大熊さんのスノードロップ

劇団TABASUKO公演前ふりショート・ショート


気づけば灰色の空だった。

雪でも降るのかと竹原は煙草をくわえながら思った。

それもいい。

降るなら降れ。

2月には雪も珍しくは無いだろう。

「待った?」

呼び声に背筋が固まった。

「ああ。待ちつかれたよ」

隣りから男の声がし、ベンチを立った気配を感じた。

つまりはそういうことだ。

竹原はため息をつくと、唇で煙草を弄びながら辺りを見渡した。


駅前の八坂公園は比較的綺麗な作りをしている。
1995年に作られたと説明する石碑を端に構え、中央に噴水。取り囲むように木製のベンチが置かれている。
休日ともなれば待ち合わせをするカップルがちらほらと目に付く。
何でも八坂駅が出来た当初、ここには木造のアパート群が立ち並んでいたらしい。
その木造アパートが1990年に起こった連続放火で見事焼け落ちた。アパートの大家だった菊田幸三氏は、風聞が悪くなった場所に二度とアパートを建てようと考えなかった。そして、1992年。売り出された土地を買ったどこかの男は、地元住民に何の連絡も無く工事を着工した。八坂は小さい町だったため、様々な噂が当時飛び交ったらしい。駅を見下ろす超高層ビルが立つのだと訳知り顔で話す男も居たというのだから、その工事がいかに地元住民に胡散臭く移ったかは想像に難くない。
だがしかし、出来上がったのはただの公園だった。
そして、以来工事をした男の姿を見たものはいない。
その不気味とも言える出来事は八坂町七不思議のひとつになっている。

そんな場所で竹原は一人待っていた。

誰を?
竹原に問えば答えは帰ってくるだろう。
それは愛するただ一人の――

「先輩?」

おや?

「いや、『おや』じゃなくて」

どうやら見つかったらしい。

「そりゃ見つかりますよ。……何やっているんですか? そんな植え込みで」

そういって竹原はベンチの斜め後ろにある植え込み(ガーベラと言うものが植えてあるらしい。説明の札曰く、であるが)に立ちつつ、このノートを取っている私を見た。
つまり、それは小説というもの置ける語り部の位置へのアンチテーゼというものだな。

「いや、良く分からないですが」

分からなくてよろしい。と、私はノートに書く事にする。

「まぁ、それはともかくだ」

あ、これは私の発した声である。中々渋い声をしていると自分では思っている(もちろん自画自賛だ)
私は少し呆れ顔で言った。

「やっぱりここか」

「いやぁ……あ、それより先輩。煙草持ってないですか?」

「禁煙している人間に酷なこと聞くな」

「ですよね」

それきり黙る竹原。その顔はもう遠くを見ている。

「来ないといったんだろう?」

思わず私は言ってしまう。もうこんな会話は何度しただろうかと思いながら。

「待っているって言いましたから」

「来ないもの待って、どうしようってんだ」

小さく竹原が笑う。

「それより先輩。今日はどうして?」

「ああ。有休だよ」

「いいんですか? 出世に響きますよ?」

茶化すような声。だが、目だけは笑っていない。
人ごみを探るように見ている。諦めきっていない目で。

「いいんだよ俺は。お前こそ非番のたびに毎回じゃ休めないだろ」

「そうですか? 結構気分転換になりますよ」

「……そういうものかね」

私は竹原の隣に座った。
ベンチの冷たさがコート越しに腰を通り越して背中まで瞬時に冷やす。
遠かった竹原の目が再び私を見た。

「先輩も、待つ気ですか?」

うかがう様な目。
そりゃ嫌だろうな。ニヤリとしそうになるのを抑える

「俺は座っているだけだ」

「変な気、起こさないでくださいよ?」

「言ったろ? 有休だって。あいつの事は、お前に任せるよ」

あいつ。
それが竹原をこんな場所にいつまでも座らせる原因になった存在だ。
と、その先を囲うか迷った挙句、言葉に出してみた。

「二ヶ月か、もう」

もちろん、竹原があいつを待っているのが、である。

「まだ、ですよ」

言い返す竹原の表情が曇る。
楽しくなって続ける。

「来るかねぇ」

「さあ」

「お、自信ないのか?」

「来ないって、言いましたから」

「じゃあ、何で待つんだよ」

「……待ってるって、言いましたから」

竹原が両手を握る。
こりゃ言ったのはそれだけじゃないな。と思うがそれは言わないでおく。

「余計なお世話です」

声に出ていたか。反省反省。
竹原が顔をそらした。すねてやがる。24にもなってガキみたいなやつだ。

「冷えそうだな、今夜」

「……ですね」

渋々と竹原は返す。
なんだかんだで先輩には逆らえない。そこがこいつのいいところだと私は思う。

「雪、降るかもな」

「ですね」

知らず、二人して空を見ていた。
灰色の空だった。
雪でも降るのかと私は思った。
これ以上寒くなるのはちょっと困る。
そんな事を思っていた――

「あ」

「どうした?」

「雪……」

それは、ゆっくりと舞い降りてきた。
灰色の空から、時折視界から消えつつ。音も無く。
何もこんなときにと思いながらも、一人の女を思い出していた。



それは冬の女だ。



冬にしか現れない女。

それなのに、季節の全てを私から奪った女。

あの女に出会ってから、私の季節はあの女の季節だけになった。

名前も知らない女。

ただ、こう呼ばれる事を好んでいた。

それは冬に咲く雪の花の名。




スノードロップ――

あとがき
えーこれはですね、現在劇団TABASUKOで公演準備をしている、
「リトル・スノードロップ」という作品の為のショート・ショートです。
公演に来ていただける方は、このSSの意味を楽しみにしていてください。公演に来られない方も、台本はいずれいつものようにHPにUPされますので、どうかそれを楽しみにしていてください。

語っているようで、何も語っていないSS。
最近小説っぽい物を書いていない楽静にとってのリハビリとして、
これぐらいの量を書かせてもらいました。

不快になられた方が居ましたら申し訳ありません。
そして、最後まで読んでいただきありがとうございました。