雪降る前の恋言葉
作 楽静


原田カズユキ  21歳くらい。ヨシヒトの後輩。

森 ヨシヒト   22歳くらい。先輩。

(片岡 ユキコ) 物語には直接出てこない女性。21歳くらい。



0 3年前? もしくは夢の中の出来事

    舞台暗いまま。
    闇の中に、ヨシヒトの姿が浮かび上がる。
    その姿は、修道服に包まれている。シェイクスピア作「ロミオとジュリエット」の第二幕三場である。
    彼の役どころは僧ロレンス。


ヨシヒト「祝福、なんじの上にあれ。
     誰かな、朝早くわれ、ロレンスの教会を訪れるのは。
     若い者がこんなに朝早く寝床を離れるとは、さては何か思い乱れている証拠だな。
     とかく老人の目というものは、夜どうしわずらいが見張りをし、わずらいのあるところ、
     決して眠りは宿るものではない。それに引き換え、頭に何にも無く、心に傷負わぬ若者は、
     手足を伸ばすや否や、もう黄金の眠りが支配する。
     してみれば、そなたのこの早起きは、てもなく何か心にわずらいがあって眠られぬ証拠だ。
     なぁ。ロミオ。それともそうでもなければ、さてはロミオ。昨夜は床につかずじまいだったな。
     当たったであろう」


    カズユキが現れる。
    簡単に脱げる格好ではあるが、貴族の服である。
    彼の役どこはロミオ。
    ※「」で覆われている台詞はこの台本中はロミオ&ジュリエットの中の役についていると思って演じる。


カズユキ「そのとおりですが、おかげでもっと楽しい憩いを持ちました」

ヨシヒト「しょうのないやつだ。さてはかの想い人、ロザラインと一緒だったな?」

カズユキ「ロザラインとですって、ロレンス神父? とんでもない。
      ロザラインの名前も、その名前から来る悲しみも、忘れてしまいました」

ヨシヒト「それはよかった。だが、それではどこへ行っていたのだ?」

カズユキ「はい。それが、その」

ヨシヒト「ロミオ。もっとはっきりと言いなさい。話は率直にするものだ。
     謎のような懺悔では、赦しも自然、謎のようにしか参らぬ」

カズユキ「では、はっきりと申しますが、あのキャピュレット家の美しい姫に、私は恋の真心をささげてしまったのです」

ヨシヒト「何と?」

カズユキ「私の心が思いつめているように、あちらでも私を思ってくれています」

ヨシヒト「それは真か?」

カズユキ「はい。もう一切は結ばれて、あとは神父様のお力で神様の前にしっかり結ばれること、それだけなのです。
      いつ、どこで、どんな風にめぐり合い、どんな風に愛をささやき、誓いを交わしたかは、
      いずれ申し上げますが、どうか今日にも私たち二人を結婚させてください」

ヨシヒト ……そうして、お前たちは幸せになるのか。


    吹雪の音がし始める。
    すべてを巻き込むように。
    ヨシヒトの明りが暗くなっていく。


カズユキ「え?」

ヨシヒト 俺をおいて。俺一人をおいて。二人は。

カズユキ 先輩?

ヨシヒト そうして、俺一人だけがいつまでも一人。たった一人、吹雪の中に立ち尽くすのか!

カズユキ 先輩!? 先輩!


    二人は吹雪に巻き込まれる。
    ヨシヒトの姿は見えなくなる。立っている事だけはかろうじて分かる。


ヨシヒト カズ。

カズユキ 先輩。

ヨシヒト ここは、寒いぞ。


    ヨシヒトが去る。


カズユキ 先輩!?


    カズユキが叫ぶ。
    暗転。



1 現代。カズユキの部屋。



    一人暮らしと思われる部屋がある。この部屋の中で物語は進む。
    季節は冬が始まるころ。

    本棚や、テレビ、ギターなど、若者らしい部屋になっている。
    中央にはコタツ。まだ、コタツ布団はない。
    取り外しの聞くテーブルの上には、携帯がおかれている。

    音楽の中、カズユキがコタツ布団を持ってやってくる。
    コタツ布団をコタツにセットすると、その具合を確かめる。
    
    ふと、携帯が鳴る。カズユキがじっと携帯を見る。
    舞台が闇に包まれる。
    ゆっくりとカズユキの姿が浮かび上がり。
    音が遠くなる。


カズユキ その日、東京では雪が降るといわれていた。
     「寒くなりそうでしょう」という注意を呼びかけるニュースキャスターの言葉を横目で見ながら外を見ると、
     僕の窓から見える空はどこまでも青く遠く見えた。近づいてくる冬に備えて干したコタツ布団。
     休日の町はどこか静かで穏やかだった。昼を過ぎてもまだ日の光は暖かくて、
     まるで冬になるなんて信じられない気がした。あの人から電話がかかってくるまでは。


     電話の音が大きくなる。
     カズユキが電話に出る。


カズユキ もしもし?

ヨシヒト(声) ああ、俺だ。俺。

カズユキ 先輩? あれ? 番号変えました?

ヨシヒト(声) 変えたんだよ、ケータイ。

カズユキ そうなんですか。

ヨシヒト(声) 久しぶりだな。

カズユキ お久しぶりです。

ヨシヒト(声) 元気だったか?

カズユキ 元気ですよ。どうしたんですか?

ヨシヒト(声) ごめんな。急に。

カズユキ いえ。なにかあったんですか?

ヨシヒト(声) 何かあったってわけじゃないんだが……

カズユキ 先輩?

ヨシヒト(声)今日、暇か?

カズユキ え? あ、はい。今のところは予定ないですけど。

ヨシヒト(声) じゃあ行くわ。

カズユキ え? 今からですか?

ヨシヒト(声) 大丈夫だよ。行き方は分かるから。

カズユキ いや、そういう問題じゃなくて。

ヨシヒト(声) なんかまずいのか? 女が来るのか!?

カズユキ 来ませんよ! 別に問題じゃないですけど。急なんで。

ヨシヒト(声) いいよ。俺は暇だから。

カズユキ 先輩はそうでしょうけど。

ヨシヒト(声) 駄目か?

カズユキ 駄目じゃないですけど。

ヨシヒト(声) じゃあ、行くからな。

カズユキ いいですけど、でもなんで急に? ……え、先輩? 先輩! ……切れてるし。
     相変わらずだなぁ。あの人も。なんか、食べるものあったかな……


    言いながら、カズユキが部屋から出る。







    ドアから、パペット人形が覗く。
    辺りをうかがうようにしてから、何かに気づいて消える。
    カズユキが戻ってくる。


カズユキ どうすっかなぁ。買い足そうかな。……ろくなものないし。……先輩が何か買ってくるかなぁ。


    と、またパペット人形が覗く。さっきとは違う人形。
    あたりを見渡した後、カズユキと目が合う。
    驚いた顔になる。


カズユキ 先輩?

ヨシヒト(声) 牛(とかカエルとか)だよ。

カズユキ 何やってるんですか、先輩。


    ヨシヒトが部屋に入ってくる。なぜか馬の被り物をしている。


ヨシヒト と、見せかけて馬だよ。

カズユキ 相変わらず無駄なことにばっかり力使いますね。

ヨシヒト ウケない……。

カズユキ 何がやりたかったんですか?

ヨシヒト 久しぶりだからさ。緊張しちゃって。

カズユキ どう緊張したらそんな格好になるんですか。

ヨシヒト 面白いかなって思って(と、面を後ろにかぶり)首の骨が曲がった。ぎゃあ。

カズユキ とりあえず、脱いでくださいよ。声、あんまり聞こえてないですよ。

ヨシヒト そう? じゃあ脱ぐ……

カズユキ 早く脱いでくださいよ。

ヨシヒト ここで違う人になっていたら面白くない?

カズユキ 受け狙いはもういいですから。


    ヨシヒトが面を脱ぐ。
    もちろんヨシヒトの顔である。


ヨシヒト 残念。ヨシヒトでした。

カズユキ 分かってますから。お久しぶりです。

ヨシヒト ん。(と、面を渡し)お土産。

カズユキ いや、別にいらないです。

ヨシヒト そんなこと言うなよ(と、パペット人形を見せ)どっちがいい?

カズユキ 別に使わないですし。

ヨシヒト そっか。


    と、ヨシヒトは興味がなくなったかのようにパペット人形を捨てる。


ヨシヒト じゃあ、面だけでももらっていてくれ。俺の気持ちだから。

カズユキ どんな気持ちですか。

ヨシヒト 馬。

カズユキ ほんとう、気持ちだけで十分です。

ヨシヒト そっか。


    と、面も適当に捨てる。


ヨシヒト 元気だった?

カズユキ でしたよ。

ヨシヒト 変なキノコに手を出すのは辞めたのか?

カズユキ 初めから手なんて出してませんから!

ヨシヒト ああ。楽屋でしか使わないのか?

カズユキ いや、だから人をいきなり貶めるようなこと言うな。

ヨシヒト 悪い悪い。お、コタツだ。

カズユキ 今日出したんです。

ヨシヒト もうそんな時期か。

カズユキ ですよ。今日、雪ふるって言ってましたし。

ヨシヒト 雪? マジか。 お、あったかいあったかい。


    ヨシヒトはコタツに入る。


カズユキ 先輩ん家はまだ出してないんですか?

ヨシヒト うーん。家はなぁ。床暖だから。

カズユキ ああ。

ヨシヒト にしても、相変わらずおんなじ様な格好してるなぁ。お前。

カズユキ 先輩に言われたくないですよ。

ヨシヒト 俺は、服に金を使わないのがポリシーなの。

カズユキ 俺もです。

ヨシヒト まぁ、そういうことにしておくか。あ、そうだ。ビール飲むか?

カズユキ 今からですか?

ヨシヒト 早いか?

カズユキ いえ、べつにいいですけど。

ヨシヒト よし。


    間


カズユキ え?

ヨシヒト 何やってるんだよ?

カズユキ 何って。

ヨシヒト ビール、飲むんだろう?

カズユキ 飲みますよ。

ヨシヒト よし。


    間(さっきよりも短い)


カズユキ え? 俺が持ってくるんですか?

ヨシヒト 当たり前だろう!?

カズユキ そんな……先輩が持ってきたんじゃないんですか?

ヨシヒト 俺が持ってくるわけ無いだろう?

カズユキ そんな自慢げに言われても。

ヨシヒト だって持ってないもん。

カズユキ わかりましたよ。そんなに量無いですからね。

ヨシヒト いいよ。発泡酒じゃなきゃ。

カズユキ 発泡酒しかないですよ。

ヨシヒト いいよ。飲めれば。

カズユキ はいはい。


    言いながらカズユキが出て行く。


ヨシヒト 変わってねぇなぁあいつ。(と、立ち上がって)ここも。か。


    ヨシヒトは自分の携帯を取り出す。
    メールを見ているのだろうか?
    やがてどこかへかけようとするが、止める。
    携帯をテーブルの上にほおりだす。そして周りを見るように立つ。
    やがて、コタツの上に座る。



3 二年半前。



    ふと、照明が変わる。
    季節は春。
    カズユキがダンボールを持って現れる。


カズユキ 先輩。ちょっと適当にダンボール置いておかないでくださいよ。

ヨシヒト え? まずかった?

カズユキ これ割れ物ですからキッチンのほうですよ。

ヨシヒト キッチンって広さじゃ無いだろう。あれ。

カズユキ だからって、本と一緒に置いとくことないじゃないですか。

ヨシヒト 悪い悪い。


    と、カズユキからダンボールを受け取ると、玄関へと持っていく(一度はける。)
    その間、カズユキは少し休憩。


ヨシヒト (動きながら)しっかし、いい場所見つかったな。独り暮らしなのに2Kなんて。

カズユキ 親父の知り合いに不動産いるんですよ。それで。

ヨシヒト いいなぁ。俺なんて1Kで、こことあんまり家賃換わらなかったぞ。(と、コタツに入る)

カズユキ 先輩のほうが都心じゃないですか。

ヨシヒト まぁね。親に出してもらって言えるほうじゃないけどねぇ。

カズユキ でも、ありがとうございました。今日は。

ヨシヒト なにが?

カズユキ 手伝ってくれて。

ヨシヒト ああ。いいよ。暇だったからな。

カズユキ そんな人いらないと思ったんですけどね。

ヨシヒト ダンボール割とあったな。

カズユキ はい。計算外でした。

ヨシヒト もっと人呼べばよかったのに。

カズユキ 俺、部活くらいしか仲いい奴いないんですよ。

ヨシヒト じゃあ部活で呼べよ。

カズユキ みんな女ばっかじゃないですか。

ヨシヒト 態度と体力は男かおまけだと思うけどな。

カズユキ 確かに。

ヨシヒト まぁ、三月はな。みんな色々あるからな。

カズユキ 一応、同じ学年にはって思ったんですけどね。

ヨシヒト みんな無理だって?

カズユキ ゆっちゃんにも声かけたんですけどね。断られちゃいました。

ヨシヒト ジュリエット様は今日はお忙しいからな。

カズユキ そうなんですか?

ヨシヒト ああ。なんかピアノ? かなんかの発表会だって言ってたぞ。

カズユキ へぇ。よく知ってますね。先輩

ヨシヒト まあな。……なぁ、カズ。

カズユキ なんですか?

ヨシヒト 結局、お前告らなかったな。

カズユキ いきなりなんですか!?

ヨシヒト ユキコにさ。

カズユキ 告白って……別に俺はゆっちゃんのことは。

ヨシヒト 本当にそうなのか?

カズユキ そうですよ。先輩もしつこいなぁ。

ヨシヒト じゃあ、気にしないよな?

カズユキ なにをですか?

ヨシヒト 俺が、ユキコと付き合っても。

カズユキ ……え?

ヨシヒト 付き合ってんだ。俺たち。今。

カズユキ ……そうなんですか、やったじゃないですか先輩。

ヨシヒト まだやってねえけどな。

カズユキ そういう生々しい話はいいですよ。

ヨシヒト いいんだな?

カズユキ いいですよ。当たり前じゃないですか。あ、俺、ちょっと本の整理してきます。先輩、何か飲みますか?

ヨシヒト じゃあ、ビール。

カズユキ ないですよ。そんなの。

ヨシヒト ないのかよ。

カズユキ 一応未成年ですよ、俺。てか、先輩もでしょう。

ヨシヒト じゃあ何でもいいよ。なんかあれば。

カズユキ 分かりました。


    カズユキが去る。
    ヨシヒトはコタツに入ったまま寝転がる。



4 現代



    照明が戻る
    カズユキがやってくる。

カズユキ ビール、缶のままでいいですか? いいですよね? グラス用意してもなんかあれなんで。
     って、いきなり人の家で寝ないでくださいよ。

ヨシヒト え? あ、悪い悪い。寝てないよ。寝てない。

カズユキ 本当ですか?

ヨシヒト うん。倒れてた。

カズユキ 寝てたんじゃないんですか、それ。

ヨシヒト だから寝てはいないって。

カズユキ いいですけど。これ(缶)このままでいいですか?

ヨシヒト いいよ。あんがと。

カズユキ いえ。いいですよ。


    カズユキが席に着く。


ヨシヒト で?

カズユキ で?

ヨシヒト つまみは?

カズユキ え、いるんですか?

ヨシヒト いるだろうつまみは。なきゃ飲めないもん。

カズユキ じゃあ、つまみくらい買ってきてくださいよ。

ヨシヒト 買ってこようとは思ったんだよ。思ったんだけどさ。

カズユキ だけど?

ヨシヒト (面を見て)馬が目に入っちゃって。

カズユキ 買うな!

ヨシヒト 悪い。

カズユキ まぁ、そういうと思って持ってきてたんですけどね。つまみ。


    と、カズユキがどこからか柿ピーを出す。


ヨシヒト お! さっすがぁ。って柿ピーかぁ。

カズユキ 嫌いですか?

ヨシヒト 俺、柿の種だめなんだよね。

カズユキ じゃあ、ピーナッツ食べてください。俺、柿の種食べますから。

ヨシヒト なるほど。じゃあ、つまみも来たし、乾杯するか。

カズユキ しますか。


    二人ともビールの缶をあけ、


ヨシヒト じゃあ、久しぶりの再会に。

カズユキ 乾杯。


    二人はビールを合わせる。ヨシヒトは一気に半分くらい飲む。


ヨシヒト まずいな。相変わらず。

カズユキ 人の家のビール飲んでおいてけちつけないでください。

ヨシヒト 苦手なんだよ、ビールは。

カズユキ じゃあ飲まなきゃいいじゃないですか。

ヨシヒト 飲ませるなよ。

カズユキ いや、先輩ですからね。飲もうって言ったの。

ヨシヒト せめて日本酒があればなぁ。

カズユキ 残念ながらそんな上等なものありません。

ヨシヒト この際、料理用でもいいよ。

カズユキ もったいないから駄目です。

ヨシヒト ケチ。

カズユキ 本当相変わらずでね、先輩は。

ヨシヒト お前もな。二年ぶりくらいか?

カズユキ 引っ越してからですから……ですね。二年半くらいですか。

ヨシヒト そう考えると、よく俺たどり着けたよな。

カズユキ まぁ、駅から一本ですけどね。

ヨシヒト 余計なこと言うなよ。今自分に感動してたんだから。

カズユキ すいません。

ヨシヒト 大学は?

カズユキ 行ってますよ。ちゃんと。

ヨシヒト 二年か。

カズユキ ですよ。

ヨシヒト じゃあ、冬休みだ。もうすぐ。

カズユキ まぁ、たぶん実家には帰らないですけどね。先輩は?

ヨシヒト 相変わらず。

カズユキ 就職は?

ヨシヒト 決まってないよ。

カズユキ そんな自慢げに言わないでください。え、論文は書いたんですか?

ヨシヒト うん。卒業は出来るよ。たぶんね。

カズユキ フリーターですか。

ヨシヒト プーさんだよ。

カズユキ 可愛くないですよ。

ヨシヒト 確かに。

カズユキ しないんですか? 就職。

ヨシヒト さぁ?

カズユキ さぁって。

ヨシヒト こないださ、久しぶりに高校の部活見に行ったよ。

カズユキ へぇ。

ヨシヒト 演劇部。

カズユキ ええ。

ヨシヒト 先生には「古いOB」って紹介されてさ。OBですでに古いって意味が入ってるのに、
    さらにふるいを付け足すなよって心の中で思ったり。でも、行ってみたら女子ばっかりで
    男の姿なんて全然ないのな。びっくりしたわ。

カズユキ まぁ、そりゃ少なそうですよね。

ヨシヒト みんながんばってたよ。誰に教わってるのか分からないけど。がんばってた。

カズユキ へぇ。

ヨシヒト またやるんだってよ。

カズユキ なにをですか?

ヨシヒト ロミジュリ。

カズユキ 好きですねぇ。

ヨシヒト 本当な。ロミオ役、女だったけどな。

カズユキ 仕方ないでしょうそれは。

ヨシヒト ああ。なんか、おれらも昔はこんなんだったのかなぁって思い出したりしてな。

カズユキ 今年はさすがに見にいけなかったですよ。

ヨシヒト そうか?

カズユキ 知っている後輩いないと、さすがに。

ヨシヒト 直接知らないと行きにくいよな。

カズユキ ですよ。


    ぎこちない間。
    ビールを飲むヨシヒトを、カズユキは探るように見る。


カズユキ 先輩。

ヨシヒト って、なに暗い雰囲気になっているんだよ!

カズユキ そんな、だって先輩が。

ヨシヒト 俺が何?

カズユキ いや、なんでもないです。

ヨシヒト CDかけていい?

カズユキ いいですけど。何かけるんですか?

ヨシヒト いいから。座ってて。な。


    言いながら、ヨシヒトはどこからかCDを取り出す。







    いかにもお手製のCDR。そのCDをプレイヤーにかける。
    スイッチを押すと、少し遅れて軽快な音楽が流れてくる。


カズユキ わざわざ持ってきたんですか?

ヨシヒト いやぁ、急に聞きたくなってさ。うち、CDプレイヤーないから。どっかで聞こうと思ってさ。持ってた。

カズユキ CDプレイヤーくらい買ってくださいよ。

ヨシヒト まぁパソコンあるからさ。あまり困らないんだけどね。

カズユキ ああ、なるほど。

ヨシヒト こんな軽い音楽流れると、体揺れちゃうな。

カズユキ 先輩、酔ってます?

ヨシヒト 酔ってないよ。

カズユキ 本当ですか?

ヨシヒト そういやお前、彼女は?

カズユキ は? いきなりなんですか?

ヨシヒト (軽快なリズムに乗せて)彼女はいるんですか〜?

カズユキ いや、そんなリズム取らなくてもいいですから。

ヨシヒト で、どっちよ?

カズユキ いいじゃないですか。別に。

ヨシヒト いいからいいから。

カズユキ じゃあ、いいじゃないですか。

ヨシヒト いいんだろ? じゃあ、いいじゃん。

カズユキ だからいいですから。いいじゃないですか。

ヨシヒト 言え。

カズユキ はい。……いませんよ。

ヨシヒト 別れたのか?

カズユキ いえ。だから、いませんって。

ヨシヒト うそつけよ〜。

カズユキ こんなん嘘ついてどうするんですか。

ヨシヒト 実は芸能人とつきあっているとか。

カズユキ ありえませんよ。

ヨシヒト フリーなわけ?

カズユキ ええ。

ヨシヒト ずっと?

カズユキ ええ。

ヨシヒト なんで?

カズユキ 何でって言われても、こればっかりは。なんでなんですかね?

ヨシヒト あいつを好きだったからか?


    突然音楽が止まる。


カズユキ 何言ってるんですか。

ヨシヒト 音、止まっちゃったな。悪い悪い。やっぱりCDRじゃなぁ。駄目か。

カズユキ 先輩。

ヨシヒト 待ってな。今かけなおすから。


    CDをかけると、なぜか違う音。


ヨシヒト あれ? おっかしいなぁ。

カズユキ 先輩。

ヨシヒト ま、いいか。こういうのもありだよな。

カズユキ 先輩。俺、違いますよ。

ヨシヒト なんか暗い感じになりそうだけどな。

カズユキ 先輩。

ヨシヒト まぁ、こういう音楽の中しみじみと昔を思い出すって言うのもありだよな。

カズユキ だから先輩。俺は。

ヨシヒト 覚えてるか?

カズユキ え?

ヨシヒト 部活だよ。部活。お前が一年でさ。俺が三年で。最後の舞台。春だったよな。

カズユキ 三月の、ですか。

ヨシヒト そう。卒業生追い出し舞台。なのに、なぜか一年が主役。

カズユキ 死に役でしたけどね。

ヨシヒト 仕方ないだろう? ロミジュリ(ロミオ&ジュリエット)何だから。
    ロミオが死ななきゃ話にならないじゃないか。それとも、ハムレットのほうが良かったか?

カズユキ ハムレットも死にますけどね。

ヨシヒト リア王か。

カズユキ も、死にますよね。

ヨシヒト オセロー。

カズユキ 死にますね。

ヨシヒト もっと自分の命を大事にしろよ!

カズユキ 俺に言わないでくださいよ。先輩は、死なない役でしたね。

ヨシヒト ひでぇ。死んで欲しかったのか。

カズユキ そんなこと言ってません。司祭でしたっけ?

ヨシヒト 神父な。坊主だよ、坊主。

カズユキ 毒薬作りが趣味の。

ヨシヒト 「ひっひっひこいつでロミオもお陀仏さ。」ちがう。そんな役では決して無い。

カズユキ そうなんですか?

ヨシヒト 当たり前だろう! ……そして、ユキコがジュリエットだったな。

カズユキ でしたね。

ヨシヒト 本番の日、お前早く来たろ?


    ヨシヒトはカズユキに背を向けている。口調だけが明るい。


カズユキ ……はい。

ヨシヒト あいつ、も早かったな。

カズユキ 先輩、なんか誤解しているんじゃないですか?

ヨシヒト 誤解?

カズユキ 俺とゆっちゃんは別に何もなかったんですよ? ただ、本番だし主役だったから練習したくて。
     ゆっちゃんも練習に付き合ってくれるって言うから。だから別に。

ヨシヒト わかってるよ。何もなかったのは。

カズユキ だったら。

ヨシヒト なにもしなかったんだろう?

カズユキ なにもしてないですよ。

ヨシヒト なにもしないまま、二人で座ってたよな。セットをバックにして。何もしゃべらないで。
    体だけくっついたまま。ずっと。

カズユキ ……見てたんですか。

ヨシヒト あの時気づいたんだ。俺は、ユキコが好きだって。

カズユキ そう、ですか。

ヨシヒト あの時思ったんだよ。ユキコをお前のものにはしたくないって。

カズユキ はじめから俺のものなんかじゃなかったですよ、ゆっちゃんは。
     先輩が何を勘違いしているのかわからないですけど。演劇の舞台の上でいくら愛し合ったって、
     現実に恋愛感情が生まれることなんて無いですよ。

ヨシヒト 本当に無いか。

カズユキ ないですよ。ありえないです。それにゆっちゃんとだけ恋愛物をやったってわけじゃないじゃないですか。
     他の子とも舞台に立ちましたし。そりゃ同い年ですから。
     後輩たちや先輩たちよりは親しいってのはあるかもしれないですけど。でも、それだけですよ。

ヨシヒト それだけか。

カズユキ それだけですよ。当たり前じゃないですか。

ヨシヒト じゃあ、良かったんだな。

カズユキ なにがですか?

ヨシヒト 俺が カタオカユキコと付き合ってたのは。

カズユキ 当たり前ですって。それに、いまさらじゃないですか。

ヨシヒト そうだな。

カズユキ 二年ですか? 長いですよね。もう。

ヨシヒト そうだな。

カズユキ もしかして、なにかあったんですか? ゆっちゃんと。

ヨシヒト もう、予想ついてるんじゃないか?


    ヨシヒトは言うとビールを飲み干す。







カズユキ もしかして、ゆっちゃんと……

ヨシヒト 別れたよ。一昨日。

カズユキ そうですか。

ヨシヒト 聞いてないのか? あいつから。

カズユキ 最近はあんまり連絡とって無いですから。

ヨシヒト 最後に話したのは?

カズユキ 一二ヶ月前ですかね。後輩の大会見に行くかどうかって。確か。

ヨシヒト そうか。

カズユキ はい。……聞いてもいいですか?

ヨシヒト 何を?

カズユキ なんで、別れたんですか? ……先輩からですか? それとも……?

ヨシヒト 恋愛を、何かに例えてみたことってあるか?

カズユキ え? いや、ないですけど。

ヨシヒト 東京なんて場所に暮らすようになったせいかな。俺にとって、恋愛って奴は雪なんだ。

カズユキ 雪ですか。

ヨシヒト 降るかもなんて言ってて降らなかったり、期待してないときに限ってちらほら降ってきたり。恋もそうだろう?    脈あるよって友達が言うときに限ってなかったり。無理かなって思っていたら案外OKだったり。

カズユキ ああ。そんなものかもしれないですね。

ヨシヒト 特に雪にあまり困った経験がないせいかな。雪が降るとなんか嬉しくなって、
    つい降り積もるのを見ていたりしてさ。真っ白になった地面は綺麗で。
    雪化粧は見慣れていたはずの景色を一瞬で変えてしまう。まるで好きな人と一緒に歩く道みたいに、
    同じようなものだったはずの町並みが全然違ったものになる。

カズユキ 先輩、詩人ですね。

ヨシヒト でも、雪は溶ける。


    吹雪の音がし始める。


ヨシヒト 溶けることなく残り続ける雪は、白かったはずの色を忘れて汚く汚れ、
    やがて雪ではない何か別のものに変わってしまう。凍り付いて、やたら重さばかりが増していって。
    そのうち、綺麗だと思っていたはずの自分を忘れて疎ましく雪をよけるようになる。
    もし、溶ける機会を与えずに降り続けるのだとしたらもっと悲劇だ。冷たい雪は徐々に体を埋めて、
    ふぶく寒さに震え続ける。それでもなおと降り注ぐ雪に、やがて命までもとられてしまう。
    逃げられない。真っ白な墓。


    吹雪く音が二人を囲む。


カズユキ そんな辛いものだったんですか? 先輩にとってゆっちゃんは。そんな重いものだったんですか?

ヨシヒト 結局、そういうことだな。

カズユキ じゃあ、なんで付き合ってたんですか?

ヨシヒト 長かったよ。二年間は。

カズユキ もっと前に分かってたんじゃないですか?

ヨシヒト 分かってたさ。駄目だってことぐらいすぐに分かったさ。

カズユキ だったら。だったらなんで別れなかったんです!?だって、それじゃゆっちゃんがあんまりじゃないですか。

ヨシヒト そんなこと、分かってたって言ってるだろう!

カズユキ だからなんで……


    音がやむ。


ヨシヒト なぁ、カズ。

カズユキ なんですか。

ヨシヒト お前が、ロミオをやったときの台詞、覚えているか?

カズユキ なんですかいきなり、それよりも

ヨシヒト 覚えてないのか?

カズユキ 覚えてますよ。そりゃあはじめての主役でしたし。でも、今は

ヨシヒト なんでもいいから。言ってみてくれないか?

カズユキ なんでもって。

ヨシヒト どこでもいいよ。

カズユキ そんなこと言われても急には。

ヨシヒト じゃあ、バルコニーに立つジュリエットを見つけるシーンなんて、どうだ。

カズユキ どうだって。

ヨシヒト 忘れちゃったか。

カズユキ 覚えてますよ。たぶん。

ヨシヒト 聞かせてくれよ。

カズユキ でも、正確じゃないですよ?

ヨシヒト いいから。これ(ピーナッツ)食べながら見てるから。

カズユキ 言ったら教えてくれますか?

ヨシヒト 何を?

カズユキ 理由ですよ。

ヨシヒト ああ。


    カズユキは少し離れて






カズユキ ……いきなりやるって言っても恥ずかしいですね。

ヨシヒト 男の前で恥ずかしがるなよ。気持ち悪い。

カズユキ 「シッ! なんだろう、あの向こうの窓からさしてくる光は?」

ヨシヒト ばっちしじゃないか。

カズユキ 「あれは東、すればさしずめジュリエットは太陽だ。美しい太陽。さあ昇れ。そして嫉妬深い月を殺してくれ。
       月に使える処女のあなたが、主人よりもはるかに美しいそのために、あの月はもう悲しみに病み、
       色ざめているのです。もう月の処女になるのはよしてください。月は嫉妬深い女神なのだ。
       月の処女の着る服は、病に青ざめた緑の色に染まっている。そんなものを着るのは、
       道化の阿呆どもの外に無い。脱いでしまってください。おお、あれこそは我が姫。わが思い人だ! 
       いや、まだそうと僕の心が通じてくれれば言いと思うばかりなのだが」

ヨシヒト お前は、何を見てたんだ?

カズユキ 「何か言っている。いや、何も言ってやしない。だが、それがどうしたというのだ! 
       あの眼がものを言っているのだ。よし、答えてみよう。いや、だが厚かましすぎるだろうか。
       僕に話しかけているのではない」

ヨシヒト 誰の声を聞いてたんだ?

カズユキ 「もしあの瞳が、大空に輝いて変わりに星どもがあの顔に輝くとしたらどうだろう? 
       ちょうど日の光の前のランプのように、あの姫の頬の美しさは星どもをさえ恥じ入らせるに違いない。
       天に上げられたあの瞳は、夜を昼と見まごうかもしれない。おお、あの片手に頬を寄せ掛けた姿! 
       かなう願いなら、いっそあの手を包む手袋になってみたい。そしてあの頬に触れていたいのだ……」

ヨシヒト それだけ、あいつの傍にいたんだ? せめてお前が、お前でなければ俺は……

カズユキ ……俺のせいで、別れたんですか?

ヨシヒト 逆だよ。

カズユキ 逆?

ヨシヒト 聞いただろう? どうして今まで付き合っていたのかって。

カズユキ じゃあ。

ヨシヒト お前がいたから、あいつの隣にいつもお前の姿が見えたから。俺はあいつと別れなかったんだ。

カズユキ そんな。

ヨシヒト 耐えられないと思ったからな。俺と別れた後に、お前と付き合うユキコの姿を見るのは。
    いや、見なくてもうわさで聞くかもしれない。誰かから話されるかもしれない。
    それだけで、耐えられる気がなかった。

カズユキ ゆっちゃんの気持ちはどうなるんですか!?

ヨシヒト ユキコはよく耐えたよ。……強かった。俺よりも、ずっと。

カズユキ 強かったって。ゆっちゃんは先輩のことが好きだから。だから。

ヨシヒト そりゃ嫌いじゃなかっただろうさ。

カズユキ 好きだったから、付き合ったんじゃないですか。

ヨシヒト やさしいからな。あいつは。俺のことも好きでいてくれたんだろうさ。それは、でも付き合う「好き」じゃない。
    友達としての好きっていう感情だ。俺はただ、その気持ちを利用していただけだ。……バカだよな。あいつも。
    一言「嫌い」って言えばよかったんだよ。一言言ってくれれば。


    カズユキはヨシヒトの胸倉をつかむ。


ヨシヒト なんだよ?

カズユキ 先輩、それは、言いすぎでしょう。

ヨシヒト 殴りたいのか?

カズユキ かなり、我慢してますよ。今。

ヨシヒト 殴りたければ殴れよ。でも、分かるか? お前に。

カズユキ 分かりませんよ。なにも。

ヨシヒト 2年間だ。一番傍にいるはずなのに、片思いのままの男の気持ちが。ずっと思っているはずなのに、
    俺だけがずっと独りだけ雪の中だ。道化でいるのも体外にしろっていうお間抜けさだろ。


    カズユキがヨシヒトを放す。


ヨシヒト 一昨日、ニュースをつけたら、レポーターが言うんだよ。「今週には東京で初雪が見られるでしょう」って。
    冗談じゃないって思ったよ。ただでさえ雪にまみれているのに、これ以上寒くなるのかって。
    俺は雪が好きだったはずなのに。……ユキコがずっと好きだったはずなのにな。

カズユキ それで、別れたんですか。

ヨシヒト 降りたんだよ。雪が降る前に、雪が好きな自分になりたかったんだ。

カズユキ ゆっちゃんは、どうなるんですか?

ヨシヒト ……だからな。あとは任せた。

カズユキ 任せたって。

ヨシヒト 好きなんだろう? ユキコのこと。

カズユキ 先輩、だから俺は。

ヨシヒト ここまで俺に話させといて、嘘をつくのは辞めてくれよ。な?

カズユキ 俺は……

ヨシヒト 「ロミオ」

カズユキ え?

ヨシヒト 「ロミオよ。もっとはっきりと言いなさい。話は率直にするものだ。
      謎のような懺悔では、赦しも自然、謎のようにしか参らぬ」

カズユキ ……「では、はっきりと申しますが、あのキャピュレット家の美しい姫に、
          私は恋の真心をささげてしまったのです」

ヨシヒト「何と?」

カズユキ「私の心が思いつめているように、あちらでも私を思ってくれています」

ヨシヒト「それは真か?」

カズユキ「はい。」俺は、ゆっちゃんが好きです。

ヨシヒト そうか。

カズユキ でも、いいんですか?

ヨシヒト いいも悪いも。俺は初めからあいつの目には映ってないよ。若い二人の恋を導くロレンス神父だからな。
    結局は。はじめからそう決まっていたはずなのに、気づかないふりをしてたんだ。

カズユキ すいません。

ヨシヒト 謝ることじゃないだろう。……ここも、当分来ないな。きっと。

カズユキ 忙しくなるんですか?

ヨシヒト 忙しいんだよ。元からな。

カズユキ 本当ですか?

ヨシヒト 海外にな、行こうと思ってる。

カズユキ 留学ですか。

ヨシヒト まあな。あっちでなんか事業でもやって成功してやろうかな、なんてね。

カズユキ 日本には帰ってくるんですか?

ヨシヒト さぁなぁ。

カズユキ 先輩。

ヨシヒト なんだよ?

カズユキ 先輩は、もしかして……(今でもゆっちゃんを)

ヨシヒト いまさら変なこと言うなよ。

カズユキ そうですけど。

ヨシヒト やっぱり、好きな奴には笑っていて欲しいよな。いつもさ。楽しく微笑んでいて欲しいじゃんかよ。
    その笑みが自分を向いてなくてもさ。

カズユキ ……そうですね。

ヨシヒト でも、気をつけろよ。

カズユキ なにをですか?


    ヨシヒトはロレンスになりきって、


ヨシヒト 「いや、驚いた話。なんというこれは気の変わり方なのだ! あれほどまでも思い焦がれていた人が、
      そんなにも呆気なく思い切れたというのか! してみると、若いものの恋というものは、
      真心には無くて、眼一つにあるのだな」って、神父が言ってたぞ。

カズユキ 「どうかお叱りにならないでください。今度恋をしている女は、情には情を、愛には愛を、
       ちゃんと報いてくれる女なのです」

ヨシヒト なるほど。それなら安心だ。


    と、ヨシヒトはごろりと転がる。


カズユキ 先輩?

ヨシヒト どうやら酔っ払ったみたいだ。一眠りするわ。

カズユキ え? ここでですか!?

ヨシヒト 電話かけるなら、長くなりそうだったら隣の部屋でかけろよ。

カズユキ いや、てか、酔うの早っ。先輩、せめて布団で。

ヨシヒト いいよ。コタツで。なんか、ピーナッツの食いすぎで胃が変だ。

カズユキ 大丈夫ですか?

ヨシヒト 多分。

カズユキ 多分って……てか、風邪引きますよ。

ヨシヒト すぐ起きるから。……俺よりあいつのこと、気にしてやってくれよ。

カズユキ 俺に出来ますかね。

ヨシヒト 知らないよそんなの。

カズユキ 無責任だなぁ。……先輩?


    とか言っているうちに、ヨシヒトは眠っている。


カズユキ 本当に寝ちゃうし。


    カズユキは携帯を見つめる。


カズユキ ねぇ、先輩。先輩はなんで、ゆっちゃんのこと、ゆっちゃんって呼ばなかったんですか? 

ヨシヒト ……あいつのことを、そう呼ぶのは、お前だけだ。

カズユキ え? 先輩? ……寝てるのか?


    カズユキは携帯を見つめる。
    ふと、その手がぎこちなくメモリーを見る。
    電話をかけるカズユキ。
    やがて、かかった電話に、カズユキは話し始める。


カズユキ ゆっちゃん? 久しぶり。元気だった。……うん。俺は元気だよ。……なんかね、急に。声聞きたくなって。
     ってか。なんていうかさ。……なに? どうしたの? 泣いてるの? なんで? 
     びっくりしてって、なんだよそれ。……ねぇ、ゆっちゃん。俺さ、


    カズユキの言葉は客席には届かない。
    けれどその顔は、優しく電話の向こうにいる人を向いている。
    寝ていたはずのヨシヒトが、その様子を見ている。
    その顔は救われたかのように晴れやかだ。

    雪は次第に穢れていく。
    けれどなんど汚れたとしても、真白な雪はまた地表を純白に染める。




参考文献
「ロミオとジュリエット」(シェイクスピア 中野好夫訳 新潮文庫)

楽静はロミオ&ジュリエットが大好きです(笑)
それはいままでにパロディな話を書いていることからも伺えると思います。
あの話の何が好きかって、現状を打開しようとしながらどんどん悪い方向に転がっていくさまが、
切なくてたまらないと思うわけです。
と、それとは関係なく、楽静はロミオ&ジュリエットに対して思っていたことがありました。
「ロレンスが、もしジュリエットを好きだったら?」
実際は年齢差を考えるとありえる話ではないわけです。
ただ、私が初めてこの物語を舞台で見たとき、演じていたのは中学生(私も中学生でしたが)
ですからそんな妄想が生まれてしまったのだと思います。

と、ここまで書けば分かるように、この物語はそんな妄想から生まれたものです。
それと、小説置き場に置いた「雪ノ恋」が合わさって出来たと思っていただければよいでしょう。
書いて今更思うことは一つ。
男って自分勝手だよなぁ(笑)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。