ヤクザのカラオケパーティ

 その日新横浜にあるカラオケ店、オペラは異様な雰囲気に包まれていた。

 普段客がいないときには私語が絶えないカウンターが、ひっそりと静まり返っている。
 会計をすまそうと並ぶ客も、まったくの無言。エレベーターで出口へと降りるというシステムのはずが、今日はほとんどの客が階段を使用し、逃げるようにその場を去っていく。
 と、ある一室から数人のスタッフが急ぎ足で出てきた。手には布巾やはたき、防臭剤に、放香剤まで握られている。
 緊張した面持ちで、店員の一人がある一角へと近づいていく。
 そう、すべての原因へと。

「山中様。お、お部屋の方、空きました」

 店員の言葉に、背中を向けていた男が振り返る。その頬には、ざっくりと切り込まれた傷が、乱雑な手術のために盛り上がって残っていた。傷自体は古いものだ。しかし、顔全体に刻まれるように残るいくつモノ傷跡が、男の顔を自然と鋭くさせている。
 店員が思わず口から漏れそうになる叫びを抑える。それを知ってか知らずにか、頬傷の男は睨みつけるように店員を見上げた。

「なんじゃい、ずいぶん待たしたな」
「もうしわけありません」

 普段ならば首を少し曲げるぐらいの礼で済ませる店員が、腰をしっかりと曲げて深々と頭を下げる。「まぁいい」そう頭上から聞こえる声に、鳴り続ける心臓がひときわ大きくなったような気さえした。

「頭。部屋が開いたようです」

 部屋を案内するガイド役を指差して、振り返った男――頬に傷のある男――は客待ちようのソファーを見やった。

「おう、じゃあいくか」

 大仰に答えてソファーから巨体が持ち上がる。一歩歩くごとに鉛の塊が落ちたような音を響かせる彼の横には、常にニ三人の男が周囲に目を配りながら引っ付いている。

「こ、こちらでございます」

 店員の声が上ずっていた。

「おう、兄さんすまないね。わざわざ案内させちゃって」

 胡麻塩頭の男がニカリと店員に笑いかけながら先頭を歩く。その右手が常に背広のうちポケットに入っているのを、店員は必死に見ないフリをしている。
 偶然ドアを開けて部屋から出てきた客は、その団体を目にして慌ててドアを閉めた。
 薄暗い店内をバラバラと足音が響く。唯一つの目的地を目指して。

「こちら、513号室になります」

 震える身体を必死に抑えながら、店員はドアを開けた。
 楽に15人は入れそうな部屋は、やけに綺麗に片付いている。本来ならばカラオケの部屋につきもののタバコ臭さは微塵も感じられない。それどころか、どこか草原の中にいるような芳しい臭いまで感じられる。

「いい部屋だな。兄さん、ありがとよ」

 胡麻塩頭が笑いながら真っ先に部屋に入っていく。続いて部屋の中に首を突っ込んだのは頬傷の男だ。

「兄貴、頭の席はどこにする?」
「そうだな。やっぱり上座だろう」

 胡麻塩頭は言いながら机を無理矢理前へと押した。狭かった後ろの空間がやけに広くなる。

「どうも、カラオケっていのは椅子と机の間が狭くていけねぇ」
「おう、悪いな」

 巨体を震わせるように、若い者を従えた男が入れば、中の二人はてきぱきとそれぞれ座る位置を決めていく。

「おタバコは、お吸いになりますか?」

 部屋を出て行く前にいわなければならない文句を、店員はそれとなく吐いた。途端、頬傷がじろりと睨む。

「頭は禁煙中だ。いらねーよ」
「す、すいません。ごゆっくり、お楽しみください!」

 バタンと勢いよく閉まるドアと同時に聞こえた店員の声は、どことなく上ずっていた。うっすらとした笑いが、若い者たちの中に広がる。自分たちの優越感をかみ締めるように、互いに目配せをしあう。
 と、その空間に投げかけるように巨漢が口を開く。

「おう、純。素人さんおどすんじゃねえ」

 静に、巨漢は言う。その低い声の威圧感に、頬傷は間髪入れずに頭を下げた。

「すいやせん!」

 あわてて、若い男たちも頭を下げる。途端に、その下げ方が足りないといわんばかりに、一人の男は頬傷に頭を押さえつけられた。

「おう、まぁ、気にするな」

 大仰に笑ってから、巨漢は自身の腹をすこし持ち上げる。腹の場所を確かめるようにニ三度位置をずらした後で、皆を見回す。

「おう、お前ら」

 口を開いた瞬間、すかさず胡麻塩頭がマイクを差し出す。

「おう、お前ら」

 マイクを通した巨漢の声が部屋中に響く。さりげなく、胡麻塩頭の横で頬傷はマイクボリュームを下げた。

「今日は久しぶりのパーティーだ。存分にやってくれ」
「はい!」

 男たちの声が重なる。その音は、マイクを通すまでもなく部屋中に不協和音として響き渡る。
 満足そうに、巨漢は笑って言葉を続ける。

「まぁ、最近の世の中ってのは景気が悪いせいで、いつになく、この初夏パーティもカラオケなんて地味なものになっちまった。でもまぁ、若い連中にはそのほうが嬉しいかもしれんと、純も言ったからなぁ。だろ、純?」

「え、あ、はい。そうです」

 頬傷はメニュー表を眺めていたのか、慌てて顔をあげて頷いてみせる。その頷きに、巨漢も頷く。

「まぁ、時代の波には逆らえんってこった。今日は、みんなの歌を楽しく聞かせてもらう。まぁ、派手にやってくれ」

 男の言葉が終わった瞬間、部屋の中に拍手が広がった。


 今更だが、彼らは新横浜を中心に占めている山本組系の暴力団だ。
 最近は新横で麻薬を売っていたインド人が大量検挙されるなど、彼らにとっても過ごしにくい世の中になっている。そのせいか何かと小さなパーティーでその鬱憤を晴らすことが多くなっているらしい。

 今回の小パーティの舞台をオペラにしようと言ったのは、頬傷こと、純。真っ先に賛成をしたのは山本組の中でも一番の若手であるヤスだが、巨体な体にしてボスである山中にとっても、このような形式のパーティーは興味をそそるものであったらしい。唯一胡麻塩頭の平助は、持ち歌が無いという理由でカラオケに来るのを渋っていた。

 が、しかし。

「んじゃ、まずあっしが津軽海峡冬景色を」

と、マイクを片手に握る姿は演歌歌手。一編もテレビ画面を見ずに歌い切る胡麻塩頭に、部屋中は拍手で占められた。

「なんだ、平助の奴、歌えるんじゃにか」

 言いながらグラスをあおる山中の顔は笑っている。小パーティーしか開けない景気の悪さはいつも頭痛の種だが、自分を慕ってくれる子分たちと騒ぐのは嫌いではない。その巨体を揺らしながら、続く頬傷の詠う『酒と泪と漢と女』に聞きほれている。

「んじゃ、そろそろ俺いっきまーす!」

 先輩格が詠い終わったところで、嬉しそうにヤスが立ち上がった。見ると両手でマイクを握り締め、どこかシナを作ってテレビの前に陣取っている。

 思わず山中は苦笑した。

「おう、ヤス、ノってるな」

「もちろんすよ〜。頭、聞いてぶったまげないでくださいね」

 得意そうにヤスが言った直後に、曲のイントロが流れ始め、画面にはタイトルが浮かび上がった。

「なに?」

 途端、ピクリと胡麻塩頭の眉が動く。「モーニング娘。だと?」
 対するヤスは平気な顔で、

「そうですけど?」

と、まったく気にせず歌うスタイルをとる。振り付けもこなすつもりであることは、誰の目にも明らかだった。

 胡麻塩頭の額にうっすらと青筋が浮かんでいった。

「おんどりゃ、頭の前でなんつーもんを歌おうとしてんじゃ、おう、われ。頭を馬鹿にしてるのか?」

 一瞬、ヤスは意味がわからなくて口をただ開けることしか出来なかった。
 歌詞が流れていく。二フレーズほど進んでしまったところで、ヤスの意識がやっと戻ってきた。胡麻塩頭の手が内ポケットへと滑り込む。

「あ、いや兄貴。べつに俺そんなつもりじゃ」

 ヤスが言い終わらないうちに、胡麻塩頭は自分の愛する武器を取り出そうと腕に力をこめた――

「まて、平助」

 すっと、手が胡麻塩頭の前に盾のように出された。
 はっとして胡麻塩頭が視線を移す。その先で、山中が静に微笑んでいる。


「いいじゃないか、モー娘。」


 低い声が静かに響く。

「え、頭、でも」
「俺は好きだ」

 山中の目が、言葉とともにきらりと光る。

「……わかりました」

 胡麻塩頭はしおしおと内ポケットから手を抜いた。その手には何も握られてはいない。明らかに、ほっとした空気が部屋中に広がる。

「兄貴、頭は結構新しいの知ってるんだぜ」

 頬傷がメニューから目を離さずに言った。

「そうなんすか!?」

 驚きで目が丸くなる胡麻塩頭に、もうじき還暦を迎える山中は少し照れたように笑って見せた。

「まぁな。おい、ヤス。せっかく自分で入れた曲だ、ちゃんと歌え」

 そのまま、使い慣れないコントローラーを掴んで『歌いなおし』を押す。

「あ、ありがとうございます」

 すかさず頭を下げたヤスは、歌い始めるよりも緊張して見えた。
 前奏が始まる。脳の天辺から突き上げていくような明るさに、胡麻塩頭や、何人かの若い者たちは眉を曇らす。しかし、山中の目は笑ったままだ。ステップを踏みながら、ヤスが歌いだした。

「……なんてぇ歌だ」

 思わず胡麻塩頭が呟く。途端にはっと口を抑えて彼は山中を見た。しかし、山中も前奏のときとは変わって顔をしかめている。

 上機嫌のヤスがサビの部分に達したときだった。


 ――バン――


 突如、銃声のような大きさでテーブルが叩かれた。グラスが揺れた。倒れそうになる何本かを、慌てて子分が掴む。


「……おんどりゃ、舐めとんのか?」


 どこまでも静かに低くヤスへと言葉を投げかけたのは……山中だった。

「え、あ、あの」

 戸惑ったままのヤスを睨みつけたまま、山中はコントローラーを握り締める。そのあまりの強さに、プラスチックのコントローラーは悲鳴を上げる。

「舐めとるのか? と聞いておるんじゃい」

 部屋の中が静まり返る。誰もが自分の呼吸すら抑えるようにシンッとした。明るい音楽が、まったくその場に不釣合いに流れ続ける。

「ど、どういう意味で」
「どういう意味かもあるかい!」

 言葉を遮って再びテーブルが叩かれる。もはや、グラスは若い者達が二本ずつ手に持ったまま。頬傷も、メニューから顔を上げて山中とヤスの動きを見守っている。胡麻塩頭の手は再び内ポケットに入った。

 山中が言葉を続ける。


「お前は、モー娘。を舐めとるんか? と聞いておるんじゃ」


「…………は?」

 質問の意味がわからずヤスの顔が呆ける。苛立ちを露骨に顔に表したままボスはコントローラーの『歌いなおし』を再び押した。

「そんな歌い方じゃ、モー娘の方々に失礼じゃろが。もっと、魂込めて歌わんかい!」
「た、魂!?」

 驚愕するヤスのバックで再び前奏が始まる。あくまでも明るいテンポにあわせて、軽軽しいメロディが流れ続ける。歌詞とマイクを見比べて、ヤスは山中を見た。山中は一度も目を放さずにヤスを見ている。その手は自分の体を押さえつけるようにぎゅっと握られたまま。

「……お、俺には出来ません!」

 ついに、ヤスは耐えられず頭を下げた。マイクがヤスの手から転げ落ちる。コンクリートの床にあたったマイクはやけに馬鹿でかい音を響かせる。

「……それで、いいんじゃい」

 山中の声はどこまでも静かだった。
「え?」

 ヤスの顔が上がる。その目尻はすでに赤くなっていた。恐怖で頬がひくつっているのは誰の目にも明らかだ。それでも、山中は静かに言葉を続ける。

「女の歌ァ。男には、なかなか難しい。それでいいんじゃい」
「頭ぁ」

 安堵で崩れ落ちるヤスに、若い者達が安心して肩を寄せる。頬傷はためていた息を吐くように一つ小さな溜息をした。そして何事もなかったかのようにメニューへと頭を戻す。胡麻塩頭は潤む目を抑えもせずに山中を見やり再び内ポケットから空の手を出す。

(さすが、頭じゃあ)

 その顔は喜びに溢れていた。
 パーティーは続く。
 とりあえずそれからはモーニング娘。の歌を歌うものはいなかった。


「しっかし、カラオケっちゅうのも、たまには悪くないのぉ」

 一曲限りで歌わなくなった胡麻塩頭は、トイレでタバコを一本吹かした。口から広がっていく生暖かい空気をぼんやりと見上げながら、まだ自分が歌える歌があったかどうか考えている。カラオケの中では山中を含め、メンバーのほとんどが最近の歌を知っているために、なかなか胡麻塩頭が歌う機会がない。

「長渕も、もう古いんかのぉ」

 洗面所に無造作にタバコを投げ込むと、胡麻塩頭は誰知れず一人溜息をついた。そのままなんとなく手を洗ってからトイレを出る。

「たしか、513じゃったの」

 自分に確かめるように行ってから店内を歩き始める。と、その顔色がぼんやりした者から見る間に驚きの形相へと変わっていった。ゆっくりと歩いていた足が途端にせかせかとなる。513号室へたどり着いたときには、体中に湧き出た汗を抑えようともせず、荒い息を室内に撒きちらしていた。

「か、頭! 大変です」
「どうした。平助」

 次に歌おうとしていたのだろう。マイクを持ったまま山中が振り返る。チラリと胡麻塩頭はテレビ画面を見た。一瞬ポルノという言葉が強烈に網膜に焼きついたが、タイトルも流れてくるメロディもまったく知らないものだった。忘れてしまう前に、早口でまくし立てる。


「SMAPを歌っているやからがいやす!」


「なんだと!」

 ガチャンと派手な音が響き渡った。見ると、マイクがテーブルに叩きつけられている。慌てて若いものの一人がマイクを拾って軽く指でつつく。壊れてはいないらしい。山中は気にせずに巨体を震わし出口へと向かう。

「どこだ」

 その眼力の鋭さに背中に冷たいものが走るのを感じながらも、

「こ、こちらです」

と、胡麻塩頭は山中の前に立つように歩き出した。

 SMAPというグループを、胡麻塩頭は知っているとも、知らないともいえる。もし目の前にメンバーが現れて、誰が誰ですと言われても、「はぁ」と、気のない返事を返すことしたか彼には出来ないだろう。しかし、街角で流れるメロディを聞くたびに山中が言う「またSMAPか!」という憎憎しい叫び声に、SMAPという名前とその曲は強烈に胡麻塩頭のメモリーに記憶されていた。

 部屋を改めて探す必要はなかった。外に出ればすぐに分かるほどに近くで曲と声が響いている。曲名を知らない胡麻塩頭だが、それでもその声が下手だとは思わなかった。

(ヤスが歌う歌よりはよっぽどいい)

 しかし、チラリと振り返った山中の顔は憤怒で占められている。

「ちょっと、待ってろ」

 自身の噴火を抑える活火山のように恐ろしく静かな声で山中は言い、無造作に515号室と書かれた扉を開けた。

「僕にもし子供が……って、な、なんですかあなた達は!」

 歌の途中でドアが開き、しかも知らない人間が顔を出したとあって、歌っていた人間は上機嫌だった顔から一気に真っ青になった。まだ二十代にもなっていないような男だ。その隣にくっつくように男の彼女らしき女性が震えている。

「すまんね、兄さん。ちょっと一つ聞かせてもらっていいかな」

 顔の青筋をそのままに、山中は笑って部屋の中へと入っていく。素早く、男の手が彼女を守るように前へと出された。武器のように握られたマイクが机にぶつかり嫌な音を響かせる。

「な、なんですか?」

 同じような言葉に、山中は目を細くする。本人は笑っているつもりなのかもしれないが、どうにも不気味で見るものすべてに恐怖を与えかねないように見える。


「あんた、SMAPじゃ、誰が好きだ?」


 静かに山中が言う。

「え?」
「誰が好きかと聞いたんじゃ」

 山中の目が釣りあがる。声は静かだったが、そこには怒気が含まれていた。「ひっ」と一声あげて、男にも女の震えが伝染する。

 流れていた曲が終わった。まったく関係もなく、画面が最近のヒットソングを並べ始める。

 何気なく胡麻塩頭は内ポケットへと手を滑らせた。そして、自分がこうするのは今日何度目だろうかとぼんやりと考えた。パーティーという名はついているものの、今日はいつもより緊張感が高いらしいと気づいて一人頷く。

 山中はテレビなど見ることもなく、言葉を繰り返す。

「誰が、好きなんじゃ」

 顔を恐怖で歪ませたままで、男の唇が動く。自分が何か言わなければこの状況から抜け出すことは出来ないと気づいたのか、必死に言葉を吐こうとする。

「…………ご、ゴロウチャンデス」

「ゴロウちゃんか」

 男の呟きに、険しい顔のまま山中が頷く。と、その大きな手が突然男の肩を鷲づかみする。

「ひっ」

 再び悲鳴をあげる男に、山中はまったく気にすることなく静かに言う。

「彼、がんばってるな。いい、奴だな、確かに」

 ニッコリと笑った顔は恐いながらも、始めにドアを開けたときよりは幾分かいかりが消えているようだった。

「嬢ちゃんは、誰が好きだ?」
「…………な、中居くん」

 男の腕に守られたままで、女は消えるように小さく呟いた。と、山中の目が異常なまでに輝く。

「おお、彼はカッコイイな。うん」

 そのまま何度も一人頷きながら、ゆっくりと二人に背を向けた。

「邪魔してすまなかった。お二人さん、なかなかいい目もっとる。歌も上手い。がんばってな」

 と、入ってきたときとはまるで別人のようになって山中は部屋から出た。
 ぽかんとしたまま、胡麻塩頭は山中を見た。

「なんじゃい、平助。そんな物騒なもんにぎっとるな」

 静かに諭されて「は、すいません」と、空のまま手を出す。しかし、その顔は何が起こっているのかわからず首をかしげている。

「どうした?」

 山中に促されるように、胡麻塩頭は口を開く。

「頭は、SMAPがきらいなんじゃなかったんですか?」
「きらいじゃ」

「じゃあ、あの二人は何で?」
「吾郎ちゃんと、中居君は別じゃ」

「はぁ」

 要領を得ない胡麻塩頭に山中は自分たちの部屋を目指しながらも言葉を続ける。

「二人とも、犯罪者じゃからな。まぁ、中居君は犯罪者役だっただけかもしれんがな」

「な、なるほど?」

 言いながらもやはり分からない胡麻塩頭は、とりあえず今は置いといて、後で調べてみようと心に決めた。

 513の部屋ではヤスがドアから顔を覗かせて山中を待っていた。

「あ、頭〜。頭が歌ってくれないと、次を入れられませんよ」
「おう、すまん」

 山中は陽気に答える。

「頭、この曲、キー高いですよ? 大丈夫っすか?」
「なに、心配するな。練習したからな」

 ヤスのからかいに似た言葉を軽く受け流す山中には、先ほどまでの怒りは微塵と感じられない。
(しかし)
 山中が歌い始めるのを見守りながら、胡麻塩頭はふと思う。
(やはり、頭は恐ろしい人だ)

 山中組のパーティーは続く。
 墓場のような受付を放って延々と。

 そのころスタッフ室ではこっそりと、一体誰が時間延長を聞くのかどうかの熾烈なバトルが開始されていた。

あとがき
馬鹿な話しですね。
分かっています。
分かっていますよ。
だけどね。
私はそんな馬鹿な話しが、大好きです

実はすでにヤクザシリーズ第二段を構想中。

ホラーに疲れたときは、
馬鹿な話しで肩を休めてください。