ナイフ 作楽静

 いつも啓太は右手をズボンのポケットに入れてそこにあるナイフに触れていた。
刃渡りが七センチもある、ファッション的な要素はひとかけらも持ち合わせていない、ただの銀色の刃。
啓太は、ただそれを毎日食い入るように見ては、愛おしさと、寂しさと、そして自信をもって、光る刃の側面に映る自分の姿を見つめていた。 

 啓太のクラスの人間は、皆、啓太がナイフを持っているのを知っていた。
でも、何も言わなかった。彼らにとっては、啓太は空気のような存在だったからだ。

 ナイフを持って、自信にあふれた顔をしていても、空気は、重さを感じさせることはできない。

「俺は誰だって殺せるんだぜ」

 啓太の自慢げな言葉を、気にするものも一人もいなかった。
その言葉の後に、少し寂しげな顔になって、そして、鼻の頭に二本、小さなしわを刻む啓太を、誰も見もしなかった。

「こしぬけどもが」

 そう言って鼻を鳴らす啓太は、しかし、その間ずっと右手をポケットに入れたままだった。
無言の教室に、怒りばかりが啓太の表情に表れる。

「何とか言ったらどうなんだよ」

 それは叫び。ただ、力任せに机を蹴飛ばす。

「いいかげんにしなさいよ」

 シンっとなった教室に、声は驚くほどよく響いた。
目を見開く啓太よりそう遠くない場所で、真面目そうな少女が、細かく震える体を押さえながら、啓太を睨んでいた。

「いいかげんに、しなさいよ」

 泣きそうな声で、少女はもう一度呟いた。目を見開いた啓太の顔が、ほっと和む。

「ああ」

 小さく返事を一つすると、啓太は教室から出て行った。

――あれから啓太はもう、ナイフを持ちはしない。

あとがき
これは初めて書いたショート・ショートです。
星新一の作品に傾倒していた時、
彼の作品に反発するよう書きました。
でも
落ちてませんね これ。