ドングリ 作楽静
「はい、お兄ちゃん、これ上げる」 千恵子。初めて彼女に会ってから、その本名を知るまでに、私は二年かかった。なぜなら、それまで彼女はずっと、自分の事を「ちえちゃん」だと思っていたのだ。 「お兄ちゃん、これ」 私と千恵子は従妹どうしで、千恵子は、私よりも、二才年下だった。彼女とあって、去り際に必ずもらうのは、ぴかぴかに磨いたどんぐりだった。 「お兄ちゃん、これ」 彼女が、中学生になっても、くれるものは、ヤッパリぴかぴかに磨いたどんぐりだった。一度、彼女にたずねてみたことがある。すると彼女は、私の質問が、あまりにも見当違いであるかのように、ひどく悲しい顔をした。 「どんぐり、嫌いだった?」 私は、ただ小さく首を振ることしかできなかった。 私と彼女は年に、ほんの数回しかあえなかった。私たちの両親が、互いに遠くに澄んでいたのがその理由だが、だからか、あうたびに、私には千恵子がどんどん綺麗になっていく気がした。 お兄ちゃんから、お兄さんに変わるまでは、そう時間はかからなかった。そして、お兄さんから、私の名前へ…… 「高志さん? 何をしているの?」 鈴を鳴らしたように美しい声。そう言うのは誉めすぎかもしれないが、私にとって、今これほどに心地よい音はない。彼女の手が、私の背に回されるまで、あえて私は知らん不利を決め込む。 「あ、私のどんぐり」 彼女が、千恵子が小さく声をあげる。 私の目の前には、もうもらうことのないどんぐりが十二個、数をそろえて並んでいる。
完
この作品は、 かなり精神が飛んでいたときに書きました。 さらに、書いた季節は秋ではなく初夏です(苦笑 自分の妄想が爆発したといえるでしょう…… こんなこと 言わなきゃ分からないのにねぇ(爆 ここまで読んでくれてありがとうございました。 |