遅れがちなあいつ

 暑い。太陽がいやらしく地表を舐めている。
七分じゃなくて半そででよかったなと思いながら、あたしは帽子のつばを下げる。
 足音が聞こえた。あたしはわざとらしく腕時計を見る。

「待った?」

 何分も遅れてやってくる年下のあいつ、芳樹はいつも申し訳なさそうに上目使いであたしをみる。
 今日のあいつの額には大粒の汗。

「待った」

 あたしは言う。ふくれっつらで。
 芳樹は両手を合わせて頭を下げる。

「ごめん。実はさ……」

 そして、これからだ。芳樹のくせが始まるのは。


『諸星ダンがウルトラアイ探していてさぁ』

 初めてのデートのときの言い訳はこれだった。
『だれよ? それ』
 首をかしげた私に、芳樹はいたずらっ子の笑みで答える。
『しらない? ウルトラセブン』
 芳樹は今年で二十三歳になるとは思えないほど古臭い上に、特撮マニアだ。言い訳もそのたびごとに、変なものになっていった。

『ガメラの卵が見つかったって言われて――』

『仮面ライダーに助け求められちゃって――』

 くだらなくって馬鹿馬鹿しいって分かっているのに、なぜか聞いちゃう私。
 待たされて怒っていたはずなのに、芳樹の話が終わる頃には笑顔になってる。


「実はパミラ星人にお届け物を頼まれちゃってさ」

 どうやら今日の言い訳は異星人らしい。名前を聞いた瞬間に噴出しそうになって、こらえるあたしはわざとらしく眉を吊り上げる。

「なによそれ。そんなのが言い訳になると思って――」

 目の前に、指輪があった。思わず息を呑む。

「『素敵な恋人にどうぞ』だって。まぁ、宇宙人のくれるものだから品質はよくも無いけどさ」
 照れくさそうに言って、芳樹は鼻の頭をかいてる。どうやら額の汗は暑さのためだけじゃなかったみたい。
 言葉が出ない。こいつはいつだって人のことをおちょくって、楽しんで、人が一体どういう気でいるかもしれないで――

「わ、ちょ、ちょっと、人が見てるよ」

 声なんて聞こえない。
 暑さも気にせずに、あたしは芳樹に抱きついてやる。
 困った顔で何か言う芳樹の顔が、可愛らしくって、思わず思った。
 待たせた罰だ。困るだけ困らせてやる。
 そして思う。
 何が何でも離してやるもんか。
 太陽は笑顔であたし達を見下ろしている。

あとがき
久しぶりの完全ショート・ショート。
はっきり言ってありきたりすぎですな。
でも、たまにこういうものが書きたくなったり(苦笑)