サンタを待ってて
〜Waiting for my dear Santa.〜


登場人物

高望 家(たかのぞみ)

サキコ 14歳。サンタを信じない年頃? 夢見がちで負けず嫌い。

チエコ 36歳程度。 昔サンタを信じていたお母さん。現実主義。だが娘には夢を見てもらいたい。



    家の中。
    娘(サキコ)は眠れないのか部屋の片付けをしているようだ。
    時々、鼻歌のようにクリスマスの歌を歌っている。
    今日はクリスマスイブ。12月24日なのだ。
    時刻はまもなく、次の日へと変わろうとしている。
    だが、サキコはまだまだ眠たくなさそうだ。
    適当に、サキコは歌を歌っている。
    「ラストクリスマス」「ジングルベル」「クリスマスソング(山下達郎)」


サキコ「『ラストクリスマス、アイ、ふんふふんふーん(鼻歌)』……
    やっぱり、はやりの歌なんて歌おうとしたって歌えるわけないか……
    よし、『ジングルベール、ジングルベール、ふんふんふんふふーん(鼻歌)今日は、楽しい、
    ふふふふふーんー(鼻歌)』……だめだ。思い出せない。
    ……『きっと君は来ない〜一人きりの、クリスマスイブ……さ、サイゼリアー、オゥオゥ、ほーふんふん(鼻歌)』 
    一番売られている曲でもこの程度か……悔しいなぁ。所詮カラオケッ子。
    ディスプレイに浮かんだ文字を追うのでなければクリスマスの歌すら満足に歌えないと言うわけか。奥が深い」


    いつの間にか、チエコがサキコを見ている。


サキコ「やはり、ここは『日本人がクリスマスの歌なんて覚えていられるか!』と逆切れする場面なのだろうか。
    いや、しかしそんな事を言ってしまってはサンタだって驚くどころじゃないわけで。
    なにしろ、『だったらお前は日本の歌なら何でも歌詞見ないで歌えるのか?』
    なんて言われた日には何とも言い返せ無くなってしまう。ふむ。難しい問題だ。
    やはり、知っている歌で良いから歌って誤魔化すか。ガクトとか」

チエコ「さっきから何を騒いでいるの? この小さな哲学者さんは」

サキコ「哲学じゃないよ。歓迎の心得。」

チエコ「そんなことよりね」

サキコ「そんなことってなによ」

チエコ「母さんどじっちゃった」

サキコ「どうしたの?」

チエコ「七面鳥、買おうと思ってたんだけど」

サキコ「うん」


    と、ここでチエコはロボットを取り出す。


チエコ「ロボット買って来ちゃった」

サキコ「いいんじゃない? 硬そうで」

チエコ「でしょう? 硬そうで」

サキコ「食べるの?」

チエコ「ちょっと、母さんには食べられないかなぁ」

サキコ「飾るの?」

チエコ「ロボットは趣味じゃないから」

サキコ「じゃあ、何で買ったの?」

チエコ「七面鳥買いに行ったのよ。本当は。『七面鳥』『いちめんおう』『いいえんおう』『ロボット』になってたの」

サキコ「じゃあ仕方ないよ」

チエコ「でしょう? 母さんもそう思った」

サキコ「あれでしょう? 七面鳥、だからロボットになっちゃったんでしょう?」

チエコ「そうそう」

サキコ「ついでにやすかったとか」

チエコ「七面鳥よりね」

サキコ「七面鳥より」

チエコ「それでつい。本当、ついって感じだったのよ〜本当、まいっちゃた」

サキコ「(冷静に)ならないよね」

チエコ「え?」

サキコ「どう考えても」

チエコ「なにが?」

サキコ「七面鳥。ロボットには」

チエコ「ならない?」

サキコ「ならないよね」

チエコ「頑張れば」

サキコ「頑張っても」

チエコ「ちょっとは努力しなさいよ!?」

サキコ「出来ないよ? 七面鳥には」

チエコ「ロボットもさぁ」

サキコ「無理だよ。努力の問題じゃないもん」

チエコ「そっか」

サキコ「そうだよ」

チエコ「どうしようか? これ」

サキコ「いらないよ。私」

チエコ「片手くらいは?」

サキコ「余計にいらないよ。え? なんで、片手ならいると思ったの?」

チエコ「便利かなって」

サキコ「無駄でしょ。明らかに」

チエコ「無駄か」

サキコ「だいぶ」

チエコ「じゃあ、母さんもいらない」


    チエコはロボットを袖に投げる。
    なんか、悲しい音が響く。


サキコ「それで?」

チエコ「え?」

サキコ「『え』じゃなくて」

チエコ「およ?」

サキコ「わざわざ『およ』に変えなくていいから」

チエコ「むにょ?」

サキコ「いいから」

チエコ「面白くない? むにょ。『え?』って言う変わりに、むにょ」

サキコ「面白くないよ」

チエコ「『チエコさん、ちょっと』って言われて、『むにょ?』(顔まで変な顔になる)」

サキコ「いいから。そんな顔まで変えなくても」

チエコ「『チーエーコさん』って言われて『むにょ?』」

サキコ「いいから」

チエコ「いやぁ。絶対びびるね」

サキコ「びびらせなくて言いから。なんでお母さんそんなテンション高いの?」

チエコ「いつもと同じよ」

サキコ「全然違うよ」

チエコ「あんたこそ、何やってるのよ」

サキコ「……歓迎の準備」

チエコ「ありがとう♪」

サキコ「お母さんじゃないからね」

チエコ「お相撲さん?」

サキコ「なんでよ」

チエコ「クイズ?」

サキコ「どんなクイズよ」

チエコ「お相撲さんを歓迎するのは、何故でしょう? 答え、太っているから」

サキコ「それ、答えじゃないし。お相撲さんに失礼でしょ」

チエコ「まぁ、そんな歓迎は良いから。早く寝なさいよ」

サキコ「寝たら歓迎できないでしょ」

チエコ「後は、母さんがやっておくから」

サキコ「なにをするのよ! なにを!」

チエコ「だから、歓迎? お相撲さんを」

サキコ「だからお相撲さんじゃないんだって」

チエコ「もう何時だと思っているの?」

サキコ「まだ11時くらいでしょ? ここの時計が正確ならば」

チエコ「そういうことを聞いているんじゃないの」

サキコ「婉曲表現で事を済まそうとするのは日本人の悪い癖だよ」

チエコ「だから寝なさいって(言ってるのよ)」

サキコ「(驚いて)わかってるよ!? え? なに、今の会話で意味が分からないと思ったの? 
    中学生だからって、馬鹿にしすぎじゃない?」

チエコ「だって、分からないようなこと言ったでしょ」

サキコ「言ったよ?」

チエコ「言ったわよね」

サキコ「うん。言った」

チエコ「……もう、みんな寝る時間よ」

サキコ「おばあちゃんは、まだ起きてるってよ」

チエコ「なんであんたにそんなこと分かるのよ」

サキコ「だって、おばあちゃん、メル友だから」

チエコ「(ぼそっと)母さんったら……余計な事ばっかし手を出すんだから……」

サキコ「イブの日はなんか眠れないんだって。おばあちゃんも、なんか可愛いとこあるよね。
    おばあちゃんのところにも、サンタくるのかな?」

チエコ「そんなわけ無いでしょ。いいから、早く寝なさい」

サキコ「え? ヤダよ?」

チエコ「もう! なんだってそんな起きていなくちゃいけないのよ」

サキコ「そんなことで怒られても」

チエコ「いつもは10時には眠くなっているのに」

サキコ「寝だめした」

チエコ「なんで?」

サキコ「だって、イブだから」

チエコ「え? 彼氏?」

サキコ「だったら、こんな時間まで家にいたりしないでしょ」

チエコ「許さないわよ。母さん。男とイブを過ごすなんて」

サキコ「だから過ごさないって」

チエコ「じゃあ、何で起きているのよ」

サキコ「だから、歓迎の為」

チエコ「誰を」

サキコ「サンタ」


    間


チエコ「誰をって?」

サキコ「サンタ」

チエコ「サトウ?」

サキコ「サンタ」

チエコ「サイトウ?」

サキコ「サンタ」

チエコ「(頷いて)斎藤さんちの」

サキコ「サンタ……って」

チエコ「そんなもの呼んでどうするのよ!?」

サキコ「いや、私の台詞だから」

チエコ「なに!? 斎藤さん、サンタ飼ってるの?」

サキコ「飼ってないから。自分で変なもの付けといて、自分で驚かないでよ」

チエコ「だって。斎藤さんちのサンタなんて。……え? サンタ?」

サキコ「だから、サンタだって」

チエコ「サンタって?」

サキコ「真っ赤なおはなの」

チエコ「それはトナカイ」

サキコ「分かってるよ! に、乗ってやってくる」

チエコ「大家さん?」

サキコ「乗ってないでしょ!? 大家さんはエレベーターでやってくるでしょ」

チエコ「そういえば、今月の家賃まだ払ってなかったわ」

サキコ「もういい」

チエコ「なんで、サンタさんがソリでやってくるの?」

サキコ「いや、それは知らないわよ」

チエコ「エレベーターは?」

サキコ「だから、それは大家さんだってば! 母さん、分かっててやってるでしょ?」

チエコ「うん」

サキコ「私が待っているのはサンタさん!」

チエコ「エレベーターに乗った?」

サキコ「乗らない! トナカイに乗った」

チエコ「家賃を取りに」

サキコ「来ない! プレゼントを持ってくる、サンタ」

チエコ「サンタ」

サキコ「毎年来るでしょ。プレゼント起きに。枕元に、置いてあるでしょ。朝になると」

チエコ「置いてあるわね。去年は確か」

サキコ「たまごっち」

チエコ「今時」

サキコ「そう。今時。しかも、白」

チエコ「一昨年は?」

サキコ「バービーみたいな人形」

チエコ「バービーじゃなくてね」

サキコ「バービーじゃなくて」

チエコ「そんなサンタを?」

サキコ「そう。そんなサンタさんを待ってるの。いいから、母さんは寝てて良いよ」

チエコ「サキコ」

サキコ「なに?」

チエコ「本気なの?」

サキコ「本気だよ」


    間


チエコ「あのね」

サキコ「なに?」

チエコ「サンタなんて、いないのよ?」

サキコ「なによいきなり!?」

チエコ「と言うよりサキコ。あんたいくつになったと思っているのよ」

サキコ「14」

チエコ「そうね。14。私は?」

サキコ「36」

チエコ「そんな親子の会話だと思う? これって」

サキコ「言いたい事があればはっきり言えば?」

チエコ「だから、サンタなんてね。いないのよ」

サキコ「……」

チエコ「そりゃね。絵本の中にはいるわよ。絵本の中だもの。サンタだって、サタンだって、
    モダンだって、溢れ放題、大バーゲンよ。赤い服着て、真っ白なおひげで。デブちんで。
    大きな袋持ってね。サンタ。そんな感じよね? サンタ」

サキコ「うん」

チエコ「でもね。現実にそんな人がいてどうするの? 困るでしょう? クリスマス以外に活躍する場面が無いなんて」

サキコ「あたしが言いたいのは」

チエコ「いいから黙って聞きなさい。わかるわよ。そうやって、夢見る少女で居たい気持ちは。
    でもね。『サンタさん、早く来て』なんて言っていて可愛く思われるのは、所詮、小学生までなのよ」

サキコ「小学生は良いんだ」

チエコ「可愛ければね。可愛ければね。それで、サキコの年は?」

サキコ「だから14だって」

チエコ「中学生でしょ! 中学しかも二年生でしょ! だめよ、いつまでも夢見がちでいちゃ」

サキコ「だから私が言いたいのは」

チエコ「そりゃあね『私サンタを信じています』ってキャラ作りをしたいのなら仕方ないけど。
    でも、実際の所そんなキャラでいたって良いことなんて何もないわよ? 
    なんせ一年の12月だけしか意味が無いんだから。いいの? そんなので。
    そんなのキャラが濃いとは言えないわよ!」

サキコ「別に濃いキャラなんて目指してないから!」

チエコ「目指してないの!?」

サキコ「なに!? 目指して欲しいの?」

チエコ「欲しいわよ。母として」

サキコ「母として!?」

チエコ「母として、娘が薄いキャラで教室の中に埋もれてしまっているよりも、
    濃いキャラで目立っていた方が良いって思うでしょ? それが親心じゃない」

サキコ「そんな親心なんて(いらない)……」

チエコ「でもね。間違った濃いキャラはやっぱり嫌でしょう? 母さん嫌よ。授業参観の時、
    『あれ、サキコの親だろ。なんか、お前と違って親はまともだな』なんてあんたが言われるの」

サキコ「私だって嫌よ! だからね、お母さん。話を聞いてよ」

チエコ「聞いているじゃない!」

サキコ「全然聞いてないよ。だからね、私が言っている事はそういうことじゃないの」

チエコ「じゃあ、どういうことよ」

サキコ「わかっているのよ、私だって」

チエコ「何を!?」

サキコ「サンタが、いないことなんて」

チエコ「え?」

サキコ「だって、サンタが本当にいたら、ちゃんと私が欲しいものをくれるはずでしょう? 
    毎年毎年、微妙な物をくれなくたっていいじゃない。だよね?」

チエコ「そりゃ、そうね。だったら」

サキコ「だから本物のサンタじゃなくて、サンタに、なっている人を待っているの」

チエコ「サンタになっている人?」

サキコ「サンタ、お父さんなんでしょう?」

チエコ「……」

サキコ「だから、お礼言いたいの。いつも、いつもありがとうって」

チエコ「そう」

サキコ「去年もそう思ってたんだけどさ。何時の間にか寝ちゃって。……朝起きたらプレゼントがあって。
    相変わらず微妙でさ。なんだか、うれしいのに、寂しくて。切なくて。だから、今度こそはって、思って。
    だって、寂しいじゃん。プレゼント渡しても、渡したその場でお礼言われないなんて。だから、今年はね」

チエコ「それで、起きていたいの?」

サキコ「うん」

チエコ「そう」


    間
    サキコはチエコが何故黙っているのか良く分からないでいる。
    チエコはぼんやりしていたのか、サキコの視線に気づくと、


チエコ「母さんもね。あるのよ」

サキコ「え?」

チエコ「実はね。子供の頃だけど」

サキコ「何が?」

チエコ「だから、起きていた事よ」

サキコ「私みたいに?」

チエコ「そう。クリスマスのイブに」

サキコ「なんだ、だったら」

チエコ「私はあんたとはちがうわよ。ちゃんと、目的があったんだから」

サキコ「なによ、目的って」

チエコ「サンタにお願いしたい事があったのよ」

サキコ「信じていたの? サンタ」

チエコ「その時はね」

サキコ「いくつ?」

チエコ「年はいいわよ」

サキコ「いくつ?」

チエコ「年はいいでしょ」

サキコ「いくつ?」

チエコ「だから、年は良いでしょ! ……あんたと、そうたいして変わらないわよ」

サキコ「それはちょっと夢見がちすぎなんじゃないの〜?」

チエコ「うるさいわね。昔の話しよ」

サキコ「それにしたってさぁ」

チエコ「なに!? 夢見ちゃんじゃ悪いんですか?」

サキコ「逆ギレするし……それで?」

チエコ「それで!?」

サキコ「それで、どうしたの?」

チエコ「ああ……私もやっぱりお母さんに止められたわ。そして寝た。それでお終い」

サキコ「(急におばあさんの声になって)『チエコや、もうそろそろ寝ないといかんよぉ』」

チエコ「(子供の声で)『はーい、ママ』……って、なんでそんな年老いてるのよ」

サキコ「だって、おばあちゃんでしょ? お母さんの、お母さんって事は」

チエコ「昔はちゃんと若かったのよ。おばあちゃんだって。あんたが生まれてから急によぼよぼしだしたんだから」

サキコ「そうなの!?」

チエコ「当たり前でしょ! あれよね、きっと。人は赤ちゃんに向かって『はーい、おばあちゃんですよ〜』
    なんて言い出した頃から急激に年老いて行くものなのよ。言い聞かせちゃうのね。無意識に。
    自分がおばあちゃんだって」

サキコ「じゃあ、お母さんが私ぐらいだったときのおばあちゃんって、どんな感じだったの?」

チエコ「そりゃあ、私みたいよ」

サキコ「(母親の気分で)『チエコ! いつまで起きてんの! さっさと寝なさ――い!』」

チエコ「私、そんな風に言って無いでしょ!」

サキ母「まぁ、この子ったら反抗期かしら? 親に向かって怒鳴るなんて」

チエコ「サキコ」

サキ母「誰を呼んでいるの?」

チエコ「サキコ」

サキ母「ほらほら、いい加減眠りなさい」

チエコ「(諦めて)嫌よ」

サキ母「なんで?」

チエコ「……」

サキ母「なんで寝たくないの?」

チエコ「(子供のような声で)待っているから」

サキ母「……なにを?」

チエ娘「サンタクロース」


    雰囲気が変わる。
    それはかつてチエコが母と交わした会話の世界。
    夢か。現実か。分からないまま、二人は過去の会話を繰り返す。


サキ母「サンタクロース?」

チエ娘「うん。今年はチエ良い子にしていたから。だから、きっと来てくれるよね? サンタさん」

サキ母「サンタさんって」

チエ娘「去年は来てくれなかったから。一昨年は来たのに……でも、今年はきっと、ね?」

サキ母「チエコ……でも、サンタクロースさんちょっと忙しいかもしれないわよ」

チエ娘「来られないの?」

サキ母「だって、いっぱい色んな家を回るでしょう? だから、プレゼントも、
    とっても良い子にしていた子からあげて行くと思うのよ」

チエ娘「チエ、良い子じゃなかった?」

サキ母「良い子だったけど。……ほら、朝から新聞配達しています〜とか、
    毎日おじいちゃんおばあちゃんの肩を叩いています〜。とか。そういう本当に良い子から、
    回されると思うのよね。プレゼントって」

チエ娘「だから、チエの家にはサンタさん来てくれないの?」

サキ母「そうそう。来ないかもね。サンタさん忙しいから」

チエ娘「良い子じゃないから?」

サキ母「良い子なんだけどね。やっぱり、プレゼント貰うにはもっと良い子じゃないと」

チエ娘「サトウ君はもらってるって」

サキ母「誰?」

チエ娘「今、隣の席の男の子」

サキ母「じゃあ、サトウ君はよっぽどいい子なのね」

チエ娘「煙草吸ってるの。中学生なのに」

サキ母「じゃあ、きっとそれを覆すような良い事をしたのよ」

チエ娘「補導も何回もされているんだって」

サキ母「(ぼそっと)それは、甘やかされているわねぇ」

チエ娘「チエの家は片親だからサンタが来ないんだって」

サキ母「え?」

チエ娘「チエにはお父さんいないから。サンタ来られないんだって」

サキ母「サイトウ君が言ってたの?」

チエ娘「サトウ君」

サキ母「そのサトウ君が言ってたの? お父さんがいないからって?」

チエ娘「別にサトウ君だけじゃないよ」

サキ母「他の子も言ったの?」

チエ娘「みんな、『仕方ないよ、チエちゃんちは』って」

サキ母「先生は? 先生は何をしていたのよ!?」

チエ娘「『止めなさい』って言ったよ。みんなに。そういう話はするものじゃないって」

サキ母「それだけ?」

チエ娘「『高望さんの家は、不幸な事故を今乗り越えているところなんだから。
    そういう話でからかっちゃいけないよ』って」

サキ母「……そう」

チエ娘「ねぇ、お母さん」

サキ母「なに?」

チエ娘「サンタさんが来ないのは、お父さんのせいなの?」

サキ母「……」

チエ娘「お父さんがいないから、チエの家にはサンタさん、来てくれないの?」

サキ母「馬鹿なこと言わないで。来るわよ。サンタくらい」

チエ娘「でもさっきは」

サキ母「お母さんはね、『来ないかも』っていったのよ。でもね、来るわよ。だって、チエ、今年良い子だったじゃない」

チエ娘「本当?」

サキ母「もちろんよ。でもね、そのためには、チエ、サンタさんに手紙書かなくちゃ駄目よ」

チエ娘「手紙?」

サキ母「そう。紙に、サンタさんに貰いたいものを書いて、靴下の中にいれておくの」

チエ娘「でも、そんな事今まで」

サキ母「そうすることで、プレゼントを貰える可能性が増えるのよ」

チエ娘「本当?」

サキ母「当たり前よ。よし、こうなったら絶対サンタに来てもらいましょう。
    母さん、靴下持ってくるから、チエ、手紙書いておきなさいよ」

チエ娘「え、私の靴下じゃ」

サキ母「目立つ靴下の方が良いでしょう? 待ってなさいよ」

チエ娘「うん。わかった!」


    サキ母、退場。
    チエ娘は舞台を向く。すでに、年齢はチエコに戻っている。


チエコ「本当にサンタクロースを信じていたのか。そう母に聞かれたら、あの時の私はどう反応しただろう? 
    あの時の私はただ、父がいた頃と同じ様なクリスマスを、父がいない家で、
    母と一緒に祝いたかっただけだったのだと思う。母は見た目にもノリに乗っているように見えた。
    なぜか見た事も無いくらい大きな靴下を持ってきて、」


    と、舞台にサキ母が現われる。
    大きな靴下を持っている。派手な色。


サキ母「こっちが良い? それともこっち? え? 大きすぎる? そっか……」


    サキ母が舞台を去る。


チエコ「と、私が手紙を書くまで楽しそうにしていた。私は、そんな明るい母を見たのが久し振りで……
    それはもしかしたら無理をして明るくしているだけなのではとは少しも思わなくて……嬉しくて……
    夢をただ、続かせていたくて、手紙に、書いた。何度思い返しても、なんでそれを書いたのか、
    わからない言葉を……」


    サキコが舞台に戻ってくる。


チエコ「お父さん。と」


    舞台の雰囲気が現代に完全に戻る。


サキコ「そんなの、書かれても、プレゼントできないじゃん」

チエコ「分かってるわよ」

サキコ「お母さんのサンタは、おばあちゃんだったんでしょう? ……おじいちゃんが、死んじゃったから」

チエコ「そうよ。……お母さん、ずっと、苦労してた」

サキコ「だったら、そんなプレゼントなんて……」

チエコ「だから分かってるって言ってるでしょう! ……分かってなかったのは、あの時の私よ」

サキコ「だから、お母さんはクリスマスが嫌いなの?」

チエコ「え?」

サキコ「嫌いでしょう? お母さん。クリスマスが」

チエコ「そんなことないわよ」

サキコ「だって、クリスマスツリーも飾らないし。クリスマスの食事だって、毎年全然関係無いし。
    去年なんて、普通に御飯に味噌汁の晩御飯だったし」

チエコ「ちゃんと、焼き魚もつけたでしょう!?」

サキコ「ついてたけど、でもおしんこは無かった」

チエコ「特売がやってなかったのよ」

サキコ「食後にケーキも無かった」

チエコ「太るだけでしょ」

サキコ「正直、クリスマスのメニューじゃないと思う」

チエコ「いいでしょ!? 御飯にお味噌汁の何が悪いのよ」

サキコ「悪いとは言ってないよ。悪いとは言ってないけどさ」

チエコ「いいのよ。日本人なんだから。クリスマスはやったってしょうがないの」

サキコ「やっぱり、嫌いなんじゃん」

チエコ「別に……どうとも思ってないだけよ。いいじゃない。ちゃんとサンタクロースは来ているんだから」

サキコ「だって、それは……お父さんなんでしょう?」

チエコ「……」

サキコ「お父さん、クリスマスだけ許されているんでしょう? この家に入る事」

チエコ「別にクリスマスじゃなくたって許しているでしょう? こないだだって、会いに行ったじゃない」

サキコ「行ったけど」

チエコ「遊園地。楽しかったんでしょう?」

サキコ「うん。お母さんにも会いたかったって」

チエコ「お世辞よ。どうせ」

サキコ「友達として、やりなおしたいって」

チエコ「自分に都合の良い事ばかり」

サキコ「うん。私も、そう言った」

チエコ「そう」

サキコ「でも、やっぱり、お母さんもいたらなって思った」

チエコ「そう」

サキコ「でも、来るんでしょう? お父さん」

チエコ「どこに?」

サキコ「ここに」

チエコ「いつ?」

サキコ「だから、クリスマスだけは来るでしょう?」

チエコ「来て、どうするのよ?」

サキコ「一日だけ、昔みたいにもどるんでしょう? だって、クリスマスなんだから。クリスマスぐらい」

チエコ「来るのは、サンタよ」

サキコ「いないよ。サンタクロースなんて」


    間


チエコ「でも、母さんは、サンタに会ったって言っていたわ」

サキコ「おばあちゃんが?」

チエコ「そう。あの、二人っきりなのに、やけに明るかったクリスマスの日に……」

サキコ「お母さんが、無茶なプレゼントを頼んだ時に?」

チエコ「そう」


    チエコが語っているうちに、サキコが一度去る。


チエコ「手紙を書いた私は、何時の間にか眠っていて……だから、
    母さんが私の書いた手紙を読んでどんな顔をしたのかは見る事が出来なかった。
    でも、目覚めた私が、プレゼントの無い枕元を見てガッカリしているその時に」


    ふと、扉が開く音がする。


チエコ「母さんが、帰ってきた。外の寒さに顔を真っ赤にして。手袋もしていない手はかじかんで。
    だけど、不思議とその顔は、やさしくて。そんな、母さんが、帰ってきた」


    照明が変わる。
    チエコは一瞬で娘に戻る。
    再び、サキコはチエコの母になる。
    サキコは、手に袋を持っている。



サキ母「もう、起きてたんだ」

チエ娘「お帰り」

サキ母「ただいま」

チエ娘「母さん。……どこ行ってたの?」

サキ母「ちょっとそこまでね。どうしたの? 変な顔して」

チエ娘「サンタ、やっぱり来なかったよ」

サキ母「どうして?」

チエ娘「だって、プレゼント、無かったから」

サキ母「そうなの?」

チエ娘「いいんだ。私、本当はね知ってたの。サンタなんて居ないって」

サキ母「どうして?」

チエ娘「だって、サンタはお父さんだったんだから。だから、今はもう」

サキ母「なにバカな事言っているのよ、チエ」

チエ娘「え?」

サキ母「わたし、会ったわよ。サンタに」

チエ娘「え? だって」

サキ母「帰るところを追いかけてね。おかげですっかり体冷えちゃったわよ」

チエ娘「母さん……なに言ってるの?」

サキ母「ちゃんとチエの手紙も渡したし、プレゼント、貰ってきたわよ」

チエ娘「プレゼント?」

サキ母「ほら。サンタさんから」


    サキ母はチエ娘に袋を渡す。


チエ娘「……サンタさんから?」

サキ母「そう。サンタから。ちょっと、困っていたみたいだけどね。サンタ」

チエ娘「困ったの?」

サキ母「うーん。なんかね。ちょっと難しいプレゼントだったみたいよ。あんたが頼んだものは。
    一体、なに頼んだのか、知らないけど。だから、それで我慢してくれって」

チエ娘「……」


    チエ娘が袋を開けると、
    中に入っていたのは箱。
    その箱を、ゆっくり開ける。
    中には、お父さんっぽい人形が入っていた。


チエ娘「……」


    間を作りたくないかのように、サキ母はテンション高くまくし立てる。


サキ母「なに? 人形? へぇ。サンタも面白いプレゼントするわね。でも、なかなか良さそうな人形じゃない? 
    もうチエもそんな年齢ではないだろうけどさ、部屋に飾るくらいには良いかもね。
    あ、今日はなにか美味しい物でも食べましょうか?ちょっと豪華に、クリスマスパーティー!
    って感じで盛り上がってみる?母さんシャンパン買ってきても良いわよ。お酒もちょっとは買ってこようか? 
    あ、でも、まだチエには早いかな。ううん。いいわよ。今日は許す。何て言ったってクリスマスだもんね。
    年に一回しかないんだし。二人でパーっと騒いじゃおう? なんか見たいビデオとかある? 
    母さん借りてくるから。あ、でもホラーは駄目よ。ホラーはクリスマスには似合わないとおもうし。
    あ、そうだ、クリスマス物を見るのもいいんじゃない? クリスマスキャロル? は、古いか。
    何でも良いわよ。今日は何て言ったって、ね。クリスマスなんだから」

チエ娘「馬鹿みたい」

サキ母「え?」

チエ娘「これが、お父さんなの? こんな風に誤魔化すしか出来ないんだったら、
    最初っからなにもしなければ良いのよ!」

サキ母「誤魔化すって……」

チエ娘「何がクリスマスよ。何がサンタクロースよ。虚しいだけじゃん。二人で騒いだって、明るくしたって。
    サンタなんて居ないんだから。こんな、こんな物が欲しくって、私はサンタをまってたんじゃない!」


    チエ娘はいきなり人形を袖に投げる。


サキ母「何するのよ!」

チエ娘「いらないから捨てただけよ!」

サキ母「だったら、何が欲しかったのよ!」

チエ娘「なにも欲しくないよ!」

サキ母「じゃあ、なんでサンタを待ってたりなんかしたの!」

チエ娘「私は! ……私は、ただ、戻りたかっただけ……3人の、クリスマスに、戻りたかったの……」


    チエ娘が崩れる。
    照明が戻る。
    サキ母は、サキコに戻る。


サキコ「お母さん……」

チエコ「母さんは、黙って人形を拾って部屋を出ていった。それでその日はおしまい。
    クリスマスも、サンタクロースも、もう、お終い。それからはクリスマスが来るたんびに、
    まるで二人とも約束したかのようにその日が普通の日のように過ごしたわ。ずっとね」

サキコ「だから、お母さんはクリスマスが(嫌いなんだね)……」

チエコ「でもね、今だからわかるの」

サキコ「なにが?」

チエコ「母さんは、会ったのよ。サンタクロースに」

サキコ「え?」

チエコ「サンタクロースはね。いたのよ。あの日たしかに」

サキコ「だって、その人形は」

チエコ「サンタが買ったのよ。不器用な、サンタが」

サキコ「だって、それはおばあちゃんでしょう?」

チエコ「だけど、サンタなのよ。ねぇ。サキコ」

サキコ「なに?」

チエコ「お母さんじゃ、駄目なのかな?」

サキコ「え?」

チエコ「お母さんじゃ、サキコのサンタにはなれないのかな?」

サキコ「お母さん……」

チエコ「母さんのやりたかった事が、いまなら分かるの。
    母さんはね――おばあちゃんはサンタクロースになりたかったのよ。時は戻らないから。
    だけど、私達は進んで行かなきゃ行けないから。だから、せめてこの日だけは。
    奇跡が似合うこの日だけは新しいサンタクロースになりたかったの。なれると信じたかったのよ。
    これからを二人で歩む為に」

サキコ「……お父さんはまだ、生きているよ」

チエコ「でも、もう、私達とは居きる場所が違ってしまってるのよ」

サキコ「でも、来てくれるでしょう?」

チエコ「来て欲しいの? ずっと?」

サキコ「…………だけどもう、戻らないんだよね」

チエコ「ええ。決して」

サキコ「その話も、いつかしてくれる?」

チエコ「必ずね」


    サキコがしばし悩む。


サキコ「手紙、書いていい? サンタさんに」

チエコ「ええ。いいわよ。いつ届けられるか分からないけど」

サキコ「目の前に居るのに?」


    サキコがチエコを真っ直ぐ見る。
    チエコは戸惑い、やがて、


チエコ「……あまり、高いものは駄目だからね」

サキコ「夢が無いなぁ」

チエコ「勝手に言ってなさい。……じゃあ、お母さん、ちょっと明日の食事の下ごしらえしてくるわね。
    書いたらすぐ寝るのよ」

サキコ「はーい」


    チエコが去ろうとする。
    手紙を書くサキコに届かないほど、小さく。


チエコ「本当はね、あの人ね。誘ったの。……イブは大切な人と過ごすんだって。断られちゃった」

サキコ「……そうかもって思ってた」

チエコ「そう」


    チエコが去る。


サキコ「だけど、夢を見たかったの。時が戻るって。……でも、前向かないとね」


    サキコが手紙を書く。
    一度暗転。

    音楽が聞こえる中、チエコが入ってくる。
    サキコは同やら寝ているようだ。


チエコ「サキ……サキ? ……寝ているのか。なんだ、結局クリスマスまで起きてられないんじゃない
    (ふと、靴下を見つけ、中を見ながら)さてさて、どんなおねだりがあるのかな。怖い怖い」


    チエコが紙を見つける。
    なぜか、携帯電話も入っている。


チエコ「どういう組み合わせよ?」


    ふと、サキコの声が響き渡る。


サキコ「大好きな女サンタさんへ。もう一人の女サンタさんを明日至急収集せよ。
    女だけのクリスマスも、良いと思わない? 
    PS(ピーエス) 連絡手段には私の携帯を使って宜しい。
    メモリーの2番目が女サンタの番号である。彼女はまだ起きているぞ。急げ」

チエコ「(ふと、サキコが寝ているだろう方を見て)まったく。どっちがサンタなのかわからないじゃないこれじゃあ」


    言いながらも、チエコは携帯を取り、少し危うげに操作する。
    そして、コール音が暫く鳴り、つながる相手。チエコの母。


チエコ「あ、母さん? うん。サキの携帯からかけているの。……まだ、起きていたんだ? 眠れないの? 
    ……ううん。私も。…………ねぇ、母さん」


    そしてチエコは今までの思いを全て込めるように言葉を呟く。


チエコ「メリークリスマス」


    チエコの顔に笑顔が広がる。
    そっと、布団からサキコが顔を覗かせる。
    その顔も、笑みが広がる。
    きっとサンタは喜びを分つそれぞれの心に居るのだろう。
    過去は戻らない。ただ、思い出はいつでも明るく塗りかえられる。

    楽しそうにおしゃべりをするチエコ。
    溶暗。

あとがき

サンタを信じていたことは私にはありません。
それは、ませたガキだったわけではなく、プレゼント代がかかるからと
親がクリスマス自体なかったことにしていただけなのですが。
小学生になるまで私はクリスマスを知りませんでした。
そんな私が小学生になり、クリスマスを知り、
ついでにサンタの正体まで知って親に訴えたところ、親は言いました。
「うちは仏教だからクリスマスはないよ」
さて、日本に生まれた子供たちがいったい何人毎年言われているでしょうか?

そんなある年、私はサンタを信じている子供に会いました。
「サンタなんていないよ」誰もがその子に言ってもその子はサンタを信じていました。
私は「なにもクリスマス近いときだけ通用する微妙なキャラ作りをしなくても」と思いました。
でも、もしかしたらその子は本当にサンタを信じているかもしれない。
そう考えたらその子がうらやましくなりました。
その子の周りでは毎年必ず奇跡が起きているんです。
締め切った窓から入り込むひげのおじいさん。
夢の中で握手をして目が覚めたときには枕もとのプレゼントに顔を輝かせる。
いいなぁ。クリスマス。

そんな、クリスマスをうらやむ楽静の意識から生まれたお話でした。