よるのせかいのおとなりで
夜の世界のお隣で

作 楽静

登場人物(女10人)
ヒグレ  ユメ 就活生。最終面接時に自分の中学時代の不思議体験を話す。
サトリ 相手の心を読む怪異(妖怪さとり)
花子 学校のトイレにいる怪異(トイレの花子さん)
口裂け 大きなマスクをつけた怪異(口裂け女)
リディ 動く死体という怪異(リビング・デッド)
ユウ 死者の霊と言う怪異(幽霊)
ネコマタ 長生きした猫の怪異(猫又)
ドール 動く人形の怪異(動く人形)
日野(ひの) 超常現象研究所の所長
灯里(あかり) 超常現象研究所の所員

※ 上記はのうち、ネコマタとドールはスタッフも兼ねられるように少ないシーンだったり、台詞が無かったりした。
※ 日野役は台詞を覚える必要が極力少ない役として、明かり役は台本を持ったままでも大丈夫なようにクリップボードを小道具として持っている。


    舞台はとある研究所の面接会場と廃校となった小学校の体育館。
    舞台上には椅子が数脚。面接会場の椅子だったり、
    体育館に転がっている椅子になる。

    音楽とともに幕が開くと、椅子に座っているユメと、
    面接官となる所長の日野と所員の灯里。灯里はクリップボードに書類を挟んだものを持っている。
    ユメは椅子の背にコートをかけて座っている。フォーマルな格好。
    時刻は夕暮れを少し過ぎたくらい。

ユメ あの、えっと、私が御社を志望したのは、その、えっと。
日野 リラックス。リラックス! リラックス!
灯里 所長、うるさいです。
日野 すいません。
灯里 ヒグレ・ユメさんですね。このたびは当研究所を希望してくれてありがとうございま す。緊張してますか?
ユメ はい。いえ。大丈夫です。
灯里 面接と言っても、そんなに固くなる必要はありません。あなたが、当研究所を目指し てくれた理由をですね。話してください。
ユメ その、結構長くなってしまうのですが。
灯里 大丈夫ですよ。今日はあなたで最後ですから。
ユメ ありがとうございます。
灯里 なんでも、とても不思議な経験をされたそうですね。
日野 これは期待大だよ。期待大!
灯里 所長。うるさいです。
日野 すいません。
灯里 落ち着いて。時間は気にせず、ゆっくり話してください。
ユメ はい。……あれは、中学二年の冬休みでした。なんだか、色々なことがいやになって 。昔に戻りたくなって。そんな時、小学校の、あ、私の通ってた小学校は、私が卒業した年 に生徒数の減少で廃校になったんですけど。その小学校が取り壊しになるって話を聞いて。 だから、忍び込んだんです。小学校の体育館に。

    ユメは話しながら椅子に掛けてあったコートを着る。
    着替えているうちにユメは一人になっている。
    コートはどこか子供っぽく、その格好が小学校に忍び込んだユメの服装となる。
    道に迷った子供のようにあたりを見渡すユメ。
    何かを見つけ、恐る恐る近づいていく。そして夜の世界に迷い込む。

ユメ 声?

2 コント 盗賊とハンターと猫?

    (初期想定 盗賊=リディ 閃光=口裂け 少女=ネコマタ)
    盗賊が後ろを気にしながら舞台にやってくる。
    人気のない町外れといった感じ

盗賊 ここまでくれば大丈夫。ふふふ。ようやく手に入れた。これで、ゴールデン黄金像は私のものだ。

    戦いの始まりそうな音楽。

盗賊 誰!?
閃光 こんばんは盗賊君。死ぬには良い夜だね?
盗賊 一人か。随分と余裕じゃない。一人で私が止められるとでも?
閃光 止めてみせる。閃光の名にかけてね。
盗賊 閃光!? あの、狙った獲物は必ず捉えるという。
閃光 ご存知とは。だからといって素直にお縄になる気はないみたいだね。
盗賊 ここで捕まるわけにはいかない。悪いけど、閃光の名に傷をつけさせてもらう。
閃光 やってみなさい。出来るものならね!

    二人はそれぞれの武器を構え、相手に斬りかかる空きを伺う。
    音楽が盛り上がり、斬りかかるまさにその時、少女がやってくる。
    途端音楽はやむ。

少女 ミーちゃーん。もう、どこ行っちゃったんだろう。あの、ミーちゃん見ませんでした? あ、猫なんですけど。真っ黒の。目が大きくて赤いリボンをつけた。
盗賊 見てないけど。
閃光 ああ。見てないよ。
少女 そうですか。ミーちゃーん。

    と、少女は去る。

閃光 いいの?
盗賊 何が。
閃光 目撃者が増えたけど。
盗賊 あなたの後に始末するだけ。
閃光 それは、許すわけにはいかないね。
盗賊 止められるとでも?
閃光 止めてみせるさ。閃光の名にかけてな!

    二人はそれぞれの武器を構え、相手に斬りかかる空きを伺う。
    音楽が盛り上がり、斬りかかるまさにその時、少女がやってくる。
    途端音楽はやむ。

少女 ミーちゃーん。美味しいマグロですよ~。大好物でしょう? 早く出てこないと食べちゃうよ~。もう、本当どこ行ったんだろう。あの、見てませんか?
閃光 見てないよ。さっき言ったよね?
少女 (聞かずに盗賊へ)黒い猫なんですけど。ミケって名前で。でも、ミケって呼んでも返事はしないんです。ミーちゃんって呼んでたから、多分自分のことを「ミーちゃん」だと思ってるんです。見てませんか?
盗賊 見てないな。
閃光 こっちには来てないんじゃない? きっともっとずっと向こうだと思う。
少女 そうですか。ミーちゃーん。

    と、少女が去る。

閃光 そもそも、こんな場所を子ども一人で歩くなど危ないだろ。
盗賊 親は何をやってるんだ!
閃光 盗賊も子供には甘いようだね。大人しく投降すれば命を無駄にしないで済むんだけど

盗賊 それよりも、見逃してくれれば、血を流さずに済むと思わない?
閃光 それは出来ないね。閃光の名に傷が付く。
盗賊 お互い譲れないのであれば、戦うしかない、か。
閃光 そうだね。

    二人はそれぞれの武器を構え、相手に斬りかかる空きを伺う。
    音楽が盛り上がり、斬りかかるまさにその時、少女がやってくる。
    途端音楽はやむ。

少女 ミーちゃーん。ミーちゃーん。今日はアボガドたっぷりのサラダもあるのよ~。あの、ミーちゃんを、
盗賊 見てない。
少女 そうですか。あ、全身黒ってわけじゃなくて、ところどころ白い部分もある猫なんですけど。
閃光 見てない。
少女 そうですか。ミーちゃーん。

    と、少女が去る

閃光 ……所々白い部分があったら、それはもうブチだよね。
盗賊 と言うか、ミケって名前は普通ミケ猫につけるものだろ。
閃光 そんなこと言ったら、猫にアボガドは毒だよ。
盗賊 そうなの?
閃光 中毒症状を起こすんだ。そもそもマグロ自体、食べさせすぎると黄色脂肪症の危険性があるし。
盗賊 ろくに調べもしないで猫を飼ったんだな。自分が食べるものと同じものを食べさせておけばいいという、飼い主の杜撰さがペットを不幸にすると言うのに!
閃光 あなた、猫が好きなの?
盗賊 こんな稼業のあたしに優しくしてくれるのは猫くらいってだけ。……笑ってくれて構わない。
閃光 ……黒猫ならアメリカンショートヘアかな。
盗賊 ! ……ブリティッシュショートヘアの可能性もある。
閃光 ペルシャかも。
盗賊 マンチカンもあり。
閃光 コーニッシュレックス。
盗賊 セルカークレックス。
閃光 バーミーズ。
盗賊 ボンベイ。
閃光&盗賊 ノルウェージャンフォレストキャット!
閃光 ……猫、探す?
盗賊 ああ!
閃光&盗賊 ミーちゃーん!

    と、猫を探していた少女が戻ってくる。
    なんだかよくわからないものを抱えている。

少女 あ、ミーちゃんなら見つかりました。
閃光&盗賊 それは猫じゃない!

    暗転。音楽。

3 自己紹介・他者紹介

    取り残されたユメは一人呟く。

ユメ なんだこれ。ここ、どこ?

    途端にあたりは明るくなり、サトリが楽しげに紹介する。

サトリ 以上、リディとネコマタ、口裂けによるコント「閃光と盗賊と猫の話」でした。
リディ どう?
サトリ うん。良かったんじゃない?
花子 もうちょっと短くまとめても良かった。
口裂け 花子はショートコント好きだからね。
ネコマタ 花子のネタは何時も短すぎるけどにゃ。
花子 あざとすぎるあんたに比べればまし。
ネコマタ あたいのどこがあざといにゃ? あたいわからにゃい。
花子 そういうとこよ。

    怪異達はそれぞれわいわいと話しそうになる。

サトリ で、みんな気づいてるよね? どうするの?

    と、全員の視線がユメに向く。

ユメ え、なにこれ。何が起こってるの。
リディ 人間だな。
花子 人間ね。
口裂け 人間か。
ネコマタ 人間がにゃんでこんにゃところに?
リディ 廃校だから誰も入ってこないって言ったのは誰だ。
花子 あたしだよ。廃校なのは事実だろ。
サトリ 忍び込んだみたいだよ。なんか、家に帰りたくなかったみたい。
口裂け なるほど? 生への執着が薄くなったせいで迷い込んだか。
ネコマタ どうするにゃ?
花子 どうするって、そりゃあ。出会ったからにはねぇ。
怪異達 観客にする!

    と、ユメに迫る怪異。ユメは逃げようとする。
    しかしユメが逃げようとした方向からドールがやってくる。
    そして捕まえる。

ユメ うぎゃああああ! なに! なんなのあんたたち!
サトリ どうどうどうどう。落ち着いて。あ、誰か椅子もってきて。
リディ オッケー。(と、椅子を差し出す)
サトリ ドール連れてきて。座らせて。はい。皆さんにご紹介します。昼の世界から急きょ参加の、ユメさんでーす。

    怪異達が拍手で迎える。ネコマタは騒動の途中で飽きてきている。

ユメ なんで、私の名前。
サトリ はい大人しくして。ドール肩抑えて。ね。これで動けなーい。大丈夫。怖くないよ。あ、コスプレしている変な集団じゃありません。私達は怪異。夜の世界の住人です。
ユメ 夜の、世界?
花子 あなたたち昼の世界の隣の世界。
リディ 定められた者が住む。夜の世界。
サトリ 今夜は月が綺麗だからね。ついつい君たちの世界に遊びに来ちゃったんだ。
口裂け 昼の世界の人には気づかれないようにしていたつもりだったんだけど。
サトリ 見つかったのは仕方ない。せっかくだし仲良くしようよ。いや、いいじゃない。ね? まずは自己紹介かな。うん。聞く気が無いって?大丈夫。べつに君を取って食おうってわけじゃないから。そういうタイプの怪異じゃないし。そう。怪異。妖怪の「怪」に異物の「異」と書いて、「怪異」怪しく異なるものという意味だね。例えば私。存在理由は「自分の思っていることが人に伝わってしまうんじゃないか」という恐怖。そうだよ。君の考えていることは全部わかる。私はサトリ。心を読む怪異だから。うん。だから君の名前もわかったんだよ。ヒグレユメさん。そうだね。自宅も今思い浮かべてくれたからわかっちゃった。でも、追いかけていくつもりはないから安心して。私達はただ、ここで楽しくやっていただけ。だから、君がその邪魔をしないのなら、特に何かをするつもりはない。
花子 相変わらず、サトリの話は長い上にくどい。
サトリ うん。ついつい、相手の心を読んで返事を返しちゃうからね。いつの間にか私だけが話していることになっちゃう。えっと、そうだな。

    と、ユウがフラッと現れる。サトリがネコマタを紹介しだすと去る。

サトリ (と、ネコマタを見て)彼女はネコマタ。見ての通り猫の怪異だね。存在理由はいつの間にかそこにいる猫の不思議。
ネコマタ ニャン。気軽にネコマタと呼んでいいけど、おさわりは厳禁にゃ。
サトリ 今日はまだお風呂にはいれてないからね。彼女の理想とは肌触りが違うんだ。
ネコマタ 余計な紹介を付け加えるにゃ! 
サトリ ごめん。
ネコマタ 頼まれたから手伝ってやったのに何たる仕打ちにゃ。あたしはもう帰るにゃ。
花子 帰るの?
口裂け 夜はこれからなのに。
ネコマタ 気が変わったにゃ。じゃあにゃ。

    と、ネコマタはさる。ドールも去る。

サトリ 気分屋なところが、まさにネコマタらしいとこだよね。さてと、次は、

    と、ユウがフラッと現れる。サトリがリディを紹介しだすと去る。

サトリ (と、リディと目が合う)彼女はリディ。まるで普通の人間みたいだけど、死体なんだ。
リディ リビングデッド。存在理由、死体が動くかもしれないという恐れ。長いから、リディって呼べ。
サトリ ちょっと舌足らずなところと表情が硬いのは死体だから。別に、怒っているわけでも、滑舌が悪い訳でも無いからね。
リディ 余計なこと加えんな。
口裂け 化粧をすれば、表情も明るくなるのに。(と、言いながらユメに近づく)
リディ 余計なお世話だ。(と、それを止めずに離れる)
サトリ えっと(と、口裂けを見て)彼女は、
口裂け ねえ、あたし綺麗?
ユメ え、あの、
サトリ あ、答えちゃ駄目だよ。彼女は口裂け女だから。どう答えても襲われるんだ。存在理由は女性の美意識への畏れ。
口裂け 最近は大きいマスクをしていても、目立たなくていいわよね。
花子 おかげで随分おとなしいキャラになったよな。そのうち消えるんじゃないか?
口裂け 人のこと言えるのかしらね?
花子 あたしはヨユー。学校じゃいちばん有名な怪異だし。
口裂け と言っても、最近は呼ばれ無いってぼやいてなかった?
花子 うるさい。あたしは花子。よろしく。
ユメ トイレの花子さん?
花子 そそ。
サトリ 一番無防備になる場所に、何かが潜んでいるんじゃないかという怖れが存在理由の 怪異だね。

    と、いつの間にかユウがユメのすぐそばにやってきている。

ユウ 花子さんは良いよねぇ。日本でも西洋でも、トイレには何かいるかも知れないって、皆割と信じているし。
ユメ うわああああ(と、逃げようとするが動けない)う、動かない。
サトリ そういう君こそ、どこにでもいられる存在だと思うけど。
ユウ 私はユウ。死者の魂が現世にあるかもしれないという想いが存在理由。特技は金縛り。
サトリ 簡単に言うと、幽霊ってやつだね。
ユメ 幽霊!?
ユウ 一番地味な存在。そんな驚かれる立場じゃないわ。
ユメ いや、驚くでしょ。幽霊って。つまり、人だったってことでしょう?
ユウ そうとも言えないのよね。本来魂っていうのはそんなに力を持っていないから。
花子 そいつは、幽霊という認識の寄せ集まった集合体みたいなもんなわけ。
ユメ 認識の集合体?
ユウ 幽霊ってこういうものだよね、の、集まった姿があたし。そして、似たような存在が、彼女。(と、何かを解く動作)
ユメ 彼女?(と、金縛りが解け)あ、動ける。

    と、ドールが幽霊と入れ違うようにやって来る。

ユウ ドール(と、紹介して去る)
サトリ 彼女はドール。
ドール (と、ボディランゲージで自己紹介をする)
サトリ 見ての通り、動く人形。人形には霊が宿るかもしれないという想いが存在理由。
ユメ 人形だから話せないの?
サトリ だけど想いはある。今も、「自分ドールっす。よろしく頼むっす」って言ってる。
ドール (と、サトリの言葉っぽい動きをする)
ユメ なぜにそんな下っ端な話し方。

    と、ドールが去る。

サトリ 後はヒタヒタさんとかケタケタさんがいるけど、あの子達は気まぐれだから、見えたらラッキーだと思っておいて。
ユメ ヒタ? ケタ?
花子 後ろから誰かがついてきているような気がするという想いや、
口裂け 誰かの笑い声が聞こえた気がするという思いが存在理由の怪異達。
リディ 気がついたら後ろにいたり、笑い声が聞こえたりするけど、害はないから。
ユメ いや、それ怖すぎるんだけど。
サトリ でも特に危ない連中というわけでもなかっただろう? 呪われるということもなければ、いきなり食べられてしまうなんてこともない。ああ。口裂けにはちょっと気をつけなきゃいけないけど、挨拶のように言う言葉にさえ反応しなければ無害だよ。まあ信じられないならそれでも良いけど、ああ、それはね。
花子 サトリ!
サトリ え? あ、ごめん。
花子 あんたがずっと話していたら、その子が何も話せないままだろ。
サトリ わかったよ。うん。少し黙ってる。
リディ 相変わらず子供には優しいねぇ。
花子 この学校の卒業生だからな。少しはサービスしてやらないと。
ユメ え、なんで、
花子 わかるのかって? そりゃあたしはこの学校の「トイレの花子さん」だから。女子に関してはだいたい頭に入ってるさ。男は知らんけど。
リディ さすが花子。

    と、ユウがやって来る。

ユウ 覚えている理由が気持ち悪いけど。
リディ それな。
口裂け 確かに。
花子 (と、どすを効かせて)あんだよ。なにか文句が?
ユウ&リディ&口裂け いいえいいえ。
口裂け そう言えば、次は花子の番じゃない?
ユウ そうそう。花子の出し物。
リディ 観客増えたし。楽しみだなぁ。
花子 そっかぁ? まあ、そこまで言うんだったら、ちょっと気合い入れんとなぁ。ユメ、だったよな。
ユメ うん。
花子 せっかくの機会なんだし。お前も楽しんでいけばいい。
ユメ 楽しむ、って。なにを?
ユウ 花子の出し物よ。
リディ 去年は一人漫才だった。
ユウ 滑ってた。
花子 うっせー。だから、今年は一人じゃなくてあんたらにも手伝わせただろ。
ユウ 正直、練習していて本当に面白いのかわからなかった。
花子 お前、それを今言うなよ! 良いからやるぞ。サトリ! いつまで黙ってんだよ。あれやれ。あれ。
サトリ あ、もう喋って良いんだ。良かった。オッケーあれだね。では、トイレの花子さんのお送りする、「トイレの花子が遭遇した怖い話。ベスト5を、ショートコントで」
ユメ はい?

    音楽。舞台の雰囲気が変わり、舞台上には花子だけとなる。



花子 トイレの花子さんのショート・コント「本当にあった怖い話」まずは、第5位

    と、ドールが椅子を持ってくる。その椅子を個室のトイレに見立てて、

花子 あー漏れる漏れる。もう歳のせいかトイレが近くてやんなっちゃうわぁ。(と、トイレに入る)どっこいしょっと。うわ、あたし今どっこいしょって言った? 受ける。

    と、口裂けがノックする。

口裂け (と、ノックをしながら)コンコンコン。
花子 入ってまーす。
口裂け 花子さん、遊びましょ。
花子 お願いだから空気を読んで! (と、周囲の反応を見てから)……え~続きまして第四位。

    と、花子の隣にドールが椅子を持ってきて、リディが座る。

リディ (と、ノックをしながら)コンコンコン。
花子 え? そっち!? ……はい。
リディ すいません。紙ありませんか?
花子 え!? (と、思わず紙がある場所を確かめ)うそ! こっちも無い! え~続きまして第三位。

    と、サトリがノックする。

サトリ (と、ノックをしながら)コンコンコン。
花子 入ってます
サトリ 知ってます。
花子 怖いよ!  続きまして第二位。

    と、ユウがノックする。

ユウ (と、ノックをしながら)コンコンコン。
花子 入ってます。
ユウ 待ってます。ずっと。
花子 怖いよ! そして、堂々の第一位は、

    と、ドールが

ドール (と、ドアを無理やり開こうとする)ガチャガチャガチャ、(と、舌打ち)ガチャガチャガチャ(と、強い舌打ち)
花子 怖い! なんか言ってよ! 怖い! 以上!(と、ドヤ顔)

5 常識を押し付けるな

    舞台の雰囲気が元に戻る。ユメがやって来る。
    花子はユメに得意げな笑顔を向ける。

ユメ ……そんな顔で見られても。
花子 面白かったら笑って良いんだよ?
ユメ いやいやいや、笑えないから。
リディ 確かに。怖いもんな。
口裂け 待ってるのは怖いな。確かに。
ユウ 無言が一番怖いっていうのはわかるけど。
ユメ 怖いっていうか、おかしいでしょ。
花子 ああ? トイレの花子さんがトイレで用足すのがおかしいって?
ユメ そういうことじゃなくて。おかしいでしょ!

    強いユメの言葉に、怪異達の言葉が止む。

怪異達 なにが?
ユメ 幽霊たちの
リディ 怪異。
花子 幽霊だけじゃないから。
ユメ どっちでもいいよ。
口裂け 結構重要なんだけど。
花子 あれよ、年齢によっても価値観とか違うのに、「女ってさ」でひとくくりにされると腹が立つみたいな。
リディ あー。むかつくよな。
花子 ね? あるでしょ? そういうの。
ユメ だから、今はどっちだっていいんだって! とにかく、その怪異? がお芝居とか。おかしいでしょ。
サトリ おかしいの?
ユメ 常識的に考えて。
花子 あんたの常識を押し付けないでくれない?
リディ あなたの常識、私の非常識ってな。
口裂け 常識常識っていう人に限って、非常識なことを平気でやっていたりするもんだよねぇ。
花子 授業中は静かに! って言っておきながら、テスト中にいびきかいて寝ている先生とかね。
リディ 宿題忘れるなよって怒るくせに、テスト範囲が授業で終わらないとかな。
ユウ (フラッとやってきて)あるある。
花子 服装にうるさいあなたはなんで毎日同じジャージなの?
口裂け お行儀良くしなさいって言ったそばから馬鹿笑い。
リディ ルールを守ろうと言ったお前が歩きタバコ。
花子 ゴミのポイ捨てはしないけど、
口裂け 平気で道路に唾を吐く。
リディ 赤信号みんなが渡るなら私も渡ろう。
ユウ なんて素敵な常識人間!(と、笑いながら去っていく)
ユメ そりゃ、そういう人もいるけど。でも、それとこれとは、
花子 同じようなもんよ。
リディ 世界の常識はいつだって大多数が作っているに過ぎない。
口裂け だから、常識なんて言葉を振りかざすのはやめるのね。
花子 振りかざすのはただ一つ。(と、力強く)信念!
ユメ 信念?
花子 あなたが、あなたであるために必要だと思うこと。幽霊や妖怪が芝居をしていると、あなたはあなたじゃなくなるの?
ユメ そんなことは、ない、けど。
花子 だったら。受け入れなさい。当たり前だと思っていた事がそうじゃなかったとしても、あなたはあなたなんだから。
ユメ あたしはあたし。

    ユメは何かを納得させるように自分に言い聞かせる。その姿を見て怪異たちは笑う。

花子 と、うまくまとまったところで次行ってみましょうか。
怪異達 いいね!
口裂け 次は誰だっけ?
リディ せっかくだから、こいつも混ぜない?
ユメ え?
怪異達 いいね!

    音楽。ユメを巻き込んで怪異たちは遊ぶ。
    大縄をしてみたり、じゃんけんをしてみたり。無邪気に時を過ごす。
    ユウが疲れて帰ったり。ドールやネコマタが参加して帰ったり。
    やがてユメは少し疲れて怪異たちから離れる。サトリが寄る。

6 幽霊と妖怪の世界に主人公は引き寄せられる。

サトリ 楽しんでるみたいだね。
ユメ なんか、楽しんじゃってた。
サトリ いいと思うよ。それで。
ユメ いいな。怪異の世界って。
サトリ そう?
ユメ そうだよ。楽しいし。
サトリ 楽しいことばかりじゃないけどね。
ユメ 進路に悩むこともないし。友達付き合いに気を使うこともないし。自分らしくいられるし。
サトリ 夜の世界でしか動けないけど。
ユメ 昼間の世界なんて居心地悪いだけだよ? 夜のほうが落ち着く。ずっと、夜ならいいのに。
サトリ だったら君もこっちに来る?
ユメ え?
サトリ 人であることがそんなに辛いのなら、一緒に来ればいい。
ユメ いいの?
サトリ いいよ。人間の世界にいたくないのなら、夜の世界に連れて行ってあげる。

    と、サトリはユメに手を差し出す。
    怪異たちはいつの間にか遊ぶのを辞め、二人の様子を見ている。
    差し伸ばされた手に、ユメは悩みながらも手を伸ばす。

花子 本当に良いの?
ユメ あたし、
花子 あなたにはいない? 一緒に過ごしたい人も。いないと悲しむ人も。
ユメ 私なんていなくなっても、誰もきっと悲しまないよ。
花子 お母さんも?
ユメ ママは……。そりゃ、多分、悲しんでくれると思うけど。でも、それだけだから。
花子 誰かを悲しませてまで、夜の世界に逃げたいの? いつか、あなたを必要としてくれる人がいつかもしれないのに?
ユメ いつかなんて、いつ来るかわからないし。
花子 諦めたら来るものも来なくなっちゃうよ?
ユメ だって。じゃあ、どうしたらいいの? このまま生きていてもなにもないのに。私なんかが生きていたって、意味なんかないのに。
花子 意味がなくちゃいけないの?
ユメ だって。
花子 私達には意味しかないのに?
ユメ 意味しかない?
花子 サトリが言ったよね? 私達の存在理由。
ユメ 聞いたけど。
花子 私達が生まれるのは、闇に理由を人が求めたから。
ユメ 理由?
花子 暗がりの中に何かが潜んでいるかもしれない。闇夜に猫が鳴くのはなぜ? 
リディ 墓場を歩いていると薄気味悪く感じるのはどうしてだ? 誰もいないはずの家の中に、誰かがいるような気がするのは? 
口裂け 昨日までいた人が今日いなくなるのは? 
サトリ そんな問いに答えを見つけたくて、人間は「怪異」って理由を考えた。それが私達の生まれた理由。
花子 生まれた理由しかない私たちは、妖怪以外の答えが見つかったその時に消えてしまう。
ユメ でも何も無いよりは、
花子 私は、理由なく生きられる人間が羨ましい。自ら死を望まない限り、消えることのないあなた達が、心の底から羨ましい。陽の光を無邪気に浴びられるあなた達が。昼の公園でうたた寝のできるあなた達が。夕暮れに家に帰れるあなた達が。夜を迎えても明日のために布団で眠れるあなた達が。恨めしいほど羨ましい。……それでも、なお人の世界を捨てたいのなら。いいよ。その手を取ればいい。
ユメ あたしは……。
花子 来なよ。夜の世界に。

    サトリの手へとユメの手が伸びる。
    触れる前に止まる。じっと怪異達はユウの動きを待つ。
    やがて、ユウはその手をおろす。

ユメ ……ごめんなさい。私はやっぱり人の世界で生きていたい。
サトリ いいんだよ。それで。
ユメ ごめんなさい。
口裂け あーあ。せっかく仲間が増えると思ったのに。
リディ まあいい。人間ってのは気の変わりやすい生き物だからな。
ユウ (と、フラッとやってきて)今日絶望したと思っていても、明日には笑える生き物だから。
サトリ 夜に泣いても朝には笑える生き物だから。
花子 いつかを願える生き物だから。
口裂け それでも、もしまた絶望だけがその身を占めることがあったら。
リディ ここへ来ればいい。
怪異達 我らはいつも夜にいる。
サトリ 昨日もなく。
リディ 今日もなく。
口裂け 明日もない。
花子 常に夜にいる。
サトリ 理由が尽きぬ限り。
怪異達 夜の中にいる。

    ユメは立ち尽くすうちに一人になる。



ユメ そう言って、いつの間にかいなくなっていました。気がついた時には私は一人、古ぼけた体育館で立ち尽くしていて。それまで鳴らなかったスマホが急に音を立てて、

    スマホの振動音が響く。

ユメ ママ、いえ母の着信がすごいことになっていて。慌てて家に帰ったら、すっごい怒られて。やっぱり夜の世界に行けばよかったなんて思ったりしました。でも、次の日もう一度あの場所に行っても出てきてはくれなくて。夢、だったのかもしれません。……その日から少しだけ前向きに生きていました。だって、夜の世界に行きたいなって思うたびに、声が聞こえてくるような気がするんです。(と、話しながらコートを脱ぐ)

    ユメの近くに怪異達はいる。

リディ 人間ってのは気の変わりやすい生き物だからな。
ユメ だよね。本当にそう思う。
ユウ 今日絶望したと思っていても、明日には笑える生き物だから。
ユメ うん。明日はいい日だと良いな。
サトリ 夜に泣いても朝には笑える生き物だから。
ユメ 頑張って笑ってみるよ。
花子 いつかを願える生き物だから。
ユメ いつか、を願って生きてるよ。
口裂け それでも、もしまた絶望だけがその身を占めることがあったら。
リディ ここへ来ればいい。
ユメ うん。
怪異達 我らはいつも夜にいる。
ユメ 知ってる。だから、私、もう少しだけ頑張ってみるね。理由がなくても。生きてみる


    そして、ユメが話し終える頃には面接の場へと景色が変わっている。所長と所員がいる。

日野 ブラボー。ブラボーですよ。ブラボー。何か、他に言えることがあるとすれば、ブラボー!
灯里 所長、うるさいです。
日野 すいません。
灯里 今のお話が、あなたがこの研究所に努めようと思った理由ですか?
ユメ はい。夢かもしれない曖昧な経験なんですけど。
灯里 一概に夢とは言えないんじゃないかしらね。
ユメ そうですか?
灯里 廃校ってのは霊的なスポットとしては典型的な場所だから。少なくとも、当研究所には学校での不思議体験というのは、事例としてよく寄せられるものではあります。
ユメ あれは、夢じゃなかったんでしょうか?
灯里 それをこれから一緒に追求していきましょう。
ユメ ということは?
灯里 ええ。採用です。
日野 ようこそ、超常現象研究所・〇〇支部へ。あなたの力を是非私達に貸してください。
ユメ ありがとうございます!
日野 これからのあなたの活躍に期待します。
ユメ はい!
灯里 では、採用にあたっての書類の記入をお願いしますね。
ユメ はい。
灯里 こちらが、勤務に関しての法的書類について。二枚目は、お給料の振込に関する項目。それで三枚目は守秘義務に関しての誓約書で、あ、お時間は大丈夫ですか?
日野 話を聞いているうちにすっかり夜になってしまったからね。
ユメ 大丈夫です。今日は遅くなるって家族には伝えてあるので。
灯里 そう。じゃあ、書類についての説明をしますね。

    灯里が説明し、ユメがうなずく。
    いつの間にか怪異たちがユメの近くにいる。

花子 ほらね。あなたを必要としてくれる人がいるって言ったでしょう?
ユメ まさかこんな風に必要とされるなんて思わなかったけど。
灯里 なにか言った?
ユメ いえ、なんでもないです。ただ、声が聞こえた気がして。
日野 まさか怪異の声?
ユメ もしかしたら。
日野 どこ!? 怪異はどこにいる!?

    日野は言いながらあたりを必死に凝視するが日野には見えない。

サトリ 昨日もなく。
リディ 今日もなく。
口裂け 明日もない。
花子 常に夜にいる。
サトリ 理由が尽きぬ限り。
怪異達 夜の中にいる。

ユメ もしかしたら、すぐ隣りにいるのかもしれませんね。私達の、すぐ近くに。

    三人が客席を見る。
    何かを見つけた顔になる。
    幕が閉まる。



あとがき(と言う名の裏話)

「文化祭には大会とは違う作品をやりたい」
「でも練習時間は少ないので軽い話がいい」
そんな生徒たちの要望から生まれたのがこの作品です。
練習回数はまさかの四回(+リハーサル)
役作りの負担を減らすために、大会作品(「未だ明けぬ夜の中で」)の登場人物を主役にし、
セットを作る余裕がないので、学校の体育館という文化祭の上演場所を舞台と設定し、
衣装で遊べるように怪異達を登場させ、スタッフも混じれるように……と、
結構いろいろな思惑が入っています。


もし上演される場合は、人数や上演時間によってコントを違うものに変えてみたり、
役者が遊ぶシーンをエチュードで作ってみたりしてみても楽しいんじゃないでしょうか。
色々と遊べる作品になっているんじゃないかなぁと、思います。
楽しくやれればいいだけの作品ですので、大会には向かないです。。
少人数で演じられる場合は、怪異の数を減らすことも出来るかと思います。
初演は女性だけで演じられましたが、性別を変えられる役もあると思います。
どうぞ自由に演じてみてください。


最後までお読みいただきありがとうございました。