座敷わらしの運び方
作 楽静


登場人物

藤路(ふじろ) ユカリ  高校2年生。将来の夢は役者な演劇部員。
山吹(やまぶき)サンゴ  高校2年生。ユカリの友人。オカルト研究部。
松葉(まつば) イトカ  大学3年生。ユカリの従姉妹。料理好き。料理関係に地雷が多い。
鉄銅(かねどう) ギンタ  高校3年生。サンゴの部活の先輩。霊感あり。
藤路  ヒメナ  40代。ユカリの母。
シオン  小学生くらい。座敷わらし? はっきりした姿はユカリにしか見えない。
黒柿(くろがき)  有限会社飴色建設の社員
胡桃(くるみ) 女  後輩 演劇専門学校一年生(クロガキ、あるいはシオンと兼任)

※ 初演ではシオン役がクルミ役を兼任しました。(早着替えが大変ではありましたが

1 オープニング りんね先輩語る夜①

    いつか(上演年より三年後)どこかの夜。専門学校近くのバス停。
    クルミが退屈そうにスマフォをいじっている。
    と、その顔が上がる。

クルミ 大丈夫です。バスを待ってるだけですから。……別にリンネ先輩に話すことなんて無いです。……バスが来るまでならいいですけど。それで、リンネ先輩が、何の話ですか? ……座敷わらし?

    オープニング。あるいは音楽とともに暗転。



    上演年9月の連休中。夕暮れ時。とある田舎。バスの発射する音。
    二泊三日程度の荷物を持ったユカリとサンゴが立っている。
    サンゴはキョロキョロとあたりを見渡している。
    ユカリはサンゴの注意を向けさせると目的の方向を指差す。
    二人して歩きながら

サンゴ 凄いね。ユカリ、バス停見た? 四本! 今のが最終だって。
ユカリ ど田舎だからね。
サンゴ 凄いね。街灯が一個もない。なんか、夜歩いてたら幽霊とか出会いそう。
ユカリ ど田舎だからね。
サンゴ てか凄くない? 全っ然人とすれ違わない。あ、これも?

同時に
サンゴ ど田舎だから!
ユカリ ど田舎だからね。

サンゴ ごめんね。こんなど田舎初めてだから、(と、格好つけて)オカ研の血が騒いじゃって。
ユカリ どんな血だ。てか、悪かったな!「ど田舎」で。
サンゴ 自分で言ってたのに。
ユカリ 自分で言うのはいいの。まあ、サンゴの親はよく許したよね。こんな田舎に来るのをさ。
サンゴ ママには「友達の家に行く」としか言ってないし。
ユカリ え。
サンゴ 嘘は言ってないよ? 言ってないことがあるだけ。
ユカリ (ぽつりと)言ってないことがあるのはあたしもか。
サンゴ なに?
ユカリ なんでもない。ほら、そこの家がそうだから。
サンゴ うわ、結構大きいね! ユカリ?

    と、サンゴが反応のないユカリに首を傾げる。
    そのまま止まる。ユカリは誰かに語るように。

ユカリ お婆ちゃんが、お母さんのお姉さん、つまりはおばさんと一緒に住むことを決めたのは、あたしが高校2年生の、夏休みに入る前だった。お婆ちゃんの家は〇〇(上演する場所にとっての田舎)にあって小学校くらいに行ったのが最後。なにもない、古い木造一階建て。誰も住まないからって取り壊しが決まった家。「最後に、友達とお泊りがしたい!」そう言って、何年かぶりに泊まることをねだった本当の理由は、友達にも親にも言えなかった。言えるわけないよね。進路とか。未来とか。昔よりすごく小さく見えたお婆ちゃんとか。そんなもの全てから目を背けて、ただ逃げたかっただけ、なんて。

    と、サンゴが振り返る。

サンゴ どうしたの?
ユカリ なんでもない。行こう?

    と、ユカリが踏み出す。
    ユカリの祖母の家。






    と、従姉妹のお姉さん、イトカ姉が玄関に立っている。

イトカ 遅い! 何時だと思ってるの!?
サンゴ 誰?
ユカリ お母さんのお姉さんの娘さん。つまり、
イトカ 従姉妹。
ユカリ だね。今大学2年生?
イトカ 三年。
ユカリ あ、そうか。えっと、イトカ姉、この子が友達のサンゴ
サンゴ ヤマブキ・サンゴです。
イトカ イトカ。名字はマツバね。(と、ユカリに)布団は客間。ガスと電気は生きてるから、冷蔵庫には適当に食材突っ込んでおいた。水道はしばらく使ってなかったから、水をしばらく出してから使うこと。
ユカリ わかった。ありがとう~。いこ!(と、靴を脱ぎ捨てる)
サンゴ うん。(と、靴を脱ぎ続こうとする)
イトカ ストップ!

    2人とも止まる。

イトカ 言うことがあるよね?
ユカリ え?
イトカ 言ったよね? 昼頃行くよって。今何時?
ユカリ えっと。
サンゴ 5時ですね。
イトカ これは、昼? 夕方?
ユカリ どっちかといえば、
サンゴ 夕方ですね。
イトカ そうね。夕方。だったら! 謝罪が! 必要! でしょう!?
ユカリ でも、イトカ姉さん、バスが!
サンゴ この一個前のバスが11時で、
イトカ だからあたしはそのバスで来たからね? そして、あんたたちが乗ってきたバスが最終だったように、あたしが乗るはずだったバスもすでに最終が終わってるの!
サンゴ あー。
ユカリ え、イトカ姉さん、帰れないの? 必要な準備だけしたらすぐ帰るって言ってなかった?「高校生二人っきりの田舎の夜は怖いぞ~」とか、煽ってたのに。
イトカ だから! その予定を! 壊したのは! お前なんだ!
サンゴ ユカリ、謝ったほうがいいよ。
ユカリ いや、でもタクシー呼べば(いいよね?)
イトカ ここまで言って謝らないなら、あたしにも考えがある。
ユカリ 考え?
イトカ 晩御飯を作っておいてやろうかって話だったけど、一切作ってない! 更にこの家にインスタント食品も、冷凍食品も無い! ついでに炊飯器もない! 米は鍋でたけ!
ユカリ すいませんでした。
イトカ あれあれ~ 何を謝っているのかな~?
ユカリ 約束した、時間を、破ってしまって、申し訳有りません。
イトカ 反省してる?
ユカリ 海よりも深く。
イトカ よし、許す。7時には晩御飯にするから。お風呂
入るならそれまでに済ませておきなよ。
ユカリ はーい。
サンゴ おじゃましまーす。

    と、ユカリとサンゴは去る。

イトカ まったく。靴脱散らかしたままで。そして文句を言いながらも片付けてあげる私ってなんていい女なんだろう。

    と、ぶつくさ言っているイトカとは別の場所が明るくなる。

ユカリ お風呂入る? 結構広いよ。
サンゴ だったら、散歩してからにしたいかも。
ユカリ なにもないよ?
サンゴ 久しぶりなんでしょ? 知り合いとかいないの? 友達とか。
ユカリ 友達? よく遊んでた子ならいたけど。あの子、どこの子だっけ。

    と、風鈴のような鈴の音。
    二人は客間につく。

サンゴ おー。広いし、思ってたより涼しい。
ユカリ 中庭の方から、結構いい風入ってくるんだよね。おかげで冬は寒かった気がする。
サンゴ 贅沢言わない。庭あるなんてそれだけでいいじゃん。
ユカリ 別に私のじゃないし。もうすぐ取り壊される(んだけどね。)

    と、風鈴のような鈴の音。

サンゴ (と、ユカリが急に話を止めたので)どうしたの?
ユカリ どこで鳴ってるんだろう?
サンゴ 何が?
ユカリ 風鈴?
サンゴ (と、どこでというニュアンスで)え?
ユカリ え? 聞こえない?

    と、シオンがいる。お面。紫色の和服。ユカリが気付く。

ユカリ シオン?
シオン (と、嬉しそうに頷く)
サンゴ え?
ユカリ え? なんで!? シオンだよね?
サンゴ シオン? あ、花? どこに?
ユカリ (と、駆け寄ろうとして止まる)待って。だって、あたしと大して変わらなかったのに。そのままなんて。
サンゴ ちょっとなに? 何言ってるの?
ユカリ サンゴ。そこ、なんだけど。
サンゴ (と、ユカリが指す方を見て)中庭?
ユカリ 何が見えてる?
サンゴ 何が? え? 意味分かんないんだけど。木? 花? ヒントは?
ユカリ 子供は、いない?
サンゴ は? 子供?
ユカリ 嘘。だって、まだ夕方なのに。
サンゴ だからなんなの? 何がいんの?
ユカリ 子供の、幽霊?
サンゴ 幽霊!?

    鈴の音が明るく鳴る。徐々に電話の音と変わる。



    夕食後。
    男が現れる。ギンタ先輩。スマフォでのテレビ電話。
    通話しているのはサンゴ。直ぐ側にユカリ。
    ユカリはサンゴにシオンがいる方向を指し示している。

ギンタ あーいるね。子供かな? 良くない気配ではないよ。すごいなあ。生の心霊現象だ。
サンゴ マジで言ってます?
ギンタ うん。ほら、今移動しただろう? 
サンゴ (と、ユカリを確認して)した? てか、してる? え? こっち来てんの? どこ!?

    と、シオンがサンゴの持つスマフォの近くまで来る。
    しゃがんでスマフォを顔全体で追っかける。

ユカリ 良かった。あたしだけに見えているわけじゃないんだ。
サンゴ ギンタ先輩が適当言っているだけかもよ?
ギンタ 誰が適当か。この鉄銅ギンタ、オカルト研究会部長の名にかけて、いるのをいないって言うことはあっても、いないのにいるとは言わないぞ。
サンゴ でも、イトカさんは、

    と、どこかにイトカの姿が浮かび上がる。
    エプロン姿。笑顔。

イトカ ん~幽霊~? (と、真顔になって)それはあれ? 「お前の料理は嘘をついてでも食べたくないんだ」なんて言いやがった、元カレクソ野郎のマネをしているって解釈でいいわけ? つまり、戦闘開始? 晩飯取るよりバトりたいって?

    思わず正座になるユカリとサンゴ。と、シオン。
    三人揃って首を振る。

イトカ くだらないこと言ってないでご飯食べちゃって。言っておくけど、残すのなら、あたしを倒すつもりで残しなさい!

    と、イトカの姿が消える。
    ユカリは足を崩す。シオンはユカリに親しげに寄る。

サンゴ って。
ギンタ まあ、見えない人はね。というか、サンゴもだろ?
ユカリ オカ研なのに。
サンゴ オカルト好きなのに霊感がなくて悪かったね! だから先輩を頼っているんじゃないですか。
ギンタ 頼ってくれて嬉しいよ! で、どんな事件があった? 自殺? 撲殺? 絞殺?
サンゴ いや、なにもないんですよ。無いよね?
ユカリ ないよ! おじいちゃんが若い頃に建てた普通の家。
サンゴ なんか、昔から家にいた? みたいです。なんですかねこれ。
ギンタ おそらく、座敷わらし、じゃないか?
ユカリ&サンゴ 座敷わらし!?
ギンタ 子供の姿で、子供にしか見えないなんて言われている。
サンゴ 子供かぁ。なるほどね。
ユカリ なに? なにをもって納得した?
ギンタ そうだ。この連休中は塾休みだから、なんだったら俺(直接調べさせてもらってもいいかな?)
サンゴ あ、先輩ありがとうございました~。じゃあ休み明けに部活で。

    と、サンゴは電話を切る。

ギンタ ちょ、酷くない!?

    言いながらギンタ先輩の姿が消える。

ユカリ 座敷わらしか。そっか。ずっとこの家を守ってくれてたんだ。小さい頃に遊んでくれたのは、あたしが一人で寂しそうだったから? 

    シオンが首を傾げてから頷く。

ユカリ ……ありがとう。

    シオンは嬉しそうに頷く。

サンゴ でも、じゃあ残念だね。
ユカリ なにが?
サンゴ だって、この家、その、取り壊すんだよね? そう言ってなかったっけ。
ユカリ あ。
サンゴ そうしたらさ。その、消えちゃう、よね。座敷わらしだし。
ユカリ シオンが、消える……?

    台所にエプロン姿のイトカが現れる。
    ご機嫌に適当な歌を歌っている。
    
イトカ 明日の朝は~ ななななんと、ハンバーグ~。
ユカリ イトカ姉!
イトカ (と、歌っていたのを誤魔化すように咳払いして)なに。まだ起きてたの? あ、ハンバーグのソースだけどデミグラスとトマトだったら(どっちがいい?)
ユカリ そんなことよりこの家(いえ)って(何時取り壊すんだっけ!?)
イトカ そんなことぉ!?
ユカリ いや、だって、
イトカ それはあれ!? 「朝飯なんてなんでもいいよなんでも」なんて言いやがった、元カレクソ野郎その2のマネをしているって解釈でいいわけ? つまり、戦闘開始? 睡眠代わりに永眠したい?
ユカリ トマトソースって凄く美味しそう!
イトカ わかった。トマトね。とびきりのトマトソースを作るから。
ユカリ それで、イトカ姉。
イトカ ん?
ユカリ この家っていつ取り壊すんだっけ?
イトカ この連休明けには作業始めるらしいよ。
ユカリ じゃあ、明々後日? そんなすぐ?
イトカ 決まったのは8月だったから、普通じゃない?
ユカリ そんな――

    二人の姿が消える。ユカリはその日夢を見る。
    どこかにシオンの姿が現れる。お手玉で遊んでいる。
    涼し気な鈴の音。
    重機の音が唐突に鈴の音をかき消す。
    どこかにユカリの姿が浮かび上がる。
    ユカリはシオンを見ていることしか出来ない。
    シオンがお手玉を取りこぼす。重機の音が増す。

ユカリ やめて。

    シオンはお手玉を拾おうとする。家が軋む音。

ユカリ やめてよ。

    シオンが痛みを覚えたように膝をつく。お手玉に手を伸ばす。
    家が軋む音。体中の痛みに耐え、お手玉に手を伸ばす。
    柱が折れる音がする。お手玉に手は届かずシオンは力尽きる。

ユカリ いやだ!!


    メッセージの音と共にイトカが浮かび上がる。

イトカ 初日終了。問題なし。

    メッセージ音と共にヒメナ(ユカリ母)の姿が浮かび上がる。
    真面目な会社員風。

ヒメナ バレてない?
イトカ 全然。バスのせいで帰れなかったんだって思ってますよ。
ヒメナ 面倒かけるね。
イトカ ヒメナさんの方には、連絡、相変わらずです?
ヒメナ ない。わが子ながら、何考えてるか本当わからない。
イトカ うちも高校時代は、母と結構ありましたよ。
ヒメナ そんなもの? でも、姉さんそんなこと一言も。
イトカ まあ、言いふらすようなことでもないですし。
ヒメナ それもそうね。
イトカ ですです。まあ、友達とは仲いいみたいですし。
ヒメナ そっか。明日もよろしくね。
イトカ お任せください。

    おどけるようなポーズ(スタンプ)で、イトカの姿が消える。
    スマフォを取り出すヒメナ。

ヒメナ 「今何やってるの」……違うか。「元気?」……(と、無言で消して)「進路のこと、パパにも聞いたけど、賛成できないって言ってました。ただでさえこんな時期だし、役者っていうのは厳しいと思うの。今はまず……」

    と、書きながら去っていく。
    抗うことが難しい風の音。一夜が明ける。



    次の日の昼前。ゆかりの祖母の家。
    客間でユカリはシオンを探している。

ユカリ シオン~ どこ~? シオン~?

    と、イトカがやって来る。出かける格好をしている。

イトカ 探しもの?
ユカリ え、あ、うん。ちょっと。
イトカ そう。出かけるけど。お昼はどうする?
ユカリ 今、サンゴが買いに行ってくれてる。
イトカ そ。
ユカリ イトカ姉、帰らないの?
イトカ あたし帰ったら、あんた達ごはんどうするのよ。
ユカリ お世話になります。
イトカ 楽しみにしてなさい。活きが良いの狙うから。

    と、イトカが去る。と、その背中に

ユカリ 自転車、サンゴが使ってるよ~。
イトカ(声) 山だから大丈夫~。
ユカリ 山?

    と、シオンがやって来る。

ユカリ シオン! よかった。いたんだ。もうどこ行ってたの?

    と、ユカリが怒ったようなポーズをする。
    シオンがしゅんとする。

ユカリ 大丈夫怒ってないよ。あの頃は同い年くらいだったのに、今は妹みたいだね。

    と、シオンは首を傾げる。

ユカリ なんて言ってるか分かったらいいのに。

    静かな空気を壊すように、サンゴの声がする。
    何かを準備しながらのイトカの声も聞こえる。

サンゴ(声) あ! イトカさん、自転車ありがとです。元あったとこ停めときました。
イトカ(声) いいのいいの~。母さんのだし。
サンゴ(声) マジか。めちゃくちゃキレイですね!

    と、サンゴが紙の束とエコバックを持ってやって来る。立ち止まって。思わず振り返る。

サンゴ え、イトカさん、なんですそれ? どこ行くんです?
イトカ(声) 猟銃~ 夜を楽しみに~。
サンゴ 了解です!(と、思わず敬礼する)……あたし、絶対イトカさんには逆らわない。(と、ユカリに)ただいま。
ユカリ おかえり。
サンゴ (と、シオンが見えないので)いる?
ユカリ うん。ずっといてくれたらいいんだけど。
サンゴ 見えないのが残念すぎるっ!
ユカリ 見えても、何言ってるかわからないけど。
サンゴ それな。はい。

    と、サンゴは紙をユカリとシオンの間に置く。
    ユカリとシオンは覗き込む。

ユカリ なにこれ?
サンゴ 手話。挨拶とか、よく使う項目印刷してきた。動画軽く見たんだけど、えっと(と、「」は手も同時に)「いってきます」(と、手をふる)がこれね。「いってらっしゃい」(と、手をふる)がこれ。で、「ただいま」(と、手をふる)

    サンゴの言葉に合わせて、シオンは紙を見ながら手話をする。

ユカリ 全部同じ?
サンゴ だから覚えられたんじゃん?
ユカリ そうか。
サンゴ で、どう?
ユカリ わかる?(と、シオンに聞く)

    と、シオンはうなずき「おかえりなさい」(と、右手を胸の高さで握ってから、左腕にノックするよう触れる)をサンゴに送る。

ユカリ えっと、(と、シオンを真似る)だって。
サンゴ えーっと、(と、紙を見て)あ、「おかえりなさい」かな?(と、ユカリを見る)

    と、ユカリはシオンを見る。シオンが頷く。ユカリはサンゴを見て頷く。

サンゴ 「ただいま!」(と、多分シオンがいると思われる方へ手をふる) できんじゃん!
ユカリ これ、あたしも覚えないと駄目なやつだ。

    と、シオンは「頑張れ」(両手で拳を作り、下へ下げる)と手話を送る。

ユカリ え、もう覚えたの!?(と、紙を見て)あ、「頑張れ」かな?(と、シオンが頷くのを見て)「頑張る」(と、同じように手話をする)
サンゴ (と、真似して)「頑張れ」
ユカリ うん。(と、サンゴに)ありがと。
サンゴ 散歩のついでだし?
ユカリ コンビニまで、自転車だと30分くらい?
サンゴ いや、飛ばしたから15分。
ユカリ それ、もう散歩じゃないね。
サンゴ 仕方ないじゃん? せっかくのお泊りなのに? 誘った本人が? O・MO・TE・NA・SHIの心を? 忘れてしまってるみたいですから?
ユカリ 申し訳ない。
サンゴ いいけど。(シオンは)友達、なんでしょ?
ユカリ うん。小さい頃、一緒にいたんだ。昔も喋んなかったんだろうけど。おとなしい子なんだって思ってた。あたしばっか話してたから。
サンゴ そんな一方的に話してたんだ?
ユカリ 話してたって言うより、演じてた?
サンゴ 演じてた?

    と、ユカリは演じていた物を、再び演じてみせる。

ユカリ (と、悪の幹部のように)『フフフ、ハーハッハッハッ。笑止千万(しょうしせんばん)! 無様ね、キュア・ウィスタリア』
サンゴ は?
ユカリ(と、悪の幹部として)『仲間は倒れ孤軍奮闘(こぐんふんとう) お前自身は、満身創痍(まんしんそうい)。どうやら今日が
最終戦闘となりそうね』
サンゴ え、何事?

    と、シオンは楽しそうに三角座りで見ている。

ユカリ (と、サンゴを通り越して反転し膝をついた正義の味方として)『最後、か。でもそれは、私が負けるからじゃない!』(と、反転し悪の幹部として)『漱石枕流(そうせきちんりゅう)な負け惜しみを。仲間もいない、一人のお前に何が出来る? 諦めるということを知りなさい!』(と、反転し正義の味方として)『あたしは絶対諦めない! 確かにここにはあたし一人。でも、あたしは知ってる! 見えなくたって、皆の思いが、心があたしを支えているって! だからあたしはひとりじゃない。499人のカラードキュアたちの想いと一緒に立っている。本当に一人なのはあなたの方よ!(と、ポーズを決める)』
サンゴ あーなんか、そんなアニメあったね。

    (※以下は余裕あれば)

ユカリ (と、正義の味方として)『味わいなさい! ファイブ・ハンドレット・カラード・ハーグ!』(と、悪の幹部として)『この力は!? あ、暖かい?(と、頬に触れ)馬鹿な。涙だと!?』(と、正義の味方として)『その暖かさが、心なの。人ってね、暖かいんだよ?』(と、悪の幹部として)『知らない。こんな暖かさ、私は知らない……(と膝をつく)』(と、正義の味方として)『大丈夫。これから知っていけばいいんだよ。』(と、悪の幹部として)『私の負けよキュア・ウィスタリア』(と、正義の味方として)『ううん。勝ち負けじゃない。人生は色々なんだ。色んな色があるだけなんだよ!』

    と、ユカリは独特な決めポーズ。
    シオンが嬉しそうに拍手を送る。(※音は鳴らない)

サンゴ えっと、さすが演劇部って言うべき?
ユカリ これがきっかけかも。シオンに演技を見せたら凄く喜んでくれて。役者っていいなって思ったから、中学でも、高校でも演劇部に入って。もっと沢山の人を楽しませたいって……シオンがいなかったら、そんな気持ちにならなかった。シオンがいたから……なのに……シオンは、……(消えちゃうなんて)

    と、ユカリは項垂れる。シオンは首をかしげる。

サンゴ 『あたしは絶対諦めない!』じゃなかったの?
ユカリ それ、アニメの台詞だし。
サンゴ そ。じゃあ、これは余計なお世話だったか。(と、紙の束をユカリの前に落とす)
ユカリ (と、読んで)『元々座敷わらしと(いうのは)』え、字多っ。なにこれ。
サンゴ ギンタ先輩から送られてきたメッセージ。聞いてみたんだよね。「座敷わらしの移動法」って。長くて読みにくかったから、印刷してきたわけ。まあ、いらないなら(いいけど?)
ユカリ いる! ありがとう!(と、サンゴに抱きつこうとする)

    と、サンゴは避ける。

ユカリ なぜ、避(よ)ける?
サンゴ いや、暑いし。ソーシャル・ディスタンス大事だし?
ユカリ (と、ふざけて)『人ってね、暖かいんだよ?』
サンゴ 『いらない。そんな暑さ私はいらない。』

    と、再び抱きつこうとするユカリをサンゴは避ける。
    シオンは楽しそうに二人を見ている。



    どこかに本を片手に説明しているギンタが現れる。
    (カッコ書きの部分をどこまで話すかは、準備次第)

ギンタ 元々座敷わらしというのは主に岩手県に伝承が多く残っていて、(座敷や蔵に住むとされている神、あるいは精霊のことなんだ。見た人には幸運が訪れるとか、悪戯をされるとか色々ある。髪はおかっぱか、もしくはざんぎり頭で、年齢は6歳から15歳くらい
だって言われている。そもそもそこは岩手じゃないだろうからあんまりこの説明は当てにならないかな。)

    と、サンゴとユカリが現れる。後ろをついてくるシオン。
    庭先に出てきた。
    ユカリは紙に目を通しながらなので、少し危なっかしい。
    シオンはユカリの真似をしている。

サンゴ あ、そこらへん読み飛ばして。大したこと書いてないし。
ギンタ 酷くない!?

    と、ギンタは叫ぶが、姿が消える。

ユカリ 岩手の伝承なんだ。
サンゴ まあ、岩手の山奥も、〇〇のど田舎も変わらないじゃん?
ユカリ いや流石に変わるよ?
サンゴ 例えば?
ユカリ 例えば? えっと、あ、ほら、3つもあった。まず一つ目、
サンゴ それより今は、その座敷わらしをどうやって移動させるかでしょ?
ユカリ 確かにそうだった。(と、紙に目を落とす)

    と、シオンも紙を見る。見やすいようユカリは体制を変える。
    どこかにギンタが現れる。説明していた途中から話し出す。

ギンタ 「取り憑かれる」って言葉があるように、霊的なものは人に憑くことが出来る。座敷わらしを連れ出したって話は聞いたこと無いけど、霊的な存在である以上、人に取り憑くことが出来るはずだ。だからサンゴかユカリさんに取り憑いてもらえばいい。手を繋ぐ、腰に捕まる、肩に乗る。あとは――

    と、ギンタが話しているうちにユカリはシオンと手を繋ぐ。
    そして、サンゴもシオンと手を繋ごうと伸ばす。

サンゴ ここらへん? こっち?
ユカリ そのまま止まって。シオンから触れてくれる?

    と、シオンは頷く。シオンの手がサンゴに触れる。

サンゴ あ!

    と、サンゴが叫ぶので思わずシオンは手を引っ込める。

ユカリ なに!? どうしたの?
サンゴ 今! 今触れてたでしょ!? 一瞬!
ユカリ うん。触ってたけど。
サンゴ なんか、ふわっとした。ちょっと暖かかったような? なんかあった! やばい! あたし、不思議に触っちゃった! うわぁ。触ったよ。あたし。ふへへへへへ(と、気持ち悪く笑って、キリっとし) よし、もう一回!
ユカリ (と、シオンに)行こうか?

    と、シオンが頷く。

サンゴ 待って待って!
ユカリ 二人して手を繋がなくても、あたし一人で十分だよね。
サンゴ いや、それはそうだけど、せっかくだし、ほら、ねえ?(と、ユカリの視線を受け)手を繋がせてください! お願いします!
ユカリ どうする?

    シオンがサンゴの腕に触れる。

サンゴ おおお、なんか、ゾワゾワする。触れてる? 今。
ユカリ 触ってるよ。
サンゴ この感触、忘れられなくなりそう……(と、ユカリの視線に気づき)じゃあ行こう!
ユカリ そうだね。とりあえず、バス停まで行って、バスに乗って行けるんなら家まで。
サンゴ ゴー!

    と、サンゴとユカリは歩き出す。サンゴ「いる?」ユカリ「いるよ」などと繰り返して。
    二人の姿が見えなくなる前に、シオンだけ取り残される。
    シオンは歩いた道を戻る。ユカリとサンゴが戻ってくる。

サンゴ ちょっと、何時消えたのかくらい見ておいてよ!
ユカリ わかんないんだって! そっちこそ、感触忘れられないんじゃなかったの?
サンゴ そうなんだけどさぁ。
ユカリ シオン! よかった。いた! いつの間にいなくなってたの?

    と、シオンは首をかしげる。

サンゴ なんだって?
ユカリ シオンにもわからないみたい。
サンゴ まあ、分かってたら自由に移動できるだろうしね。
ユカリ えっと、腕が駄目なら、腰?
サンゴ 腰。
ユカリ よし。シオン。しっかりあたしに捕まって。

    シオンがユカリに掴まり、ユカリはシオンの腕を掴む。

サンゴ これはあたしどうすればいいんだ?
ユカリ シオンがいなくなったら教えて。さあ、行くよ!
サンゴ いや、だから見えんて。

    ユカリは腰に捕まったシオンとともに歩き出す。ユカリ「いる?」サンゴ「見えんて」などと繰り返して。
    だが舞台から見えなくなる前に、ユカリの手からも抜け出してシオンは舞台に残る。
    とぼとぼ来た道を戻るシオンの横を、サンゴは通り過ぎる。
    と、すぐユカリとサンゴがやって来る。

ユカリ (と、シオンを見つけて)シオン! 良かった。いた。
サンゴ 今度はどんな感じ?
ユカリ なんか、だんだん気配が薄くなっていく感じ。掴んでたのに、いつの間にか、消えてた。
サンゴ そっか。
ユカリ 次は、えっと。
サンゴ 腕、腰、
ユカリ 肩! よしシオン、肩車しよう!

    と、しゃがむユカリ。肩に乗ろうとするシオン。暗くなっていく。



    どこかにヒメナが浮かび上がる。
    電話をしている。

ヒメナ じゃあ、姉さんは必要なもの無いのね? 私? 机? いらない。自転車は? あれ一応姉さんのためにって、父さんが一から組み立てたとかじゃなかった? ……うん。わかった。そう、これから打ち合わせ。だから聞いておきたくって。うん。こっちは任せて。母さんをよろしくね。……わかってる。そのうち顔出すから。じゃあね。

    と、電話を切る。そのままメッセージアプリを確認する。
    ユカリに送ったメッセージの既読を見て、

ヒメナ 読んではいるか。本当何考えてるんだか。役者だなんて。(と、ため息をつく)

    と、クロガキがやってくる。
    バインダーに挟んだ書類を持っている。
    黒柿の務める飴色建設事務所内。夕方頃。

クロガキ 藤路様! お待たせしました。改めまして、飴色(あめいろ)建設のクロガキと申します。本日は最終確認のためとはいえ、ご足労ありがとうございます。(と、名刺を差し出し、ヒメナが受け取ってから)「綿密な計画通りしっかり実行」をモットーに頑張らせていただきます。何事も、計画通りにしっかりと! です!
ヒメナ よろしくおねがいします。
クロガキ はい。すでに、近隣住民への周知は済ませてありますので、計画通り! 解体作業に入れます。
ヒメナ 全てお任せですいません。
クロガキ それで、現地での確認はどなたが?
ヒメナ いません。
クロガキ え?
ヒメナ 仕事がありますので。現地確認は結構です。
クロガキ あーえっと、でも当初の計画……通りにいかないなんてよくあることですよね! 作業前に室内と外観の写真はお撮りします。データはPDFファイルで(お送りいたします。)
ヒメナ 結構です。
クロガキ ……わかりました。では、こちら、サインをお願いします。
ヒメナ はい。(と、署名する)これでいいですか。
クロガキ ありがとうございます。では、後はお任せください。
ヒメナ よろしくおねがいします。(と、頭を下げ)失礼します。
クロガキ はい! お時間をいただきありがとうございました。(と、頭を下げる)

    そのまま去ろうとするヒメナ。
    どこかで風鈴の音が聞こえる。

ヒメナ この音。
クロガキ え? はい。風鈴ですね。少しでも涼を感じていただければと。といっても、今のように自動ドアが開いたタイミングで、ちょうど風が入ってこないと中々綺麗に鳴ってくれないんですが。(と、ぼんやりと風鈴を見ているので)なにか?
ヒメナ いいえ。ただ、どこかで似たような音を聞いたような気がして。

    風鈴の音。あたりが暗くなる。


    その日の夜。
    と、どこかにギンタが現れる。得意げに語っている。

ギンタ 物に霊がつくためには、思いが強いってのが条件だ。人の形をしていれば一番いいけど、そうじゃなくても、家と同じくらい長い時間を過ごしてきた物とか、十分可能性はあるんじゃないかな。あ、穢れ(けがれ)には気をつけて。具体的には血ね。いくら古くても血がベットリとか。精霊は嫌うから。

    と、ギンタの姿が消える。
    ユカリの祖母の居間。疲れたユカリとサンゴ。
    そんな二人を見守るようにいるシオン。

ユカリ 家と同じくらい長い時間を過ごしたもの、か。
サンゴ 思いつく?
ユカリ この家出来たの、あたしが生まれる前だし。
サンゴ 親に聞くのは?
ユカリ 母さんとは喧嘩中だし。父さんはわかんないだろうし。
サンゴ いい機会じゃん。仲直りすれば?
ユカリ (と、スマフォを見せ)これ、昨日の母さんのメッセージ。
サンゴ ……(と、目を通し)進路、反対されてるんだ?
ユカリ 役者として売れなかったらどうするの? って。でもそんなの考えていたら何も出来なくない? 普通の会社だってさ、突然倒産したりするし。
サンゴ ユカリの親って何やってるんだっけ?
ユカリ 公務員。二人とも。
サンゴ (と、察して)あー。
ユカリ ね。「あー」って感じでしょ。
サンゴ いや、なんとなくしかわからないけどね。うち親自営業だし。
ユカリ (進路)どうするの?
サンゴ 本当は編集者になりたいんだけど。テレビの。ホラー特集とか組むやつ。
ユカリ いかにもって感じ。
サンゴ でも、特番最近無いし? てか、テレビ自体皆見ないじゃん?
ユカリ ドラマは見るよ。あと、アニメ。
サンゴ あたしは面白い企画物がやりたいんだよ。
ユカリ そういうのはあまり見ないかな。
サンゴ だよねぇ。

    二人はちょっとしんみりする。
    シオンが「大丈夫」と手話を作って首を傾げる。

ユカリ えっと、(と、紙を取り出し)「大丈夫」か。うん。大丈夫だよ。あたしは、大丈夫。
サンゴ 結構覚えてんだ。すごいね。
ユカリ あたしも、シオンくらい頭がよかったらなぁ。
サンゴ 何目指してた?
ユカリ (と、ちょっと考えて、笑う)
サンゴ なに、何かやりたいことあったの?
ユカリ やっぱり役者だなって思って。サンゴは?
サンゴ そりゃ編集よ。難しい企画とかバンバンこなしちゃうの。
ユカリ じゃあ、仕方ないね。
サンゴ 仕方ないんだよ。

    ユカリとサンゴは笑う。少し明るくなった気がする。

サンゴ よし、じゃあ家探し(やさがし)する?
ユカリ 言い方!
サンゴ やらないの?
ユカリ やるけど。何がある? 古いでしょ。昔からあって、あたしたちで運べて、あとなんだ、
サンゴ 穢れ(けがれ)がない。
ユカリ それ。穢れてない。

    と、イトカがやって来る。血のついたエプロンをしている。

イトカ さあお前達、ご飯にするよ!
ユカリ&サンゴ 穢れだぁ!!

    と、シオンは固まる。

ユカリ シオン逃げて!
サンゴ ここはあたしに任せて!
ユカリ 任せる!
イトカ あぁ!?
サンゴ 駄目! やっぱ無理!

    と、イトカが床を踏みつける。
    ユカリとサンゴ、シオンもまとめて動きを止める。

イトカ 「穢れ」ねぇ? それはあれ? 「え、鳥捌くとかマジ? グロすぎっしょ」なんて言った、元カレクソ野郎その3のマネをしているって解釈でいいわけ? つまり、戦闘開始?

    立ち止まった三人は気をつけの姿勢で首を横に振る。

イトカ よろしい。晩御飯は野性味あふれる特製鍋だからね。
ユカリ&サンゴ ありがとうございます。
サンゴ イトカさんに聞くのは?
ユカリ イトカ姉!
イトカ 「この時期になんで鍋?」って質問は受け付けてないから!
ユカリ 夕飯が鍋なのはべつにどうでも(いいけど)
イトカ あぁ!?
ユカリ ……嬉しいけど、この家で古いものって何か思いつく?
イトカ なに? お宝探し? 古くて売れそうなものなら売っちゃったみたいよ?
ユカリ 別に、高そうじゃなくてもいいんだ。えっと、
サンゴ 思い出てきな。
ユカリ それ。
イトカ 思い出かぁ。とは言え、大抵のものは処分したし。あ、柱でも削っていく? どうせ取り壊すんだし。晩御飯後にあたしが(やってあげようか)
ユカリ 駄目! 絶対やめて!
サンゴ 家を傷つけない方向で! 何かないですか?
イトカ 何かあったかなぁ? (と、スマフォを取り出し、エプロンを畳みつつ)ってことなんですけど、何かありましたっけ?

    舞台上にイトカだけが浮かび上がる。

10

    イトカと別の場所にはヒメナが現れる。

ヒメナ 姉さんか、母さんに聞いてくれる?
イトカ 母は知らないって。婆ちゃん、残ってて一番古いのは食器棚だろうって。でも流石に持ってけないし。
ヒメナ 持ってこられても困るけど。あれ買い替えたんじゃなかった?
イトカ そうなんですか?
ヒメナ 確か。あの家で一番古いって言ったら……多分、じ(自転車)
イトカ なんです?
ヒメナ ろくに行ってない私がわかるわけ無いでしょ。
イトカ ですよね。
ヒメナ それで、(ユカリは)元気にしてる?
イトカ はい。さっきなんて友達とどっちが多く食べられるかって競争してましたよ。それで、食べ過ぎたから散歩に行くって。
ヒメナ うちでは最近「いらない」とか「食べたくない」とかなのに。
イトカ そんな事言われたら、うちなら戦争ですね。
ヒメナ 黙って部屋行っちゃうから。
イトカ ドア取り外せばいいだけじゃないですか?
ヒメナ そこまでするの?
イトカ しないんですか?
ヒメナ ……明日(帰るの)何時頃になりそう?
イトカ なるべく早く帰りますよ。明後日大学ですし。
ヒメナ 明日、ちゃんと話してみる。

    と、夜。家の外を歩いているサンゴとユカリ。
    ユカリの手には茶碗。ユカリが立ち止まる。ため息をつく。

サンゴ 駄目?
ユカリ うん。気配なくなっちゃった。家に戻ったんだと思う。
サンゴ 古そうだったのにね。おじいちゃんのでしょ?
ユカリ 確か。途中で買い替えてるのかも。
サンゴ 割れ物だからね。でも、それより古そうなの無かったよ?
ユカリ 見つからなかったらどうしよ。
サンゴ 取り壊し、止められないの?
ユカリ わかんない。
サンゴ おばあさんに頼むのは?
ユカリ お婆ちゃんは好きにしていいって言うと思う。でも、お金払ってるの、母さんだから。
サンゴ じゃあ、親に頼むしか無くない?

    ユカリがサンゴに茶碗を渡す。サンゴが去る。
    ユカリだけが浮かび上がる。

ユカリ うん。明日、ちゃんと話してみる。……そう、言ったのは嘘じゃない。自分ではそのつもりだった。シオンを助ける
ために、親と話す。でもなんて言えばいい? 
いままでどんなふうに話してたっけ? わからないまま夜が明けて。連休最後の日。バスに乗って。電車に乗って。サンゴと別れて。歩いて。ドアを、開けて……荷物を部屋において。それから気づいた。そうだ。まず「ただいま」って言えばよかったんだ。

    ユカリの姿が消える。

11

    連休最終日。夕方。ユカリの家。
    洗濯物を取り込んでいたヒメナがかごを持ってやって来る。
    床にかごを置いて、洗濯物を取り出す。タオル類。
    ユカリがやって来る。気づいてヒメナは動きを止める。
    
ヒメナ いつ帰ったの?
ユカリ 今。
ヒメナ そう。
ユカリ うん。あのさ、(話があるの)
ヒメナ メッセージ、見た?
ユカリ 見たよ。
ヒメナ それで?
ユカリ それでって?
ヒメナ ……進路は? どうするつもり?
ユカリ それは今はいいよ。
ヒメナ いつならいいの?
ユカリ とにかく今じゃなくて。今は、家(いえ)の話がしたい。
ヒメナ 家?
ユカリ おばあちゃんの。取り壊し、やめない?
ヒメナ 急に何言ってるの。
ユカリ だって。おじいちゃんが建てた家だし。残しておいてもいいんじゃないかなって。
ヒメナ 残しておいたって誰も住まないんだから。仕方ないでしょう?
ユカリ ……あたしが住む。
ヒメナ 馬鹿なこと言わないで!
ユカリ 馬鹿なことなんて言ってないよ。
ヒメナ 役者になりたいって言って反対されたら、今度はおばあちゃんの家に住みたい? 少しは真面目に考えなさい!
ユカリ 考えてるよ。
ヒメナ そりゃ、おばあちゃんちは居心地は良かったでしょうね? 食事の準備はやってもらって。文句を言う大人はいなくて。でも誰だって大人になるの。いくら逃げたって、年は取るんだからね?
ユカリ 逃げてるわけじゃないし。そんな理由じゃないから。
ヒメナ じゃあどんな理由があるっていうの?
ユカリ ……から。
ヒメナ なに? ……言えないの?
ユカリ 母さんにはどうせ見えないからわからない!
ヒメナ 見えない?
ユカリ あの家には、座敷わらしがいるの。だから家を壊したくない。
ヒメナ 座敷わらし?
ユカリ そう。
ヒメナ ユカリ、あなた何言ってるか分かってる?
ユカリ 分かってる! あたしには見えるから! いるって分かるから! だからお願い! おばあちゃんちを壊さないで。
ヒメナ ……そんなのがいるなら余計に取り壊してもらわないとね。
ユカリ なんで!?
ヒメナ 当たり前でしょう? 得体のしれないものがいる家なんて、そのままにしておけるわけないじゃない。(と、自分に)一応、お祓いしてからのほうがいいか。除霊? こういう時って神社? お寺? えっと、業者の名刺どこにやったんだっけ?
ユカリ もういい! あたしは絶対シオンを守るから!

    と、ユカリが飛び出していく。

ヒメナ ユカリ! どこ行くの! ……シオン?

    と、ヒメナはスマフォを取り出した。


12 それぞれの夕方

    どこかを歩いてくるサンゴとギンタ。
    サンゴは帰り道途中と言った感じ。

サンゴ もーしつこい。駅までって話でしたよね。
ギンタ 相談料として、経験談を話すのは当然だろう。こっちはバイクかっ飛ばして来たんだぞ。
サンゴ 来てとか頼んでないし。てか相談料って。先輩の助言、全然役に立たなかったですからね?

    と、サンゴが立ち止まる。

ギンタ お、ようやくその気になった?
サンゴ ここ。あたしんち。部屋までついてくる気ですか?
ギンタ 俺は構わない!
サンゴ あたしは思いっきり構いますので。ではまた。(と、スマフォが鳴ったのか取り出す)
ギンタ 明日! 学校でまた詳しく聞かせてくれ! 明日は4限までだから。時間はあるし。
サンゴ あたしは普通に授業なんで。(と、スマフォを見て)……明日、時間あるんでしたっけ?
ギンタ え、何だ何だ急に。
サンゴ いや、その。なんか、こじれたみたいなんですよ。(と、スマフォを見つつ)学校休むってことは、直接止める気だ。
ギンタ 直接止める?
サンゴ って事で手を、じゃない、足貸してください。
ギンタ でも、俺、完全な他人だよ?
サンゴ 会いたくないんですか? 座敷わらしに。
ギンタ そんなの……会いたいに決まってる!

    と、どこかにクロガキが浮かび上がる。

クロガキ はい。飴色建設、クロガキでございます。はい。藤路様。ご契約通り、明日、昼より始めさせて……はい? 現場に来られる、ですか? でも当初の……計画通りにいかないなんてよくあることですよね! はい。もちろん構いません。え? 子供が? 邪魔をするかも? 座敷わらし?

    と、クロガキと入れ替わるようにイトカが現れる。
    家の中でくつろいでいる風。メッセージを送っている。

イトカ 「授業午前だけなんで、鍵持って行けますよ」と。……座敷わらしねぇ。(と、どこかに声をかける)母さん、知ってた? あの家、座敷わらしがいるんだって。いや、馬鹿なことじゃなくて。おばさんが言ってんだよ。ばあちゃんは知ってる? え? シオン? 誰?

    と、薄暗い家の庭にシオンが現れる。
    ぼんやりと空を見ている。
    昼から夕暮れへと景色は変わり、星が小さく瞬くころ。

13 夜に

    終バスが終わっていたため、ユカリは疲れ切っている。
    それでも鉢植えの下にあった鍵で家に入り、シオンを探した。
    中庭を見て、シオンに気づく。シオンが気づく。

ユカリ ただいま。

    と、ユカリの言葉に「おかえりなさい」と手話で伝える。

ユカリ えっと、「おかえり」だ。でしょ?(と、シオンが頷くので)ただいま。ここにいたんだ。家の中にいればいいのに。

    と、シオンは首を振る。

ユカリ ごめん。駄目だった。何か言えたはずなのに。勢いだけで、家出てきちゃった。馬鹿だよね。本当。バスないし。歩いたら遠いし。タクシー使えばって思った時には、車走ってなくて。……家ついてからさ、鍵無いって気づいて。それは鉢植えのとこにあったけど。ばあちゃんがもしもの時にって言ってたやつ。無かったら野宿だし。……全部勢いだけ。ご飯もないし。もうコンビニ行く体力ないし。嫌になる。ごめんね。もっと頭良かったらよかった。頭良かったら、きっと母さん説得する言葉とかさ。浮かんで。シオンのこともさ。さらっと助けられるんだよ。だけどあたしこんなんだからさ。馬鹿で、駄目で。何も出来ない。こんなあたしでごめん。

    と、シオンは首を横に振る。「私は」「嬉しいよ(開いた両手を胸の前で交互に上下)」と手話を送る。

ユカリ 待ってね。(と、紙を取り出す)「私」?「嬉しい」?

    と、シオンが頷く。「私は」「嬉しいよ」と手話を送る。

ユカリ あたし、こんなんなのに?

    と、シオンが頷く。「私は」「嬉しいよ」と手話を送る。

ユカリ 出来ることなんて、なにもないのに?

    と、シオンが頷く。「私は」「嬉しいよ」と手話を送る。

ユカリ なんで?

    と、シオンは告げる。
    「あなたが」「ここ」に「いる(握った拳を上げ肘を下げる)」

ユカリ 私が?

    と、シオンは告げる。「あなたが」「ここ」に「いる」
    ユカリがわかるまでシオンは何度も繰り返す。

ユカリ (と、紙を見て)私が、いる、から?

    と、シオンが頷く。

ユカリ それだけ?

    と、シオンが頷く。

ユカリ そんなの明日になったら、終わりなんだよ?

    と、シオンは首を振る。

ユカリ 違わないよ。シオン、消えちゃうんだよ?

    と、シオンは首を振る。自分を指し、ユカリを指す。

ユカリ 私?

    と、シオンは自分を指し、ユカリの胸(心)を指す。
    心にいると、胸のところで手を包む。そして、「いる」

ユカリ 私の心に、いるって言いたいの?

    と、シオンは頷く。キュア・ウィタリアのポーズを取る。

ユカリ キュア・ウィタリアだ。

    と、シオンは頷く。
    
ユカリ ……(と、シオンに見せるように)『確かにここにはあたし一人。でも、あたしは知ってる! 見えなくたって、皆の思いが、心があたしを支えているって! だからあたしはひとりじゃない。』……シオンの想いと一緒に立っている。

    と、シオンは頷く。力強く。そばにいると伝えるように。

ユカリ ……あたし、頑張るね。何をとかわかんないけど。頑張る。

    応援するように、シオンは「頑張れ」と手話を送る。
    ユカリは「頑張る」とシオンの手話を繰り返す。

ユカリ ……そうだ。一つだけ、出来ることあるかもしれない。

    シオンに話すユカリ。あたりは暗くなっていく。

14
    次の日。ユカリの祖母の家の中庭。
    暗闇の中、バイクが止まる音。
    明るくなると、シオンとともにユカリが家を見ている。

サンゴ ユカリ!
ユカリ え? 学校は? なんで? どうやって?
サンゴ 早退。心配したから来た! 悪い!?
ギンタ なんでキレてんだよ。あ、オカ研の鉄銅(です)
サンゴ (と、紹介して)ギンタ先輩。バイク乗せてもらって。
ユカリ え、(受験生ですよね?) いいんですか?
ギンタ まあ、勉強はどこでも出来るけど、不思議現象は……ああ、いるね。そこに。(と、シオンを見る)
ユカリ はい。シオンです。
ギンタ スマフォ越しじゃないとこうやって見えるのか。そうか~。
サンゴ これおにぎり。コンビニで買ってきたけどいる?
ユカリ ありがとう。色々と。でも、なんかお腹へってないんだよね。
ギンタ この子が気を送っているからな。
ユカリ え?
ギンタ この子から良い風がユカリさんの方へ流れているんだよ。
ユカリ (と、シオンに)そうなの?

    と、シオンは首をかしげる。

ユカリ わから(ないみたい)
ギンタ この子自身も良く分かってないみたいだ。
ユカリ です。本当に見えるんですね。
サンゴ ガチじゃないですか! あたし、初めて先輩のこと尊敬しそうになりました。
ギンタ ガチだよ! しそうになりましたってなんだ! 尊敬しろよ! 先輩だぞ!?
サンゴ そういうとこが尊敬できないんです。

    と、ヒメナとクロガキ、イトカがついてくる。

ヒメナ ユカリ!
ユカリ 母さん。
ヒメナ ……家、入れたの?
ユカリ 鉢植えの中に鍵あったから。
イトカ じゃああたしいらなかったんじゃ……(と、ヒメナの視線を受けて)あ、違います。家の中の確認に来たんでした。行ってきます。。
クロガキ 室内の写真撮るので、ご一緒して良いですか?
イトカ あ、はい。どうぞどうぞ。

    と、クロガキとイトカが去る。

ヒメナ ユカリ。
ユカリ お母さんには見えないだろうけど、この家には座敷わらしがいるの。
ヒメナ そう。
ユカリ 名前はシオン! 小学生くらいで、お面をかぶってて。しゃべれないけど、頭良くて。手話も覚えてくれた!
ヒメナ ……。
サンゴ ユカリの言ってることは本当です。信じにくいかもしれないけど、いるんです。
ギンタ 俺にも見えてます。もし疑うのであれば、俺とユカリさんの間に仕切りとか置いて、その上で前でシオンに動いてもらってその動きを当てるとか(してもらえれば証明できるかと思います。)
ヒメナ それ以前にあなた誰です?
ギンタ 学校の、先輩です。
ヒメナ ユカリとの関係は?
ギンタ 後輩の、友達? ……はい。黙ってます。
サンゴ (と、小声で)役立たず。
ギンタ すいませんね。
サンゴ ユカリ、頑張れ。
ヒメナ なにがしたかったの? こんなことで取り壊しが中止になるとでも思った? 
ユカリ ……あたし、小さい頃お婆ちゃんち来るのそんな好きじゃなかった。
ヒメナ なに、急に。
ユカリ だって何もないし。遠いし。友達もいないし。でも、シオンに会えたから。シオンの前で、演技をしたら喜んでくれて。あたしは演じるのが好きになった。忘れていたけど。それがあたしの理由だったの。
ヒメナ 理由?
ユカリ あたしが役者になりたいのは、誰かを笑顔にしたいから。それがあたしのやりたいことなの。……もしかしたら、役者にはなれないかもしれない。でも、誰かの笑顔のための仕事がしたいと思ってる。だから、今は役者を目指させてください。お願いします。(と、頭を下げる)
ヒメナ ……家を取り壊さないでって言うのは? もういいの?
ユカリ うん。シオンが教えてくれたから。いなくなってもいるんだって。だったら、忘れっぽい馬鹿なあたしがシオンに出来ることは、今、シオンに見せることくらいだから。頑張れるって伝えることだから。
ヒメナ 本当あんたって勢いだけというか、なんていうか。
ユカリ ごめん。でも、これがあたしだから。
ヒメナ ……全部、思いつきなんだと思ってた。
ユカリ え。
ヒメナ 演劇部なのも。役者目指すなんて言い出したのも。全部、真面目に将来のこと考えるのが嫌で、逃げてるんだと思ってた。
ユカリ 違う! これでもあたし、真面目に考えて、だから。
ヒメナ そうね。考えてるのね。
ユカリ うん。
ヒメナ 役者になるって言っても養成所とか、専門学校とか、大学とか、色々あるのよ? それ、ちゃんと調べてる?
ユカリ 一応行きたい学校は。だけど。
ヒメナ ちゃんと調べなさい。進学してもいいように貯金はしているんだから。
ユカリ え。じゃあ、
ヒメナ ただし! 学校行かないでフリーターだって言っても、そのお金はあげないからね。その時は、自分でなんとかしなさい。
ユカリ はい。
ヒメナ パパの説得は自分ですること。いい?
ユカリ ……うん。わかった。

    ユカリはサンゴ、ギンタ、シオンに笑顔を向ける。
    なんとなく、良い結果だろうとシオンは拍手をする。
    と、クロガキがやって来る。

クロガキ 写真撮り終わりました。始めてもいいですか?
ヒメナ お願いします。
ユカリ あの! 見ていてもいいですか?
クロガキ え?
ヒメナ 私からもお願いします。
クロガキ えー、当初の……計画通りにいかないなんてよくあることですよね! はい。距離取ってくださいね。(と、遠くへ)作業開始OKでました~。

    と、クロガキが去る。入れ替わるようにイトカがやって来る。

イトカ 駄目。流石に見たこともないのは見つけられないですって。
ヒメナ あったのよ。絶対。
ユカリ イトカ姉、何探してたの?

    と、ユカリの言葉にヒメナは気まずそうに顔をそらす。

イトカ 鈴? っぽいもの。
ユカリ 鈴? なんで?
イトカ おばさんが、シオン? は鈴の霊だからって。
ユカリ え――?

    ユカリたちの視線がヒメナに向く。
    シオンは首を傾げている。

ヒメナ ……この家に来る度、どっかから持ってきて鳴らしてたでしょ? 名前までつけて。風鈴みたいな音がする。(と、親指と人差指でつまむように指を曲げ)これくらいの。
イトカ ばあちゃんもね、「鈴のことシオンって呼んでたね」って。
サンゴ え、座敷童じゃ、
ギンタ ない、だと。
ユカリ 鈴、だったの?

    と、ユカリはシオンを見る。
    (え、そうだよという具合に)首を傾げた後、シオンは頷く。

クロガキ声 では計画通り、玄関から開始します〜。
ユカリ&サンゴ&ギンタ ちょっと待ったぁ!!!

    取り壊しをあらためて止めるため、ユカリ、サンゴ、ギンタが走っていこうとしてあたりが暗くなる。

15 エピローグ 鈴音(りんね)先輩語る夜②

    ユカリの姿が浮かび上がる。専門学校生のユカリ。

ユカリ そうして高校卒業後、サンゴは文系の大学へ進学。今は毎週のように不思議を探しに廃墟を巡ってる。ギンタ先輩はこの日をきっかけに、よく話すようになった……イトカ姉さんと。まあ、人の好みは色々だからね。母さんは、父さんを説得する時にさり気なく援護してくれた。おかげさまであたし、「藤路ユカリ」、芸名「むらさき・りんね」は!(無事に)

    と、クルミがやって来る。
    今は夜。専門学校近くのバス停で、バスを待っている二人。

クルミ リンネ先輩~。そこは知ってるんでいいです。
ユカリ え〜!?
クルミ いや、だって。OKもらってなかったら、うちにいないじゃないですか。演劇専攻なのに。
ユカリ それもそうか。というわけで、「むらさき・りんね」って芸名には、相当の想いが籠もっているのだよって話しでした。
クルミ リンネって、あたしあれかと思ってました。輪廻転生。
ユカリ 漢字で書けないし。
クルミ なるほど!
ユカリ そこ納得する!? ひどいなクルミくんは。バス待ちの退屈を紛らわせてあげようと、わざわざお話した先輩を馬鹿にするなんて!
クルミ ……ありがとうございます。
ユカリ いや、そんなしっかりお礼を言われると困るんだけど。
クルミ 先輩、気づいてたんですね。最近、あたしが悩んでること。
ユカリ え、悩んでたの!?
クルミ 将来のこと。専門入ってまでやりたかったはずの演劇なのに、なんか思うようにいかないでいること。だから、自分のこと話してくれたんですよね?
ユカリ え〜そうだったの!?
クルミ だって、いつもならさっさと帰っちゃうじゃないですか。先輩チャリ通だし。
ユカリ ちょーっとわざとらしかった?
クルミ この人本当に役者かな? って思うくらいは。
ユカリ ひどい後輩だ!
クルミ すいません(と、笑う)

    二人して少し笑い合う。クルミの笑顔にユカリは安心する。
    クルミがこちらに向かってくるバスに気づく。

クルミ バス、来たみたいです。
ユカリ ならあたしはこれで。まあ、落ち込んでたのは知らなかったけど。
クルミ まだ言いますか。
ユカリ 世の中なるようになるものだからさ。(と、心を指して)ここにいる誰かに誇れる自分でいようね。そうしたら、大丈夫だから。
クルミ なんか死亡フラグみたいなので、気をつけて帰ってください。
ユカリ 本当ひどい後輩だ! クルミも気をつけて。

    と、ユカリは自転車が停まってるだろう方向へ歩いていく。

クルミ リンネ先輩!
ユカリ ん? なに?
クルミ シオンっていう、座敷わらし? 幽霊? はどうなったんですか? 
ユカリ シオンはねぇ~。秘密!

    と、ユカリが去る。バスが停まる音。

クルミ 大丈夫、か。気楽に言ってくれるよなぁ。(と、バスのクラクションが聞こえて)あ、すいません乗ります。(と、慌ててカバンから定期を取り出そうとして、その目がふとユカリが去った方向を見る)え、ちょっと! 先輩! 駄目ですよ二人乗りは!(と、思わず目をこする)あれ?

    風鈴のような鈴の音が鳴っている。
    どこかを自転車に乗ったユカリが通り過ぎる。
    自転車には風鈴のような音のする鈴がついている。
    音楽とともに幕が下りる。



    ※作中に出てくる「風鈴のような音のする鈴」は、よくある自転車のベルではなく、熊よけの鈴のような物です。

あとがき
2020年、新型コロナの影響がこれほどになるなどと、2019年に予想できた人はどれだけいるのでしょう。

一年先だって思うように予測できない中、
数年、もしかしたら一生に関わるだろう進路に悩む少年少女。
その少年少女を見守る保護者。
ずっと続くものなんて無いと知りながらも、子供の生活が安定することを祈る親心。
安定よりもやり甲斐や生きがいこそが大事な子心。
そんな互いの心を語り合わないまますれ違う親子を書いてみました。

まずはお互い伝え合うことが大事なんだと思います。
とは言え「言っても無駄なんだ」そう思って出来ないことってありますよね。
そんな時、誰かが見守ってくれていて、その誰かにちゃんとした自分を見せたいと思えたなら、
行動する勇気が持てるんじゃないかと思うのです。
「心の中にいる誰か」見えなくても確かにいる、まるで座敷わらしみたいな存在を
(あくまでも善性な存在でという条件がありますが)多くの人が持てれば、
すれ違いももっと少なくなるのにな、なんて思うのでした。

ちなみに、ユカリの祖母の家のモデルは、小さい頃よく遊びに行っていた母親の友人の家です。
当時、バスを逃すと駅から2時間位歩かなくてはならなくて、しかもバスが終わるのが早くて。
夕方くらいに歩くと誰ともすれ違わなくて(車が無いと生活できないから当然ですが)
子供心に、目に映る民家をお化け屋敷にしては怯えていました。


最後まで読んでいただきありがとうございました。