魔術師からは逃げれない リュウキ伝説@

「フッくん、フっくんはいるか」

 広いホール内にでかい声が響きわたる。縦五十メートル、横三十メートルの、無駄に広いけれど、これでもれっきとした、個人部屋だ。……しかもペットの。

「はいはい、何ですかリュウキさん」

 間延びした流暢なロシェント語で答えたのは、両手にちょこんと乗ってしまうほどの生き物。自称、『高貴なる竜族』ことフっくん。だけど、本当はリュウキさんが百トロンで卵を手に入れて、毛布でくるんで育て上げた雑種だ。大声を上げていたリュウキさんは、フっくんの登場に満足そうに頷いた。

「うむ、フっくんいたか。暇だ。何か芸をしろ」
「芸ですかぁ。僕貧血なもんで、朝きついんですけど」

 フっくんが、小さな手で頭を支えつつのたまう。そう、今は朝の五時。こんな時間で起きているのは、宮廷でもリュウキさんと、僕ぐらいなものだ。しかし、リュウキさんは、他人の意見など知ったこっちゃ無いと言いたげな威圧感でフっくんに指を差す。

「いいからやれ」

 リュウキさんは、まだ十七才でありながら、王族として充分あまりある自己中心的性格を持っている。それを、ただのわがまま王子と言えばそれまでだ。でも、未だかつて、リュウキさんの赤い、両の瞳に見つめられて、自分の意見を曲げないでいられた人を、僕は見たことがない。

「……はい」

 フっくんは小さく頷くと、パタパタと背中の羽(彼の羽の大きさでは、とても彼の体を持ち上げるのは不可能なはずなのだがなぜか飛んでいる。一度、その身体を探ってみたいものだ)で、空中停止すると、すぅっと空気を吸い込む。そして。

「昔、昔昔昔……小山の小山の小山の……爺さんが……」

 と、一人輪唱をし始めた。

 宮廷内に、ほんわかした歌声が、音程をまったく無視して流れ出す。広いホール場となっている部屋が、音響効果となって、歌にさらなる深みをつけた。

「………」

 リュウキさんは、フっくんを睨み付けたままじっと黙り込み。……腰から剣をスラリと抜き取る。

「だ、ダメですリュウキさん。フっくんに罪はありません。寝ぼけているだけですからっ」

 だっと、たまらず僕は壁の影から飛び出した。そのまま、小動物を切り捨てようとするその腰にタックルする。本当なら、そのまま床をごろごろと転がって、剣を奪い取る気でいたのだっけれど、出来なかった。リュウキさんは、僕の全力体当たりごときでは、ビクともしなかったのだ。

 なんて、これじゃあまるでリュウキさんが太っているように聞こえるかも知れないけど、そうじゃない。事実、僕の手は、リュウキさんの胴の反対側で、しっかりと指を噛み合わせることが出来る。リュウキさんの踏ん張る力が、人並みに長けているんだ。

「……ライ。ずいぶん面白い事をしているな」

 ニヤリといやな笑顔を浮かべてリュウキさんが僕を見下ろす。ぞわっと、背中の下側から、いやな感触が這い上がってくるのを感じた。余りにも、似合いすぎた笑みにだ。

「いや、あの、リュウキさん……」
「お前に、男に抱きつく趣味があるとは知らなかったぞ」

 リュウキさんの細い両手が、僕の頭上で剣の切っ先を輝かせる。僕はあわててその体から逃れた。瞬間、分厚い絨毯に、ぐさりと小気味よい音がして、剣が突き刺さる。

「ライ。私がレズは認めるが、ホモは嫌いだと言ったのは知っているな?」

 怪しげに、リュウキさんの目が輝く。音もなく剣が床から引き抜かれた。

「いや、はい、でも、僕は」
「その理由が、小さい頃、ホモと名のつく者達に散々追いかけ回されたためなのも分かっているな?」

「は、はい、でも」

 ゆらりと、その姿が揺らめく。

(やばい)

 そう直感的に感じて、僕はあわてて横に飛んだ。刹那、僕がいた場所にリュウキさんは突きを放っている。

「相変わらず、勘はいいな」
「あの、だから、僕はホモじゃなくて」

「問答無用」
「聞いてくださいぃぃ」

 リュウキさんは、消えるように早く襲いかかってくる。僕はあわてて腰から剣を引き抜いた。と、同時に、すぐ目前で、ガキンと剣同士がぶつかり合う。淡白く輝く刀身が火花を散らすのを、僕は確かに見た。

「ひぃぃ」
「ほう、ライ。お前機械魔法専門だと言っていたが、剣もなかなかじゃないか」

「そ、そんなことありません。リュウキさんに比べたら、ぜんっぜん駄目です」
「見え透いたお世辞を……」

「お世辞じゃないってぇ」

 ビュッと空気が切られる。僕はすんで所で逃げる。が、服の右肩が切り取られたようになくなっていた。いや、それは偶然なんかじゃなく、僕が避けることも計算してリュウキさんがやってることは一目瞭然だった。なぜって、僕の肩には、数ミリも傷が付いていない。リュウキさんの剣の腕の前では
、僕なんかは赤子同然なんだ。そう考えているうちに、僕のズボン右半分が切り取られて無くなっている。

「リュウキさん、止めて下さいよぉぉ」

 僕は、声を限りに叫びまくる。

「フフフ、さあ、ドコまで私の剣から逃れられるかな」

 はっきし言ってど外道な言葉を端正な口元から吐きつつリュウキさんは優美に剣を振るう。どんなに避けても、僕はとうていその速さに叶わない。そして。

「……私は何で怒っていたのだ?」

 リュウキさんがそう呟いて剣をさやに収める頃、僕は、手で大事な部分を隠し、床に転がっていた。もうどうにでもしてくれってほどに体力は露と残っていない。でも、リュウキさんは、息一つ乱さないで、僕を見下ろす。

「だらしないぞライ。そんなんで、私の護衛が務まると思っているのか」
「す、すいません」

 疲れ切った体で、僕がそれだけ呟くと、満足げに一つ頷いて、リュウキさんはくるりと背を向けた。

「よし、食前の運動もしたことだし、そろそろ朝の食事をするとしようか。ライ、早く来いよ。朝飯が冷めてしまうからな」

 そう言って、さっさと部屋を出て行ってしまう。いや、そう思ったら、部屋のドア前で振り返った。

「そうだライ。お前、私が起きたときからつけてるにしても、私の側にいればいいだろ。隠れてこそこそしているから怪しまれるんだ」
「……わかりました」

 僕は、それだけしか言えなかった。リュウキさんは、今度こそ満足そうに頷くと、部屋から出ていく。

「ライさんも大変ですねぇ」

 いつの間にか、僕の頭のすぐ隣りにちょこんと座ってフっくんが呟く。その同類を哀れむ視線に、僕は胸中で涙を流した。人として生まれて十八年。何が悲しくて、小動物に哀れまれなければならないのだろうか。

(ああ、僕って不幸だなぁ)




 リュウキさんはめっぽう強い。
 リュウキさんはとても頭がいい。
 そして、リュウキさんは類い希なる美貌を保持している。

 僕、ことライ・ヨドルネートは、身長168p、体重52s、少し小柄だけれど決して珍しくない外見を持った極一般的な人間だ。三大国家の一つロシェント国の次期王、リュウキ・ロシェントさんの護衛を務めている。そう言うと、たいそう長くて、とても偉いように聞こえるけど、簡単に言ってしまえば、だだっ子の子守だ。

 僕は今年で十八歳。本当なら、護衛なんて一生を食いつぶす仕事になんか就かずに、どこかの魔法研究所で、自分の才能を大いに発揮しているはずだったんだ。そうならなかったのは、リュウキさんに原因がある。

 リュウキさんは、頭が良くって、強くって、かっこいいと、頂点に立つために生まれたような人だ。でも、結構、いやかなり性格に難があって、『遠目に見る分には良いんだけどねぇ』と言うのが大半の人の意見だ。そして、僕もそうだった。

「そうだよ、アレさえなければよかったんだよなぁ」

 フっくんの部屋で転がったまま、僕は起きあがる気力もなく、ぼぉっと天井を見ていた。脳裏に浮かぶのは、リュウキさんとの初めての出会い。彼の、最初の言葉………。




『お前、ハンカチを持ってないか?』

 僕がいつものように魔法研究上に行く途中、道ばたで木に寄りかかり、そう言う男にあったのは、昨年の12月だった。

『はあ、持ってますけど?』

 帽子を深々と被り、腰には剣を下げ、その上服装だけは一般人に見えるという、一見怪しい風体の男に言われてとりあえず頷いてみると、彼は『そうか』と言った途端、片手をズイッと差し出した。

『よこせ』
『は?』

『いいから早く!』
『は、はい』

 その、どんな人間をも逆らいがたい声に、僕はあわててポッケに入れてあったハンカチを取り出しつつ、相手の顔色をうかがいながら差し出した。それは、前の日に念入りにアイロンがけをした、僕のお気に入りのハンカチで、その僕のハンカチを手に取ると、彼はいきなりそれを鼻に近づけ、チーンと……要するに鼻をかんだ。

『あ、あああ』
『ふむ、すっきりした。返す』

 そう言って、彼は、粘っこい物がついた状態のハンカチを、ズイッと僕に向かって差し出す。

『いりませんよ』

 僕は、少々の不気味さを感じながら、丁寧に辞退した。……つもりだった。

『なんだと、私の差し出す物がいらないと言うのか』

 ところが、彼はいきなり怒りだしたかと思うと、腰から剣を引き抜いた。銀色に輝く、よく切れそうな剣。

『え、ちょ、ちょっと』 

 何か言う前に、体はもう後ろに飛んでいた。すぐその前を剣がかすめて、空気が鋭く左右に着られる音がする。こう見えて、僕は小さな時から反射神経だけはよかったのだ。

『ほう、私の剣を避けるとは』

 彼は、ニヤリと口元にいやな笑いを浮かべた。僕は、どうにかこの人から逃げる手だてを必死に考えていたのだけれど、どうにも実行できないでいた。そんな僕に向かって、彼はいきなり手を差し出した。

『気に入った。お前、私の所で使ってやろう』
『え?』

 偶然だろうとは思う。だけどその時、横の方から強い風が吹いてきて、彼の帽子を吹き飛ばした。そして、僕は彼の顔を見てしまった。

『え、あ、あれ。女だった……』

 僕が間違えたのも、無理はないと今でも思う。リュウキさんは、遠目に見ればそりゃあ男の人に外見上分かるけど、近場でまじまじと見ると、どっちだかわから無くなるときがある。でも、それは、本人にとってはタブーだって事を、その時の僕が知ってるはずもなく、次の瞬間僕の目の前には、剣の切っ先が迫っていた。

『……私が、今まで性別の間違いをされて殺さなかったのはお前が初めてだ。誇りに思え』
『え、は、はい』

 恐怖で足が含む僕に朗らかに笑って見せ、そしてリュウキさんは言ったのだ。僕の人生を決定する言葉を。

『お前、私の護衛にしてやろう』




「ライ、遅いぞ。待ちくたびれてしまったではないか」
「はいはいすいませんでした」

 昔のことをちらほらと思いだしていたせいで、(一年前を昔に思うなんて、僕も苦労したなぁ)僕は朝食の時間に遅れまくってしまった。まあ、原因はそれだけじゃなくて、どうにか人目に付かないように、自分の部屋まで服を取りに行くか悩んだせいもあるんだけど。その経緯、(……散々苦労したあげく、フっくんの部屋のシーツを体にまいていったんだけど、メイドさんに見つかって、キャアキャア言われた上にあわてて逃げたおかげでシーツが部屋寸前で外れ、今年四十を迎えたメイド長さんに、体の隅々まで見られた)なんて、とても恥ずかしくて、詳しく言えたもんじゃない。

 とにかく僕は、何気ない顔をして席に着いた。席は、リュウキさんの隣り。その僕の横に、ペットであるフっくんが腰をおろし、僕らの前に、国王であられる、サイガ様が座られる。

「さて、では皆集まったことだし、食事にしようか」

 サイガ様の言葉に、リュウキさんが頷いて、フォークとナイフを手に取る。

「始まりの食事をとれることを、神に感謝します。今日も一日、いい日でありますように」

 サイガ様のとなりにたって、静かに神への言葉を捧げるのは、神官長のビギョン様だ。その言葉の終わりを待ってましたと言いたげに、まずフっくんが皿を持ち上げて食べ始め、朝の食事は始まりとなる。

「そう言えばリュウキよ」

 サイガ様が、スープを口に運ぶ手を休ませ言う。その言葉に、同じようにスープを飲もうとしていたリュウキさんは、その手を下に置き、ナプキンで軽く口元を吹いてから聞いた。

「何ですか?」
「うむ。このごろお前は魔法の授業をさぼっているようだな。ミシャナルトから聞いたぞ」

「すいません」

 リュウキさんは素直に頭を下げる。

「ち、あの禿頭チクったな」

 小さく言った言葉は、僕の胸にだけ納めておこうと思う。

「私に謝っても仕方あるまい。彼は高齢ではあるが、そのぶん腕の立つ魔法使いだ。将来この国を背負う立場として、ためになる授業だと思うぞ」
「ハイ、分かりました。今日からきちんと受けることにします」

「ふむ。そうしてくれ」

 カチャカチャと食事の進む音だけが響く。親子の会話はそれだけで、後は食事にのみ専念された。王として、王子として、甘えることは許されないのだと、僕が初めて城に来たときの夕食終了後にリュウキさんは言っていた。僕はその時の顔が、リュウキさんの本当の表情だと思っている。甘えを許さない、王の顔。寂しそうでいて、強い。

「では、私はこれで」

 しばらくして、リュウキさんが立ち上がる。

「ふむ。今日も一日ガンバレよ」
「はい」

 サイガ様の言葉に一つ頷くと、リュウキさんはさっさと父親に背中を向けて歩き出した。

「ああ、リュウキさん、まって下さいよ」

 食後のデザートとして楽しみにとって置いたプリンを一口で口に運ぶと、僕はあわててその背中を追いかける。フっくんは、まだ美味しそうに食事をしていた。

「ライ」
「はい、なんですか?」

 部屋のドア付近で、リュウキさんが立ち止まる。返事をした僕にリュウキさんが見せたのは、いたずらっ子のような、はっきり言ってとてもリュウキさんらしい笑み。

「ミシャナルトの爺を、へこましてやれ」
「そ、そんな、出来るわけないじゃないですかっ」

 ミシャナルトさんは、今年で八十六歳。だんだんと耳が遠くなっているようで、耳元で言わないと、言葉が分からないときがある。でも、彼は、この国では五本の指にはいる魔術士でもある。なんせ、国お抱えの魔術士なんだから。

「大丈夫だ、お前なら出来る。なんと言っても、私の剣を避ける男だ。それに、お前去年まで、魔法学校に通っていたじゃないか。しかも、首席だって聞いたぞ」

 笑いながら、リュウキさんは僕の両肩をポンポンと気楽に叩く。

「そりゃ、成績はよかったですけど、駄目です、魔法学校の魔法なんて、本物の魔法使いに効くわけないじゃないですか」
「そんなことあるものか。所詮、いくら腕のいい魔法使いだって、使っている魔法は、魔法学校で習ったものだろう」

「ダメ、ダメです。出来ません、しません」

 僕は強く左右に首を振ることで、反対の意志を示す。ところが、その顎を、リュウキさんが軽々と掴んで自分に向かせる。

「……私がやれと言ったらやるんだ」

 それは、とろけるような笑顔だった。
 たいていの女の子どころか、一部の男でさえもよろめかしてしまう、そんな笑み。
 だけど、僕は知ってる。こんな笑みを浮かべた時のリュウキさんが、一番怖いことを。

「………はい」

 結局僕は、力無く頷いていた。

「そう来なくっちゃ。いやぁ、今日は楽しくなるぞぉ」

 リュウキさんは、気楽に僕の肩をばんばんと叩く。僕はただ、トホホな気分のまま、今日一日生きていられるだろうかと、星占いでもしたい気分に駆られていた。




「ふぉ、ふぉ、リュウキ様、何をおっしゃるかと思えば。ずいぶんとご冗談が過ぎるかと」
「ハハハ、冗談じゃないぞミシャナルト。私の専属護衛であるライが、お前と勝負をしたいとかねてから言っていてな。それで、今日、その勝負をしてみようじゃないかと言うことになったんだ」

『言ってないぃぃぃ』

 かび臭い匂いが辺りに漂うミシャナルトさんの個人部屋で、僕は声を限りに(心の中で)叫んでいた。偉そうにふんぞり返りながら、さも相談して決めたように言うリュウキさんの前で、ミシャナルトさんは、重そうに手を耳に当てる。

「……すいません、この爺、耳がよく聞こえないのです。どうか、もう一度言ってくれませんか」

 それが、本当に耳が聞こえないのか、それとも、リュウキさんが言ったことを、とても本当のことと受け取れないのか、僕には分からなかった。(たぶん後者だろう)

「ふむ」

 リュウキさん、眉を少し傾けると、いきなり空気を吸い始めた。そして、辺りに響きわたる大声で言う。

「ライが、お前なんかぶっ倒すだとぉぉ」
「言ってないぃぃぃ」

「何ですとぉ」

 奇しくも、僕とミシャナルトさんの声が重なる。でも、そのせいで、僕の声は彼の耳には届かなかったようだ。ミシャナルトさんはプルプルと、その身体を震わせ、目だけで僕を睨み付ける。

「ヒヨッコが、このワシを倒すというのか?」
「いえ、ぼ、僕は別に、あの、リュウキさんが勝手に」

「ワシも舐められたものじゃのう」
「いやだから、違うんですってば」

「フゥ、仕方ない、格の違いを教えてやるとするか」

(……本当に耳が遠い)

 僕が何を言っても、ミシャナルトさんは、もう聞く耳を持たない、もとい、聞こえていなかった。くるりと僕に背を向けると、危なげな足取りで、個人部屋のさらに個人部屋みたいなドアをあけ、姿を消してしまう。

「はぁぁ」

 ため息をつく僕の目の前で、小さなドアがばたんと閉まった。僕は、もうどうしようもないことをいい加減悟り、改めて辺りを見渡してみる。

 ミシャナルトさんの部屋は、もう本棚で出来ているとしか言えないほど、本ばかりぎっしりそこらに積み重ねてある。その中には、当然貴重な本もあるのだろうけど、あまり保管状況がよいとは言えない。

(やはり、彼ぐらいの魔法使いになると、僕ぐらいが喉から手が出るほどほしいと思う本なんて、ゴミなのかもなぁ)

 埃に被ったほんの山を見て、ふと、そう思った。つまり、それは僕なんかじゃ絶対勝てないって事に繋がるわけで。

「やったなライ、あの爺戦う気になったみたいだぞ」

 どんどんやな考えが頭に浮かんでは消え、浮かんでは消える僕に、リュウキさんがそっと耳打ちする。僕はクルリとリュウキさんに振り返って、その袖を掴んだ。あまり強く掴むと、また変態扱いされるから、ティッシュを掴むように軽く。

「リュウキさん、今からでも謝って、止めてもらいましょ。僕死んじゃいますよ」
「大丈夫だ」

 リュウキさんがどきっパリと言い放つ。その顔には、微塵も不安など映っていない。

(まさか、秘策でも……)

 期待を込めた瞳で僕はリュウキさんを見た。リュウキさんが、難しい顔でその口を開く。

「骨は拾ってやる」

 お城の中では色々な音がする。
 洗濯物を、運ぶ、重そうな足音。
 城を守る戦士達の息づかい。
 窓から入る風の音。
 色んな音がいっぱいいっぱい。

「こらこら、現実逃避するんじゃない」

 ベキッと、頭に激痛を感じて、はっと僕は顔を上げた。なにか数秒間、ここではない場所に飛んでいた気がする。リュウキさんは、初めて不安そうに僕を見た。

「大丈夫か。恐怖で狂うにはまだ早いぞ」

 ニヤリと、その口が非道にほくそ笑む。

「これからイヤってほど味わえるんだからな」
「いやだぁぁぁ」

 僕の叫びに、同情してくれる人など誰もいない。

「さて、そろそろ始めようかの」

 いつもとは違う、冷淡な声が後ろから響く。
 もう逃げられない。
 これが、僕の運命なんだ。

「……はい」

(死んだかなぁ)

 半ば恐怖を通り越し、方頬をひくつかせながら僕は振り返った。そして、ミシャナルトさんの姿を見て驚愕する。

「なっ」
「ずいぶん悪趣味だな。何処の仮装だ?」

『なんでやねん』

 とりあえず、心の中でリュウキさんにつっこみを入れつつ、僕はまじまじと目の前のご老体を眺めた。はっきり言って、リュウキさんの言うとおりだ。

「フォフォフォ。今更怖じ気づいてももう遅いぞ」

 ミシャナルトさんが、そう言って笑う。
 赤い三角帽子を頭から被り、虹色の袈裟を肩に掛け、空色の靴を履き、腕には、数珠やら、リングやらがゴチャゴチャと付いている。悪趣味なんてレベルじゃなかった。もし、道をそんな格好で歩いていたら、間違いなく人並みは左右に分かれる。そんな格好だった。でも、その服の恐ろしさを、僕は十分に知っている。

「……こりゃ、死ぬよ」

「フォフォフォ。準備はいいぞ。いつでもかかってきなさい」

 口元だけで笑って、冷たい瞳が僕を睨む。ゾクリと、僕は背筋が寒くなるのを感じた。
 本気だ。

 八十をとうに過ぎている爺さんが、まだ二十歳にもなっていない若造に本気を出そうとしている。いや、ミシャナルトさんの目は、僕を若造だとは見ていなかった。なぜかは分からないけど、その目はハッキリと、僕を敵だと認識している。

「よし行け、ライ。あんなただ派手なの、お前なら楽勝だぞ」
「な、何言ってるんですか、死んじゃいますよ」

 後ろで呑気に僕の背を叩くリュウキさんの声を聞いた瞬間、僕はもう冷静を保てなくなって振り返った。

「あの、派手な服一つ一つ、どれをとっても、魔法研究者の中じゃあ知らない者がいないほどの貴重な品ですよ。相手の魔法の効果を和らげたり、自分に魔力をつけたり、魔法を使うときの精神力を減らせたり。って、とにかくベラボーに凄まじいんですよ、しかもあんなに。勝てませんよぉ。死んじゃいますって」

 僕の必死な訴えに、リュウキさんはただ小指で耳をほじくっただけだった。

(ああ、あなたって人は。立ってるだけなら絶世の美女でもとおるのに、そう言うコトしますか……)

 どっと、自分の無力感を思い知る。そんな僕のおでこを、ご丁寧に、たった今耳をほじっていた指で、ピシンと弾く。

「ったぁ、な、何するんですかぁ」

 じわじわと痛むおでこをさすりつつ、僕は思わず涙目になってリュウキさんを睨み付けた。と、そのリュウキさんの顔が、グイッと近づく。

「だから、勝てるんじゃないか」
「え?」

 一瞬、痛さも忘れて、リュウキさんの顔を見る。リュウキさんは、「なっ」とウインクをして、くるりと背を向けてしまう。

「え、リュウキさん、今の……」
「若造、来ないのならば、こちらから行くぞ」

 リュウキさんを呼び止めようとして、口を開いた僕と同時に、ミシャナルトさんの大声が、辺りに響いた。瞬間、僕は反射的に左に飛んでいた。その一瞬後に、その場が鋭くえぐられる。……風の魔法だ。

「ほう、避けるとは、なかなかやるようじゃのう。じゃが」

 僕はあわててミシャナルトさんの方を向いた。と、同時に僕の体は右へと避けていて、さっきと同じようにその場が深くえぐられる。

「素晴らしいぞライ。お前の勘は天下一だ」

 リュウキさんが、なぜか片手に旗を持って、それを左右に振りながら声を掛ける。一体どういうジョークなのか、僕にはとうてい理解することは出来なかった。

(とにかく、攻撃しなくちゃ)

 勝たないと、負けることになる。それは当然だけど、きっと僕の負けは、イコール死だ。勝たなくては未来がない。

(でもどうやって)

 ヒラリ。ジョワァァ!

(こんなに強いのに)

 ヒラヒラ。ドガガァガ! 

(無理だよなぁ)

 ヒヒラララ。チュワ、ドガッ、シュバン。

「ふむ。頭では凄まじく試行錯誤しつつも、その身体は相手の技をコンマ数秒でかわしている。しかも、その顔にいっぺんの迷いもなく、さらに、対して焦っても見えない。その表情にあいては焦り、次々と大技を繰り出すのだが、本人はその事に気づいてすらない……技だな」

 リュウキさんが、後ろでなにやら淡々と呟いているのが聞こえる。いい気なものだ。

(くぅぅ、リュウキさんったら、人の状況も知らないでぇぇぇ)

 怒りが胸の底から沸々とこみ上げてくる。だいたいにして、僕が何でミシャナルトさんと戦っているのかと言えばリュウキさんのせいだ。それなのに、自分ばっかのんびり観戦とは余りにもひどい。ひどすぎる。秘策の一個くらいつけてくれたっていいじゃないか。

『だから勝てるんじゃないか』

(だから?)

 瞬間、リュウキさんの言葉がよみがえり、ぼくはその言葉の不自然さに今更気づいた。『だから』というのは、その前後の会話状況から考えて、ミシャナルトさんの装備についてだ。彼の所持する、恐ろしいまでの魔法道具、それが一体どうして、僕が勝つ理由に?

 僕は、ミシャナルトさんをあらためて観察した。彼はまだ充分体力には余裕があるようだけど、なぜだか焦りの表情が浮かんでいる。

「ほう、今度は反復横飛びでの魔法回避か。なるほど、爺を観察するには、それが一番いい方法だな。……しかしライ、怖いぞ」

 リュウキさんが何か言っている言葉も聞こえない、いや、耳に入れない。絶対、僕には関係ないことだと分かっているから。とにかく、ミシャナルトさんの装備を見る。

「若造がぁぁ」

 魔法を跳ね返すリング。魔法強化の靴。相手の魔法を吸い込む袈裟に、魔法消費を減らす帽子。魔法消費を必要としなくなるネックレスに、各種魔法がこもった数珠。

(……ずいぶんでたらめだなぁ)

 魔法消費が無くなるネックレスをつけた時点で、魔法消費を減らす帽子を被っても意味がない。それに、相手の魔法を吸い込むローブと、跳ね返すリングなんて、矛盾しすぎだ。

 なんて言うか、ただあったものをつけただけのような……。

(もしかして……)

 ふと、楽しくもおかしくない想像が浮かんだ。さっきから飛んでくる魔法は、同じような直線魔法だけだ。相手を束縛したり、眠らせたりするような補助魔法は一切無い。だからこそ避けていられるんだけど。そう言った魔法って言うのは、どちらかというと初歩にあたるもので、その魔法だけを閉じこめた道具なんかも創られている。……そう、数珠のような形で。

「ライ!」
「ハイっ」

 いきなり後ろからかかる声に、僕は反射的に振り返っていた。瞬間背中に向かって何か飛んできた気配を受けて、上へ飛ぶ。

「しまったっ」
「なんとっ」

 それは当然リュウキさんに向かって真っ直ぐ飛び、思わず僕とミシャナルトさんの声が重なる。

「なっ」

 リュウキさんの顔が驚きに染まる。
 赤々と燃えた魔法の球体は、なんのためらいもなく、天使が作り出したような、神秘的なその顔に食いつくように近づき……

「リュウキさんっ!」
「ふん」

 ……叫んだ僕の目の前で霧散した。

「え?」

 呆然とする僕の目の前で、片手に剣を握りしめたリュウキさんが、当然のように、顔に少しのケガもしないで立っている。

「ライ、私を誰だと思っているんだ?」
「……未来において王となられるリュウキ・ロシェント様です」

「よろしい。あまり、舐めるな」

 そうだった、リュウキさんは、とてつもなく強かったんだ。目の前に迫ってきた火球程度、持ち前の剣の技で、無かったことにしてしまうことぐらい、朝飯前に違いない。

「ライ、これを使え」

 感心する僕に向かって、リュウキさんはぽいっと何かを投げてきた。僕はとっさに受け取って、瞬間、どんな顔をしたのだろう。

「りゅ、リュウキさん、これっ」

 それは、リュウキさんの剣だった。正真正銘、一本しかないリュウキさんの護身用剣。

「魔法が効かないのなら、それでやるしかないだろう」

 竜鬼さんは、当然と言った顔で僕を見る。

「え、あ、あ、あの」
「答えは、もう出てるのだろう」

「……はい」

 まったく、リュウキさんには勝てない。僕はあらためて感じつつ、剣をぎゅっと握りしめた。キラリと輝く、冷たい刀身が、威張りながらも美しいリュウキさんを想像させる。

「ミシャナルト、そう言うわけで、剣を貸したぞ」

 リュウキさんの大声に、ミシャナルトさんは、気づいたように顔を上げた。きっと、リュウキさんの目前に火球が飛んだ瞬間に、彼の寿命は十年くらい逝ってしまったに違いない。少し疲れたような顔で、数秒言葉の意味を理解し、コクコクと二回頷く。

(ありゃわかってないな)

 なぜか、そんな気がした。

「よし、ライ、行って来いっ」
「はいっ!」

 リュウキさんの言葉に押されて僕は駆け出す。狙う場所はただ一つ。

「なにをっ」

 ミシャナルトさんは、驚きの声を挙げつつ魔法を生み出す。形成されたのは風の刃。それを、僕は避けることなく横に叩ききる。

「ばかっ」
「いったぁっ」

 リュウキさんの叫び声と、僕の体を風が切り刻んだのはほぼ同時だった。縦の風じゃなくって、横の風だったんだ。すっかり忘れていた。

「いててて」

 それでも、僕の体に刻まれた傷は少しだけだった。反射的に、体が致命的な傷を受けないよう避けていたらしい。一方、ミシャナルトさんの目には当然直撃したように見えたらしく、目を見開いて僕を見る。

「そんな、まさかっ」

 その瞬間を見逃すほど、僕はお子さまじゃない。

「もらったぁぁ」

 言葉と共に白刃がきらめく。
 空気を縦に切る音、刀身に映った自分の顔、そして、石が砕けるカチーンと言う小気味よい音。

「なっ」

 ミシャナルトさんは、自分の身に起こったことを、すぐに理解した。……その手から、魔法が紡ぎ出されることは、もう無かった。

「馬鹿な……」

 石畳の床に、数珠の玉が弾みながら転がる。その中の一つは粉々に砕け散っていて、つなぎ止めていた糸も切れいている。それを前にして、ミシャナルトさんはがっくりと膝をついた。口の中で、二言三言小さく呟きながら、目の前を転がる玉を、悔しそうに掴む。

 僕は、何を言っていいのか分からなかった。ただ、自分の傷を抑え、似つかわしくない剣を片手に握って、ミシャナルトさんを見下ろしていた。

「……やはり、魔法はもう使えなくなっていたのだな」

 リュウキさんが、僕の肩に片手を置きつつ、ミシャナルトさんの前に立つ。
 言葉無くミシャナルトさんは頷いた。もう、その声に、さっきまでの力強さはない。

「耳も、聞こえていたんだろう?」

 静かに、でも強くリュウキさんは言う。それは、尋ねているのではなく、確かめていると言うようだった。もう、ただのお年寄りにしか見えない顔で、ミシャナルトさんはうなだれる。

「……そうです」

 リュウキさんの手が僕の肩から離れた。しゃがみ込んで、目線をミシャナルトさんと同じ位置まで下げる。

「魔法を使ってくれとせがんだ時に限って耳がおかしくなるなんて、おかしいと思ってたんだ。そうやって、ずっとごまかせると思ってたのか? ……私の目は、節穴ではないぞ」

 リュウキさんの目は、優しかった。さっきまで僕らが戦っていたのが嘘みたいに部屋の中はシンッとしていて、リュウキさんの声だけがジワリと染み込んでいく。

「いつからだ? ……私が十才になる頃にはもう魔法を使ってなかったな。やはり、魔法戦争での役目は重かったか」

 ミシャナルトさんは、ただ黙っていた。黙って、リュウキさんの話を聞いていた。否定も、肯定もせずに黙って。でも、僕には、ミシャナルトさんが頷いているように見えた。

「城全体を魔法の膜で覆い、敵の攻撃を避ける任務だ。巨大な魔法力を使うだろう。その時、一生分を使い果たしてしまったのだな。しかし、誰にも言えなかった。言えないで、魔法の道具を身につけることで、城内の魔法使いとしての権力を守ろうとした、か」

 魔法戦争。僕がまだ小さかったとき起こった、国の内乱のことだ。大勢の魔法使いが、国王に対して反乱を起こし、結局、3年後に降参したという。

(苦労、したんだ)

 僕は、あらためて床に膝をついたままのミシャナルトさんを見た。顔に刻まれたしわには、やはり、僕のような若いものでは、決して体験できなかった過去が秘められている。

「……でもな、ミシャナルト」

 リュウキさんが、少し考えるように口を開いた。今までより、優しい口調に、ミシャナルトさんは顔を上げる。

「私は、意地を張って宮廷内に居座り続ける、耳の遠い魔法使いよりも、私の話を、ただ黙って聞いていてくれる爺さんの方が、よっぽど好きだ」
「……リュウキ様」

「引退しろミシャナルトそして、私の側で働いてくれ。私は、小さな時から私の面倒を見てくれたお前が、本当に好きなんだ」
「リュウキ、様……こんな、爺に……ありがとうございます」

 ミシャナルトさんの手が、リュウキさんの両手を掴む。そのまま、拝むように、その頭が深く、深く垂れた。年老いた男の頬を流れるものに、僕は、胸が熱くなるのを感じた。リュウキさんは、ただ、ミシャナルトさんを見つめている。静かに、優しく。
城内は、ただただ静かだった。

 僕らのまだ小さかった頃、この静かな城が戦争の舞台になったなどと、とても信じられなかった。僕らは、まだそれだけ生きていないのだから。

「さあ、じゃあ行くか」

 ミシャナルトさんの涙がかれた頃、リュウキさんはそう言って、彼の手を引き立ち上がらせた。

「はい」

 しっかりと、強い言葉で、ミシャナルトさんは頷く。
 外は、もう日が沈みかけていた。
 そして、この日を持って、ミシャナルトさんは、長い王宮魔法使いから、その存在を消した。彼が次に就いた役職は………。




「魔法書が、あんなに乱雑に置かれていたのは、ミシャナルトさんが、魔法を使えなかったためですよね、きっと」

 次の日は、面白い程良く晴れていて、『こんな時に勉強などやってられるか』と言う、リュウキさんの希望(?)で、僕らは、『リュウキ用お昼寝室』と書かれた部屋で、朝の太陽の日を浴び、ごろごろしていた。ミシャナルトさんの部屋から運んできた魔法書に目を通しながら、昨日の部屋を思い出し、知らず知らずに呟いた、僕の言葉に、リュウキさんは片目だけ開けて答える。

「そう言うことになるな」

 ゴロリと、ただ横になっているだらしない格好。しかし、どういう状況にしろ、リュウキさんは絵になっている。

「そう言うことになるなって、そんだけ分かってたんなら、始めからリュウキさんが、ミシャナルトさんに面と向かって『もう引退しろ』って言えばよかったじゃないですか」

「そう言うわけにはいかないさ」
「え?」

「もし、ミシャナルトに、私がただ言うだけだったのなら、それは、奴を首にするのと同じ事だ。始めに、ライという格下に実力差を思い知らされて私が優しい言葉をかけることによって、初めてあいつを、救うことが出来るんだ」

「リュウキさん……ずいぶん計算高いんですね」

 僕は、余計な一言を言ってしまったのだろう。思慮深い目で天上を見つめていたリュウキさんの目が、ハッキリと僕を睨み付ける。

「……ライ、ずいぶん面白いことを言うじゃないか」
「あ、い、いや……そう言えば、ミシャナルトさんと戦うとき、彼がずいぶん僕を敵視してたみたいなんですけど、どうしてでしょう」

 あわてて、僕は会話を逸らす。『ああ』とリュウキさんは頷くと、ポリポリと頭を掻いた。

「お前は有名だからだろう。魔法使いと、剣士を兼ね備えた護衛なんて、ほとんど、城のお抱え魔術士の存在を危うくするからな」
「ゆ、有名……そうですか?」

 首を傾げる僕の前で、リュウキさんは不思議そうな顔をする。

「知らなかったのか? 私とお前が二人並んで歩いている姿を見て、宮廷のものはよく言っているそうだぞ『まったくお似合いだ』ってな」

 ピシッと、何かが小さく砕ける音がした。それは、リュウキさんが握っていた、ワイン用のグラス。そして、リュウキさんの顔に浮かぶのは、とろけるような笑顔。

「リュ、リュウキさん?」

(まさか、自分が言った言葉に対してキレてるんじゃあ)

 僕のいやな予感は、まさに的中していた。部屋の中が、休息に静かになっていく。

「……その、『お似合い』の時、決まって私は女、なんだ」
「リュ、リュウキさん」

 これはやばい。僕は早々に逃げる準備をしようと腰を浮かしかけた。

「リュウキ様!」

 宮廷内に、馬鹿でかい声が響きわたる。はっと、僕も、リュウキさんもその咆吼に目を向け、まだ閉じている扉を確認した後で、二人顔を見合わせる。

「ライ、何をやってる、ササッと逃げるぞ」

 僕は、そのあわてた声に反射的に飛び上がった。そうこうしているうちにも、廊下の向こう側から、リュウキさんを呼ぶ声は迫ってくる。

「リュウキ様、貴方様には、この国を治めるために、まだまだ教えねばならぬ事があるのです。さぼっている暇はないんですぞ」
「たく、爺めあんだけ、『もったいないお言葉』とか言って辞退しようとしたのは何処のどいつだ。やる気満々ではないか」

 そう愚痴りながら、リュウキさんが嬉しそうに笑う。僕は、思わずおかしさがこみ上げてきて、口元が緩み、パチンと鼻先を指で弾かれた。

「いったいっ」
「一人でニヤニヤ笑うのはよくない癖だぞ、ライ」

 フンッとリュウキさんはそっぽを向きながら言う。それは何だか、照れているように見えた。きっとリュウキさんのことだから、僕が何でおかしくなったのかの理由は分かっているに違いない。だから僕は反省した顔を少ししてから言ってやる。なんにせよ、もうこれで、リュウキさんは、怒っていたことを忘れてしまっている。

「リュウキさん、で、どうするんですか」
「決まっているだろう」

 バンッと、リュウキさんは部屋の窓を押し開けた。カーテンが風に凪がされて、柔い日差しが目に当たる。思わず目を覆う僕の前で、朝日に輝くリュウキさんは、とても神秘的で美しかった。でも、そんなことを言ったら殴られるだろうし、言う気はない。

「逃げるぞ!」
「はい」

 僕は、最上級の笑みで答えた。

「リュウキ様!」

 宮廷魔法使いから、宮廷教育係に其の役職が移動したミシャナルトさんの声が、部屋中に響きわたる。

「それっ」
「てやっ」

 僕らは、庭園に向かって飛び出した。
 今日も、いい天気だ。


あとがき
私はリュウキという名前が好きらしい。
それは、数多く作っている話の中で、
なぜか「リュウキ」と言う名前が主人公の作品が多い事からわかっている。

と、まぁ、そんなわけでリュウキという名前だけで、
それ以外はあまり繋がりが無い話です。

あ、「フっくん」という竜も、かなりお気に入りだったり。
それと、「ライ」と言う名前のつかいっぱ(苦笑)

この作品の「リュウキ」の世界は、結構広く、
私の作品も数多く生まれていたりします。

……そのうちまたできたりして。
リュウキ。やっぱりいい名前やわぁ(自己陶酔)