幽霊さんのいる間取り  作 楽静 サイカワ 実家暮らしの大学生。世話焼き。 フジミ  一人暮らしの大学生。割とずぼら。 伊藤   本当に本物の霊媒師。年齢不詳。冷静沈着でやや腹黒い。 幽霊   自分に自信はない幽霊。 01 霊媒師と女子大生     とある休日の昼下がり。     ぽつんと待っている伊藤。どこにでもいる若者っぽい格好。     どこか、人とは違う角度をしばし凝視する。にやりと笑う。     そして、何事もなかったかのように違う方向を向く。     キョロキョロとあたりを見渡しながらやってくるサイカワ。     スマホで場所と時間を確認し、伊藤を見つける。     あたりを見渡す。目的の人物だと確信が持てない。     しばらくしてから勇気を出して話しかける。 サイカワ あの。 伊藤 はい。 サイカワ あなたが、ですか。 伊藤 はい? サイカワ すいません。えっと、あの、伊藤さん? ですか? 伊藤 ええ。まあ。サメガワさんですよね? サイカワ サイカワです。あの、本当に伊藤さん、ですか? 伊藤 田中、のほうが良かったですか? サイカワ いや、別に名前がどうこうってわけではなくて。 伊藤 意外ですか? サイカワ 正直。 伊藤 もっと派手な格好だと思っていました? もしくは陰気な格好だと? サイカワ まあ、それは。本当に、本物の、その、霊媒師、なんですよね? 伊藤 はい。本当に本物の霊媒師です。 サイカワ 案外普通の恰好なんですね。 伊藤 格好に力は関係ありませんから。 サイカワ それにずいぶん若いというか。 伊藤 もしかして、お疑いですか? サイカワ いえいえ! そんな。 伊藤 ネットの質問板に書き込んで会える霊媒師など、信用出来ないと? サイカワ 思ってません! 伊藤 出会い頭に、「あんた地獄に落ちるわよ」とか言ってほしかったですか? サイカワ いいえ! まさか。 伊藤 そうですよね。たとえ本当のことでも、いきなりではね。驚きますよね。 サイカワ 驚きますよ。いきなりじゃ。え? 本当なんですか? 伊藤 本当に、私が本物の霊媒師、伊藤です。 サイカワ いや、そっちじゃなくて。 伊藤 私に用があったのですよね? サイカワ はい。いや、ですから、そこが問題じゃなくて。 伊藤 ああ、恋人はいません。 サイカワ そこは聞く気ありませんでした! 伊藤 それで、除霊を頼みたいとのことですが。 サイカワ あ、はい。そうだ。そうなんです! 除霊というか、幽霊を追い出してほしいんです。 伊藤 確か、お友達がとりつかれているということでしたね? サイカワ はい。ちょっと信じられないような話なんですけど。出るんです。幽霊が。絶対あれはとりつかれていると思うんです。 伊藤 向かいながら詳しいお話を聞きましょうか。     と、霊媒師はどちらに向かうべきかを視線で尋ねる。 サイカワ よろしくおねがいします。あ、向こうです。     と、伊藤が歩きだすと、サイカワだけに光が当たる。 サイカワ 先日、初めて大学の友達、フジミっていうんですけど。家に行ったんです。終電を逃しちゃって。「うちくる?」って言われて。おかしいとは思ってたんです。駅から近いのに家賃がすごく安くって。しかも風呂・トイレ別なんて。何か理由があるはずだって思いはしたのに、つい、ついていっちゃったんです。     暗転。 02 女子大生と幽霊さん     数日前の夜。フジミの部屋。     シンプルな部屋の中、玄関部分は観客には見えない。     玄関から短い廊下(キッチン、風呂トイレ部分を含む)を通り、     6〜7畳くらいの部屋となっている。明かりのついていない中に幽霊がいる。     ※出来れば白装束が望ましいが、生前幽霊が好んでいた服という設定で服を着せてもいい。     その場合は、やや時代を感じさせられるように今の流行りからは遠いものを選ぶ。     暗い中、声が聞こえる。部屋の外から聞こえているという風。     徐々に声が近くなってくる。その声を聞いて幽霊はなるべく部屋の隅に移動する。 フジミ声 ほら、ここ。 サイカワ声 本当に近いね。 フジミ声 一階だから防犯上はちょっと危ないんだけどさ。やすかったから。入って入って。今電気つけるから。     と、ドアの開く音。電気がついたのか部屋が明るくなる。     先にフジミがやって来る。適当に鞄を放る。幽霊にぶつかりそうになるが、幽霊は思わず避ける。     危なかったという表情を浮かべ、フジミを睨むがフジミとサイカワに幽霊は見えない。     続いてサイカワがやって来る。偶然にもサイカワの格好は霊媒師に会った時と同じもの。 サイカワ お邪魔します。へぇ。結構広いね。 フジミ そうなんだよね。あ、適当なとこに座っていいから。布団一組しかないけど、毛布はあるから。 サイカワ ありがとう。これで家賃4万円だっけ? 安くない? フジミ まあ安いなりの理由はあるから。 サイカワ 理由? フジミ 出るんだよね。 サイカワ 出る? もしかしてネズミとか? フジミ いや、幽霊さんかな。なにか飲む? カルピスでいいなら出せるけど。     と、幽霊は「呼んだ?」という表情で二人の間に入ったりする。     二人に幽霊は見えない。 サイカワ え、待って待って。そんな軽く言うこと? フジミ (と、ちょっと深刻に)カルピスならあるよ。 サイカワ そこじゃない。その前。え? 幽霊?     と、幽霊は少し怖がらせるようなポーズを取って自分をアピールする。     二人に幽霊は見えない。 フジミ 幽霊さん。あ、氷いる? サイカワ いるけど。いや、だから、待って。え? 何がいるって? フジミ 氷。 サイカワ じゃなくて。その前。 フジミ だから幽霊さん。ストローは? サイカワ いらない。いや、だから何がいるって? _ フジミ ストロー。 サイカワ じゃなくて。その前! フジミ (と、ちょっと考えて)氷? サイカワ 戻りすぎ。え? 幽霊? 幽霊って言った?     と、幽霊は少し怖がらせるようなポーズを取って自分をアピールする。     二人に幽霊は見えない。 フジミ そ、幽霊さん。 サイカワ 幽霊ってあの? フジミ どの、かはわからないけど。多分それ。そりゃ安くもなるよねぇ。はい。カルピス。 サイカワ ありがとう。って、待って待って。なんでそんなあっさりしてるの。 フジミ ごめんちょっと残り少ないからケチった。もっと濃いほうが良かった? サイカワ カルピスから離れて! 幽霊の話! フジミ そっちか。 サイカワ なんでそんな軽いの!? 幽霊が出るんだよね? 怖くない!?     と、幽霊は少し得意げにポーズを取って自分をアピールする。     二人に幽霊は見えない。 フジミ むしろホッとするかな。 サイカワ ホッと!?     と、幽霊も「え、まじで?」とフジミを見る。     二人に幽霊は見えない。 フジミ なんかさ、安心するんだよね。あたし、実家では妹と同じ部屋だったからさ。疲れて帰ってきて、布団入って、今日も疲れたなって思うと、誰の息遣いも聞こえなくて。あたしって一人なんだなぁって寂しくなるの。で、そんなときに、幽霊の、いや、幽霊さんのラップ音だっけ? なんか音とかなるやつ。 サイカワ いや、知らんけど。聞こえるの? フジミ そう、聞こえるとさ、冷たい部屋の中にぬくもりが広がるっていうのかな。ああ、あたしは一人じゃないんだって思えるっていうか。     と、幽霊はなんかしんみりしてしまう。     二人に幽霊は見えない。 サイカワ おかしいよ。 フジミ おかしいかな? サイカワ だって、幽霊だよ。 フジミ てかさ、さっきからなんで呼び捨て? さんをつけてよ。年上だよ。     と、幽霊は「いや、別にそんなのいいですよ」という反応をする。     二人に幽霊は見えない。 サイカワ そんなのわからないじゃん。もしかしたら、私達よりあとに生まれて、私達より先になくなった幽霊かもしれないでしょ。 フジミ え。幽霊ちゃん、だったの? ごめんね幽霊ちゃん。     と、フジミは幽霊に謝るが幽霊がいる場所とはぜんぜん違う方向。     幽霊はわざわざフジミの視線の先に移動して「いや、別にそんなのいいですよ」という反応をする。     二人に幽霊は見えない。 サイカワ なにもないところに話しかけないでよ! フジミ でも、どこにいるかわからないし。 サイカワ 男か女かもわからないんでしょ? 気持ち悪いじゃん。     と、幽霊は「気持ち悪い」の言葉にショックを受ける。     二人に幽霊は見えない。 フジミ 多分女の人だよ。結構声高いし。 サイカワ 声まで聞こえるの!? フジミ 姿は見えないんだよねぇ。あ、霊感あったりする? もしかしたら見えるかも。     と、幽霊は「え、見えてる?」とサイカワの顔近くによる。     二人に幽霊は見えない。 サイカワ 帰る。 フジミ 終電ないよね? サイカワ 駅前で漫画喫茶探す。 フジミ 無かったでしょ。だからうち来たんだし。 サイカワ 深夜営業のレストランに入る。むしろ、コンビニでもいい。そこで一晩過ごす。 フジミ そんな嫌わなくてもいいのに。 サイカワ 嫌うとかの問題じゃないじゃん! 幽霊なんだよ!? フジミ だから、幽霊さんだって!     どんっと、大きな音が聞こえる。     二人と幽霊は思わず身を縮こまさせる。 サイカワ 今の何。幽霊?     と、幽霊はまさかの冤罪に自分ではないと手を降って否定する。     二人に幽霊は見えない。 フジミ ううん。多分隣の人。うるさいって壁殴ったんだと思う。あまり騒がないほうがいいよ。遅い時間だし。 サイカワ (と、少し小声になって)とにかく、あたし出ていくから。てか、一緒に出よう? フジミ そんな怖がらなくても大丈夫だって。ちょっと声が聞こえたり、何か鳴ったりするだけだから。     と、幽霊も「そうだよ、ここにいなよ」という動作をする。     二人に幽霊は見えない。 サイカワ だから、それは「ちょっと」で流していいところじゃないじゃん! フジミ 幽霊さんもさ。寂しいんだと思うんだ。 サイカワ は?     と、幽霊も「え?」と思わずフジミに向く。 フジミ この部屋、割と広いって言ってくれたでしょ? きっとあたしが来るまでは一人でいたんだよ。誰にも見えなくて、誰とも話できなくて一人でこの部屋にいた。それってすごく寂しいよね。なんかさ、世界に一人ぽっちのような気になるじゃん。だからさ。あたしくらいは反応してあげてもいいかなって思うんだ。     と、唸り声が聞こえる。ちょっと感じ入ってしまった幽霊。     泣き出しそうな声にも、怒っているようにも聞こえる声。 サイカワ なに? これも隣の人? フジミ 違う。幽霊さん。(と、声の方向に)ただいま。今日もいい唸り声だね。     と、幽霊は褒められたことに、更に泣きそうになって唸る。     優しくされることがしばらくなかったので、感情を制御できないでいる。 サイカワ 褒めてどうする!? 幽霊なんだよ!? フジミ だから幽霊さんだって。ごめんね幽霊さん。この子ったら変なところ頑固だから。     と、幽霊は首を振る。喜びを伝えたくて、必死に感情を制御しようとする。 サイカワ 幽霊に謝るなよ! フジミ 幽霊さんだって言ってるでしょ! ごめんね幽霊さん。礼儀のなってない子で。 サイカワ 礼儀とかの問題じゃない!     と、幽霊は思わず声を出す。 幽霊 いえ。むしろ「さん」もつけなくて結構です! サイカワ しゃべった!? 幽霊 私なんて、ただの幽霊で。感動を言葉にしようにもうまく言葉にできなくてただ唸っている。そんな情けない幽霊ですから。 サイカワ どこ!? どこにいるの!?     と、幽霊を探すが幽霊は二人には見えない。     幽霊と話すとき声の方向を向くが幽霊と目は合わない。 フジミ 何言ってるんですか。親しき中にも礼儀あり、ですよ。 サイカワ 平然と会話をするな! 取り殺されたらどうするの! フジミ うちの幽霊さんはそんなことはしないよ! サイカワ いつから、あんたのものになったの! フジミ この部屋に入った時からに決まってるでしょ! 幽霊 二人共、私のために争わないでください。 サイカワ あんたはあんたで悲劇のヒロインみたいなこと言うな! って、ごめんなさい怒鳴ったりして。とりつかないでくださいお願いします。 幽霊 とりつくってどうやるかわからないんで大丈夫だと思います。 フジミ ほらね。うちの幽霊さんは優しいんだから。 幽霊 優しい、なんて、幽霊になってから初めて言われました。 フジミ 良かったね。今日があなたの優しい記念日だ。 幽霊 ありがとうございます。 サイカワ いやいやいや。おかしいでしょ。何この空間。あたし帰る! フジミ 帰れないからうちに来たんでしょって。 サイカワ 歩いてでも帰る!     と、どんという音。 フジミ ほら、静かにしなきゃ。隣、だいぶ怒ってるよ。 サイカワ うん。少し落ち着く。 幽霊 大丈夫ですよ。あれ、寝ぼけて壁を蹴っているだけですから。 フジミ そうなの? 幽霊 こちらの部屋にくっつくようにベッド置いてて、時々蹴っ飛ばすみたいですね。 サイカワ にしてはタイミング合いすぎじゃない?     と、どんという音。 サイカワ そんなんでもなかった。 フジミ お隣怖い人かと思ってた。幽霊さんがいてよかった。 幽霊 ……わたしが怖くないんですか? フジミ 全然。怖くないよね? サイカワ 私は怖いですがなにか? 幽霊 そうですよね。怖いですよね。それが普通だと思います。 フジミ 幽霊さんより生きている人間のほうが怖いよ。何してくるかわからないし。 サイカワ それは幽霊でもあまり違いはないと思う。 フジミ 変な音とか聞こえるだけでしょう? 問題ないよ。 幽霊 普通はそれが怖いって思うんですけどね。 サイカワ てか、この部屋にいるってことは、この部屋で亡くなったってことでしょう? そんなの、その、なんか、気持ち悪くない? フジミ 人はね。生きていれば必ず死ぬんだよ。 サイカワ なんかいいこと風に言うな。 幽霊 そうですよねぇ。人は必ず死ぬんです。そして死んだらそれきりだと思っていました。まさか幽霊となるなんて思いもよりませんでしたよ。 サイカワ 私は今の状況が思いもよらないよ! フジミ ほら、(と、グラスを渡し)これでも飲んで落ち着いて。 サイカワ だから、(と、グラスの中身を一気に飲みきり)落ち着けるわけないんだよ! 幽霊だよ!? フジミ じゃあせっかく幽霊さんもいることだし飲み直しますか。 サイカワ なんでそうなるかな!? 幽霊 私、飲んだりは出来ないですけど。幽霊なんで。 フジミ 大丈夫。あたしたちがその分飲むから。せっかく滅多にない経験しているんだから、今日は朝まで生幽霊トークしよう! サイカワ なんだよ生幽霊トークって。 幽霊 生きてはいないですけどね。幽霊なんで。     妙に明るい音楽。     幽霊と話し出すフジミ。     サイカワは徐々にフジミから距離を取る。サイカワだけに光が当たる。サイカワの話しているうちに、部屋の中は数日後のものになる。 サイカワ 何だこの空間。おかしいよ絶対。そうか。取り憑かれておかしくなってるんだ。大丈夫。あたしが絶対助けてあげるから。そう決心した私は、なるべく気配を殺して一晩を耐えつつ、スマホで幽霊について調べたんだ。「幽霊」「除霊」で検索すると、「除霊はしてはいけない」って出てくるのは納得いかない気持ちだったけど。霊に取りつかれやすい人の場合、除霊を行うことはかえって霊のことを考えやすくなり、霊を呼びやすくなるんだって。でも、あの幽霊は部屋に取り付いている幽霊だし、力のある霊媒師だったらきっと大丈夫だろうと思って。それで、今回、お願いしたってわけ。あんたに取り付いてる幽霊を払ってもらおうと思って! 03 幽霊と霊媒師と女子大生     明るくなると霊媒師と会った日の夕方。     幽霊とフジミは距離を近くして座って話を聞いている。フジミの服装は偶然にも先日と同じ格好。     力強く語っていたサイカワの側には、幽霊をじっと見つめる伊藤の姿がある。 フジミ えっと、伊藤さん? でしたっけ? 伊藤 はい。伊藤と申します。 フジミ 霊媒師、なんですか? 本当に? 伊藤 ええ。本当に、本物の霊媒師です。 サイカワ ネットでお願いしたら来てくれたんだよ。あ、お金のことなら大丈夫。見積もりをお願いした中では一番安かったから。 伊藤 除霊のランクによって、値段は変動しますが、(と、チラシをどこからか取り出す)このような料金形態となっています。 フジミ (と、チラシを受け取って)「完全安心プラン 十年保証付き」300万円!? 伊藤 それは一番高いプランになります。今後十年間は幽霊に悩まされないことを保証するプランですので。今回は一番下のプランとなっています。 フジミ 「お試し除霊プラン 保証1ヶ月込」(と、「え? こんなに下がるの?」というニュアンスで)8千円、ですか。 サイカワ さらに、ネットでの契約特典として、2割引きの上、今なら数珠がついてくるんだよ。ですよね? 伊藤 はい。こちらになります。(と、箱を取り出す)     と、幽霊はその箱から感じる霊力に後ずさる。     悲鳴のような声が聞こえる。 フジミ 幽霊さん!? サイカワ 何、この声!? 伊藤 ああ。浄めの力が込められていますから。幽霊が苦手に思うのも無理はないでしょう。 サイカワ てか、効果がわかるほど近くにいたってことですよね、それって。 伊藤 ええ。フジミさんのお隣りに座っていましたから。 サイカワ 近っ! フジミ 幽霊さんが、見えているんですか? 伊藤 もちろん。なかなか強い霊力を持った幽霊ですね。腕がなります。     と、幽霊は「嘘だろ!?」といった表情で霊媒師の視線から逃げようとする。     霊媒師は迷うことなく幽霊を見続ける。     幽霊は見えていることに驚く。 サイカワ 除霊はできそうですか? 伊藤 問題ありません。プロですから。     と、伊藤は準備運動を始める。 サイカワ 良かった。(と、フジミに)これで一安心だね。あ、お金のことなら気にしなくていいよ。バイト代入ったばかりだし。この間の宿泊費だと思ってくれればいいから。     と、幽霊は除霊されることに恐怖を感じつつも納得の為うつむく。 フジミ 全然良くない。 サイカワ え?     と、幽霊もフジミを見る。 フジミ すいませんが、お引取りください。 伊藤 もしかして、今帰れと言われましたか? フジミ はい。すいませんけど。キャンセル料がかかるなら払いますから。 サイカワ ちょ、ちょっと何言ってんの? お金のことは気にしなくていいんだよ。あたしが払うんだから。 フジミ あたしは、払う気無いから。 サイカワ だから、お金ならあたしが払うって。 フジミ 幽霊さんを! 払う気なんて無いの!     と、幽霊はフジミの強い言葉に嬉しさを覚える。うなりそうになるのを必死に抑える。 サイカワ なんで!? フジミ だって、幽霊さんはね……(と、言葉を探し、思いつくが、言っていいか悩む) サイカワ なに!? 幽霊に気を使うことなんて無いんだよ。もう相手は死んでるんだから。 フジミ そんなんじゃない。 サイカワ まさか、幽霊に弱みでも握られているの!? フジミ 違う! 幽霊さんはね……(と、思い切って)便利なんだよ! サイカワ は?     と、幽霊も「は?」という表情を浮かべる。 伊藤 便利、ですか? フジミ 朝はお願いした時間どおりに起こしてくれるし。洗濯物を干しっぱなしで忘れていたときは教えてくれるし。うちのお風呂湯沸かし機能ついているけど、湧いた時の合図無いから不便だなって思っていたら適温になった時に知らせてくれるし。料理の火加減とか調味料のさじ加減のアドバイスくれるし。なにより、Gが出たときには、音を鳴らして退散させてくれるんだから!     と、幽霊は微妙な気持ちになる。 サイカワ それは、でも、 伊藤 確かに便利ですね。 フジミ でしょう! サイカワ 伊藤さん!? 伊藤 なるほど。幽霊の方にも使いみち、いえ、手の借り方があるのですね。うちにほしいくらいです。 フジミ あげませんよ。幽霊さんは、うちの幽霊さんですから。 伊藤 見えない人の家に居座るよりも、見えている人といたほうが幽霊にとっては幸せだと思いますが。 フジミ 見えないからいいんだよ! 姿が見えたら気を使って色々頼めないじゃん! サイカワ あんた、一人は寂しいとか色々言ってて、実はただ自分の好き勝手にお願いできる相手が欲しかっただけかよ! フジミ 実家暮らしにはわからないだろうけどね、一人暮らしは色々と大変なんだよ!? サイカワ そりゃそうなんだろうけど。でも、だからって幽霊に頼るなよ。 フジミ 「立ってるものは親でも使え」っていうでしょ! サイカワ 幽霊は召使いか! フジミ それの何が悪い!? サイカワ 開き直るな! 伊藤 まあまあ。おふたりとも落ち着いてください。幽霊に見られていますよ。     二人はハッとしてあたりを見回す。     幽霊はしょんぼりとしている。当然二人には見えない。     フジミは見当違いの方向に向かって話をする。 フジミ あの、幽霊さん。今のは違くてね。いや、便利だってのはそのとおりなんだけど。それ以外にも癒やし効果的なものもあって。 サイカワ 召使い扱いの時点で、癒やしもなにもないでしょ。 フジミ それは、言葉の綾ってやつで。 幽霊 あの。霊媒師さん。 伊藤 はい。 幽霊 払ってもらっていいですか。 フジミ 幽霊さん! なんで!? 幽霊 なんか、人間って怖いなぁって思いまして。幽霊より、生きている人間のほうが怖いって本当ですね。 サイカワ 良かったね。これで幽霊とお別れ出来るよ。 フジミ 全然良くない! 幽霊さん。考え直さない? あまりわがまま言わないようにするから。朝起こしてくれなくていいし。料理の手伝いも、しなくていい。ただ、Gを退散させてくれるだけでいいから。あ、でも、火加減のアドバイスのほうが大事かも。Gのやつはそのうちホウ酸団子でなんとかすればいいから。いや、朝起こしてくれる方が? テストも近いし……。 サイカワ なんて心に響かない説得なんだ。     と、悩むフジミに呆れるサイカワ。     少し二人から距離を取る幽霊に、伊藤は話しかける。 伊藤 このまま除霊してしまってもいいですけど、それよりも、あなたうちに来ませんか? 幽霊 でも、私この部屋に取り付いている幽霊ですし。 伊藤 そのくらいなら私の力でどうとでも出来ます。幽霊になるほどの未練があるんでしょう? 幽霊 どうなんでしょうか。よく、わからないんです。     と、幽霊はあたりを見渡す。かつての記憶を探るように。     幽霊の声にフジミとサイカワは幽霊の声を聞こうとする。 幽霊 元々自分がなんで生きているのかもわからないような生き方をしていて。なんにも無かったんです。朝起きて、会社に行って、帰って。食事を作って。眠って。友達もいなくて。家族とも疎遠で。たった一人で。いつ死んでもいいかなって。でも、多分死ぬときには思ったんでしょうね。もっと生きていたいって。そして誰にも見えない姿でこの部屋に残されて。天罰だったのかもしれません。 伊藤 天罰? 幽霊 生きていることを大事にしていなかったから。死んだ後ですら大事にされないのも、だからあたり前のことかもしれません。 フジミ 幽霊さん、あたしは、 幽霊 頼られるのも、はじめは嬉しかったんです。こんなあたしでも出来ることがあるって思えたから。でも、それが毎度毎度となると、流石に疲れてしまうというか。もういいかなって思う気持ちもあるんですよね。幽霊になってまで、なんで人に使われているんだろうって。 フジミ 幽霊さん……。これからは、朝起こしてくれるだけでいいから! サイカワ まず頼ろうとするのをやめろ。 伊藤 だったら、なおさらうちに来ませんか? 私と一緒に来れば、あなたの力を伸ばすことだって出来るかもしれませんよ? 幽霊 私の、力? 伊藤 幽霊としての、です。霊力を鍛えればそのうち物に触れられるようになるかもしれません。 幽霊 それって、 伊藤 テレビのチャンネルくらいなら、いじれるようになりますよ。 幽霊 行きます。 フジミ そんな! 幽霊さん! 私を見捨てる気なの? 幽霊 ごめんなさい。でも、あたしだって、見たい番組くらいあるんです。 フジミ 言ってくれればチャンネルくらい合わせるよ。 幽霊 それじゃ駄目なんです。実はずっとやってみたかったことがあるんです。生きているときも幽霊になってからも出来なかったこと。 フジミ それは何? 幽霊 誰もいない平日の昼間の時間に、のんびりと、昼ドラが見てみたいんです! 伊藤 とても良くわかります。     音楽。     がっくりと項垂れるフジミ。     笑顔で頷く伊藤。     サイカワが客席を向く。 04 エピローグ     サイカワにだけ光が集る。 サイカワ こうして幽霊は霊媒師である伊藤さんと共に去っていきました。新しい人員? を確保できたということで今回の除霊費用はタダ。友人は朝の授業に遅刻してくるようになりましたが、最近はモーニングコールをしてくれる彼氏を見つけてうまいことやっています。     と、フジミに光が当たる。 フジミ やっぱり幽霊がいるとね。彼氏呼びにくいもんね。これでよかったのかも。Gも倒してくれるし。撃退よりも、撃墜のほうが安心できるよね〜。     と、フジミは去る。 サイカワ なんとも現金なものです。これは蛇足になりますが伊藤さんと共に去った幽霊は、その後伊藤さんのもとから逃げ出したそうです。「うちの幽霊がそっち行ってませんか」というタイトルのメールが来たときには、なんのホラーかと思いました。     と、伊藤に光が当たる。 伊藤 寝なくても大丈夫だろうからと、ちょっと仕事を頼みすぎたかもしれません。ほんの18時間ほど働かせただけだったのですが。まさか、力をためて結界を破って逃走するとは、うかつでした。昼ドラなら取り溜めしておいてあげるって言ったのに。     と、伊藤が去る。 サイカワ 霊媒師業界はかなりブラックだったようです。幽霊がその後どこへ向かったのか私は知りません。もし、家に誰もいないのにテレビがかってについたり、昼ドラの時間に限って怪しげな声が聞こえるその時は、あなたの家に幽霊がいる、のかもしれませんね?     どこかにテレビを見ている幽霊がいる。リモコンを片手にチャンネルを変えている。     その光景をサイカワは目撃してしまう。 サイカワ って、リモコンが浮いてる!? 幽霊 あ、すいません。お邪魔してます。 サイカワ なんでよりにもよってうちに来るかな!?     明るい音楽。     リモコンを奪おうとするサイカワ。     幽霊は避けつつリモコンで変な動きをする。     ゆっくりとあたりは暗くなっていく。 完