散歩道で出会うあなたは 作 楽静
町角で会うあなたは
いつも違った 「あなた」
今日はどんな人に会えるのか
分からないまま 私は足を進める
たどり着いた場所で
新しい出会い そして 別れ
そんな一時一時に胸を躍らせて
そしていつも僕は
あなたを羨む僕に傷つく
美人のあなた
街角を曲る所で
凄い美人に会ったんだ。
「ごきげんよう」
挨拶までキマってて
背筋のぴんとしたいい美人 だけど、
「あなたって格好悪いわね?」
出会い頭の一言は
僕の心を 遠慮容赦なくきりつけた
「私は こんなに背が高いのに」
「どうせ僕は ちびすけさ」
「私は こんなに鼻が高いのに」
「鼻ぺしゃだって香りは嗅げるよ」
「私は こんなに綺麗な二重なのに」
「よくみりゃ僕も奥二重」
「私は
私は
私は」
彼女の言葉に僕はうんざりして
この美人で
背の高い
鼻筋の綺麗な人を
馬鹿にしてみようって思ったんだ
「確かに君は 背が高い」
「そしてあなたはチビなのね」
「鼻だって高いし綺麗さ」
「あなたはぺしゃんこ。独特ね」
「君の二重は取っても素敵さ」
「あなたの二重はパッと見わからない」
「でも」
「やっぱり」
彼女への文句考えながら
僕はじっと彼女を見た
綺麗だった
たとえ口が悪いだろうと
どんなに気に食わない人だろうと
彼女は綺麗だった
そして
その美こそが彼女の存在理由
そんな気がした
だから僕は少し笑って
悪口の代わりに肩をすぼめて見せた
「どうなったって君は美人だ」
そしたら彼女はにっこりと
僕に初めて笑いかけて言ったのさ
「やっぱりあなたは優しい人ね」
哲学者のあなた
街角を曲る所で
哲学者のじいさんに会ったんだ。
僕の目を見た途端にじいさんは
まるで生徒に会った教師みたいな顔をした。
「なぜお前は日々の生活の中で
自分がなぜこの場所に置かれているのかと言う事を考えない?
日を過ごす事だけにあくせくし
求める事だけで1日を無駄に過ごし
なぜ
欲する自分の『理由』に目を向けないのだ?
外的な楽しみのみに終始し、
自分の内面には目を向けず、
失敗すれば他人のせいにし
成功すれば舞い上がり、
そしてまた、
己の心を冷やさぬままに喧騒に飲み込まれるのだ?
考えろ
考えろ
お前がなんなのか
大切なのは
内面から生まれる物であろう」
囁くように言いつづけるじいさんは、
とても偉そうな人だった
だから僕は言ったんだ
肩を張って
足を踏ん張って
勇気を出してね
「真理を追究したいのなら一人でやってよ
あなたはあなた。僕じゃない」
そしたらじいさんは
少し弱々しく笑ったんだ
「そりゃそうだ」
そのまま僕を通り過ぎ、
途中で一度だけじいさんは振り返った。
「そして私も若い時
お前と同じ事を言ったのさ」
陰気ないじめっ子のあなた
曲がり角を曲る所で
陰気ないじめっ子に会ったんだ。
目ばかりやけに強烈な
背中の曲った少年だった
「何で俺が誰かを苛めるか知ってるか?」
謎解きみたいにそう言って
いじめっ子は僕をじっと見た
「スカッとするから?」
「違うね」
「ストレスが溜まってるから?」
「苛めた方がストレス溜まるさ」
「相手が憎いから?」
「まさか」
「嫌なやつに似てるから?」
「俺の方がよっぽど嫌なやつだろう?」
僕が言う言葉はどれも外れて
いじめっ子はいらいらしながら先を促がした
だけど僕には分からなくて
ついには両手をあげて言ったんだ。
「だめ 降参」
すると彼はやっと
僕から目をそらし
初めて 寂しそうな顔をした
「いじめをするのはな……」
言いよどんだ唇か 小さく震える
貯めた言葉を押し出すように
不恰好なこの少年は
僕の前で背筋を伸ばした
きっと
僕を睨んだままで
「俺が苛められないためだ」
言った彼の目は
ただ
赤かった
詩人のあなた
街角を曲る所で
寂しそうな詩人に会ったんだ
長い髪は手入れされていて綺麗で
でも
瞳はどんよりと曇ってた
「悲しいことがあったんだ」
詩人は小さく呟いて
僕の顔をじっと見た
どきりとするほど綺麗なのに
なぜか
魅力だけが削ぎ落ちてる そんな気がした
「悲しすぎて 僕は 歌う事を止めたんだ」
悲しそうなその顔が
僕には少し不思議だった。
「その悲しみを歌に出来ないの?」
「無理だね」
「悲しみも君らは歌にするのだろう?」
「ああ
喜びも
怒りも
楽しみも
嘆きも
そして悲しみも」
「だったら……」
わざと明るい顔をして
それが失敗した子供のような
そんな瞳で詩人は言った
たった一言
そう
本当に小さなそれは呟きだった
「だからだよ」
意味がわからず
僕はただ立ち尽くすだけ
そんな僕に詩人は言う
「だから僕は 歌を止めたんだ」
もう一度僕を見た詩人の目は
もう 僕を映していなかった
疲れきった教師のあなた
街角を曲る所で
疲れきった教師に会ったんだ
細い背中を丸めて
くたびれたスーツはどこか
このうらぶれた街角でさえも
ばちがいなように見えた。
「僕は結局 誰も救えないんだ」
疲れきった教師は
まるで世界中の不幸を背負ったような顔で 一言
誰に言っているのかわからない瞳で そっと
なんか
まるでそれは
彼がこの世界で許された唯一の言葉のようで
それでいてその言葉は 力が無かった
まるで力が無かったんだ
だけど
あまりにも人生を絶望しているそんな彼に
僕は何を言えるだろう?
僕は何ができるだろう?
『諦めないで』?
『頑張って』?
彼と僕との時間は違いすぎて
彼と僕との道は違いすぎて
それでも僕は
彼に何かが言えるのだろうか
彼に何かができるのだろうか
戸惑いながら立ち尽くした僕に
彼は いつかの誰かみたいに
ちょっと 小さく笑ったんだ ずれそうな眼鏡を上げて
「だけど結局君にも 僕を救えやしないだろう?」
それからちょっと嬉しそうに
でも寂しさを秘めた瞳で遠くを彼は見た。
「だからこんな僕が許されても良いかな」
僕は
何もいえなかった。
弱気な学生のあなた
街角を曲る所で
弱気な学生に会ったんだ
にきびの多いその顔は
今にも倒れそうなほどに弱ってた
右手に持った白い封筒
大事そうに抱えながら
まるでこの道が 分岐点であるかのように
いったりきたり 踏み出せずに
「どうしようかなぁ やめようかなぁ」
いいながらもしっかりと右手は白い封筒握っている
「それは何?」
「これは僕の想いだよ」
「そんな小さな封筒が?」
「この中に僕の想いが詰まっているんだ」
「……それは届くの?」
「知らないよ」
学生はちょっといじけたように肩を丸めて
僕を非難するように上目使いにじっと見た
「言葉は難しくて 想いなんか上手く伝えられやしない
君はそう言いたいんだろう?」
黙っている僕に
学生は続ける 少し強気な表情で
「確かに 想いを上手く言葉にするのは難しいさ
態度にだって表すのは難しいのに
文章にするなんてもっと難しいよ だけど」
「だけど 君は手紙を出すんだね?」
「だって これが僕にとっての一番いい方法だから」
学生の顔は自信ありげなのに
なぜか体は震えてた
「ではなぜ君は 想いを伝えに行かないの?」
僕の言葉に学生はちょっと驚いて
それから少し
哀れむように僕を見たんだ
「『なぜ』だって?」
右手に持った封筒を
大事に抱えたままで
「君は誰かを好きになったことなんて無いんだね」
そう言った彼は
とても輝いていた
意地悪な会社員のあなた
街角を曲る所で
意地悪そうな会社員に会ったんだ
「君はいつまでそうやって生きているんだ?」
突然僕を捕まえて
ずっと僕を知っているように
その、
真っ赤に充血した目で 僕を見た
「同じ道をさ迷い歩き
現実と虚構の間にうつろいながら
結局は足を踏み出せず
いつまでそこに留まっているんだ?」
男の口調はアルコールで広げられ
次々に言葉をはじき出す
言葉の端々に見える感情は
どうしようもないほどの 絶望
酔わなければ 語れない本音
勢いをつけなきゃ しぼんでしまう言葉たち
男の言葉はどれもその場限りにはずんで消えて
僕の耳の中に
耳障りの悪い雑音として入り込む
男は続ける
「そもそも人というのは
子供からは必ず大人になるものだ
生きていてそして死ぬものだ
立ち止まりまた歩くものだ」
「だけどあなたに
僕のいき方に口出しする権利は無い」
僕の言葉に男はちょっと驚いて
片手に握っていた酒瓶を飲み干した
辛そうな目で僕を見て
「だったらお前は
一体誰の言葉を受け入れる?」
そう呟いた男の目は
なぜか 父の目のようだった
苛められっ子のあなた
街角を曲る所で
苛められッ子の少女にあったんだ
肩をおとした長い髪の少女は
どこまでも暗い顔で
僕と目をあわせため息をつく
「溜息をつくと幸せが逃げるってママが言ったの
だけど
じゃあため息をつかなければ幸せになれる?
どっちにしろ得れない物だというのなら
初めから無駄な努力はしない方が良いわよね」
少女は寂しそうな瞳で
悟りきった老人のように背を丸め下を向く
太っても無く
やせても無く
背も高すぎず低すぎず
どこにでもいる
「普通」の子
僕は何も言えず
胸に覚えた小さな痛みを誤魔化すよう
そっと自分の胸を押さえつける
少女がゆっくり顔を上げる
「ねぇ、
何で皆が私を苛めるんだと思う?」
その言葉に僕は思い出した
一人の少年が
悲痛に呟いた言葉を
「自分が、苛められたくないから?」
少女の目が見開かれる
小さく 溜息がまた口から漏れる
諦めたように肩をすくめて
僕の事を流し見る
それは明らかに一つの感情を僕に突き刺した
「あなたも経験があるのね」
軽蔑
だけど僕はその視線に否定できない
薄く笑って少女は続ける
「いいのよ
私も昔は加害者だったわ」
自虐的なその笑みを
僕はどこかで見た気がした
醜い男のあなた
街角を曲る所で
醜い男に会ったんだ
規定よりはみ出した腹を重そうに
目はぎょろぎょろと血走って
額に輝く油を拭おうともせず
のんびりと
一歩一歩
道を踏みしめる
「何だよその目は」
見つめる僕を嘲るように
男は僕を見下した
何も言えずに固まる僕に
男は続ける 得意そうに
「お前は思ってるんだろう?
何て醜い人間だろうと
何て卑しい目をした人間だろうと
何て不恰好な人間だろうと」
男の言葉は覇気に溢れ
口から飛び出す言葉には
微塵も
そう
微塵も
自嘲を含まない
「いや、僕は」
言いよどんだ僕に男は
僕の言葉を否定するよう手を突き出す
「君は知らないだろうがね」
男の鼻が得意げに膨らむ
その手が自慢げに己を指さす
「自分の価値なんて
自分が決めるのさ
俺は自分が
一等好きだ」
その輝いた瞳に映る僕は
彼よりずっと
……醜くみえた
私 あなた
街角を曲る所で
私に会ったんだ
「もういいだろう?」
寂しそうな瞳で私は僕を見つめた
「いくら悲しみを他人に預けたつもりでも
いくら苦しみを他人に押し付けたつもりでも
君は君なんだよ」
動けぬまでいる僕に 私は続ける ただ静かに
「いつまでこの場所から動けずに
ただ人々に出会いつづけていくんだい?
君が残せるものはこの町には
何一つないと知りながら」
「でも僕を待つ人はいないよ」
「いないと思い込んだままじゃ愛する人も見えないんだよ」
私が僕を見る目はとても冷ややかで
でも僕には私がただ悲しんでいるだけに見えた
「いるのかな? 僕を待つ人が。
僕を愛してくれる人が」
「少なくてもここにはいないだろう?
君の心が生んだ街の中
寂しいこの曲がり角には」
「……僕はいろいろな人に会ったよ」
呟いた僕を
分かっていると言いたげに私は見つめる
出会った人たちの中で初めて私だけが
僕の体を掴んでくれる
「でも、それは全て君自身だろう?
私だってそうさ。
だから目覚めるんだ
こんな場所に居つづけてはいけないんだ」
「……そうかも知れないね」
俯いたまま僕は
私の言葉に頷いた
なぜか胸が痛くって
心の中が熱くって
押し出していく 想い
一粒の涙が 雫となって地へ落ちる
それが僕の 街角への別れだった
目覚めた場所は街ではなく
見渡す場所に空はなく
ただ 白だけに僕は囲まれる
「やっと会えたね」
笑顔を見せて白衣の青年が
僕に向かって手を差し出した
呆然とする僕の手を握り 乱暴に振る
「もう 大丈夫だ」
僕は為すすべもなく
何も分からず
ただ
泣いた
左手首には 何重にも
白い包帯が巻いてある
次、僕は何に会うのだろう
今度はきっと
僕から
手を握れればいいな
完
この作品は、実はまったくプロット無しで書き始めました。 書いていて「私は何を書きたいんだろう」なんて悩んで、 それでいつの間にか形が見えてきて完成。そんな作品です。 この作品の中の「僕」は、 いつもいつも自己否定をしながら生きています。 他の作品の中にもいたり。 「僕」が誰なのかは、 また次のお話しで。 最後まで読んでくれてありがとうございました。 |