天に咲く愛の花
作 楽静


登場人物

花咲 アイ 18歳 高校三年生
花咲 テン 8歳 小学三年生男子
水葉 シズカ 17歳 高校三年生
浅木 カツミ 18歳 高校三年生
水葉 ルリ 14歳 中学二年生
青山 ヨウタ 18歳 高校三年生
霧岡 サクラ 10歳 小学五年生女子
小林 タツヤ/声 18歳 高校三年生
母  年齢不詳
年齢不詳

※ 初演時テンは女の子が演じていました。そのため、男の登場人物数を3としてあります。


1 オープニング

    花咲家のリビングルームで話は進行する。
    季節は、初めと最後が3月(卒業式)で残りはほぼ、12月某日である。
    アイの姿が浮かび上がる。


アイ え? 何か一言? 母さんの奴消さなくていいの? 知らないよ、後で何言われても。はいはい。一言ね。
  はい。しゃんとしますって。……えーワタクシ、花咲アイも本日で高校三年生。卒業です。……いいでしょ。
  中学の時と同じだって。うん。思えば長かった三年間も、今となってはいい思い出。
  とりわけ、思い出深いのは……え?


    暗がりにテンの姿が浮かびあがる。


テン お姉ちゃん。


    アイがふとテンを見る。
    テンの姿が消える。


アイ 気のせいか。……とりわけ、思い出深いのは……去年の12月です。私はその日、10年ぶりの誕生日会を皆で祝いました――


    アイの目が遠くを見る。
    ふと、呼ばれた気がして振り返る。
    暗転。

2 12月某日 花咲アイの誕生日 昼

    テーブルを母親が拭いている。
    テーブルの上にはお菓子がたくさん並んでいる。
    テンがこそこそとやってきて、お菓子をつまもうとする。
    テンの姿は着ぐるみ。

母 こら。テン!
テン はい!
母 駄目でしょ。
テン 一個だけ!
母 駄目よ。今日はお姉ちゃんが主役なんだから。
テン はーい。いいなぁ。お姉ちゃんばっかり。
母 あんたはこないだやった。
テン 「自分のことは棚上げしてしゃべるのが人間なのよ」ってサクラちゃんが言ってたよ。
母 はいはい。さ、料理作っちゃわないと。手伝ってくれる?
テン いいよ〜。(ト、去る)


    母が一つ息をつくと、テーブルを片つける。
    父がやって来る。結構めかしこんでいる。


父 母さん、この格好どうかな?
母 お父さん。今日はお姉ちゃんのお誕生日会なんですよ?
父 だからこそだよ。
母 娘の誕生日会に、なんで父親が出席するんですか。
父 ダメか。
母 ダメです。
父 わざわざ仕事休んだのに。
母 ほら、料理作らなきゃいけないんだから。手伝ってくださいよ。
父 張り切ってるなぁ。
母 そりゃそうですよ。久しぶりですからね。あの子の誕生日会は。
父 そうだったな。
テン声 お母さん〜 なにすればいいの?
母 はいはい。今行くからね。


    父と母が去る。
    制服姿のアイがやってくる。


アイ ただいま〜。おおっ用意出来てる出来てる。あ、入って入って。
シズカ お邪魔します。


    後から私服姿のシズカがやってくる。


シズカ へぇ。中はこうなってるんだ。
アイ だから普通でしょ?
シズカ でも、アイちゃん家(ち)来るの初めてだからさ。
アイ 着がえてくるから適当に座ってて。あ、トイレはドアの近くだから。
シズカ うん。
アイ あと、変なのがちょろちょろ出てきても構わなくていいから(ト、去る)
シズカ 変なの?


3 テンとシズカ


    と、早速のようにテンが覗く。
    シズカが笑顔を作る。
    テンの顔が引っ込む。
   シズカは少し落込む。
    テンの顔が覗く。お面をつけている。


シズカ えっと……こんにちは。
テン お前、誰?
シズカ 水葉シズカ。アイちゃんのお友達。
テン しょーこは?
シズカ え?
テン しょーこ。見知らぬ人が友達だって言う時は大抵裏に何かあるから気をつけろってサクラちゃんが言ってたよ。
シズカ 証拠かぁ。あ、プリクラならあるけど。
テン (首をかしげる)
シズカ そっか。プリクラ知らないか。えっとねぇ。どこにあったかな。
テン そんなしょーこは認めない!
シズカ 認めてくれないの?
テン 認めない。
シズカ ……そうだ。そのサクラちゃんって子は、「外で見知らぬ人に会った時は」、とも言ってなかった?
テン そういえば!
シズカ ね。ここは?
テン 外じゃない。
シズカ ってことは私は?
テン 泥棒!?
シズカ じゃなくて。
テン そうか。お菓子泥棒だ!
シズカ お菓子泥棒?
テン この家にたくさんお菓子があるから取りに来たんだ!
シズカ うーん。まぁ、いっか。(ト、キャラを変えて)そうかもねぇ。
テン 本当にそうなの!?
シズカ だったらどうする? いやぁ、この家にはおいしいお菓子がたくさんあるって思って。
前から目をつけてたのよねぇ。(ト、お菓子を手に取る)
テン 駄目だよ! これはお姉ちゃんのなんだから!
シズカ おいしそう〜。どれから食べようかなぁ。
テン 駄目だって!(ト、シズカを突き飛ばす)
シズカ あいた。
テン お姉ちゃんのだから食べるな! 
シズカ ごめんごめん。食べないって。
テン うそだ!
シズカ 嘘じゃないって。
テン ヤダ! お前に食べさすくらいなら僕が食べる。(ト、お菓子を取ろうとしてばら撒く)
シズカ え? ちょ、ちょっと(ト、拾うのを手伝う)


    ちょうどアイが戻ってくる。


アイ お待たせ〜って、テン!
テン ……お姉ちゃん。
シズカ あ、アイちゃん、これはね?


    問答無用でアイはテンの頭をこずく。


テン あいたぁ。
アイ 今日は部屋でおとなしくしているって言ったでしょ!
テン してたよ。
アイ じゃあ、何やってるのよ。それは。
テン これは、この人が、


    またアイがテンの頭をこずく。


アイ この人じゃないでしょ。ごめんねシズカ。なんかされなかった?
シズカ ううん(テンに笑顔を向けて)ちょっと遊んでただけだよね?
アイ 本当に? ほら、テン謝りなさい。
テン ごめんなさい。
アイ 仮面。


    テンが仮面を取る。


テン ごめんなさい。
シズカ テンちゃんっていうんだ? 改めて初めまして。水葉シズカ。アイちゃんの友達。よろしくね。
テン うん。
アイ ほら、もう部屋戻って。ね? 今日はおとなしくしてて。
テン うん。あ、お母さんが、ケーキ、配達してもらうからよろしくって。
アイ 分かった。
テン ケーキ、僕も食べていい?
アイ 自分の部屋でね。後で持ってっていいから。
テン うん(ト、去る)


4 アイとシズカ


アイ (テーブルを片付けつつ)まったく。ごめんね? 本当に何もなかった?
シズカ うん。お姉ちゃん思いのいい子だったよ。
アイ お客さんの前だからね。
シズカ そういうわけじゃないと思うけど。
アイ そうだって。あいつ、あたしのこと嫌いだし。
シズカ そうなの?
アイ 何かと邪魔して来るんだ。
シズカ 甘えているんじゃないの?
アイ まさか。ただの悪ガキだよ。
シズカ あれくらいの年の男の子なら、そんなものだよ。
アイ そうかな?
シズカ 妹の同学年には、中学生でスカートめくりする奴いるらしいよ。
アイ ガキだねぇ男子は。
シズカ そうだねぇ。(と、ふと思い出したように笑う)
アイ 何? なんか変なこと言った?
シズカ ううん。「男子」なんて、卒業したら使わなくなるんだろうなぁって思って。
アイ あと、三ヶ月か。
シズカ そうだね。
アイ 6年か。
シズカ 今、同じこと言おうとしてたよ。あっという間だったよね。
アイ うん。
シズカ そして、初めてのお宅訪問。
アイ その点については申し訳ない。
シズカ 家(うち)にはよく来たくせに。
アイ いいの。人には見せられない恥部って言うのがあるんだよ。
シズカ 弟さん? ……あたし気にしないのに。
アイ 私が嫌なの。
シズカ そっか。ねぇ。
アイ うん?
シズカ じゃあ、何で今日は呼んでくれたの?


    ト、チャイムが鳴る。


アイ 来たか。
シズカ カっちゃん?
アイ さあ、どっちかなぁ。
シズカ どっちって?
アイ カツミだったら、カツミが話してくれるよ。
シズカ 何を?
アイ 今日、家で誕生日会やる理由(ト、去る)


5 カっちゃん

    と、すぐにドタバタとカツミがやってくる。


カツミ 寒い! 寒い! あ、ちょっと暖かい。おおー暖かい!
アイ ちょっと、もうちょっと遠慮しながら入ってきなさいよ。
カツミ 遠慮なんてしてられないくらい寒かったんだから。あ? 床暖(ゆかだん)? ハイテク! え、コタツ無いの? 駄目じゃん〜。あ、シズカお疲れ!
シズカ まだ何もしてないけどね。
カツミ いいっていいって。そういうことにしておけ。ね。(ト、お菓子を見て)おおっいいじゃん。結構あるじゃん。で? 料理は? あたし、お腹すいててさぁ。
    あ、大丈夫。ただで食べる気はないから。ちゃんとほら、家から持ってきた。
アイ 気にしなくてもいいのに。
カツミ うちの母ちゃんが気にするんだって。もらっといて。(ト、鞄からビンを出す)
アイ えっと、これは?
カツミ 梅醤油(うめじょうゆ)
アイ 醤油!?
カツミ ただの醤油じゃないよ。梅醤油。梅味の醤油。
アイ なんで?
カツミ あったから。
アイ あったからって。
シズカ カっちゃん家(ち)の梅干おいしいんだよね。
アイ そうなの? 
カツミ (頷き)というわけで、自家製の梅を、数ヶ月醤油に漬けて作ったものらしい。はい。冷蔵庫ね。刺身に良し、煮物に良し、の一品だから。はい。
   お土産終了。あ、手洗うとこは?
アイ ドアの横の、トイレと一緒の、
カツミ ああ、あれだったか。うん。OK見ておきたかっただけだから。よーし。で?
アイ 「で?」?
カツミ 対策練ってたんでしょ? 二人で。どうするの今日は。
アイ えっと、それがね。
シズカ 対策? なんの?
カツミ なに? 話してないの? なんで?
アイ いや、なんか言い出しにくくって。
シズカ 何の話??
カツミ なんだよぉ。シズカはとっくに知っていると思ってたのに。なに? 私一人で張り切っちゃってたの?
アイ あ、私、料理見てくるね? その間に、ちょっと話しておいてくれる?(ト、去る)


6 カッちゃんとシズカ


カツミ あ! おい逃げるな!(シズカに)照れてるよ。
シズカ それで?
カツミ うん? ああ、今日の計画ね。名づけて、「手料理で落とせ」作戦。
シズカ ……はい?
カツミ 分からないかなぁ。だから、手料理ってやっぱり武器じゃん? 女の。アイも料理うまいんだからさ、ここで使わない手はないでしょ? ここまではOK?
シズカ (分かってないが)うん。
カツミ で、もうじきクリスマスでしょ? でも、クリスマス会するからって男を呼ぶのもねぇ? だから、せっかく、あいつ誕生日なんだし、
   こういう日を使わない手はない、と、そうカツミさんは考えたのですよ。どうだ? 
シズカ あ、うん。でもさ、(そもそも何の話?)
カツミ そう! 確かに、場所の問題って言うのはあったよ。だからって、カラオケルームっていかにもって感じでしょ?そこを、
   「あと三ヶ月でお別れだから、自宅で友達呼んで誕生日会するの。良かったら来て」なんて言うことによって、インパクトはある。手料理は作れる。と。
   まぁ、アイは初め嫌がったんだけどさ。なんだかんだ言って、気合入っているみたいだし。あたし達はね。
   せいぜい、あの子のいいところをアピールしてやろうじゃないのよ。どう、完璧でしょ?
シズカ えっと、聞いていい?
カツミ どうぞ。
シズカ アイちゃん、誰かに告白でもするの?
カツミ え? だから、青山だよ。青山ヨウタ。
シズカ ……え!? だって、え? え〜!!!!
カツミ なんでそんな驚くかな? それも聞いてなかったの?
シズカ だって……ええぇえ!?
カツミ 驚きすぎだよ。
シズカ 時間差で来たの。だって、いいの?
カツミ なにが?
シズカ だって、青山君って……カっちゃんが、好きな人でしょ?
カツミ ……な、なにをばっかなことを言っておるですかあなたはですよ。
シズカ だって、高校うちにしたのって、青山君が受けたからだって(言ってたよね)
カツミ そりゃ、そりゃあね、そりゃあ入学当初はそうだったかもしれないけど。それは偶然っていうのもあったわけでさ。ほら、同じスポーツやってたから?
   それで親近感を、恋心に間違えていたかなぁって感じだったわけですよ。でもさ、あいつ、高校入ってからバスケ辞めちゃったしさ。
   そりゃあ、剣道で県大会まで行ったりで頑張ってたみたいだけど? 私としてはバスケやってたころのほうが。ってか、
   まぁ、別に過去のことはどうでもいいんだけど。大学だって、違うし……まぁ、あたしは専門学校だから、何か言える立場じゃないしさ。全然。
   ほら、なんか、違う……かなぁって、思ったわけですよ。
シズカ カっちゃん……
カツミ ね! だから私のことはいいから。あたしはさ、せっかくアイがあの運動馬鹿に惚れたんだからさ。
   何とかしてやろう。いや、何とかしてやらなきゃなぁって。うん。だから、ね。……よし! そういうわけで、作戦前に私はトイレに入る。
   作戦中にもよおしたら格好悪いもんね。というわけで、では!(ト、去る)
シズカ カっちゃん!


7 女二人の内緒話


    話を聞いていたのか、アイが現れる。


アイ 話、聞けた?
シズカ アイちゃん!
アイ はい。
シズカ ちょっと、こっち座りなさい。
アイ はい。(ト、シズカの前に座る)
シズカ 何ですか今の話は!
アイ ごめんね。前もって言えればよかったんだけどさ。
シズカ そういう問題じゃありません! アイちゃんだって知っているでしょうカっちゃんが、
アイ 声。聞こえるよ。
シズカ ……カっちゃんが青山君のことが好きなこと。高校であたし達と会った頃から、ううん。多分その前からずっと、ずっと、カっちゃんが青山君一筋なの。
アイ うん。
シズカ うんじゃありません! 
アイ はい。
シズカ 初めて告白しようとしたのは、一年のクリスマス。でしたね。
アイ 二回目は二年生の夏休み前。
シズカ 三回目は二年生のクリスマス前。……すべて、言い出せないまま失敗。……そのたび、私たちは何度マックへのヤケ食いに付き合ったことか。
アイ 翌日まで胸焼け続くんだよねぇ。
シズカ それだけ想いが強いって知っていて! それでそんな略奪みたいなことをするんですか!? お母さんはそんなこと決して許しませんよ!
アイ ……本当に諦めるって言ったんだよ。
シズカ え?
アイ 青山君のこと、本当にもう諦めるって。無かったことにするって。
シズカ いつ?
アイ 推薦で受けた大学落ちて、専門に行く事にした時。シズカはまだ受験終わってなかったから。あたしだけ話聞いたんだ。
シズカ それって、青山君が大学行くから?
アイ 自分とは吊りあわないって思ったんだって。
シズカ そんなの馬鹿げてるよ。
アイ 私も言ったよ。せめて、思いは伝えたらって。
シズカ 「いい」って?
アイ うん。
シズカ だからって、だって、あんなにずっとずっと頑張ってたのに。馬鹿だよ……
アイ ……だから、思い知らせてやろうと思って。
シズカ え?
アイ 自分がどれだけまだ青山君を好きなのか、カツミに思い知らせてやるのよ。で、あわよくばそのまま告らせようかなぁって。
  この部屋の中じゃ嫌でも接近しなきゃいけないしね。存分に、好きな人に近づくチャンスを与えてやろうってわけ。
シズカ え? じゃあ、アイちゃんは? 青山君を?
アイ あれ? 許さないんじゃないの?
シズカ そうだけど、でも、好きになったら友情よりも恋愛って言うのも仕方ないかなって。
アイ 大丈夫だよ。もし、本当に好きな人なら、いきなり自宅に呼ばないって。
シズカ じゃあ、本当の本当に?
アイ 本当の本当に、カツミのための計画なのだよ、じつは。
シズカ カっちゃんは知らないのに?
アイ カツミは知らないのに。
シズカ さっすが! アイちゃん!
アイ いい奴でしょ〜あたし。
シズカ よしよし。いい子じゃいい子じゃ。


    と、カツミがやってくる。
    顔をタオルで拭いている。


8 コバタツ


カツミ それ、あんまり男の前でやらないほうがいいと思う。引かれるよ。
アイ 気をつけます。
シズカ 顔、洗ったの?
カツミ うん。ああ、サッパリした。


    と、チャイムが鳴る。


アイ あ、来たかな(ト、立つ)
カツミ こらこら、主役は座ってなきゃ駄目でしょ(ト、立つ)
シズカ あたし行くよ?(ト、立とうとする)
カツミ いいのいいの。(ト、深呼吸して)よし。(ト、去る)
アイ いきなり恋が復活したりね。
シズカ ね。
カツミ声 いらっしゃいませ〜


    と、カツミがゆっくりと引き下がってくる。
    カツミとともにやってきたのは、小林


カツミ だれ、こいつ呼んだの。
アイ げ。コバタツ。
小林 ハッピーバースデーーアイちゃん!(ト、アイに近づく)
シズカ (阻止するように)小林君のことは呼んでないと思うんだけど?
小林 うん!
カツミ うんじゃなくて。じゃあ、何で来たの?
小林 だって、パーティだよ! パーティ! パーティって言ったら僕、コバヤシ タツヤの出番でしょ! ね!
シズカ 呼んでないのに来たら、それ不法侵入になると思うんだけど?
小林 大丈夫だよ。知り合いだもん。ね?
アイ 知り合いとも呼びたくないけどね。
小林 小中高と、同じの仲じゃん。
アイ それだけの仲でしょ。
小林 剣道の授業中に、「好き」って言ってくれたのに。
アイ・カツミ はぁ!?
シズカ 「突き」って言って、ついたんじゃないの?
アイ (頷く)うん。
カツミ 突くのは禁止のはずだけど。
小林 あまいな。照れたから、わざと突きで表現したんだよ。でも、その瞬間、僕の心の中には確かに聞こえたんだ。
   アイちゃんの声「あなたのことが好きでたまりません。マイ シナイ プレゼント フォー ユア ハート!」
   瞬間、体中に電気が走って、僕は完全にノックダウン。フォールインラブの世界に飛んでいったんだ。
アイ あまりにも粘着質な攻め方するから腹立って胸を突いたら失神しただけでしょ。
小林 あんな衝撃、恋以外に考えられないよ! あんな衝撃、衝撃だよ!
カツミ はい。とりあえず、お帰りください。
小林 いや、でも、僕は、
カツミ はい。帰る帰る帰る。
小林 あの、出番がこれだけ、かもしれないんだけど、
カツミ はい聞こえませーん。何にも聞こえない。
小林 くそっ。この運動バカ!
カツミ さっさと出てけ!
小林 絶対戻ってくるからな〜!


    小林とカツミが去る。


アイ ああ、びっくりした。
シズカ よかったねぇ。カっちゃんがいて。
アイ ねぇ。


    カツミが戻ってくる。


カツミ 良かったねじゃない!
アイ あ、カツミありがと。
シズカ 小林君は?
カツミ 表にうっちゃってきた。それよりね、もうちょっとプライバシーには気をつけなさいよ。あいつがいない時だったから良かったものの。
    いるときにやってきて、変な勘違いされたらどうするつもりだったのよ。
アイ 「あいつ」って?
カツミ 青山に決まってるでしょ!
アイ あ、ああ、そうだよね。危なかったね。
シズカ ね。危なかったよね。
カツミ まったく。


    ト、チャイムが押される。


アイ あ、コバタツかな?
シズカ しつこいねぇ。
カツミ よし。一発食らわしてくるか。
アイ あ、でも違う人だったら。


    ト、またチャイムが鳴る。


カツミ こら! いい加減にしろ! 馬鹿小林! 


    と、カツミは走り出す。
    カツミの蹴り飛ばす音。


青山声 ごはっ。いきなりなにするんだよ……
カツミ声 あ、青山!!
アイ・シズカ あっちゃぁ。


    暗転


9 青山君


    数分後。
    頬を冷やす青山。
    その横でアイが心配そうに青山とカツミとを見ている。


青山 なるほど。それで、俺はいきなりこいつに蹴りをもらったってわけか。
アイ ごめんなさい。
青山 別に、花咲さんが謝ることじゃないよ。悪いのはタツヤだろ。
アイ 半分以上ね。
青山 それに、避けられなかった俺も悪いし。
カツミ そうそう。ぼうっと立っていたそいつが悪いんだから、謝ること無いよ。
青山 お前は謝るべきだと思うけどな。
カツミ 別に怪我して困るような顔じゃないでしょ。
青山 ひでぇなぁ。自分がやられたら十倍返しじゃすまないくせに。
カツミ あったりまえでしょ! 女の顔と男の顔じゃ100倍は重要さが変わるのよ。
青山 お前こそ怪我して困るような顔じゃないだろ。
カツミ ……怪我して困るような顔じゃなくて悪かったわね。
青山 はぁ? なに言ってんだよ?
カツミ とにかく! 謝らないからね。
青山 はいはい。昔からこうなんだよ、こいつ。馬鹿みたいに頑固でしょ?
カツミ 馬鹿で悪かったわね。
青山 しかも、変なところで突っかかってくるし。疲れたんじゃない? 三年も友達やってて。
アイ いえ、全然そういうのは。
青山 そうかな? おい、よかったな、疲れてないってよ。
カツミ うるさいな。あんたはあたしの保護者か何かか。
青山 これで、こいつ結構気にするんだよ、人間関係。それがまた面倒な奴なんだよね。
カツミ 悪かったよ。面倒な奴で。
青山 どうしたんだお前? もしかして熱あるのか?
カツミ ない!
青山 そっか?
カツミ それより、挨拶しなくていいのかよ?
青山 あ、ごめん。今日はなんか呼んでもらっちゃって。
アイ いえ。こちらこそ。来てもらえるとは思ってなかったから。
青山 まぁ、どうせ暇だからね。
カツミ 志望校に推薦で合格したもんねぇ。
青山 まだ言ってるのかよ。こいつ、俺と同じとこ狙っていたのに、自分だけ落ちたからって、すぐ突っかかってくるんだよ。
カツミ 突っかかってなんか無い!
青山 別に、大学なんてどこ行くのもあんま変わらないって。
カツミ だから何も言ってないだろ! ……お手洗い、借りるね。(ト、去る)


    シズカがやってくる。


シズカ はい。料理ですよ〜 ってあれ? カツミは?
アイ (またというニュアンスで)トイレ。
シズカ また?
青山 あいつ、どっか悪いんじゃないかな?
シズカ うーん。まぁ、悪いっちゃ悪いか。
青山 やっぱり。風邪引いてるのに無理に出てきたんだとにらんでるんだけど。
アイ いやぁ、どうだろうね。
シズカ うん。体の問題じゃないと思うんだ。
青山 というと?
シズカ というよりも、青山君。


    シズカとアイは青山に向き合う。


青山 はい?
アイ 青山君は、
シズカ カツミのこと、


10 麦?茶事件


テン 麦茶でーす!


    と、テンがやってくる。


アイ テン! 部屋にいろって言ったでしょ!
テン だって、飲み物ないって言うから。
シズカ ごめん。料理あるのに飲み物無いんじゃつらいと思って、テンちゃんに頼んじゃった。
テン うん。頼まれた。
アイ 母さんは?
テン なんかお父さんを部屋に押し込んでた。
アイ なんだそれ。
テン さっき「男の声が聞こえた」って、お父さんが暴れだしたから。
父声 男友達なんて認めないぞ! 認めないからな!
テン ね?
アイ まぁ、なら仕方ないけど。飲み物置いたらすぐに部屋に行ってね。
テン はーい。はい。麦茶です。
アイ でも、麦茶なんてよくあったわね。
テン えへへ〜。(ト、麦茶を配っていき、青山に気づく)男だ!
青山 うっす。
テン うっす。
アイ 用が済んだらあっち行って。
テン はーい(ト、去る)
シズカ 子供好きなんだ?
青山 なんか、昔のカツミみたいだなって思ってさ。
アイ そっかなぁ? 全然似てないと思うけど。
青山 昔はあんなだったんだよ。だって俺、あいつのこと始め男だと思ったんだから。
アイ そうなの?
青山 でも、花咲さんの弟と違って、可愛くない奴だったなぁ。


    と、言いつつ青山は麦茶を口に運ぶ(まだ飲まない)


アイ へぇ……ねぇ、青山君ってさ、もしかして、カツミのこと、
カツミ(声) あたしが何だって


    と、カツミがやってくる。
    ちょっと化粧頑張っちゃっている。


青山 お前本当大丈夫か?
カツミ 大丈夫だって。ちょっとお腹冷えちゃっただけだから。
青山 無理するなよ?
カツミ 分かってるよ。
アイ (ちょっと笑う)ね?
シズカ うん。
青山 しかし、お前本当……(可愛くなったよな)
カツミ なによ?


    言葉をごまかすように青山は麦茶を飲む。
    瞬間、その麦茶を目の前に拭く。カツミの顔にかかる。


アイ 青山君!?
青山 いや、ちが、この麦茶、なんか、
カツミ へえ。こういうことやってくれちゃうんだ?
シズカ カっちゃん、とりあえず、洗面所行こう?
カツミ 人がせっかく吹っ切ろうとしてれば優しくしたり、からかったり……
青山 カツミ?
カツミ 何様だよお前は! あたしの気持ちを何だと!
シズカ ね? カっちゃん。洗面所で顔拭こう? ね?


    と、シズカはわめくカツミを無理やり連れて行く。


青山 花咲さん、あいつの気持ちって?
アイ ……本当に、気づいてないの?(と、麦茶を口に入れ顔色を変える)


    シズカが戻ってくる。


シズカ とりあえず洗面所で顔洗わせているけど、(青山に)なんであんなことしたのよ!
青山 いや、だから俺は。
アイ テンだ。
シズカ いや、テンちゃんは関係ないでしょ?
アイ テン! ちょっと来なさい!


    テンが走ってくる。


テン 呼んだ?


    アイは無言で近寄って、テンをはたこうとする。
    シズカが慌てて止める。


シズカ 待って! ちょっと待ってよ!
アイ テン! あんたなんてことするのよ!
シズカ なにが? 何をやったの。
アイ コップに何入れたのか、正直に言いなさい。
シズカ コップ?(ト、麦茶を飲む)うわっ、なにこれ? ちょっと、うわっ。変な味だよ?
テン 麦茶、無かったから。
シズカ 無かったから?
テン 醤油まぜたら、同じ色になったから。
シズカ カっちゃんのお土産か。
アイ なったからじゃないでしょ! この馬鹿!
シズカ 待って! ああ、もう、カっちゃん! カッちゃん!


    カツミが走ってくる。


カツミ なになに? どうしたのよ! ほら、アイ! 落ち着いて。ね? 落ち着け!
アイ ごめんねカツミ。
カツミ なにが? なにがよ?
アイ 私の家なんか来たせいで、変な目にあって……
カツミ あってないあってない。大丈夫だって。全然平気。すべては、(青山)あいつが悪いんだから。
青山 俺かよ!?
カツミ 乙女の顔に醤油水ぶっかけておいて、シラきろうって言うの?
シズカ あれ? なんで醤油だって分かったの?
カツミ だって、醤油臭かったし。あたし小さいころよくこいつに作ったりしたからさぁ。
青山 そうだ! 元はといえばお前が変な飲み物ばっかり飲ますから、口に入れた変な味のものはとりあえず吐き出すって習慣が出来ちゃったんじゃねえか!
シズカ そんな変なもの飲ましてたの?
カツミ わさびでしょ? カラシでしょ。あと、道端の変な果物とか。あと、あ、これは言わない方がいいか。
青山 おい、何を飲ませたんだよ。
カツミ いやぁ。さすがにこれは墓まで持っていかないと。じゃないとあんたが可哀想だ。
青山 何を飲んだんだ俺は〜!
カツミ ね? だから、気にしないで。
アイ うん。
テン ごめんなさい。
アイ 謝って済むものじゃない。
カツミ いいから、許してやって。ね? 今日はあんたの誕生日なんだから。陽気にやろう? ね? あたしはそう決めてるんだから。
アイ うん。
カツミ ほら、じゃあ席について。よし。テン君、君もだ。
テン いいの!?
アイ (コップを片付けつつ)カツミ!
カツミ こうやって一緒にいた方が間違いが起こらなくていいでしょ?
シズカ 逆に放っておいた方が危ないかもよ。
アイ 分かった。でも、おとなしくしてなさいよ。(ト、コップを持って去る)
テン うん。
カツミ さあ、ではパーティを始める前に、心強い援軍を呼びましょうかね?
青山&シズカ 援軍?
シズカ ってなんの?
カツミ ばか! あんたの作戦のために決まっているでしょ。この日のために、連絡しておいたのよ。(アイの方向へ)一人くらい増えても別に問題ないわよね?
アイ (戻ってきつつ)それは構わないけど……


    ト、チャイムが鳴る。


11 サクラさん


カツミ そろそろだと思ってたんだ(外へ向かって)いいから入っておいでよ。さぁ、では、新しい登場人物を紹介しましょう。ば、ばーーん。


    ト、サクラがやってくる。


サクラ 来ちゃった。
アイ&シズカ 誰?
青山 お前、小学生に知り合いなんているのか?
カツミ え? 誰あんた!?
テン サクラちゃん。
サクラ テンちゃん(と、テンをはたく)の、馬鹿! 知らない人ばかりがいる時は、紹介するものだって教えたでしょ!?
テン ごめんなさい。
サクラ もういい自分でやるから! すいません皆さん。うちのものが失礼しました。わたくし、……ほら、紹介は?
テン え?
サクラ 「え」じゃないでしょ!
テン だって、自分でって
サクラ それでも妻が紹介し終わる前に、紹介するのが夫の努め!
テン はい! キリオカ サクラさんです。
サクラ よろしくお願いします。
カツミ 弟くんも、隅に置けないねぇ。
シズカ 先を越されちゃった感じだね。これは。
アイ おままごとみたいなものでしょ。
サクラ ああ。あなたが、あのお姉さんですね?
アイ 「あの」?
サクラ うちの旦那をいじめている意地悪姉さん。
アイ 誰がいじめているって?
サクラ かわいそうに、うちの旦那はおかげでいつも生傷だらけで……。
シズカ うわぁ。アイちゃん過激ぃ。
アイ 違うわよ!
青山 花咲さんって見かけによらず……。
カツミ 馬鹿そんなわけ無いでしょ。シズカも乗らないの!
シズカ はーい。でも、誰がそんなことを言ったの?


    みなの視線がテンに集中する。


アイ お前か。
テン ち、違うよ! サクラちゃんはちょっと思い込みが激しいんだよ。だから僕がちょっと怪我しても、それをお姉ちゃんのせいに(するんだ)
サクラ 誰が思いこみ激しいのよ!
テン だって、僕が転んだときも、「お姉さんの生霊がとび蹴りした」って言ったじゃんか。
サクラ だって見えたもの!
テン 砂遊びの途中で砂が眼に入った時も「お姉さんの生霊が!」って。
サクラ 見えたの! はっきりと!
テン そんなわけないよ! 姉ちゃんがそんなことするわけ無いだろ!
サクラ だって!
テン 嘘はダメだってサクラちゃんいつも言ってるじゃん!
サクラ でも!
テン だって、姉ちゃんは僕に興味ないんだから!
アイ ……そうね。そうかもしれないわね。


    テンがアイを見る。
    アイは見ない。
    テンが奥へと去る。


サクラ テンちゃん!(ト、去る)
シズカ アイちゃん。
アイ だって……どうしたら興味あるようなの? そんなの分かるものじゃないし。
シズカ そりゃそうなのかもしれないけど。
カツミ 分かるよ。
アイ え?
カツミ 興味がある人だとね。その人がいなくても、その人のことばかり考えるのよ。自分が楽しいとき、
   その楽しいのを分けてあげたくなるのよ。寂しいとき、その寂しいのを半分にして欲しいって思うのよ。
アイ そういうものなの?
カツミ 私は、だけど。
青山 カツミ
カツミ な、なによ。
青山 お前、好きな奴いるのか?
カツミ なんで!?
青山 なんか片思いしているみたいに聞こえたからさ。
カツミ 別に、してないわよ。
青山 そうか。……もし、好きな奴出来たら相談しろよ? 俺でよければいつでも相談に乗るからさ。
シズカ 駄目だこれ。


    アイとシズカは頭を抱える。


12 ルリさん


    と、ルリが現れる。皆の様子をじーっと見てる。


カツミ あんたこそ、好きな子の一人や二人さっさと作りなさいよ。
青山 うわっ返されたか。
カツミ 恋愛経験ない奴に相談乗ってもらいたいとは思わないからね。
青山 そりゃそうか。
カツミ それにしても、私、何か忘れている気がするんだけど。
ルリ あたし、帰る。
カツミ うん、気をつけてねって思い出した! ルリちゃん!
ルリ 思い出すの遅すぎですよ先輩!
カツミ いやぁ、ごめんごめん。ほら、みんな、ルリちゃん。
アイ うん。
ルリ 姉ちゃん、私のこと気づいていて無視したでしょ。
シズカ 何しに来たの? というより、カっちゃんはなんでルリを呼んだの?
カツミ そりゃあ、誕生日の企画として、アイ伝説を披露しようと思ってさ。
シズカ そんなのみんな(知っているでしょ)
青山 なに? 花咲さんって伝説持っているの?
シズカ 知らない人もいるよね、確かにね。
アイ ルリちゃん久しぶりだね。
ルリ お久しぶりです! 今日はワタクシ、力不足かもしれませんが、全力を尽くして語らせていただきます。
アイ えーっと、ルリちゃんは、今日のことをどう聞いているの?


    ルリはパントで表現。


アイ ふーん。そっかそっか。カツミ〜!
カツミ さぁ、というわけで、ルリちゃん。お願いします。
ルリ はい。それでは語らせていただきます。我が中学校の生きた伝説! 花咲アイについて!
青山 生きた伝説って……
シズカ ごめんね。うちの妹、アイちゃんファンクラブの会長だから。
青山 あ、そんなのまであるんだ。
アイ 無い無い無い。この子が勝手に作って、勝手に会長をやってるだけ。
ルリ 今年は35人越えを狙っています。
アイ いつの間に増やしたの!?
シズカ 我が妹ながら恐ろしい奴。


    と、照明が変わる。


13 温度の違う部屋と部屋


    舞台端にテンの部屋。
    テンが部屋の隅にやってくると、うずくまる。
    サクラがやってくる。


母声 テン? どうしたの?
サクラ あ、お母様。大丈夫です。私に任せてください。
母声 そう? ごめんなさいね。あたしもちょっとお父さんの機嫌直さないといけないから。
サクラ はい。全てお任せください。
母声 よろしくね。


    サクラはテンに近づく。


サクラ 怒ってる?
テン ……
サクラ 泣いてるの?
テン ……
サクラ 本当、ひどいお姉さんよね。あたしだったらあんなこと、冗談でも言わないのに。
テン ……
サクラ 仕方ないよ。10も離れているんだもの。興味が無いのも、
テン 違うんだ。
サクラ 違う?
テン 僕が何かやっちゃいけないことやっちゃったんだ。でも、僕、何をしたかも覚えてないから。
だから、お姉ちゃんは僕を見てくれないんだ。
サクラ なんでそんな風に思うの?
テン だって――


    照明が切り替わる


ルリ 伝説その3 生徒会の選挙演説当日に突然の欠席。しかし、生徒会長に見事当選。
青山 そんなに人気があったのか?
アイ さあ。
ルリ 生徒会長に立候補する人は、必ず演説をするんだけど、その当日にアイさんは演説を蹴った。
シズカ 弟くんが救急車で運ばれちゃったんだよね。
カツミ 次、生徒会長立候補。二年三組 花咲アイ。
ルリ 「生徒諸君。先ほど、全校放送で私の名前が呼ばれたのは皆さんもご存知のことと思う。それは私の弟が救急車で
  運ばれたという知らせだった。そして、私は生徒皆さんへの演説より肉親の安否を選ぶことにした」
  ここで、アイさんは涙を流しながら語ったといわれています。
  「生徒会長という公の立場に立候補しながら、私用を優先することをお許しください」そして、わき目も振らず、
  体育館外へ駆け出していった。その後姿には、拍手が割れんばかりに起こっていたという……
シズカ そんなこともあったねぇ。
アイ そこまで大げさな退場はして無かったよ!
カツミ ね? あたしも聞いてびっくりしたんだから。凄いでしょ。
青山 いろんな意味でな。
ルリ まだまだこんなものじゃないから! 次は伝説4 海がめの産卵を手伝った女!


    照明が切り替わる。


サクラ そっか。小さい頃は、優しかったんだ?
テン うん。だから、僕がきっと……。
サクラ 違うと思うけどな……
テン え?
サクラ お姉さんの気持ちはきっと、私に近いんだと思うな。
テン サクラちゃんに?
サクラ 嫉妬してるんだよ。
テン 嫉妬?


    ト、チャイムの音。


サクラ (誤魔化すように)今度は誰かな? (窓から見て)なんか、可愛い車。
テン あ、ケーキ屋さんの車だ。
サクラ じゃあ、ケーキが来たの?
テン うん。よし。取りに行く!
サクラ まって、あたしも行く!


    照明が切り替わる。


14 ケーキ事件

ルリ こうして、回し蹴りで熊を倒した後、山に迷っていた女の子達に向かって、アイ様は、王子スマイルを見せて
  言ったのでした「もう大丈夫だよ。可愛いおちびちゃん」
アイ ……それは、凄い人だなぁあたし。
青山 熊倒したのか……。
カツミ そんなわけ無いでしょ!
ルリ いえ、倒したのです! なぜならアイ様だから。ね?お姉ちゃん。
シズカ もう、どうにでもして。


    ト、チャイム音。


アイ 今度は何?
カツミ さぁ。
小林声 「花咲さ〜ん、『ケーキのコバヤシ』です。ケーキお届けに参りました」
アイ ああ、ケーキか、(ト、立ち上がろうとする)
カツミ まぁまぁ、王子様は座っていて。ね。ここはあたしが、
青山 いや、お前こそ座ってろよ。俺がとってくるから。
シズカ いや、ここは、私が、
ルリ いやいや、一番年下が行くべきですよ、


    ト、言っているところにテンが走ってくる。


テン はいはいはーい。今出まーす。
アイ あ、テン!
テン 大丈夫!(ト、去る)


    サクラがやってくる。


サクラ あーあ。張り切っちゃって。
アイ あなたがテンに余計なこと言ったの?
サクラ いいえ。テンちゃんが自分でやりたいって言ったんですよ。
アイ そう。


    ト、テンがやってくる。


テン ほらほら、ケーキだよぉ。


    ト、その後ろから小林がやって来る。


小林 はい。『ケーキのコバヤシ』です。
青山 タツヤ。
小林 あれ? ヨウタも呼ばれてたんだ?
シズカ 小林君は呼んでないけどね。
カツミ 本当に戻ってきたか。
小林 やっぱり、あれだけじゃ寂しいかなと思って。
カツミ 帰れ!
アイ テン、早くケーキこっちに置いて!
テン 大丈夫だって。あっ!(ト、落としそうになる)……なんてねぇ〜。


    ト、その笑顔のままこける。


アイ テン!(ト、テンに寄る)


    他の人間は放り出されたケーキに。


シズカ (ケーキの箱を開けて)
タツヤ うわっ、ひでぇ。もう食えないじゃんこれ。
シズカ ばかっ!
アイ テン!
テン ごめんなさい。
シズカ ……アイちゃん。
アイ 大丈夫。怒る気も無いわ。


    テンは部屋へと走り去る。


シズカ 逆に酷いよそれは。
サクラ 私、見てきます。(ト、去る)


15 散会


アイ ……もう、なんかごめんね。みんな。
カツミ 別に、あんたが悪いわけじゃないでしょ。
アイ なんか、もう全然うまくいかなくて。なんだろ今日は? 今日あたしの誕生日なんだよ? 多分。
  誕生日なんだと思うんだけどさ。……こんな日もあるんだね。本当。もう何年ぶりかにやった
  っていうのにさ。ね。本当。嫌になっちゃうよ。
カツミ あ、あたし、ケーキ買ってくるわ。ちょっと走ればすぐだし。
小林 あ、僕行くよ?
青山 だったら、俺が行ってくるよ。
小林 僕行くって。
カツミ (青山に)あんたじゃどんなケーキ買うか分からないでしょ。
青山 じゃあ、お前もついてくればいいだろ。
小林 よーし、僕も行くよ。
カツミ ……いい?
アイ お願い。
カツミ よし、行くよ!
青山 ああ、すぐ買ってくるから。
小林 僕も行くって!


    青山とカツミ、小林が去る。


ルリ なんか変なのも一緒について行ったみたいだけど大丈夫?
シズカ どうだろ……あ、ついでに飲み物! ……って、遅いか。
ルリ あたし行ってこようか?
シズカ 一人で?
ルリ 自転車で来たから。姉ちゃん歩きでしょ?
シズカ うん。
ルリ じゃあ、任せて。
シズカ よろしく。
ルリ うん。……アイさん、そんな気を落とさないでくださいね。(ト、去る)
シズカ ……みんな優しいね。
アイ うん。
シズカ あんたも、少しはテンちゃんに優しくしてあげればいいのに。
アイ これでも、している方だよ。
シズカ そうかな? 中学のときは、もっと姉馬鹿だった気がするけど。
アイ 何? 姉馬鹿って。


    と、そこに母と父がやってくる。


16 決壊


母 ちょっと、お姉ちゃん。
アイ 何?
父 (シズカに)ようこそ、初めまして。アイの父です。
シズカ あ、初めまして。
母 そうじゃないでしょ。
父 まずは挨拶だろ。で、なにやったんだ? テン、泣いてたぞ。
アイ それが?
母 あんたは本当、なんですぐテンを泣かすの? お姉ちゃんでしょ?
アイ だから?
母 「だから」って。(父に)ねぇ?
父 お姉さんが弟を守ってあげないでどうするんだ。
アイ ……いつまで守ればいいの?
母 何を言って、
アイ そうやって、私はいつまであの子を守っていればいいの? お姉ちゃんなんて名前で呼ばれて。いつまで
  あの子のお姉ちゃんでいればいいの?
母 弟のことをあの子なんていうのは止めなさい。
アイ だったら、私をお姉ちゃんなんて呼ばないで。
父 お前はお姉さんなんだから仕方ないだろ?
アイ なに仕方ないって? 弟なんて欲しいって頼んだ覚えは無いわよ!
母 何言ってるの!
父 自分が言ったことを冷静に考えてみろ。
アイ お姉ちゃんにしてなんて誰が頼んだのよ! 先に生んでくれっていつ言ったのよ! 「面倒見ます」って
  いつ約束したのよ! 全部押し付けているだけじゃない。なんであの子に気を使って
  私は生きなくちゃいけないの? ねぇ? なんで? お誕生日会をやれなかったのは何で? 
  あの子が生まれたからでしょ? 生徒会の途中で抜け出したこともあったよね? 
  あいつの入院について来いなんて言われたからでしょ。おかげで生きた伝説扱いよ。ねぇ? 
  私頼んだ? お姉ちゃんになりたいって。そもそも聞いてくれたことが無いでしょ。もし聞いてくれたら
  言ってたわよ! 弟なんていらない! 弟なんていらない! 弟なんていらない!
母 いいかげんにしなさい!(ト、手を振り上げる)
父 (その手を押さえて)母さん。(アイに)お前も落ち着きなさい。
テン ごめんなさい。
アイ テン……


    そこには両手にプレゼントを持ったテンと、サクラがいた。
    そのプレゼントを落とすと、テンは涙をこらえる。


母 テン……
テン ごめんね、お姉ちゃん。僕……(ト、去る)
サクラ テンちゃん!(ト、追いかけて去る)


    父が母を見る。
    母が頷く。
    父が走り去る。
    母はアイを見る。


アイ なに?
母 頼んだのよ、あなたは。
アイ え?
母 幼稚園でも兄弟がいる子が多くて、一緒に遊ぶ子もいなくて。だからいつも言ってたじゃない。「弟か妹が欲しい」って。
アイ そんなの、覚えてないわよ……
母 ……そうよね。(ト、去る)


    シズカが落ちていたプレゼントへと寄る。
    バースデイカードがついている。


シズカ 「お姉ちゃんへ、」だって。
アイ なんて、書いてある?
シズカ ……自分で読んだほうがいいと思う。(ト、カードを渡す)
アイ (カードを開く)「お姉ちゃん大好き」だって。
シズカ そっか。
アイ あいつ、あたしのこと「大好き」なんだってさ。馬鹿だよね。あいつ。こんな私を。
シズカ あたしも、アイちゃんのこと、好きだよ。
アイ だって、あたし。(あいつにとっては嫌なお姉ちゃんでしかないのに)
シズカ 関係ないよ。アイちゃんは、アイちゃんだもん。
アイ ……ああ。……馬鹿だな。あたし。


    俯くアイをシズカが抱きしめる。


17 道端にて


    手前に照明がつくと、そこは道路。
    救急車の音が遠くで流れている。
    カツミが電話をしている。その横には青山。ちょっと後ろに小林


カツミ うん。うん。わかった。じゃあね。(と、立ち止まる)
青山 どうした?
カツミ ちょっと事情が変わったから来なくっていいって。
青山 なんだそれ? 
小林 どうするの、これから。
青山 これもな(ケーキ)。
カツミ あたしに聞くなよ。(救急車の音を聞き)なんか、物騒な世の中だねぇ。
青山 だな。まぁ、じゃあ、今日は解散、かな?
小林 みたいだね。
カツミ まぁ、この侘びはきっちりアイに入れさせるから。
青山 おいおい。誕生日だった奴にきついことさせるなよ。
カツミ とりあえず、事情くらいは聞かないとね。あんただって納得できないでしょ。
青山 まぁ、そりゃそうだけど。……なんだよ。


    気がつくと小林が二人のことをじっと見ている。


小林 なるほど、そういうことか。
カツミ なにがよ。
小林 なんか変だと思ってたんだよね。さっきから。
青山 何が?
小林 どうりで僕は邪魔者扱いされるわけだ。
カツミ 普通に邪魔者でしょあんたは。
小林 照れなくていいって。なるほどね。うん。そういうことか。
青山 何がだよ。
カツミ だからなによ。
小林 なにがって。とうとう、ヨウタの奴告ったんでしょ?
青山・カツミ はぁ!?
小林 え?
青山・カツミ はぁ!?
小林 えぇ!? だって、両思いなんでしょ? 二人。
青山・カツミ はぁ!? (と、お互いの顔を見て)はぁ!?
小林 もしかして、余計なこと言っちゃった?
青山・カツミ はぁ!?


    と、テンが走り去る。


小林 (話題を変えるように)あれ!? 今の!
青山・カツミ はぁ!? って、
カツミ テンくん?
青山 何走ってるんだあいつ。


    と、サクラがやって来る。そしてふらふらの父も。


サクラ お父様! しっかり!
父 ごめん。サクラちゃん。俺のことは置いておいていいから。テンを。
サクラ お父様のことを放っておけるわけないです!
父 くぅ。ありがとう。その言葉だけで私は……
サクラ お父様!
青山 ……と、とりあえず、俺、追いかけてみる(と、ケーキをカツミに渡す)
カツミ う、うん。あっちはあたしがどうにかするから。
青山 ああ。……タツヤ。
小林 はい?
青山 覚えてろよ。(ト、去る)
カツミ 小林!
小林 はい!
カツミ 手伝え!
小林 はい!


    カツミと小林が父とサクラを連れて行く。


18 家の中 夕方


    数時間後。
    花咲家。リビングルーム。
    ひざを抱えたアイがいる。
    シズカがやってくる。


シズカ (携帯を片手に)まだ見つからないって。
アイ うん。
シズカ でも、青山君が追いかけているみたいだし。じき見つかるよ。
アイ うん。
シズカ にしても青山君も情けないね。小学生に足で負けるなんて。あ、子供なだけに上手いのかな。かくれんぼとか。
アイ うん。


    救急車の音が遠くでする。
    びくりとアイは反応する。


シズカ ……自分、責めるのは止めなね。
アイ でも、私が……


    母がやって来てテーブルの上を片付け始める。


シズカ あ、どうですか? えっと、おじさんの具合は。
母 大丈夫大丈夫。ちょっと走りすぎただけだから。無理するから。
アイ (ぎゅっと自分を抱きしめる)
母 (アイに)何か食べる?
アイ (首を振る)
母 そう。(シズカに)ごめんなさいね。お友達みんな巻き込んじゃって。
シズカ いいえ。全然気にしてないですよ。皆、アイちゃんのことが好きですから。
母 いい友達持ってよかったわね(ト、去る)
アイ ……怖かったんだ。ずっと。
シズカ ……うん? 
アイ 弟が生まれてから、弟の面倒ばっかり見てて。初めはお姉ちゃんだからって思って張り切ってたけど。
  そのうち……変なの。弟の世話をすればするほど、あたしがいなくなって、お姉ちゃんが増えていくんだ。
  弟が生まれる前は名前で呼んでくれていた人が、みんな「お姉ちゃん」って……
  弟の世話は大変で。でも、お姉ちゃんだからってがんばって、頑張って、頑張って……
  あれ? って思っちゃったの。ここにいるのは花咲テンのお姉ちゃんには間違いないけど、でも、花咲アイはどこ行っちゃったんだろう って。
  そう思ったら、弟の顔見るのも嫌になって。
シズカ うん。
アイ あたし駄目なんだ。きっと自分のことしか考えられない奴なんだ。弟の気持ちなんて考えないで。勝手なことばっかりで。
シズカ ……でも、大事なんだよね。
アイ ……
シズカ 兄弟だから、色々歩けど。でも結局、大事に思ってるんだよね。
アイ そうかな。
シズカ アイちゃん、あの時本当はなんて言ったのか教えてあげようか?
アイ あの時?
シズカ 生徒会の演説。
アイ 覚えてるの?
シズカ (頷く)だって、アイちゃん一言しか言ってないもん。「ごめん。弟が救急車で運ばれた」って。
    真っ青な顔で。だから、あたしは、誰がなんと言おうとアイちゃんを生徒会長にしてやろうと思ったんだから。
アイ じゃあ、壇上で演説したのは。
シズカ うん。あたし。
アイ そりゃ覚えてないはずだ。
シズカ でしょう?
アイ ……ねぇ?
シズカ うん?
アイ テン。このままどっか行っちゃったりしないよね? 消えちゃったりしないよね?
シズカ そんなわけないでしょ!?
アイ 弟なんて要らないって言ったから、それで……
シズカ 大丈夫。すぐ見つかるから。ね? 明日にはもう笑い話になっているはずだから。
アイ うん。


19 お姉ちゃん


    ト、ドアを叩く音。


カツミ アイ! アイ! いるの!?
ルリ ノブ! 先輩! ノブ回して! 
カツミ ああ、分かってるわよ!


    ト、カツミと携帯を持ったルリが現る。
    その物音で母親がやってくる。


カツミ (アイを発見し)よし。行くよ。ルリ!
ルリ うん(携帯に何か言う)大丈夫。場所動いてないって。
カツミ よし。
アイ カツミ?
カツミ 青山がテンくん見つけたって。
アイ ……本当に?
母 よかった……
シズカ (ルリ)どこにいたの?
ルリ 公園だって。
カツミ だから行くよ。ほら、立って。
アイ 行くって、どこに?
カツミ だから公園。
アイ でも、あたし。だってあたしのせいで、テンは、
カツミ ばか! あんたはお姉ちゃんでしょ! お姉ちゃんが弟を迎えに行かないでどうするのよ!
アイ ……なんか、カツミに言われると、そうだなって思えるな。
シズカ こりゃ仕方ないよ、お姉ちゃん。
アイ うん。お姉ちゃんだもんね。あたし。うん。
カツミ よし、行くよ。
母 気をつけてね。
アイ ……お母さん。
母 ……なに?
アイ ……あたしね。弟がいて、よかった。


    暗転。


20 エピローグ


    父がビデオをセットし始める。
    やがて母がやって来る。トイレに行こうとしているらしい。


母 あら? もう撮っているんですか?
父 いや、久しぶりだから。
母 今のうちからそんなじゃ、式の本番にバッテリーが持ちませんよ。
父 母さん、何か一言。
母 もう。あたしそういうの駄目なんですから。どうせあなたの趣味でしょう。
父 そんな事言わずにさ。
母 はいはい。分かりました。
父 あ、やはり映像だからポーズの方がいいな。
母 え? ポーズですか? いいですよ、このままで。
父 いや、俺は母さんの素敵なポーズが見たい。
母 ……じゃあ、こういうのとかでいいでしょ? こういうの?(ト、ポーズを取る)


    制服姿のアイがやって来る。


アイ なにやってるの?
母 え? あら、アイ。おはよう。
アイ そのポーズのまま言わないでよ。ほら、父さんも! 母さんが乗りやすいの知っててやるんだから。
父 ごめんごめん。
母 だって。せっかくお父さんが撮ってくれるっていうんだもの。いいじゃない。ちょっとくらいお茶目したって。
アイ それ、おじいちゃんにも送るんじゃないの?
母 そうなの!?
父 あ、忘れてた。
母 忘れてたじゃないでしょ! こんなの親戚に見られたら、あたし、これからどんな顔して田舎行っていいか判らないじゃない! 
 消してくださいよ! すぐ! now!
父 分かった分かった。
アイ いいじゃんこのままでも。
母 全然よくないわよ! ああ、それで、支度はできたの?
アイ うん。って言っても、いつもと別に変わらないけどね。
母 さ、じゃあ私も準備しようかしら。
アイ まだやってなかったの?
母 だって、父さんが。
アイ 分かったから、ほら、準備しておいで。
母 じゃあ、その前にお手洗いね。(父に)ちゃんと消しておいて下さいね(ト、去る)
アイ もう。慌ただしいんだから。
父 よし。アイ。何か一言。
アイ え? 何か一言? 母さんの奴消さなくていいの? 知らないよ、後で何言われても。
父 いいから早く。
アイ はいはい。一言ね。はい。
父 しゃんとして。
アイ しゃんとしますって。(と、ぴしりと立つ)えーワタクシ、花咲アイも本日で高校三年生。卒業です。
父 中学の時と同じだな。
アイ ……いいでしょ。中学のときと同じだって。うん。思えば長かった三年間も、今となってはいい思い出。とりわけ、思い出深いのは
テン(声) お姉ちゃん
アイ ……え?


    暗がりにテンの姿が浮かび上がる。


テン お姉ちゃん。


    アイがふとテンを見る。
    テンの姿が消える。


アイ 気のせいか。……とりわけ、思い出深いのは……去年の12月です。私はその日、10年ぶりの誕生日会を皆で祝いました――


    アイの目が遠くを見る。
    室内の景色に戻る。


テン お姉ちゃん!
アイ うん。やっぱり気のせいだ。
テン わざと無視しているだろさっきから!
アイ あ? わかった?
テン 当たり前だよ。
アイ おはよう。
テン おはよう。卒業、おめでとうございます。
アイ おやおや、ご丁寧に。ありがとうございます。
母 (ト、トイレから戻ってきて) テン。 あんたも早く着がえるのよ〜、ほら(父に)あなたも(ト、去る)


   父はビデオをそのままに去る。


テン え、僕も行っていいの?
アイ 来たいの?
テン うん。
アイ じゃあ、早く着がえてきて。
テン はい!(ト、去る)


    アイはビデオを自分でも見られるようにして、周りを見渡してから話しかける。


アイ (ちょっと照れて)えっと、お父さん、お母さん。私を……私と、テンを生んで、育ててくれて、ありがとう。……なんてね。消去消去っと。えーっと、


    ト、チャイム音。


アイ はーい。開いてますよ〜。


    ト、騒がしくシズカとカツミがやってくる。


シズカ 聞いてよ、カっちゃんたらね! ついに青山君と!
カツミ わぁばか言うなって言ったろ!


    と、シズカとカツミが言い合いを始める。


アイ (笑って)よし。今日もあたしは元気です。以上終わり! (ビデオを止める)こら〜何の話? 私も混ぜろ〜


    と、着がえ途中のテンが走ってきたり。
    仲のいい姉弟と、その友達たちの笑顔の中、
    幕が下りてくる。

あとがき
一番近い他人である兄弟は、何かと問題があるもの。
友達の家庭の兄弟は仲がいいなぁと思って羨んだり、
部屋に勝手に入ってくる弟を疎ましく思ったり。
でも、兄弟に何かあると、真っ先に駆けつけたくなってしまう……
んじゃないかなぁ。なんて思って書いた作品です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。