サンタの居場所

例えばこんなクリスマス

 夜がその手を明るい日へと伸ばしはじめる頃、高校1年生の大樹は早足で早苗の家への道を歩いていた。せせこましく家が並ぶ小さな通りには、今日は幼い子供のはしゃぐ声も聞こえてこない。幾つかの家の門に飾られた小さな電球達は、色とりどりの光を出す時を、今か今かと待ち構えているように見えた。

 庭に飾られた真新しく小さなもみの木。屋根に綿をのせ、雪を表現している家もある。小さな家ではあるけれど、その家の一つ一つが、今日という日を喜ばしいものとして迎えようしているのがよく分かる。つい微笑ましくなって、ほころぶ笑みを隠せないまま、大樹は片手に掴んでいる鞄をそっと揺らした。

 小さく鳴る音に、安心したように鞄を撫でる。その中身を見せる相手の表情が、一体どんなものなのか、想像しては、さっきからドキドキしていたのだ。これから向かう家では、一体どんな出迎えを受けるのかと考えると、それだけで体の奥がほてってくる。

 12月23日の放課後、家に遊びに来ないかと誘ったのは早苗の方だった。大樹がクリスマスの予定を立てられなかったことに業を煮やしてと言うのが早苗の理由という事だったが、どうやら準備をしていたらしいことは、その口調から知る事が出来た。「両親はいないから」の言葉を、思い出しては大樹は自分の下心が膨らむのを感じた。

 タキシードではないものの、大樹の服からは、軽さは見られない。ちょっとしたパーティーにそのまま出席できるような、少し大人の世界に足を踏み入れた黒で統一された上下。この服装を見たら、早苗はどう思うだろう。「カッコつけすぎじゃない?」なんて笑うんじゃないだろうか。そんな勝手な考えにドキマギしながら進む道は、いつもよりも長く、早苗の家に着く頃には、もうすっかり息が上がっていた。

 周りに家を挟む、どこにでもあるような二階建ての一軒家。クリスマスの飾りは、周りにはない。整えられた日本式の庭の木々が、洋式が入り込む余地をなくしているようだ。玄関に明りはなく、一瞬留守かと思う。外から見える居間の明るさを確認して、ドア横の呼び鈴を鳴らした。軽い機械音が流れるのにあわせ、息を整える。12度深呼吸をした後に、ドアの向こうから、少し高い声が届く。

「どちらさまですか?」

 どちらかといえば、芯の強い響きを持った声に、大樹は静かになった動機が再び強くなるのを押さえられなかった。機嫌が少し悪いような気がするのは、どうか気のせいであって欲しいと願いながら口を開く。

「あ、俺、だけど」

 数秒の沈黙のあと、意地悪く笑った声が届く。

「『俺』なんて人は、知らないんですけどぉ」

 思わず大樹は苦笑した。携帯の電話番号が分かっているにもかかわらず、早苗がよくする悪戯を思い出す。張っていた気が少し軽くなる。鞄を持った手を腰に回して、今度は少し大きな声を出す。

「俺、安藤大樹だけど。付き合って三ヶ月にもなるのに、声判別できないってのは、悲しいんじゃない」

 ちょっとおどけて、でも少し傷ついたように声を出す大樹に、ドアの向こうの彼女は、言葉をなくしたようだった。一体どんな言葉が返って来るのかと、怖さと、ちょっとした期待感で声を待つ。と、小さく鍵が開く音がして、ドアがゆっくりと開いた。

「お姉ちゃんと、お兄ちゃんってまだ付き合って三ヶ月だったんだぁ」

 少し意地悪く笑いながら出てきた少女に、思わず大樹は手に持っていた鞄を落としそうになった。瞬間沸いてくる汗は、とても気持ちがいいと呼べる代物ではない。

「あ、麻美ちゃん。いたんだ」

 慌てて出す言葉に、少女、麻美は、ふいっとそっぽを向いた。

「残念だったね、お姉ちゃんと二人っきりじゃなくてさ」
「いや、そういうことじゃなくてね」

 頬を膨らまして、上目づかいに睨む麻美に、大樹はただおろおろとするしかなかった。フォローしようにも、麻美が言った事は半ば本心を言い当てられたようなものだった。それを簡単に誤魔化せる話力は大樹にはない。

「いいよ別に、気にしないから」

 そう言ってにっこり笑う麻美だったが、気にしている事は一目瞭然だった。二人の間に流れる気まずい空気を象徴するように、遠くで、豆腐屋がラッパをふかす音が聞こえる。

「えっと、それで、あの、お姉ちゃんは?」
「知らない。買い物行っているんじゃない? お兄ちゃんの好きなものでも買いにさ」

「え、あ、そ、そっか」

 自分の言った言葉で、さらに大樹は自身を悪い立場に落としたような気がした。麻美はそのまましばらく大樹を睨みつけた後、ふっと背を向ける。

「あがんなよ、お姉ちゃんもうすぐ返って来ると思うし」
「あ、は、はい」

 もはや従うしかなく、大樹はスリッパを出す麻美に頭を下げながら、家の中へと足を運んだ。玄関に整えられた小さな靴と、大樹の靴。足りない何かを埋めれないまま、二つの靴は距離を持って、持ち主の戻るの待つだけだった。



 ぎこちない沈黙のまま、居間のコタツに足を入れ、大機は帰って来るだろう人をひたすら待つように頭を足に押し付けた。窓に雲の絵、壁にはツリーの飾りをつけられた華やかな部屋も、二人に明るさをつれては来ない。流れていたCDラジカセの音量を小さくして、麻美が、大樹の方を向く。

「ねえ」
「え?」

 顏を上げた大樹に向かって、不機嫌そうな表情で麻美が続ける。

「サンタ・クロースって、いないんでしょ?」
「え?」

 思わず、まじまじと大樹は麻美の顔を見た。と、同時に、麻美の年齢を思い出す。自分や早苗よりも三つ下。まだ中学一年生。サンタという存在を信じていたとしても、べつに悪いわけではないだろう。そう思いながらも、ここでどう答えるべきか瞬時に浮かんでこない。もし相手がサンタの存在を信じていないのなら、肯定すればいいだろう。しかし麻美の場合は……

「麻美ちゃんは、どう思うのさ?」

 少し遠慮するように上目遣いで、大機は麻美の顔を覗き込んだ。瞬間、麻美の顔に朱がさす。しかし、そうだと気づいたときにはもう、麻美の顔は横を向いていた。言いにくそうに、麻美の手がそのひざで握られる。

「あたしは、信じてないわよ、だって今ごろサンタなんて信じるほうが馬鹿でしょ? あたし一度も見たことがないし。テレビに出てくるサンタは、空を飛べないもの。だけど、本当にいるかどうかってのは分からないわけだし、だからどっちかなぁって思って」

 その言葉が、どこか緊張したような早口なのはなぜか、大樹は分かるような気がした。ずっと昔、自分がまだ幼かった時、信じていた存在が架空の産物ではないかと思った瞬間の気持ちと、それを確かめる瞬間の強がり。きっと誰もが経験している、自分の信じた世界の消失。

 まだ幼さが残る麻美の表情からは、結果を知る事への恐れと、自身の言葉への後悔が見えた。ひとつの夢を壊す事で、子供は大人になっていく。だけど……目の前でちらりと自分に視線を送り、答えを待つ少女に、大樹は自分が一体どんな言葉を言ってあげられるだろうか少し悩んだ。しかし、麻美の顔をじっと見つめて、言葉を紡ぐ。

「サンタ・クロースはね、思いが形になったもの、なんじゃないかな。目に見えない大切な何かを、サンタはこっそり届けてくれるんだと俺は思うよ。だから、クリスマスの朝は、どこか暖かくて、何か嬉しいんじゃないかな」

「目に見えない何か?」

 目を見開いて、麻美の口は大樹の言葉を繰り返す。去年のクリスマスを思い出しているような口ぶりに、大樹は知らず微笑んでいた。

「そう。誰だって毎日の生活の中で、何かを得て、何かを失って生きているんだと思うんだ。だけど、失ってしまったものの中には、本当は大切なものも含まれているんだよ。サンタは、そんな失ってしまった気持ちを、無くしてしまったものが気づかないうちに戻してくれる。そんな人なんじゃないかな」

「でも、サンタが目に見えないんじゃあ、サンタが本当にいるのかどうか、分からないじゃない。何で、サンタがいるって分かるの?」

「サンタがいるかどうかは、自分の心に聞けば分かるよ。サンタは思いが形になったものなんだから。自分が一番よく分かっているんだよ」
「自分が?」

 きょとんとする麻美に軽く片目をつぶって見せてから、大樹は自分の胸に、自身の片手をあわせた。

「こうやって胸に手を当てて、じっと自分の心の中に語りかけてみるんだ」

 麻美が、真似するように胸に手を置く。一瞬ちらりと大樹を見てから、麻美は硬く目を閉じた。

「ほら、サンタはいるって言っている? それともいないって言ってる?」

 優しく聞く大樹の言葉に押されるように、麻美が小さく呟く。

「いる……かも知れないって」
「じゃあ、いるんだよ。少なくても麻美ちゃんの心の中にはね」

 はっとしたように麻美が目を開く。微笑んで見せる大樹に少し照れたように、でも少し唇をとがらせて上目づかいに大樹を見る。

「なんかいいかげんじゃない?」
「そんなことないよ。それにもし、麻美ちゃんがサンタが欲しいんなら、俺がなってあげるから、大丈夫」

 ニコリと笑う大樹を見て、麻美は笑い出した。さっきまでの不機嫌さが、どこかへ飛んでいってしまったような笑いに、思わず大樹も笑みを浮かべる。笑ったあとで、ちょっと麻美は意地悪げに大樹を見る。

「そんなこといったら、お姉ちゃんが怒っちゃうよ。『大樹は私のサンタだから』って」
「大丈夫。大樹サンタは頑張りやだから」

「答えになって無いよ」

 大樹に言葉に麻美が噴出す。つられて大樹も笑う。家の中の飾りたちが、二人の笑いに華やかさをます。すっかり暗くなった夜の闇も、家の中には手を伸ばせない。

 軽いチャイム音が玄関から聞こえた。と、同時に、どこかむすっとした高い声。

「こーら、私が重たい思いして帰ってきたって言うのに、なんで誰も出ないわけ」
「あ、お姉ちゃんだ」

 言って麻美が立ち上がるのを、大機は片手を掴んで止めた。不思議そうにふり向く麻美のその手に、鞄の中に用意しておいた、クラッカーを握らせる。にやりと、二人は共通の笑みを浮かべた。

「はーい、今開けるよ、お姉ちゃん」

 笑いながら玄関へ走り出した麻美に、大樹も続く。薄っすらと暗くなっている玄関に灯を燈した後、麻美が大樹に向かって片目をつぶってみせる。合わせて大樹も片目をつぶる。そっと麻美の手がドアに伸び、鍵をはずす。外側からのノブが回って、不機嫌そうに呟く声、早苗の顔が覗く。大樹は思わず肩に力を込める。
二人同時に、クラッカーの紐がひかれた。

「A HAPPY MARRY XMAS!」

 驚きと笑顔と笑いとそしてほんのちょっぴりの怒りをまぶして。玄関から溢れる灯火は闇夜をどこまでも明るく照らしている気がした。



あとがき
私がいつも小説を投稿しているGAIAと言う場所で

「クリスマス企画」なるものがありました。

頼まれた人がクリスマスまでに作品を書き上げると言う。

私は喜ばしい事(?)に頼まれ、





必死でこの作品を書き上げました。



でも、






あまり当日までに書き上げた人は
いなかったらしいです(涙


ここまで読んでくれてありがとうございました。