ブレーメンに入りたかったヒバリ
むかしむかしのお話です。
ある小さな町にとても歌うことのが好きなヒバリの子がくらしていました。
ヒバリの子はとてもかわいらしい鳥、ヒバリの子供です。さむい空によくとおる声を響かせては、小さな体をふるわすように、空を飛びます。
ヒバリの子は毎日歌って一日を過ごしていました。
朝、陽が昇るのを見ては歌い、お腹がすいては歌い、お腹が一杯になった後もやっぱり歌い、そして日が沈むのを見ては歌っていました。
ヒバリの子の歌声は、他のどんなヒバリの声よりも柔らかく、優しかったので、ヒバリの子が暮らす小さな町では、町の人々みんながみんな、ヒバリの歌声を愛していました。
働いている人は、ヒバリの子が歌う、朝の歌声で目覚めました。
恋人達は、楽しげに歌うヒバリの子の歌声と一緒に、愛を語らいました。
年老いた人は、夕暮れに歌うヒバリの子の歌声に、じっと目を閉じ耳を傾けました。
子供たちはヒバリの子の歌声が始まると、ヒバリの歌に会わせるように歌いました。
小さな町の誰もが、ヒバリの子をそれはとてもとても愛していました。
けれど、ヒバリの子は自分はひとりぼっちだといつも感じていたのです。なぜなら、ヒバリの子は、他のヒバリたちからは仲間はずれにされていたからです。
歌の好きなヒバリの子は、どうして他の子から仲間はずれにされていたのでしょう。それは、もし君の周りにいつも歌ってばかりの友だちがいるのなら、すぐにわかるかもしれません。歌ってばかりいる子と遊んでも、お話しできなくて面白くないですものね。
でも、ヒバリの子にとって歌を歌うと言うことは、ご飯を食べることよりもとっても自然なことだったのです。だからどうしても歌が口から飛び出してしまうのです。それにヒバリの子だって決していつも歌っているわけじゃありません。一日中一度もうがいもせずに歌ってばかりいたら、咽が痛くなってしまいますものね。
だけど、ヒバリの子が話すことはみんな歌のことばかり。歌うことが別に好きじゃない他のヒバリにとっては、ヒバリの子はただうるさいだけでした。
ひとりぼっちのヒバリの子は、いつも歌いながら祈っていました。
「どうか、どうか僕に、一緒に歌えることが出来る友達が出来ますように」
町の人にいくら愛されても、ヒバリの子の悲しみは消えたりはしなかったのです。
そんなある日のことです。
ヒバリの子は、お昼ご飯をお腹一杯食べた後、いつものように歌っていました。良く空が晴れていて雲一つない大空に向かって、ヒバリの子の歌声は、優しくゆっくりと吸い込まれるように伸びていました。
そこへ、いつもヒバリの子の歌声に耳を澄ませていた風の精が、楽しそうな表情でヒバリの元へやってきました。風の精霊はおしゃべり好きで、いたずらっ子のような顔をしています。もし、君が風の精霊の顔を見たいと思ったら、君が知っている一番いたずら好きの女の子を思い浮かべれば、風の精霊がどんな顔をしているのかは分かるでしょう。
風の精霊は、ヒバリの歌が終わるまで待ってから、かわいい口元をきゅぱっと開いてヒバリにささやきました。
「今、通りで見たんだけど」
風の精霊の声は、ヒバリの子には野原をそよぐ風のように静かに思えました。だけど、ヒバリの子は胸がどきどきしました。風の精霊が話しかけてくることなんてそうそうありませんからね。
風の精霊はヒバリの子の反応を楽しむようにくっくく笑うと言葉を続けます。
「通りで老いぼれロバが、ブレーメンに行って音楽隊になるんだって仲間を捜していたよ。ねこといぬ、それからにわとりが仲間に入るみたいだよ」
この風の精霊の言葉にヒバリの子がどれくらい喜んだか、君は想像できないでしょうね。
ヒバリの子は風の精霊の言葉を目を見開いたまま聞き終わった後、目を元の大きさに戻すのを忘れてその場から飛び上がりました。そのまま羽をばたつかせて天高く飛び上がります。と、思ったら、竹とんぼのようにくるくる回ります。そして、地面へと落下しました。風の精霊が思わず「あぶない」と叫びました。その時にはヒバリの子の体は危なげなく空を飛んで、元の位置まで戻っていました。
動き回ったせいでヒバリの子は苦しそうに、肩で息をしました。でも、次の瞬間には、もう顔中に満面の笑みを浮かべていたのです。
「本当!?」
ヒバリの子は風の精霊に聞きました。
「今の話し、本当に、本当?」
ヒバリの子にとって、この街に自分と同じように歌のことが好きな動物がいるなんてすぐには信じられませんでした。それに一匹だけじゃなくて、ロバにいぬにねこ、にわとりと4匹もいるなんて!
ヒバリの子のいきおいこんだ声に、風の精霊は空中で一度くるりと回ると、ニコリと笑ってみせました。
「本当に本当。いっさいの嘘は無しだよ。今日の昼にはブレーメンに向かって街を出るみたいだから、一緒について行ったら? 音楽隊に入れてもらえるかもよ?」
音楽好きの仲間達と一緒にブレーメンへ行くなんて! それも、もしかしたら音楽隊に入れるかもしれないなんて!
ヒバリの子の心はドキドキとワクワクとが一緒になったように膨れ上がりました。
「ありがとう精霊さん」
風の精霊への挨拶もそこそこに、ヒバリの子は喜びにはち切れそうな胸のまま、空へと飛び上がりました。
そのまま高く舞い上がると、喜びを歌へと変えて、ヒバリの子は歌いました。
それは、誰もが楽しくなるような歌声でした。
優しくて、柔らかくて、耳をくすぐるように響いては、心の中を洗っていくような歌声でした。
俯いていた老人も、恋人から振られたばかりの少女も、お母さんにしかられたばかりの子供も、仕事で疲れたお父さんも。ヒバリの子の歌声が聞こえた人々は皆、元気になって、笑顔を浮かべました。
歌いながらヒバリの子は心の中で何度も、何度も叫びました。
(これで僕は一人じゃない。独りじゃないんだ!)
一直線に、ブレーメンへと向かう街の出口へと、ヒバリの子は歌いながら飛んでいきました。とっても明るい笑顔と、楽しい歌声を響かせながら。
ブレーメンへと向かう町はずれは、すこしさびしい感じがする道でした。森へと続く道だからでしょうか。どこか湿っぽくて暗くて、背中がむず痒くなるような通り道です。けれどもヒバリの子はちっとも気にしませんでした。両の翼で風を着るようにぐんぐん進んでいきます。道ばたに見えるものを何でも見落とさないようにしようと、その目は飛び出さんばかりに見開かれていました。
ロバ、いぬ、ねこ、にわとり。
ロバ、いぬ、ねこ、にわとり。
心の中で何度も繰り返しながら、ヒバリは道を矢のように飛んでいきます。
今の岩はもしかしてロバだったんじゃないかな?
もしかしたら歩き疲れて木陰で休んでいるのかも?
いやいや、もしかして近くの河でのどの渇きを癒しているのかも?
頭の中に「もしかして」が浮かぶたびに、ヒバリの子は何度も道を戻ったり、その場で一回転したり。そうして無駄な時間を過ごしたことに気づいては、また焦るように空を飛んで、ブレーメンへと続く道を飛んでいきました。
いつの間にかお日様は沈んでいって、空は赤々と地平線から燃え出しました。
街の人々がヒバリの子の鳴き声がしないことに不安になる頃でした。
ヒバリの子はついに、見つけたのです。
道をのっそりゆっくりと歩いていく、四匹の姿を。
それはどこか笑ってしまいたくなるような光景でした。
びっこをひきながら歩くロバ。その横をとぼとぼと歩いているいぬ。その後ろから背筋を丸めて続くねこ。さらに遅れて歩くニワトリは、時々その短い足で転びそうになるのを必死で押さえるように、ばたばたと羽を動かしていました。
それでも、四匹は歩いていました。
まるで固い友情で結ばれているかのように寄り添って。
「まってください。まってください」
ヒバリの子は普段歌っているときよりも大きな声で叫びながら、前を行く四匹の動物へと近づきました。ゆっくりと歩いていた四匹の足が止まって、まず、ニワトリが振り向きました。
「誰か来るよ」
しわがれた声に、残りの三頭も振り向きます。
「ほんとだ」
「とりだよ」
「そうみたい、だねぇ」
のんびりとした年老いた声を聞きながら、ヒバリの子は疲れと、期待とで早まる鼓動に頬を赤く染め、四匹の近くの木へと降り立ちました。
「……鳥さん、どうして我々、を、呼び止めなさる?」
年老いたロバが、のんびりとヒバリの子へ話しかけました。疲れてじんわりと痛んだ羽と、ドキドキとだんだん激しくなってくる鼓動を感じながら、ヒバリの子は歌うように言いました。
「僕を、一緒に連れていってください」
はきはきとした声が空へと吸い込まれていきました。
ヒバリの子の言葉に、四匹の動物たちは顎をはずさんばかりに口を開けました。ロバは目を何度も瞬いて驚きました。ねこは思わず意味もなく顔をなで回しました。いぬはビックリして息を詰まらせ何度もせき込みました。ニワトリは、言葉の変わりに、「くわっか」とおかしな声で鳴きました。
ヒバリの子は、ただ微笑みと期待の色を顔に浮かべて、木の上から四匹を見下ろします。
「坊や、わしたちが、どこへ行くのか知っているのかい?」
ニワトリが目を細めて尋ねます。
「ええ、ブレーメンへと行くのでしょう?」
ヒバリの子は、快活に応えました。
「そこで、私らが何をするのか知っているのか?」
いぬが、ぜぇぜぇと息を吐きながら尋ねます。
「はい。音楽隊にはいるのでしょう?」
ヒバリの子の声は、赤い空にりんと響き渡りました。
「なぜ、うちらが音楽隊に入るのか知っているか?」
ねこが顔を撫でながら尋ねます。
「それは、歌うのが好きだからでしょう?」
頬を上気させ、ヒバリの子は応えました。四匹の動物は一瞬互いに顔を見合わせ、そして一斉にヒバリを見ました。照れながらも、ヒバリの子は視線に負けないよう胸を張りました。そして、ヒバリの子は自分の気持ちを、この胸の中にあふれている言葉に出来ないもどかしさを四匹に伝えるため、突然、その優しい声で歌い出したのです。
それは、音楽を愛するものならば、誰もが立ち止まらずに入られないような澄んだ歌声でした。歌を歌うことが嫌いな人も、思わず微笑みを浮かべずに入られないほど、優しさに満ちた歌声でした。
ロバは、いぬは、ねこは、ニワトリは、その年老いた目を閉じて、ヒバリの子の歌声に聞き惚れました。
歌は長くもあり、短くもあったような気がしました。
夕日さえも沈むのを惜しがるようにうっすらと空に赤みを残す頃、ヒバリの子は静かに歌うのを止めると、にっこりと微笑んでロバたちを見ました。
「僕は、歌いたい」
囁くように言ったヒバリの子の声は、どこかかすれていました。
「だから、ブレーメンに行きたい」
暗くなる空とは反対に、ヒバリの子は頬を赤く染め、ロバ、いぬ、ねこ、ニワトリを順々に見ると、ヒバリの子はにっこりと笑って言葉を付け足しました。
「だから、僕はあなた達と一緒に行きたい」
夜の風がゆっくりと地を這うよう流れてきました。その冷たさにニワトリが軽く震えました。けれども、ロバも、いぬも、ねこも、そしてニワトリも、一匹としてヒバリの子から目を離すものはいませんでした。
じんわりと広がった沈黙が、フクロウの声によって破られるようになって、初めてロバが口を開きました。
「我々は、あんたをつれていくことはできんよ」
ヒバリの子にとって、その年老いた声は冷たい氷のように体の熱を一気に奪っていきました。
「な、なんで!?」
思わず叫んでロバを見たヒバリの子に、いぬが続けました。
「なぜなら、君は私らとはちがう」
寂しそうないぬの声が闇に溶けた途端、ねこが口を開きました。
「そんなにうまく歌えるのなら、べつにうちらと一緒にいなくても幸せじゃないか」
なにも言え返せないまま、闇に目を凝らすヒバリの子に、ニワトリの声が突き刺さるように届きました。
「わしらにはね。ブレーメンに行く以外なにもないんじゃ。あんたは若い。歌もうまい。何もかもがわしらとは違うんじゃよ」
「そんな……」
立ち止まっている木から落ちそうになるのをぐっとこらえて、ヒバリの子は哀しげに呟くことしかできませんでした。
ロバがヒバリの子に背を向けつつ言いました。
「あんたは幸せだ。我らとは違う」
いぬが背を向けたのが気配で分かりました。
「若いしまだまだこれからじゃないか。私らについてくるなんて考えちゃいかんよ」
闇に光っていたねこの目が、一度細くなってから見えなくなりました。
「歌もうまい。うちらとは全然違う」
一つ羽を羽ばたかせ、ニワトリも背を向けたのが分かりました。
「わしらになんか、関わっちゃいけないよ」
闇の中、四匹がゆっくりと離れていく中、ヒバリの子は動けずにただその場に固まっていました。
「違う、違うのに」
呟いた声が闇に溶けても、もう四匹は振り返りもしません。
「違うのに、僕は」
目を閉じて幾度も同じ言葉を呟くヒバリの子は、やがて一滴の涙を、その目から流しました。
「僕は、幸せなんかじゃないのに」
たった一人。
闇の中で呟いた声に、応える者は誰もいません。
ヒバリの子は静かに涙を流しました。
歌うことが好きなヒバリの子は、ただ歌えずに泣きました。
自分の心を襲った悲しみを、どうしても歌に出来なくて。
鳴くことが出来ず。鳴く意味も見つけれず。
ただ、ヒバリの子は泣きました。
闇の中で。徐々に締め付けてくる寒さの中で。
ただただ静かに。
ヒバリの子は泣いていました。
それからロバたち四匹の動物は、君が知っているようにブレーメンには行かず、森にある小屋に住み着いて毎日仲良く歌いながら暮らしました。
ブレーメンには行かなかった彼らが後に「ブレーメンの音楽隊」と言うお話になるなんて、ちょっぴり可笑しいですよね?
ロバも、ねこも、いぬも、ニワトリも、年老いた動物たちはこれまでの苦しい生活を忘れて、ヒバリの子と話したことも忘れて、彼等の残りの日々をただただ愉快にすごしたそうです。
けれど。
それからヒバリの子の歌声を聞いたという人を、わたしは知りません。
昔々のお話です。
まだ悲しみや喜びが世界を変えることが出来た。
そんな、昔のお話です。
完
これはもちろん「ブレーメンの音楽隊」が元になっています。 結局は幸せになった彼等でしたが、 もしあの中に「実は音楽家になりたかった」キャラがいたら、 幸せな日々を過ごしている他の仲間を後目に複雑な気持ちだったことでしょう。 不自由ない生活って良いですよね。 でも、夢を追うことを引き替えにはできない…… それが若さなのでしょうか。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 |