頼られシスター
作 楽静


登場人物

演劇部員達
藤島 ユウキ(兄) 藤島家長兄    18歳。チキン。  ユウちゃん。
    ミナモ(妹) 藤島家次女    17歳。頼まれ弱い。演劇部
桐原 アイ(姉) 桐原家長女    18歳。方向音痴。
    マコ(妹) 桐原家次女    16歳。心配性。
野花 モモコ  野花家の一人娘。16歳。アニメ好き。ミナモの友人
川崎 ムツミ 川崎家長女。   16歳。剣道部員。 ミナモの友人
上山先輩  上山家長女。   18歳。ユウキの幼馴染。演劇部の部長。
下谷 チヅル 下谷家次女。   17歳。ミナモのクラスメイト。演劇部


0
     秋になりかけたどこかの町のどこかの公園。
     中央付近にベンチが一つ。
     上手と下手には人が隠れられそうな木が立っている。


1
     上手にユウキとミナモ。
     下手にアイとマコが現れる。

同時に
ユウキ なあ、妹。お願いがあるんだけど。
アイ ねえ、マコ。お願いがあるんだけど。

ミナモ 年上からの「お願い」ほど、面倒くさいものはない。

マコ ましてや、それが姉妹ならなおさらだ。

ミナモ 生まれたときからあたしを知っている、このもっとも身近な人間である兄。

マコ この姉はあたしへの頼み方を知り尽くしている。

ミナモ それはきっと、親よりも。

ユウキ これはおまえにしか頼めないんだ。

アイ ね? お姉ちゃんを助けると思って。


同時に
ユウキ 一生のお願い。
アイ 一生のお願い。


     マコとアイの照明が消える。


ミナモ 何度目だ。そんなことを、思いながら、私はもうわかってる。年下に、断るすべなんかないことを。
    だから、せめてもの反抗にと、ため息を一つついてあたしは言う。


     マコとアイの照明がつく。


同時に
マコ それで、何を頼もうってわけ?
ミナモ それで、何を頼もうってわけ?


     陽気な音楽。登場人物たちが現れる。
     携帯を取り出すと、ミナモに説明し始めるユウキ。
     同じく携帯を取り出しつつ、地図をマコに見せるアイ。
     アイから見せられた地図を見て、マコはため息しつつ、道順をたどっていく。
     走ってくる上山先輩とチヅル。ばてるチヅル。上山先輩が叱咤する。
     ぶつくされながら走り出すチヅル。二人が去る。
     モモコとムツミが歩いてくる。モモコが早く帰ろうとムツミを急かしている。
     ムツミの携帯電話が鳴る。
     ムツミの相手はマコ。ムツミは二つ返事でマコの元へと行こうとする。
     止めるモモコ。引っ張っていくムツミ。
     ムツミ、モモコがマコへと合流し、マコとアイとモモコ、ムツミが去る。
     舞台上には、ミナモとユウキだけが残される。
     ユウキが帽子を取り出す。


2

     昼近くの公園。


ミナモ って、バカかあんたは!?


     言いつつ、ミナモは帽子を叩き落とす。


ユウキ (帽子を拾いながら)兄に向かってバカとは何だよ。(泥を叩き落として)せっかく、奮発して、高い帽子にしたのに。ほら、

ミナモ (帽子を叩き落とす)じゃなきゃ、バカ野郎だ。

ユウキ (帽子を拾いながら)同じだろ。それ。ああ、ちょっと汚れがついちゃった。ま、この方がらしいっちゃらしいか。はい。

ミナモ (帽子を叩こうとする)

ユウキ (帽子を遠ざける)

ミナモ (帽子を叩こうとする)

ユウキ (帽子を遠ざける) 無駄だ。既に動きは見切った。

ミナモ もう、あれだ。バカバカだ。バーカバーカ。

ユウキ お前は、子供か。

ミナモ 子供は兄貴だろ。

ユウキ エロ本も買える年の人間捕まえて失礼な。

ミナモ エロ本ばっかり読んでるからそんな子供じみた思考しか出来ないんだよ。言っておくけど、あんな都合いい展開になんてならないんだからな、普通。

ユウキ そんなこと分かってるって。あれはいわゆる社会勉強ってヤツでってまて。てことはおまえ、読んだのか?

ミナモ 年上好きということはよーくわかった。

ユウキ 違う! 俺はあくまで年上のように見える女性が好きなのであって、この場合年下であったとしても?
    年上のように見えるのであればそれはそれでOKって、俺の趣味はこの際どうでもいいんだ。
    もうすぐ約束の時間なんだよ。頼むよ。昨日はいいって言っただろ?

ミナモ 気が変わった。

ユウキ 礼はするからさ。

ミナモ 礼の問題じゃない。

ユウキ じゃあ、何が不満なんだよ。

ミナモ 全部!

ユウキ 全部!?

ミナモ 全部不満です! ええ。最初っから最後まで不満だらけですとも。大体、なんであたしが、兄貴の代わりに、兄貴のメル友に会わなきゃならないわけ?

ユウキ 仕方ないだろぉ。

ミナモ しかも、男の格好で!

ユウキ だって、俺男だもん。

ミナモ どこの漫画の世界だそれは。

ユウキ いや、よくあることだと思うよ。

ミナモ 無い。めったにない。ありえない。

ユウキ だって、おまえの写メを、俺だって言って送っちゃったんだもん。

ミナモ 送っちゃったんだもんじゃないでしょ。まずそれがおかしいでしょ。友人ならまだわかるけど、何で私?

ユウキ やだよ。うちの部活の奴ら、坊主ばっかりだし。

ミナモ サッカー部はまじめな人多いからね。って、そうじゃなくて。え? おかしいよね? おかしくない? おかしいだろ? おかしかろうよ!

ユウキ そんなに活用形で責めなくても。

ミナモ おかしいでしょ?って言ってるの!

ユウキ そりゃあ、俺の写真技術が足りてないのは認めるよ。でも、そんなのは気合と情熱でカバーしたから!

ミナモ はい。違います。論点が違います。この場合、問題にしているのは、写真をとる腕前ではなく、写真を撮って、なおかつ送ったことそのものですよね? 
    ドゥー ユー アンダスタン イット? 理解してますか?

ユウキ だって、かっこよく撮れたからさ。

ミナモ だってじゃない。だってじゃないでしょ? これが弟ならまだわかるよ? あたしは妹なんだよ?

ユウキ こないだの舞台では男役やってたじゃないか。しかも主役。

ミナモ それは、ほら、うちの演劇部に男がいなかったんだから仕方なく。

ユウキ なかなか格好良かったぜ。

ミナモ 本当に? でも、そこまでウケはよくなかったし。

ユウキ 大丈夫。俺が女だったら、間違いなく惚れてた。だから、はい。(と、帽子を渡す)

ミナモ (帽子を受け取って)でも、だからってこんな帽子程度で女だってこと隠せるわけないし。

ユウキ 大丈夫。おまえ女としての色気ないし。

ミナモ む、胸はどうするのよ。胸は。女性の象徴、この膨らみは。

ユウキ (ぼそっと)そんな言うほど無いだろ。

ミナモ 何か言った?

ユウキ いや、大丈夫。彼女には、『最近腕立てのやりすぎで胸板がものすごく発達しちゃったよ〜HAHAHA』って言ってあるから。

ミナモ でも、女の子でしょ? 同性から見たら、あたしが女だってすぐにばれると思うけど。

ユウキ (時計を確かめつつ)んーその辺は大丈夫だよ。彼女結構天然なところあるし。じゃあ、これ。(と、紙を取り出して渡す)

ミナモ (受け取って)何これ。

ユウキ 今までのメールで得た、彼女の情報。話題振りに使ってくれ。あと、もしもの時には携帯に電話してくれたらすぐ出るから。じゃ、

ミナモ ちょっと待ってよ。やっぱり無理だって。

ユウキ いや、だってもうすぐ待ち合わせの時間だから。大丈夫。ユー キャン ドゥー イット! シー ユー アゲイン!


     ユウキが近くの木の陰に逃げる。


ミナモ この、……バカ! (紙を見て)字ぃちっちゃ! ……桐原アイ、か。うげ。小中高と、私立エスカレーターじゃん。お嬢様かよ。そりゃ兄貴も必死になるわ。


     言いつつ、ベンチに座る。
     ちょっと男っぽい組み方とか考えてみて落込む。


ミナモ (男っぽく)『やあ、初めまして。藤島ユウキです。』……あ〜あたし、何やってるんだろ。




     ユウキが隠れた木とは反対側にマコトアイが表れる。


マコ あ、あれじゃない? あの帽子の子。

アイ マコ! (小さい声で)声が大きいよ。

マコ 大丈夫。何かぼけっとしてるし。聞こえてないよきっと。

アイ でもよかった。ちゃんとつけた。

マコ 『曲がり角を右』って言った直後に左に曲がられたときには、どうしようかと思ったけど。

アイ お姉ちゃん方向音痴だから。

マコ 右だといっているのに左に曲がるのは、方向音痴としてのレベルを超えてます。

アイ 本当ごめんね。ここにたどり着けたのはマコのおかげよ。

マコ こんな小さな公園なんかに呼び出すほうもどうかと思うけど。

アイ 結構地元じゃ有名らしいわよ。お花見のときとか、すごい人が集まるんだって。

マコ それにしても、もっと分かりやすい目印があるところとかさ。駅前とか、噴水がある場所、とか。こんな人も少なそうなところなんてさぁ。
   ちょっと誰かに襲われでもしたら助けも呼びにくいじゃんって、もしかしてそれが目当てで!?

アイ 違う違う。あたしが頼んだの。

マコ え、お姉ちゃんが襲う気で? あんなのを?

アイ 違うわよ。ほら、あたし、あれでしょ? ね?

マコ ああ。

アイ 人が多いところだと、ね?

マコ だからって、人がいないところでの方が心配でしょ。

アイ だから、マコにお願いしたんでしょ?

マコ 普通無いけどね。監視者付のデートなんて。

アイ ごめんね。

マコ よりにもよって、メル友と会うためだなんて。しかも男。

アイ 趣味があったのよ。ちょうど。

マコ ま、お姉ちゃんが外に出るってだけでもたいした進歩か。もちろん後でおごってくれるんでしょ?

アイ 高いのはダメだからね。

マコ わかってる。駅前にさ、おいしそうなクレープ屋があったんだ。そこで手をうつことにしましょう。

アイ はいはい。


     と、手に木の枝を持ったムツミと、不機嫌そうなモモコがやって来る。


ムツミ 三人前でお願いします。

マコ あ、ムツミ。遅かったじゃん。

ムツミ なかなかいい感じの枝が見つからなくて。

アイ いい感じの?

ムツミ 握りやすく、(一振りして)殴りやすい枝が。

マコ 何かあったときのためにと思って。

アイ 悪い人じゃないって言ったでしょ?

マコ お姉ちゃんは甘いから。

アイ そんなこと無いわよ。

ムツミ メル友がいい人だと思って、呼び出されてノコノコ会いに行った挙句、後悔する羽目なんてのは、良くある話ですよ。ネットでは。

マコ ムツミもこう言ってるし。

アイ 大丈夫。これでも、人を見る目はあるんだから。じゃ、後でね。


     アイが歩いていく。
     マコとムツミ、モモコは木へと寄りながら、


マコ 見る目も何も、メール交換だけの関係じゃん。

ムツミ 見たのよ、きっと。心の目で。

マコ はいはい。それで、えっと、モモコは何で落込んでるの?

モモコ 録画。

マコ はい?

モモコ 出来てなかったのに。引っ張られた。

マコ えっと?

ムツミ 見たいアニメの映画があったんだって。で、録画予約し忘れてたと。ほら、先週予告してたでしょ? あの有名な監督の。

マコ え、でもそれって映画館でも見たし、DVDも買ってなかった?

モモコ テレビ放送用にどこがカットされたかを押さえておきたかったの。

マコ ああ。だ、大丈夫。その時間までには帰れるよ。

ムツミ じゃなきゃ一人で帰れば。

モモコ それって友達としてひどくない? 自分から引っ張って来ておいてさぁ(と、モモコがユウキに気づく)ねぇ。

ムツミ なによ。

モモコ あれ。


     モモコの視線の先をムツミとマコが見る。
     そこには、木の陰からアイとミナモを見守りつつ興奮しているユウキの姿がある。


ユウキ 来た来た来た〜。うわー。アイちゃん本当に来てくれたんだぁ。すまん妹。しかし、俺は今とてつもなく感動している。


マコ なんだろう。

モモコ なんだかわからないけどさ、ちょっと、

ムツミ うん。

三人 怖いね。


     ユウキがアイとミナモを見守り、
     マコ、モモコ、ムツミがユウキを見つめる中、
     アイとミナモが出会う。





アイ えっと、ユウちゃん?

ミナモ え? あ、(と、立ち上がり、紙を見直して名前を確かめ)アイ、ちゃん?

アイ うん。やっと会えた。ごめんね。ちょっと道に迷っちゃって。

ミナモ い¥^いよ全然。この辺って道に迷いやすいもんね、じゃなくて、迷いやすいもんな。

アイ あたしって方向音痴だから。

ミナモ そうなんだってね。いや、そうだよね。そう書いてあったもんねっていうか、ほら、メールに? ごめんなんか、その、あれだから、

アイ 緊張してる?

ミナモ そう! 緊張しちゃって、話し方変だろうけど、気にしないで。

アイ ううん。それは、あたしもだから。えっと、初めまして、だね。

ミナモ うん。初めまして。

アイ なんだか不思議。メールで何度も話してたからかな。なんか、初めてって感じしないよね。

ミナモ そ、そうだよねぇ。(ちょっと遠くを見るように)いやぁ、すごい初めましてな感じだけどね、こっちは。

アイ え?

ミナモ ううん。あ、座る?

アイ うん。ありがとう。


     ミナモとアイがベンチに座る。
     何を話していいのかわからず、二人は固まる。


ユウキ よし。とりあえず、第一関門突破か。ほら、何か話せよ。じゃないと、彼女が退屈するだろう〜。頼むよ妹。
    おまえのボキャブラリーは、そんなものじゃなかったはずだ。


モモコ ぶつぶつつぶやいてるよ。

マコ あからさまに怪しいよね。あれ。

ムツミ ストーカーね。

マコ&モモコ ストーカー!?

ムツミ あっちの、帽子の彼に対する目つきが尋常じゃないでしょ。まるで、相手が自分の思い描くとおりにならないことを憎むかのような視線。

マコ&モモコ 確かに。

ムツミ あれぞ、恋。

マコ&モモコ 恋!?

ムツミ 恋する男ってさ、みんなあんな目をしてるもんなんだよ? あの、まっすぐに相手に何かを念じこむように注がれた瞳から、感じるでしょ? 力強いオーラを。

マコ&モモコ 確かに。

マコ え、でも、あの人って男だよね?

ムツミ だから?

マコ&モモコ だから!?

ムツミ 恋ってさ、障害があるほど燃えるんだよね。それが、例えば性別だったとしてもさ。恋にとっては乗り越えるべき山でしかないんだな。
    そういうもんでしょ、恋って。

マコ&モモコ 確かに。

モモコ あ、もだえ始めた。


ユウキ なぜだぁ。なぜ何もしゃべらない。沈黙したままじゃ、彼女がかわいそうじゃないか〜。くぅ。ここに、マイクとかイヤホンがあれば俺が指示を出すのに。
    いや、でもまだ手はある。


マコ あれも?

ムツミ 恋ゆえに、だよ。

マコ 恋か。

モモコ なんだかわからないけどさ、ちょっと、

ムツミ うん。

三人 怖いね。

モモコ あ、電話かけてる。





     そわそわするミナモとアイ。
     お互いの顔を見て、話しかける言葉を捜している。
     そこへ携帯電話の音。


ミナモ あ、ごめん。あたし、いや、僕。

アイ うん。


     ミナモが携帯をもって立つ。


ミナモ 兄貴? 今、どこにいるの?

ユウキ 怪しまれないように、ゆっくり後ろを見ろ。ゆっくりだぞ。


     ミナモが後ろを向く。
     ユウキが手を振る。


モモコ 手を振ってる。

ムツミ アピールね。『僕は、いつでも、君を見てるよ。』

マコ こわっ。


ユウキ おまえ、ちょっとは、話せよ!

ミナモ 話せるわけないでしょ! 初めて会ったんだよ!?

ユウキ 俺は彼女と1年はメールしあってたんだぞ。

ミナモ そんなこと知らないもの。だいたい、きっかけだって書いてないし。

ユウキ 紙に書いておいたろ。

ミナモ 紙に? (読んで)出会い、ゲームランド?


マコ でも、結構親しげに話してない?

モモコ うん。

マコ 案外心配して見に来た兄弟なのかもよ? あたしみたいな。

モモコ あ、あれかもよ? 変に断ると、ストーカーって逆切れするものじゃん? だから、切るに切れないとか。

マコ なるほど。それかもね。

ムツミ いや、違う。

マコ え?

ムツミ われわれは、どうやらとんでもない思い違いをしていたみたいね。

モモコ どういうこと?

ムツミ あれを見て。 帽子君が持っている紙。

マコ あ、本当だ。持ってるね。紙。

モモコ あれが?

ムツミ あれには、今後の彼への指示が書かれているのよ。いわゆる、主犯からの指令状。

マコ どういうこと?

ムツミ つまり、彼ら二人はぐるだってこと。そして、真の狙いは、マコ。あんたの姉さんよ。

マコ&モモコ なんだってー。


ミナモ つまり、二人とも、そこの落ち物パズルが好きで、意気投合したと。

ユウキ そういうことだ。

ミナモ でも、あたしそんなのやったことないよ。

ユウキ そこは上手くごまかせ。じゃ。(携帯を切る)

ミナモ 兄貴! 誰のせいでこんなことになったと思ってるんだか。

アイ ユウちゃん?

ミナモ あ、ごめんね。ちょっと兄貴からの電話で。

アイ ユウちゃんお兄さんもいるの?

ミナモ も?

アイ 妹がいたのは聞いてたけど。あれ、でも二人兄妹だったよね?

ミナモ そ、そう! 妹。アニキってのは愛称みたいなもんで。

アイ 妹さんなのに、アニキって呼んでるの?

ミナモ まぁ、男っぽいやつだからさぁ。

アイ ああ、そういえば。そんなことも言ってたね。演劇部でも、男役ばかりなんでしょ?

ミナモ そういうことばっかり話してんだもんなぁ。

アイ え?

ミナモ ううん。そうなんだよ。でも、僕なんかよりも、すごくしっかりしたヤツだよ。妹は。

アイ うちと同じだ。

ミナモ アイちゃんも妹いるの(といいつつ、紙を見て)いるんだよね。うん。なんて名前だっけ?

アイ マコ。本当はマコトなんだけど。本人が、嫌がって、マコって呼んでるの。

ミナモ アイとマコトの姉妹か。なんか、どっかで聞いたことあるね。

アイ (ふと、可笑しそうに笑う)

ミナモ え? どうしたの? 何か変なこと言った?

アイ ユウちゃん、メールでも同じこと言ってたから。

ミナモ あ、そうか〜。ごめん。忘れっぽくて。


     アイとミナモがうれしそうに話している。


ムツミ というわけで、きっとこの後どこかに連れて行く手はずになっているはずよ。良く聞くでしょ? 出会い系サイトで呼び出して、監禁、なんて。

モモコ うわ〜。怖い。え、じゃあ、アイさん連れ去られちゃうの?

ムツミ このままだと、恐らくね。

マコ (そのまま飛び出そうとする)

ムツミ(すばやく止めて)どこ行くの。

マコ あの帽子野郎をぶん殴ってお姉ちゃんを連れ帰る。

ムツミ 焦らないで。敵の戦力を見極めてから動いたほうがいいわ。

モモコ 戦力?

マコ どういうこと?

ムツミ もしかしたら、他にもいるかもしれないでしょ?


     マコとムツミとモモコがあたりを見渡す。




ユウキ よしよしよし。なかなかいい感じになってきたじゃないか。いいぞいいぞ。あーでも惜しいな。本当。俺が出られたらどんなにいいか。
    (と、公園の遠くからやって来る影に気づく)やばい。あれは。


     ユウキはミナモに合図を送る。
     当然ながら背を向けているミナモは気づかない。


モモコ 見て、何かやってる。

ムツミ 合図ね。

マコ 合図?

ムツミ 何か、の。まさか、増援!?


     と、その言葉に合わせるようにアイがくしゃみをする。


ミナモ あ、冷えたんじゃない?

アイ そうかも。ちょっと今日肌寒いね。

ミナモ 場所変えようか? どこか暖かいところへ入るとか。

アイ あ、お店はちょっと。苦手、だから。

ミナモ そう?(メモを見て、)ああ、そうだったよね。 じゃあ、なんか体暖まるものでも買って、またここ戻ってこようよ。おでんとか。

アイ うん。なんか、ユウちゃんって、メールとは印象違うね。

ミナモ え、そ、そうかな?

アイ うん。ちょっと女の子みたいなとこある気がする。あ、変な意味じゃなくてね。気が利くってことだよ。
  男の子と話すと結構あたし緊張しちゃうのに、それが無いって言うか。メールでいろいろ話した後だからかな?

ミナモ あ、そうだと思うよ。あははは。


     と、ミナモが立ち上がったのにあわせるように、上山先輩とチヅルがやって来る。
     慌ててユウキが隠れる。ミナモも顔を背ける。
     上山のあとから続いていたチヅルはふらふら。やがて倒れる。


上山 ほら、チヅル! ファイト! チヅル! ファイト! ファイト! チヅル! ゴー ゴー チヅル!

チヅル ダメです。先輩。もう、動けません。

上山 何言ってるの? あんたはやれる。まだやれるわよ。さあ、立って。

チヅル 立てません。

上山 立つのよ、チヅル!

チヅル 立てません!

上山 ばかぁ!


     上山がチヅルを叩く。


チヅル あっ。(倒れる)

上山 チヅルのばかちん! へたれ〜。意気地なし。

チヅル 先輩、そんな、ひどい。あたしだって頑張ってるのに。そこまで言わなくたって。

上山 頑張ってるなんて口で言ったって、何の意味も無いのよ。悔しかったら、その足で立ってみなさい。立てればの話だけどね。

チヅル ば、バカにしないでください。あたしだって。あたしだって〜。


     チヅルが立つ。


上山 立ったのね、チヅルが、立った

チヅル 先輩! あたし、立てました。

上山 それでこそ、チヅルよ。二人で目指しましょう。あの、演劇の星を。

チヅル はい!


     二人は固まる。
     時折、ちらりとアイを見る。
     アイが拍手をする。


上山 ありがとうございます。すいません何か拍手をねだったみたいで。

アイ いえ、そんな。演劇の練習ですか?

上山 はい。あ、これよかったら、次の公演のチラシですけど(と、チラシを渡す)

アイ (チラシを受け取って)あ、この高校。

上山 ご存知ですか?

アイ ええ。ユウちゃんの、妹さんの高校よね?

上山 ユウちゃん?

ミナモ (顔を見せないように)イヤ〜、どうだったかな?

チヅル あれ? ミナモ?

アイ え?

ミナモ は? ダレノコトデスカ?

チヅル え、何言ってるのミナモでしょ。

上山 チヅル、

チヅル はい、先輩。

上山 まさか、こんな所に藤島ミナモちゃんがいるとでも言うつもりなの? あなたは。

チヅル え、でも、だって、こんなに似てる人なんて。

上山 何を言ってるのチヅル。ミナモは今日大事な用事があるからって部活の練習を休んだのよ。
   まさか、こんなところでベンチに座っているわけ無いじゃないの。大事な用事があるからって部活の練習を休んだのだから。
   (アイに)ねぇ? そう思いますよね? あなたも。

アイ は、はぁ。

ミナモ 相変わらずねちねちと。

上山 何か?

ミナモ イエ。ベツニ。

上山 世の中には似たような人が三人はいると言います。ええ、言いますとも。ねぇ、チヅル。

チヅル でも、こんなに似ている人なんて。

上山 そう、ここまで似ている人も珍しい。ただ、残念なことに、一つだけ似ていないところがあるのよ。

チヅル どこがですか?

上山 だって、この子は、(男の子みたいだから)

ユウキ あーーー! 上山! 久しぶりだな。


     と、ユウキが飛び出してくる。


上山 げ。藤島。

ユウキ (大声で)こんなところで何やってるんだ?

上山 藤島こそ、なんでここに。

ユウキ そりゃあ、ここは俺の地元でもあるからな。ああ、そうか部活の練習中だよな。でも、頑張ると頑張った分だけおなかが空くと思わないか。
    おなかが。空くよな。いや、空いているよな。おなか。

上山 言われてみれば。

チヅル 空いてきたような。

ユウキ よし。じゃあここで会ったのも何かの縁だ。幼馴染のよしみでおごってやるよ。

上山 あんたに幼馴染なんて言われたくないわ。

ユウキ まぁまぁ、そういうなよ。小学校で机を並べた仲じゃないか。牛乳の一気飲み競争もやったよな。途中でおまえは吐いていたけど。

上山 あれはあんたが笑わせようとしたからでしょ。

ユウキ 校長室の、ドアをノックしてダッシュで逃げるという、通称『ノックダッシュ』も一緒にやった仲じゃないか。おまえだけ捕まってたけど。

上山 それもあんたが笑わせたからでしょ。


     とか言いつつ、ユウキが上山を押していく。


チヅル 先輩〜。ちょっと、待ってくださいよ〜。


     と、チヅルも追っていく。





ミナモ な、なんだったんだろうね?

アイ 今の人、もしかして。

ミナモ もしかして、なに?

アイ 藤島って呼ばれてた?

ミナモ さぁ、どうだったかな。

アイ うん。そう、藤島って呼ばれてた。ユウちゃんと同じ苗字だね。

ミナモ そう、だね。

アイ ……不思議なことってあるもんだね。

ミナモ だよねぇ。


     二人はベンチに座りなおし、無声演技。


マコ どうなってるの?

ムツミ 仲間割れ、かな。

マコ 仲間割れ?

ムツミ お姉さんを誘拐したときの身代金をめぐっての四角関係、とか。

マコ でも、女の子たちだったよ?

ムツミ その方が油断を誘いやすいと思ったんでしょ。優しい笑顔で近づいてって奴よ。男が近寄ってくるよりも、女の子が近寄ってくるほうが安心するでしょ?

マコ 確かに。

ムツミ これは思った以上に大事件になっているみたいね。

マコ どうしよう。

ムツミ 大丈夫。いざとなれば(枝を振る)こいつで何とかするから。

マコ 頼りにしているよ。

ムツミ まかせておいて。

モモコ 違うんじゃないかな?

ムツミ は?

マコ モモコ?

モモコ なんか、こういうパターンって、アニメでよくある気がしたの。でも、なんだったか思い出せないでいたんだけど。でも、思い出せた。
    たぶん。これで間違いないと思う。

ムツミ 何が言いたいのよあんたは。

モモコ だから、違うのよ。

ムツミ なにが。

モモコ 彼が。


     モモコが何事かささやく。
     マコが携帯を取り出す。


ミナモ えっと、これからどうしようか?

アイ さっきの人がおなか空いただろって言ってたじゃん?

ミナモ うん。

アイ それ聞いてたら、あたしもおなか空いてきちゃった。

ミナモ じゃあ、どこかに入って食べる?

アイ 入って食べるのはちょっと。

ミナモ あ、そうだったよね。わかった。適当に何か買いに行こう?


     ミナモが先に立ち、アイに手を伸ばす。
     アイが手を触れようとするとき、電話が鳴る。


アイ あ、今度はあたし。

ミナモ どうぞ。

アイ うん。ごめんね。


     アイが電話に出る。


マコ もしもし、お姉ちゃん?

アイ どうしたの? 大丈夫よ。ユウちゃんと一緒だから。

マコ そのユウちゃんなんだけどさ、

アイ どうかしたの?

マコ 本当に、本物?

アイ 何言ってるのよ。当たり前でしょう。

マコ ちゃんと聞いてみた?

アイ 聞きました。もう。心配してくれるのはうれしいけど、変に疑うの、マコの悪い癖よ。ムツミちゃんが、また変な妄想でも吹き込んだんでしょ。

マコ ううん。モモコ。

アイ モモコちゃんが?

マコ 何でもいいから、本人しか知らないようなこと聞いてみてよ。そうしたらわかることだからさ。

アイ それで、マコの気が済むならね。

マコ うん。気が済むと思う。

アイ 一度だけよ。

マコ うん。(モモコにささやかれ)あ、なんか、部活とかの専門的な質問にしてね。あと、携帯は切らないでおいてね。聞いておきたいから。

アイ はいはい。


     アイは携帯をそのまま持ったまま、


アイ ねぇ、ユウちゃん。

ミナモ なに?

アイ 一つ、聞いてもいい?

ミナモ いいよ? この辺のお勧めのお店?

アイ ううん。えっと、何にしようかな。

ミナモ はい? 今から考えるの?

アイ えっとね、そう。ユウちゃんって、サッカー部だよね?

ミナモ そう、だけど?

アイ ポジションってどこだったっけ?

ミナモ ポジ、ション?


モモコ マコのお姉さん。ナイス質問。

ムツミ これは、部活やってないとわからないわ。

マコ でも、適当に言われたとして私たちもわからなくない?

モモコ 大丈夫。

マコ なんで?

モモコ サッカーにはそもそも、ゴールキーパー、ディフェンダー、ミッドフィールダー、フォワードとポジションが4種類あるんだけど、
    ディフェンダーも詳しく分ければ、センターバックとサイドバックに分けられるのね。なお、ストッパーや、スウィーパー、
    リベロなんていう守備もあったりする。なんてことぐらいは私でもわかる。

マコ いや、私らにはわからないから。

ムツミ 何であんたそんな詳しいわけ?

モモコ アニメでやってた。

マコ&ムツミ アニメすげー。


アイ うん。ポジション。どこだっけ?

ミナモ 前に言わなかったっけ?

アイ 忘れちゃって。……ユウちゃんも忘れちゃった?

ミナモ そんなわけないけどさ、えっと、あの、実はね、僕、いや、あたし、


     と、電話が鳴る。


ミナモ ごめん。ちょっと。

アイ あ、うん。


     ミナモが電話で出る。
     アイも電話に出る。


マコ お姉ちゃん? なんだって?

アイ 電話だって。今出てる。

マコ 質問は? 答えられた。

アイ 今、タイム中。

マコ すぐに答えられなかったんでしょ? だったら、偽者ってことじゃん。

アイ 言ったでしょう? 今、タイム中なの。





ミナモ 兄貴?


     どこかにユウキが出てくる。
     片手にクレープを持っている。


ユウキ ミナモ! なんなんだ、お前の部活の連中は。

チヅル (出てきて)ユウキさーん。クレープ一枚追加で。

上山 (出てきて)藤島ぁ、あたしも一枚追加ね。次はちょっとしょっぱいのがいいなぁ

ユウキ どんな胃をしてるんだよ。俺なんてまだ食い始めてもいないんだぞ。

ミナモ 食べてるなよ。こっちがどれだけ苦労してると思ってるのよ。

ユウキ 苦労してるのか?

ミナモ してるよ! 正直に言えたらどんなに楽か。

ユウキ それだけは勘弁してくれ。

ミナモ 別にメル友の一人や二人失ったってさぁ。


     アイはふと、自分の頭へ手を当てる。
     少しふらつく。自分の意思で抑える。


ユウキ 一人とか、二人とか、そういうレベルじゃないんだ。

ミナモ でも、所詮メル友でしょ。

ユウキ 初めてなんだ。

ミナモ は?

ユウキ 初めて、その、なんて言ったらいいか、メールでしかやり取りしてないのに、こんな気持ちになっちゃったのもあれだんだけど。
    いや、あれって言うのは、決してあれな意味でのあれってわけじゃなくてな。だから、なんだ? なんというか。その。
    だから、そう、『しょせん』とか、そういうんじゃないんだ。つまり、あれだよ。な、好(き)、いや、あれだよ。そういう人なんだよ。
    分かれよ。そういう人なんだよ。

ミナモ さっぱり分からない。

上山 青春ってことか。

チヅル ですねぇ。

ユウキ 人の電話を立ち聞きするな!

上山 クレープをおごるといったのにいつまでも電話しているほうが悪い。

ユウキ これやるから、しばらく黙ってて。


     ユウキがクレープを渡す。
     上山とチヅルが瞬間的に食い尽くす。


ミナモ つまりは、あたしがどうにかしなくちゃならないってことね。

ユウキ そういうこと。頼りにしてるぞ、妹。

チヅル 妹?って言いました? 今。

上山 ってことは、ミナモね!


     上山がユウキから携帯を奪う。


アイ ユウちゃん。

ミナモ あ、ごめん。まだ、電話が終わってなくて。

アイ 質問の、答えいい?

ミナモ あ、うん。(携帯に)でさ、兄貴、

上山 ミナモ〜。あんたどこにいるの?

ミナモ せ、先輩っ。

アイ ユウちゃん?

上山 ミナモ〜 あんた、理由無くサボるなんて、うちを辞める、いや、人生辞めるつもりあっての所業でしょうね〜。

アイ ユウちゃん? どうしたの?

ミナモ あ、えっと、あの、その、えっと、辞めました!

アイ え?

上山 辞めたぁ!?

アイ サッカー 辞めちゃったの?

ミナモ いや、辞めたって言うか、やめるってういうか、やーめた。(携帯を切りつつ、自分が言った言葉に気づき)辞めたぁ!?


上山 ミナモ! チヅル、大変。ミナモが人生辞めたって。

ユウキ はぁ!?

チヅル なんですかそれ!?

上山 あたしが聞きたいわよ。藤島! あんたミナモの居場所知ってるわよね?

ユウキ いや、その前に携帯を返して(ほしいなぁ、なんて)

上山 知ってるわよね? 

ユウキ はい。

上山 行くわよ! とっとと案内しなさい!


     上山とユウキとチヅルが去る。


マコ 辞めた〜?

モモコ それってさぁ、

ムツミ うん。なんていうか、すごく、

三人 怪しい。


アイ サッカー好きだったんじゃないの? 受験しながらも、続けているんでしょ?

ミナモ サッカーも好きだったんだけど、それより好きなものが出来たって言うか。

アイ でも、昨日メールしたときは、次のサッカーの試合があるって、

ミナモ それは、ほら、あの、ごめん! 嘘をつきました。

アイ 嘘?

ミナモ だって、サッカー辞めて、新しい部活入ったからって、それですぐに上手くいくとは限らないし。
   途中で挫折しちゃって、その時に「新しく始めたことも辞めました」なんて言ったら格好悪いかなって思って。
   なんか、仕事辞めたサラリーマンが、そのこと家族に言えなくて公園で時間潰すみたいな、そんなことをしてしまいました。


三人 焦ってる。

マコ 無いよね。

モモコ なんていうか言い訳だよね。

ムツミ うん。

三人 怪しい。


アイ そっか。ごめんね。変なこと聞いちゃって。


三人 信じるなよ〜。


     アイは携帯を閉じる。
     三人は、無声演技。





ミナモ いや、こっちこそ変に嘘ついてごめん。

アイ それで、今は何をやってるの?

ミナモ え?

アイ 今は、何やってるの?

ミナモ 今は、その、えっと、(ぼそっと)演劇?

アイ 演劇部? 妹さんと同じなんだ?

ミナモ いや、でも、妹と学校は違うから。それに、三年だからさ。そんなに出来るってわけじゃないけど。

アイ それでもすごいよ。演劇なんて。

ミナモ すごくないよ。全然。

アイ ううん。すごいと思う。

ミナモ アイちゃんは? 部活何やってるの?

アイ え?

ミナモ あ、もう三年だから、部活やってる余裕なんて無いか。ってか、僕が部活やってること自体がおかしいんだよね本当は。わかっているんだけどさぁ。

アイ やだなぁ、ユウちゃん。何言ってるの?

ミナモ 何って、受験生でしょ?僕らって。だから本当は部活やっている余裕なんて無いはずなのにね。いや、別に受験なめているわけじゃなくてね。
    でも、息抜きも時には必要かなって思ったりはしているんだ。携帯でゲームやるのもそのせいって言うかさ。ね? 

アイ ねえ、ユウちゃん。あたし、部活なんてやってないよ? そう、言ってたよね?

ミナモ え?

アイ だからいつも部活の話をしてくれるユウちゃんが羨ましくて。だから、いいなぁって言ってたよね? あたし。言ってたでしょ?

ミナモ ああ、ごめん。そうだったよね。

アイ そんなことまで忘れちゃったの?

ミナモ えっと、だから、それはさ、なんていうか、

アイ 忘れる? 普通?

ミナモ いや、その、だからね。


     と、そこに上山とチヅルが現れる。


上山 ミナモ!

チヅル あれ、やっぱりミナモなの?

ユウキ だからちょっと待てって!

アイ あなた、ユウちゃんじゃ、ないの?

ミナモ ……

アイ あなた、誰?


     アイがふらつく。


同時に
ミナモ アイちゃん!?
ユウキ アイちゃん!?
マコ お姉ちゃん!?


     アイが倒れる。
     マコ&モモコ&ムツミが飛び出す。


ミナモ ちょっと、大丈夫!? どうしたの? ねぇ。

ユウキ アイちゃん しっかり!

マコ お姉ちゃんに触るな誘拐犯!


     ムツミとモモコはチヅルと上山の行く道をふさぐ。
     ユウキの行く道をマコがふさぐ。


ユウキ なんだ、あんたらは!

マコ あんたらこそ何よ!

チヅル どういうこと? 何が起こってるんですか先輩。

上山 知らないわよ。でも、あたしのいく道を阻むものは誰であろうと潰す。

ムツミ やってみれば?

モモコ やれるものなら、ね。

ユウキ いや、それよりもアイちゃんだろ! 倒れてんだぞ!

マコ あんたに言われるまでもないわ。 ほら、(ミナモに)あんたもさっさと離れなさいよ。

ミナモ アイちゃんが……

ユウキ ミナモ、アイちゃんは無事なのか?

ミナモ 寝てる。


     と、いびきをかいているアイ。


ユウキ なんだよそれ!


     暗転。


10


     下手サスの中にマコが立つ。

マコ 遠足の前の日はよく眠れない。なんて子供がいる。楽しみなのと、不安なのと、あとよく分からない理由があって、眠れなくなっちゃうのだ。
   たいていの子供はそんな時、持っていく荷物を何度も確かめたり、しおりを何度も読み返したり、布団の上でゴロゴロ転がったりして眠くなる時を待つ。
   でも、うちの姉の場合、それはイベントの何日も前から始まる。


     上手サスの中にモモコとムツミが立つ。


ムツミ 3日前。


     中央にアイ。


アイ よーし。天気予報は晴れ、か。降水確立は20パーセントか。微妙だなぁ。ま、でもあたし晴れ女だし。大丈夫でしょ。荷物オッケー。
  とはいっても大した荷物無いけど。後チェックしてないのは……あ、そうだ。こっちの降水確率調べても仕方ないんだ。
  インターネットで目的地周辺調べておこう。


     アイの照明が消える。


マコ 2日前


     アイの照明がつく。昨日より若干ハイテンション(寝てないから)


アイ あっれー。天気予報曇りになってる。昨日は晴れだったのに。む、でも、この雲の流れからいくと、低気圧は明後日には抜けきっちゃう気がするなぁ。
  ま、降水確立は20パーセントままだし、大丈夫でしょう。うん。荷物やっぱり、詰めなおす……必要ないか。泊まりにいくんじゃないんだしね。
  遊びに行くだけだしね。よし。じゃあ、今日こそちゃんと寝ておかないと。よし。あ、その前に、明後日思い切り遊べるように、部屋の片づけをしておこう。


     アイの照明が消える。


モモコ 一日前。


     アイの照明がつく。だいぶハイテンション。


アイ あっぱっぱー。らったったったー。やっほーい。とうとう明日だぞーっと。


     マコがやって来る。


マコ お姉ちゃん。いい加減、寝ておいたら?

アイ いや、いいんれす。今寝たら、起きれる自信が無いのであります。

マコ せめてお昼に寝ておくとか、すればよかったのに。

アイ いやよ。お昼に寝るなんて。時間がもったいない。大丈夫。出かける前にシャワー浴びていくから。

マコ これじゃあ、いつもと同じだよ。

アイ 申し訳ありませぬ!


     アイの照明が消える。


マコ と、このように何かしらのイベント前には急激に夜更かし人間になってしまう姉は、イベントが始まると極度の緊張状態となり、結果、


     アイの照明がつく。アイはベンチで寝ている。


マコ ふとした緊張の緩みで、寝てしまうのでした。


11


     明かりがつく。
     やや夕方といった感じ。
     全員がアイを囲むようにいる。


ユウキ だから、部活にも入ってなかったのか。

マコ 試合の何日も前から寝られないんじゃ、他の部員に迷惑かけることになるから。

ユウキ だけど、部活自体は楽しみたかったから羨ましがってたんだ。

マコ そうだと思う。

ミナモ じゃあ、お店に入るのを嫌がったのは?

マコ 暖房のかかった店内に入って、体が温まったら寝ちゃうと思ったんだと思う。遠足のとき寝ちゃうのも、大抵室内だったし。

ミナモ そっか。一度寝たら長いみたいだしね。

チヅル よく寝てるよねぇ。二時間くらい?

ミナモ 風邪引かないといいけど。

ユウキ しかし、それならそうと言ってくれればよかったのに。

マコ 言えないことってあるでしょ。

ムツミ 誰かさんみたいに、自分の代わりに妹の写真を送るよりはましだと思うけど。

ユウキ う。それは、だからたまたま、ね。

上山 そうよ。藤島は、たまたま、自分の写真の代わりにミナモの写真を送っちゃっただけよね。たまたま。目に映っちゃったから。
   自分の写真なんて携帯使えば10秒もかからず撮れるだろうけど、たまたま妹の写真が目に映っちゃったから、たまたま送っちゃったのよね。
   別に悪意も、無く。自分の顔へのコンプレックスとも関係なしに。たまたま。ね?

ユウキ ごめんなさい。

チヅル 先輩、生き生きしてる。

ムツミ さすがにあれは真似出来ないな。で、(モモコに)何であんたは黙ってるわけ?

モモコ 録画が。

ムツミ 帰れば? 先に。

モモコ 何でそういうこと言うわけ? 友達でしょ?

ミナモ あれ? でも、じゃあ何でアイさんは寝ちゃったの?

ユウキ お前、話聞いてなかったのか? 寝てなかったからだよ。

マコ 急に眠気が来たんです。

ミナモ だから、ふとした緊張が切れたら、でしょ? 室内で体温まったりっていう。どっちかというとさっきなんか緊張しきった時に倒れたように見えたけど。
    なんか、そういう病気かと思った。

モモコ ナルコレプシーね。

マコ なにそれ?

モモコ 「居眠り病」とか、「過眠症」って呼ばれる病気のこと。緊張すると眠気の発作を起こすの。

ムツミ あんた、何でそんな病気に詳しいのよ。

モモコ アニメでやってた。

マコ&ムツミ アニメすげー。

ユウキ え。アイちゃん、病気なのか?

マコ 違う違う。理由は分からないけど。なんか安心するようなことがあったんじゃない?

ミナモ 「あなただ、誰?」だよ? 最後の台詞。

マコ それは、……というか、私もあなたたちが誰か曖昧なんだけど。

ミナモ あ、えっと、妹のミモナです。

ユウキ 兄のユウキです。

ミナモ&ユウキ 藤島兄妹です。


     それを見ていた、上山とチヅルが立つ。


上山 上山です。

チヅル チヅルです。

上山&チヅル 演劇部員です。


     それを見ていた、モモコとムツミが立つ。


モモコ 野花モモコです。

ムツミ 川崎ムツミです。


同時に
モモコ 仲良しフレンズです。
ムツミ 赤の他人です。


モモコ ちょっとぉ!?

マコ いや、なんでみんな今更自己紹介? ……えっと、妹のマコトです。


     と、アイが目を覚ます。


12


アイ 姉の、アイです。桐原姉妹ですって、あれ? マコちゃんやらないの?

マコ お姉ちゃん! 起きていきなり何ぼけてるのよ。

アイ いや、もうちょっと前から起きてたわよ。

マコ だったらすぐ目を開けなさいよ。

アイ だって、恥ずかしかったんだもん。

マコ 『恥ずかしかったんだもん』って、小学生か。

アイ ごめん。(と、その目が藤島兄妹を見る)……(ユウキを見て)こっちが、ユウちゃんで、(ミナモを見て)こっちが、ミナモちゃんなのね。

上山 そして、こっちが上山で、こっちがチヅル。二人合わせて、

ミナモ 先輩、黙っててください。

上山 いいじゃんねぇ。ケチ。

ミナモ 騙しててごめんなさい。

アイ ううん。いいの。気づいてたから。

ミナモ でも騙してたことには変わりないし、……え?

マコ え? 気づいてたって言った?

アイ うん。

ユウキ え、まさか、最初から?

アイ そんなことは無いけど。でも、妹さんから電話がかかってきたって言ってたあたりから、何か変だなぁって思ってて。
  で、(上山たちを見て)そこの人たちが来たとき、(ユウキが)出てきたでしょ? それで、ああ、そうなのかもなぁって。

ムツミ 鋭い。

マコ もしかしたら、自分は騙されて浚われちゃうんじゃないかとか思わなかったの? 目の前にいるのは誘拐犯の手先なんじゃないかって。

アイ まさか、そんなこと起こるわけないでしょ。ドラマじゃないんだから。

モモコ 確かに。そうだよね。

ムツミ 面目ない。

アイ でも、そうかもって分かったら、楽しくなっちゃって。

ユウキ え、なんで?

アイ だって、必死に隠しているつもりの人を、少しずつ追い詰めるのって楽しいでしょ?


残りの人々 はい?


アイ 気分は名探偵? みたいな。最後、「あなたは誰?」って決め言葉を言った瞬間、ああ、言い切った。チェックメイトだ!って思ったら、
  何かすごくほっとしちゃって。気がついたら。すーっと意識が遠のいていって。で、寝ちゃいましたとさ。てへ。

マコ てへ、じゃなーい! じゃあなに? 全部わざとだったってわけ? 気づかないふりをしてたってわけ? 演技ですか? 全部。わかっててやっていたわけ?

アイ もう。お姉ちゃんはそんな鈍くないぞ♪

マコ ばかばかしい。心配して損した。

モモコ 録画。

ムツミ うん。帰るか。マコ。何か疲れちゃったから、あたしら帰るよ。

マコ まって。私も帰る。

アイ えー。じゃあ、あたしはどうやって帰ればいいの?

マコ 勝手に帰りなさい。

アイ そんなぁ。


     ムツミ、モモコ、マコが帰る準備を始める。


上山 さあ、あたしたちも行くわよ。

チヅル はーい。

ミナモ あ、先輩、私も帰ろうかなと。

上山 チヅル、やっぱりもう少し走っていこうか?

チヅル そうですね。

ミナモ あれ? 先輩?

上山 藤島。

ユウキ なんだよ。

上山 頑張れよ。

ミナモ 先輩〜無視しないでくださいよ〜。


     上山とチヅルが帰る準備を始める。


ユウキ えっと、アイちゃん。

アイ 改めて、はじめまして、だね。

ユウキ うん。はじめまして。ごめん。俺、自分の写メなんて送ったら、もうメールしてくれないんじゃないかって思って。

アイ ……そんなこと無かったと思うよ。多分。

ユウキ うん。その、間とかあからさまなフォローがイヤだったんだ俺。

アイ あたしこそごめんね。本当。ごめん。

ユウキ いや、体質のことなんて話されても、俺になんか何も出来なかっただろうし。

アイ あたしね、昔好きな人がいたんだ。

ユウキ 好きな人?


    アイの突然の告白に、周りの人々の動作が止まる。
    さりげなく、アイの言葉に聞き耳を立てる

アイ バイト先の人でね。あたし、さりげなくアプローチしていって、その人もあたしのこと好きになってくれて。そして、初デートの日を迎えてね。
   あたし、すごく楽しみで5日前から全然眠れなくなっちゃって。

ユウキ まさか、デートの時に?

アイ 映画館で爆睡。映画終わっても起きなくて、で、彼氏が何かやったんじゃないかって、ちょっとした騒ぎになっちゃった。

ユウキ それは、男としてはいたたまれないな。

アイ 彼氏のほうがちょっと遊んでいる風に見えるせいもあってさ。問題になっちゃって。あたし、向こうの学校ではちょっとした有名人になっちゃって。

ユウキ そりゃなるだろうなぁ。

アイ だから、決めたの。

ユウキ 次は、なるべく遠くに住む人を好きになろうって?

アイ 緊張しなそうな相手から、ちょっとずつ慣れていこうって。

ユウキ ……はい?

アイ それでも、今回は三日間も眠れなかったんだ。だめだよね。

ユウキ えっと、つまり? どういうこと、かな?

ミナモ (ユウキの肩を叩いて)兄貴は、練習相手ってことだよ。

ユウキ あ、そ、そういうことか。って、えーーーーー。

アイ うん。だから、ユウちゃんが謝ることはないんだよ。あたしこそ、本当ごめん。

ユウキ いや、いいんだ。だって、ほら、俺たち、友達でしょ?

アイ うん。ユウちゃんなら、そう言ってくれるって思ってた。

ユウキ それに、これからも、メル友であることには変わりないんだしね?

アイ ……うん。そうだね。

ミナモ 悩んだ。今悩んだよ兄貴。

ユウキ 言うな。もう、何も言うな。


マコ さ、帰るよ。

ムツミ 帰ろ帰ろ。

モモコ 録画〜。


     マコとムツミ、モモコが去る。


チヅル 先輩、行きましょうか?

上山 藤島。

ユウキ なんだよ。

上山 バーか。


     チヅルと上山が去る。


アイ あたしもそろそろ帰らないと……


     と、立ち上がるものの、すでに、ここがどこだか良くわからない。


ミナモ ま、あれだ。兄貴。元気出せよ。……な?

ユウキ ……ツンデレっていいよね。

ミナモ え?

ユウキ なぁ、上山って、今彼氏いるのかな?

ミナモ はぁ!?

アイ ミナモちゃん、悪いんだけど。

ミナモ なんですか?

アイ ここからどうやって帰れば、あたしの家に着くのかな?

ミナモ はぁ!? いや、そんなの妹さんに頼めば、

アイ 妹、何かあきれて帰っちゃったし。

ユウキ なぁ、ミナモ、せめて、彼氏がいるかどうかだけでも聞いてくれないか?

アイ ミナモちゃん、せめて駅まででいいから。ね?

ミナモ ええーーーーい! なんでもかんでも、あたしに頼るな〜!!


     ミナモが逃げ出す。

     ユウキとアイが追いかける。
     袖に隠れたと思ったら、マコ、ムツミ、モモコも一緒に逃げてくる。
     反対の袖に隠れたと思ったら、出てくるのはチヅルと上山。
     上山はチヅルが走るのを見て、やれやれと落ち着くが、
     そのすぐ横にはユウキがいる。
     反射的に逃げる上山。追うユウキ。

     盛大な追いかけっこ。
     子供のように走り回る。
     きっとそうやって走り回った時の方が、
     メールなんかより多くのことを教えてくれる。

     幕

あとがき
漫画みたいな話を書いてみたいなと思って出来たお話。
「ナルコレプシー」という病気を知ったのは珍しい病気を調べていた時。
その病気の話を得々と語った時に弟から「アニメやゲームでよく出てくるよ」
と言われたときの衝撃は今も忘れられません(苦笑)
遠足の前とか、イベントの前の日に限って眠れなくなること、よくありますよね?
私自身が未だにそんな体質なのですが。どうやったら治るんでしょうねあれ。

最後まで読んでいただきありがとうございました。