ「読んで欲しいんだ。君に」

ツツイ「返事、書くの遅いよ。わたし」

マツオ「知っているよ。どのくらいかかっても良い。……なくたっていい」

ツツイ「どうして?」

マツオ「返事は、直接聞けばいいから」


    風が吹く。
    揺れた枝は、ツツイの帽子を取っていく。
    マツオはツツイの代わりに帽子を取る。
    ツツイは帽子を受け取りながら、


ツツイ「ありがとう」

マツオ「別に、大したことじゃなくて」

ツツイ「ううん。そうじゃなくて。ありがとう」

マツオ「よく、わからないよ」

ツツイ「色々と、ね。……ありがとう」


   ツツイの笑顔を見て、マツオが何かを言う。
   ツツイが嬉しそうにうなずく。
   吹く風に、小躍りしそうに枝が揺れる。
   ツツイがふと気がついて、マツオの手紙を読もうとベンチに座る。
   とたん、恥ずかしがるマツオ。
   若い2人を春の暖かい風は優しく包み込んでいる。