言葉のない恋物語
夕暮れの赤に染まる教室で、友達に囲まれるようにしながら帰ろうとしていた岬香織の肩を竹籐豊は、少し乱暴にたたいた。
振り返る岬にそっと、囁くように言葉をかける。真面目そのものの竹籐の顔に、岬の表情が少し怪訝そうに曇る。友人達に手を振りながら岬は、先へ歩き出す竹籐のあとを追いかけた。
校舎裏では一本だけ埋められた梅の木が寂しそうに花を散らし始めていた。かぐわしい春を誘う香はすでに無い。もうそんな香りを嗅がなくとも、暖かな日差しとともに、春の風は近づいてきている。出会いと別れ、喜びと悲しみの混じる春の風が。
竹籐の真剣な表情に、岬は少しおどけた表情をして見せた、竹藤が真剣な顔をする時はいつも、何かというと岬は逆におどけた顔をして、その表情を崩していた。そんな二人の関係を励ますようにウグイスが鳴く。
竹藤が口を開く。おどけた顔だった岬の表情が、一瞬で固まった。何を言われたのか分からない。そんな顔をする岬に、竹藤は少しぶっきらぼうに言葉を繰り返す。
困惑。初めに現れた岬の表情に竹藤は気付いたのだろう。少し慌てて両手を振ると、恥ずかしそうに俯き、近くにあった石をいきなり蹴飛ばした。小気味良い音一つ響かせて、石は転がり梅の木に当たる。そのわずかな音にも驚いて、ウグイスは羽を羽ばたかせる。
苦笑しながら背を見せる竹藤のその背中は、とても寂しいもののような気がした。岬がいつも見ていたはずのその背中とはまったく違う別のもの。喜んだり、悲しんだり、一緒にいた空間そのものが、まるで嘘だったかのように、竹藤の背は弱く見えた。
竹藤から目をそらすように俯いて、岬ははっと気付いたように顔を揚げた。
瞬間、彼女が浮かべたのは穏やかない笑み。
口元がほころびるように開かれる。
ピタリと、竹藤の行動が止まる。拗ねるように地面を蹴っていた足が、一瞬で岬のほうへと向き直る。驚く表情と、つめよりかねない勢いに、岬は少し苦笑する。安心したように、竹藤の肩から力が抜けた。
岬の言葉一つ一つを聞き漏らすまいというように、竹籐はじっと岬を見つめる。
竹藤はゆっくりと指で自分をさした。それに答えるかのように、岬は頷く。しかし、その顔に出た笑みは、次の瞬間俯きとともに消えていく。不安に、知らず口は悲観的な言葉を紡ぐ。
一瞬竹藤は傷ついた表情をした。しかし、それは一瞬だけ。風が吹き終るよりも早く、強く、雄々しい表情へと変わる。
肩をつかまれて、岬は顔を上げた。
目の前にある竹藤の顔が、強気ないつもの表情をしている。
岬は再び頷きながら目から溢れるものをとめられず、指で目元を拭う。それに気がついて、竹藤は少しばつの悪そうな顔で鼻の頭をかいた。
夕暮れの冷たさは程よく二人の熱くなった思いを和らげる。
空に響く放課後のチャイム音は、二人の新たなスタートを知らせる鐘の音のように、岬は感じた。
まったく自然に、竹藤の手が差し出される。
少しおずおずと岬も手を差し出す。ぎこちなく触れた瞬間に、がっしりとその手を握り締めると、竹藤は今まで見せた事のないような笑みを岬に見せた。おもわず俯く岬に照れた顔で頭をかいてから、竹藤は歩き出す。
岬はその足に遅れないようについて行きながら、始まってしまった新しい出来事に、はやる鼓動を押さえられずにいた。
雲は風に流れつづけ、形を変えていく。だけど――
どんなに形が変わろうとも、思いは空につながれたまま。そんな気がした。
完
くさいです。 くさい恋愛物を書くとき、台詞があまりにもくさすぎて、 書いていると恥ずかしくなる気がしました。 そんなわけで、分離。 さて、あなたはこの物語から どんな会話をイメージしますか? |