宇宙戦鬼 その一
僕らはみんな生きている
そして僕らはみんな夢を見る
不思議なことは本の中しか無く
いつも毎日は退屈に包まれている
僕らは同じ時の中に生まれ
同じ道を歩んでるけれど
毎日をただ過ごしていく
でも
もし自分が
皆と、同じではないとわかったら?
皆と、流れる時が違うと気づいたら?
退屈の時から放たれて
旅立てるのだとわかったら
自分を縛る物など無いと気づいたら
どうするだろうか・・・
<壱>その日朝飯は食えなかった
「父さん、実は人じゃないんだ」
いつもと同じような朝を迎え、いつもと同じように食卓に着いた俺に、親父のその言葉がなかったなら、今日も、またいつもと同じように退屈な時が流れていたことだろう。
「ぶはあ、ごほごほごほ」
突然そんなことを言いだした親父に、俺は危うく飲みかけていた味噌汁を吹き出すところだった。
そのまま、少しむせた後、ナプキンで丁寧に口の周りを拭いて(なんせ俺はしつけがいいから)、あわてて今日の日付を確認する。
俺の名前は龍王竜鬼。私立江南台高校二年。好きなことは遊ぶこと、嫌いなことは尊敬語。
背は平均よりも少し高め、髪は銀(もちろん染めているんだぜ)顔は中の上くらい。みんなより少し運動が得意なこと以外はまあまあ普通の地球人だと思う。
カレンダーの日付は十月十二日、間違っても、エイプリルフールなどではないことはわかる。だいたい、今日は俺の十七歳の誕生日の日だ、間違えようがない。
そのことを確かめた後、俺はあきれ顔でカレンダーから、視線を親父に移した。
「何の冗談だよ?」
「冗談なわけがないだろう、よく聞きなさい竜鬼、父さんは、人間じゃないんだ」
「あんたなー」
「あ、もちろん、父さんと血のつながってるお前も人間じゃないんだぞ」
勝手に話を続けそうになる親父に、俺は本気で哀れみの目を送った。
「とうとう惚けたか?」
「・・・父さんは真面目な話をしているつもりなんだが」
親父は、今まで見せたことの無いような真面目な顔で、俺のことをじっと見つめた。
その瞳に、なぜだか言葉の内容を納得しそうになって、俺は首をぶんぶんと振った。
「ふざけんなよ、嘘つくんなら、もっとましな嘘をつきやがれ」
「・・・信じないのか?」
「あったりまえだろう!そんなこと、小説や漫画の世界でもあるまいし、現実にあるわけねえだろう」
大まじめで俺の言葉に問い返す親父に、俺はキレかかって、つい大きな声を出した。その声に、奥から富士さんが鍋つかみを手にはめたままで現れる。
「どうしたんですか?朝から大声を出して」
「ちょっと、富士さん、聞いてくれよ、親父が変なんだ。俺は人間じゃないなんて言って・・・なんか変な物食ったのかもしれない」
富士さんは、俺が生まれるときからここに勤めている、男のお手伝いさんだ(年齢不詳、俺が物心ついた時から年が変わっていない、はっきり言って化け物的存在だ)。
その富士さんは、俺の言葉を聞くと、親父の方を向いて、ため息をついた。
「・・・とうとう言ってしまったんですね」
富士さんの言葉に親父がうなずく。その瞬間に、俺の十七年間の生活は、音をたてて崩れ去っていく予感を感じた。
「おい、大丈夫か竜鬼、顔色が悪いぞ」
親父の声に、俺は自分の意識が飛んでいたことに気づいた。はっと、気がついた顔をした俺を見て、親父が安心した顔になる。
「よかった、どこかおかしくなったかと思ったぞ」
「・・・おかしくなった方がよっぽどましだ」
そう吐き捨てると、親父に鋭い視線を送った。親父は、その視線を真っ直ぐから見つめている。その様子はいつもと同じのようで、俺にはまだ親父の言葉を信じる気にはなれなかった。
そこで俺は、自分の今までの人生を崩さないために、強引に『親父人間じゃないよ説』をくつがえそうとした。
「親父、前から変なヤツだとは思っていたけどな、ここまで変だとは思わなかったぞ、自分を人間じゃないなんて妄想を抱くなんて、・・・俺は息子として恥ずかしい」
「誰が、妄想癖だ!」
俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、俺の首へ、もろに親父の腕がぶちあたった。
「ぐはああ」
「おお。ラリアットですねこりゃ痛そうだ」
富士さんののんきな声をよそに、当然ながら、何とも情けない声を出して、俺は床に転がる事となった。そんな俺を、肩を怒らしながら、親父が見下ろす。
「この、馬鹿息子が、いい加減にしろ、自分の父親の言う言葉も信じられんのか!」
「ごほ、し、信じられるか、そんなこと、ごほ、本当だってんなら、証拠見せて見ろ」
せき込みながらも、俺は必死に親父に反抗を示した。そんな俺の言葉にむっとしながらも、親父が不適な笑みを見せる。
「証拠、ほー証拠ねえ」
そして、富士さんに目配せをする。それだけで、意味が分かったのか、富士さんはこくんと一回うなずくと、たたた、と走り回って、いきなり、家中のカーテンを引き始めた。
「な、なんだよ、なにするってんだ」
朝の日差しを遮ってしまうと、部屋の中は途端に暗くなる。しかし、そんなことは承知の上なのか、突然親父はズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「いいか、竜鬼、よーく見てろよ」
そのまま、ごそごそとポケットの中を探った後、出てきた物を俺に見せる。
「・・・・・・百円玉?」
それは紛れもなく、正真正銘、ただの百円玉だった。ちょっとでも期待していた自分が恥ずかしくなって、俺は親父を上目使いに、睨みつけた。
「まあ、待て。言いたいことはわかるが、まずこれを見ろ」
親父は、俺の顔を見て、あわてて手に持っている百円玉を指さすと、それに向かってもう一方の手をかざした。
「・・・・・・・・・ふん」
親父のかけ声と共に、俺の目の前で、百円玉がヘニャリと曲がった。そう、妙にへんてこな形容詞がとってもすてきに似合うほど、その光景は非現実的だった。
「ふふん、どうだ」
呆然とする俺に向かって、親父はふんぞり返った。その顔に、『どうだ、文句があるか』という字がありありと浮かんでいる気がして、俺はなぜか無性に腹が立った。
「これがなんだってんだよ!」
俺は、立ち上がるとそのまま怒りをためることなく吐き出した。途端に、自慢げな親父の顔が曇っていく。
「こんな事、人間にはできんだろう?」
「だから、自分は人間じゃないってのか?へん、甘いね。そんなことぐらいできる人間だっているんだぜ」
俺は、そのまま、いかにその数が多いかを、嘘を混ぜつつも、盛大に語った。古今東西、ありとあらゆる超能力者を並び立てるその様子は、見ようによってはすごく危ない人だったかもしれない。
「・・・と、言うわけで、そんなのは証拠にはなんねえんだよ」
「・・・・・・・・・・」
俺の言葉に、親父はたちすくしたまま、下を向いて、数秒間動かなかった。
「親父?」
親父の様子を不安に感じてのぞき込んだ俺の目に映ったのは、親父の笑い顔だった。
親父のヤツは、憎たらしく、笑いを必死に押さえていたのだ。
「親父――」
「くくく、す、すまん、すまん。あんまりにも、お前が意地になっているのでな」
そうだ、親父ってのはこういう奴だったって事をすっかり忘れていた。俺は、だまされた悔しさと、だまされた自分への怒りに身を震わせた。
「まあ、まあ、竜鬼。今度こそ、ちゃんと証拠見せてやるよ」
額に薄く血管浮かばせてる俺を見て、流石にふざけている場面ではないことがわかったのだろう。親父は、一転して真面目な顔になると、自分の腕を俺の目の前にさらした。
「何のまねだ?」
いい加減、我慢しきれなくなった俺は、親父をぎらりと睨みつけた。親父はそんな俺に苦笑してみせると両手をあわせた。
「いいから、みてろって。父さんはな、人間じゃない、もちろんお前も。しかし、父さんも、お前も、どう見たって人間の身体だ。だからお前も納得いかないんだろう?」
「まあ、そうだけど」
実を言うと、それだけではない。親父のふざけた態度も、俺に信用させない理由の一つだった。そして何より、自分が人間じゃないなんて事は信じたくもなかったのだが。
「よしよし。じゃあ見せてやる。・・・父さんの本当の姿を、そして、父さんと、お前は人間ではないと言うことの証拠を」
嬉しそうに、首を縦に振った後。親父はいきなりがに股になり、あわせていた両手を離し、上に広げ、その後手のひらを閉じて拳をあわせる。と言う奇怪な行動をした。
そして大声。
「チェーンジ、チェーンジ、プロテクト!奇人変人、大ヘンシーン」
(だ、ださださ)
その品性のかけらも感じさせず、最近では小学生でさえ言ったりしないだろう言葉の後。親父の身体から眩いまでの光が発せられた。
「な、なんだ?」
(ま、眩しい、眩しすぎるぞ)
日の光だって、こんなに明るくないと思えるほどのその明るさに、俺はとっさに目をつぶった。
そのすぐ後に光は消え、変わって、高らかな笑い声が響いた。
「はははははははは。竜鬼、これを見ろ、これが父さんの本当の姿だ」
「なにーーーー!」
親父の方を向いた俺は、後少しで血管から血が噴き出す、と言っても良いほどの衝撃を受けた。
(なんじゃこりゃあああ!!)
親父は・・・赤かった。
髪も赤なら瞳の色も赤かった。ご丁寧に、コスチュームも赤できめ。靴下、手に持つサングラスさえ赤かった。耳は空を向くようにとんがっていて、人間じゃないことは一目でわかったが、それよりも、その格好の方が問題だった。
(だ。ださい、ださすぎる)
「どうだ、愕いたか」
「ええ、ええ、愕きましたよそりゃあんた。親子の縁切ってやろうかってくらいになあ」
俺は、あきれ半分で親父のことを見つめた。その言葉に、一瞬むっとなりかけた親父の顔が、にやりと、意地悪そうに微笑んだ。
「くくく、そんな風にあきれかえってられるのも今のうちだ。いいか、お前には、俺の血が流れてるんだぞ、俺の血が」
数秒間、親父の言っている言葉の意味が分からなくて、俺は思考をフル回転させた。
「ま、まさか・・・」
すぐに、ある考えにぶちあたって、俺は恐怖に顔をゆがめた。
(俺と親父は血がつながってる・・・と言うことは俺も・・・)
俺の狼狽ぶりを、楽しそうに見つめると、親父は決定打を下した。
「お前も、本当は、こんな格好と言うことだー!」
「いやだー」
俺の心は完璧に砕け散った。俺も赤い?俺もあんな格好?俺も、俺も、あんなださいポーズをしないと、元の自分に戻れないのかー。
「子供に嘘教えちゃいけませんよ」
パコンという音がしたかと思うと、いつの間にか富士さんがハリセンを握りしめ、親父の頭につっこみを入れていた。
「竜鬼、心配しなくても良いんですよ。この人には、ちょっと、人を驚かさないとしょうがないという、腹立つほどにど畜生な心が、すてきにたくさんつまりまくってやがるんですから」
「な、なにを言っている、全部本当の事じゃないか」
「また貴方は、嘘はエイプリールフールだけにしなさい」
「・・・あのう」
そのまま言い合いになりそうな二人の中に、何とか俺は滑り込んで会話権を会得することができた。
富士さんが、そんな俺の方を優しげな瞳で見つめる。
「なんですか?」
「じゃ、じゃあ、おれの本当の姿は?」
心臓をどきどきさせながらも、俺は親父と富士さんを交互に眺めた。親父がぽりぽりと頭をかき、富士さんを顎で促した。富士さんがうなずいて、俺の肩に両手をあてる。
「ラ・カイム・シャラ」
俺には全くわからない言葉を富士さんがつぶやいた途端、俺の中で何かがはじけた。
熱い血が、身体中を駆けめぐる
背中に汗がわき、耳の辺りがもぞもぞする。
声が、頭の中に響きわたる
『血よ、おのが身体を解き放て』
全てから解放された様な快感が波のように襲って、消えていった・・・。
「はい、もう良いですよ」
いつの間にか俺は目を閉じていたようで、富士さんの声にはっとして顔を上げた。
そこにはいつもと同じ富士さんの顔があった。
(ふーん、見方が変わるというわけではないのか)
人と、動物は物の見方が違うとか、そんなことを教わっていた気がして、俺はほっと息をついた。
(どうやら、視覚の機能は、人間と同じ様だ)
それから急に、自分の身体が心配になって、俺は、鏡の方を向いた。
俺の身体は特に変わっていなかった。顔も、目も、髪の色も、前と同じだった。・・・耳をのぞいては。
俺の耳は、とんがって、しなやかに空を指していた。
(こ、これが俺の本当の姿)
耳を引っ張ったり、つねったりして存在を確かめる。
(あんまかわんねえな)
「ははは、どうだ竜鬼、自分の本当の姿を見た感想は」
「うーん、いいね、なんか、異星人みたいだ」
親父が陽気に言った言葉に、俺もおもしろそうに笑った。その言葉に、なぜか親父と富士さんがきょとんと顔を見合わせる。
「・・・竜鬼、私たちは異星人なんですよ」
その言葉に俺は愕いて、富士さんの顔をまじまじと見つめた。
「え、異星人・・・?」
富士さんは、俺の言葉に首を縦に振った。(ふーん、そうか、そうなんだ)
少し事実に愕きながらも、富士さんは謎多き人だったから、俺は納得した。
そしてすぐその後に、富士さんの言葉に引っかかりを感じる。
(アレ?でも、私たちって・・・)
「そうだ、富士さんは人間じゃ無いぞ。と、言うより、私たち、お前を含めて三人は、実はこの星の人間ではなかったのだ」
「お、俺は宇宙人だったのかーーー」
「何言ってんだお前。今頃気づいたのか?」
ショックを受け、思わず膝をつく俺を、親父は何とも楽しそうに見下ろした。
(に、人間じゃないと言うから、てっきり獣人とか、ミュータントとか、そう言う系だと思っていたのに、まさか地球外生命体とは)
俺の頭の中に、八本足でクラゲみたいな絵と共に、『火星人』という言葉が浮かんで消えていく。
(あ、アレと同類なのかああああ)
「大丈夫ですか?竜鬼」
頭を抱える俺を、富士さんが心配するように見つめた。その顔と、頭の中に浮かぶ火星人の顔がだぶり、俺は思わず『現実なんかどっかいっちゃえストレート』を、その顔面にくらわしてしまった。
「くふううう」
何とも悲しい声を上げて、富士さんは吹っ飛んだ。その声にはっと気づいて、後悔の念にかられた時、俺の目の前の、富士さんが転がった場所には、変な生き物がいた。
「いてててて、おかげで変身が解けちゃいました」
その変な生き物は、地球で言う、ほ乳類系四足歩行生物の、かわいいところを微妙な割合で混ぜたような、はっきり言って、めっちゃプリティーな生物だった。
俺の方をその生物はうるうるした瞳で見つめた。俺はその瞬間に、今までのことを全て忘れて飛びついていた。
「可愛いいいいい」
そのまま頬をすりすりしそうになる俺を、親父の腕が掴んだ。
「竜鬼、やめろ、それは富士さんだぞ」
「何言ってんだよ、富士さんが、こんな生き物なわけないだろ」
「・・・いや、そうなんですよ実は」
親父の言葉を否定しようとしてそちらの方を向いた俺の後ろから、富士さんの声が聞こえた。何回か確認して、それが本当に富士さんであるらしきことがわかった途端、俺は再び愕くことになった。
「えええ、やっぱり富士さんかい」
俺の声に恐縮そうにすると、富士さんは、その変な生物のままかしこまった様子で俺に言った。
「竜鬼、よく聞いてください、私は見てわかるとうり人間じゃありません。その名も、ゴラドン星人と言います」
「可愛いいいいいいいい」
気づいたときには、再び俺は抱きついていた。その話し方といい、かしこまり方といい。地球のどんな四足歩行生物にもまねできないかわいらしさがそこにあった。
再び頬をすりすりさせようとする俺を、親父が再び引き剥がした。
「馬鹿者、竜鬼、これからが本題なんだ」
俺を床に座らせると、親父はすぐに富士さんに合図を送った。その合図に富士さんはうなずくと、元の姿に戻ってしまった。
(と言っても、あの生物の方が元なのだが)
「あーあ」
「あーあ、じゃない、あーあじゃ」
残念そうにする俺をにらみつけると、親父はそのまま腕を組んだ。じっと考えるような姿勢のまま、ぽつりとつぶやく。
「・・・お前が生まれてすぐに、父さんは地球にやってきた。お前を連れて。なぜお前を連れて地球に来たのかは今は言えん。しかし、今・・・いや、今日、お前に、あることを話さなきゃならない、そう、お前の十六歳の誕生日である今日に」
「今日俺、十七になったんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・」
あきれ顔で俺がつっこみを入れると、親父はピクっと肩を震わし、そのまま顔を上に向けた。何か考えるように目を閉じ、必死に眉間にしわを寄せている。
「そう言えば、竜鬼は今日で十七歳でしたね」
富士さんののんびりとした言葉に、親父は片手の指を数えるように、一本一本折りはじめ、閉じて、開いて、また閉じて、開きかけたところで、はたと止まった。 上を向いている顔はそのままでいきなりぽんと強く両手を打ち付ける。
そして、いきなり照れ笑いを作ると、片手をひらひらとさせ、もう片手で頭をかきながら、俺の方を向いた。
「やだなぁ。冗談だって、じょ・う・だ・ん。父さんが息子の年を間違えるわけないだろ」
「めっちゃ、今忘れてたろー」
俺は腹立ち紛れに、富士さんから素早く取り上げたハリセンでつっこみを入れた。と、親父の姿が目の前からいきなり消える。
「ど、どこだ?」
「ここだあああ」
きょろきょろと辺りを見回す俺にそう言うと、親父は俺の後頭部を思いっきりハリセンでぶったいた。前につんのめる身体を必死に押さえると、俺は少し目に涙をためて親父を睨んだ。
「いきなりなにすんだ」
「実の親に突っ込み入れようなんざ、百年早い」
親父はいつの間にか俺の後ろに立ち、俺が持っているはずのハリセンを握りしめていた。
「な、何で、そんなことできるんだ」
「こんな事、宇宙の歴史の謎に比べたら、小さい事だ!」
(答えになってない・・・)
そうは思ったが、俺にはそれを言う気力はなかった。とにかく、親父の話を聞こうと、椅子に腰を下ろす。
「で、親父。何だってんだよ、その話しってのは」
「よくぞ聞いてくれた」
親父は俺の言葉に、満足そうにうなずくと、俺の前に椅子を運んで座り込み、俺の目の位置に、自分の目線を合わせた。
「実は、・・・まずは、父さんのことから話そう。父さんは、ジンカー星人なんだ」
「ジンカー?」
「おう、そうジンカー星人だ。俺がそうだと言うことは、お前もそうだって事だぞ。それで、ジンカー星には、一つの決まりがある『そのもの十六の年になったなら、広く世間を見聞せよ、そして、その結果を母星に提出せよ』という、で・・・お、お前は十七だけど、その決まりに従って宇宙に旅立たなくてはならない。そうでないと、ジンカー星人としての力を得ることができないんだ」
親父はそこまでを一気に喋った、まるで質問、及び文句はいっさい受け付けませんと言うような迫力で。
しかし俺は、椅子から立ち上がると、親父を見下ろして文句の嵐を吹かした。
「ふざけるなよ、だいたいにして、俺はもうすでに十七だっての。それにな、俺がジンカー星とやらの力を得られなくても何も困らないだろ、俺はイヤだぞ、どうせ旅立てとか言って、体よく追い出す気だろう」
ここまでを、俺は一呼吸で言った。俺の言葉の前に、親父が少し黙り込む。
しかし、何かを思いついた顔をすると、にやにやした笑顔を俺に向けた。
「あのな、ジンカー星人としての力を得られないと、大変なことになるんだぞ」
「な、なんだよ」
親父のふざけた顔が、言葉の内容をかえって不気味がらせて、俺は少し身を引いて尋ねた。その言葉を待っていたかのように、親父が笑顔を作る。
「ジンガー星人としての力を得られないとな。髪の毛が、真っ赤っかになる」
「真っ赤っか!」
「さらに、染めても無駄。すぐに元にもどるンだーーー」
「い、いやだーーーー」
お、俺のポリシーである、この銀髪が無くなるなんて。そんなことは考えたくもないことだった。こ、これは、絶対に阻止しなければならない。俺は、そう決心すると、その場に膝をついた。
「お、親父、やる。いや、や、やらしていただきます。だ、だから、方法を教えてくれ。はっきり言って、俺は宇宙なんて行ったことねえし、右も左もわからない。そんな俺でも簡単に、見聞を広められる方法を・・・」
「わかっている、みなまで言うな」
俺の言葉を片手で制すと、親父はにっこりと笑った。
「俺が自分の息子の手助けをしないわけないだろ」
ああ、俺はその時の親父の笑顔にだまされたんだ。あの、純真そうな、少年のような笑顔に。俺は気づかなかった。
その笑顔の裏に、親父の大好きないたずらがこもっているなどと。
∧弐∨お助け案内人フっくん
「いやだああああ、死ぬううううう」
俺は口が裂けるほどに、のどがかれるほどに叫んでいた。しかし、それも全ては無駄だった。
「静かにしてくださいよ、竜鬼さん。運転に集中できないじゃないですか」
運転席に座り、今や俺にとっては悪魔の化身とも言うべきそれは、錯乱する俺に冷ややかな視線をぶつけた。
「な、何で、何で俺がこんな目に・・・」
「静かにしてくださいって」
俺は、今宇宙にいる。なんだかどでかい宇宙船に乗り、宇宙の海をさまよっている。
そして・・・変な宇宙船に追われている。
「ああ、やっぱり親父のあの笑みを信じるんじゃなかった・・・・・・」
今から二時間と、三十五分二十二秒前。
「そろそろだから、外に出なさい」
親父がすてきな笑みの後、言った言葉に、俺は首を傾げながら従った。
「親父、何がそろそろなんだ?」
「いいからいいから」
外に出てみると、もうすでに通学の時間になっていた。
道を忙しそうに歩く人達の目に、俺はどう映ってるだろうなどと、ふと考える。
「・・・来たぞ」
親父が空を指さして何事かつぶやいた。そんな親父と同じように空を見て、俺はぎょっとした。
「あ、あああ、ああ、あれ」
物体は、音もなく地球の、日本の、我が家の真上に、空中停止していた。・・・どでかい宇宙船と見える物が。
「おお、こりゃなかなかでかいな」
「ふざけんな、宇宙船が空から降ってきたなんてわかったら、町が大パニックに・・・」「それはないと思いますよ」
あわてる俺に、富士さんがにっこりと断言した。愕く俺の顔に、理由を付け加える。
「この中の何人が、これを現実のことだと信じるんです?」
言われてみればそのとうりだった。町をゆく人々は、ただでさえ急いでいて、まず物体を気にかける人がいない。もし見たとしても、信じないに決まっているだろう。
「さて、では宇宙船に乗り込むか・・・と、その前にこれを渡しておく」
そう言って親父が俺に差し出したのは、メタリックな雰囲気の、小型の機械だった。
「なんだよ、これ?」
「通訳機だ。宇宙にはいろんな生物が住んでるからな、いちいち言葉を覚えているわけにはいかないだろう?そいつを耳に付けるんだ」
「へーこりゃいいや、ありがと親父」
耳に機械をつけて礼を言うと、親父は途端に真面目な顔になって空を見上げた。
「そろそろいくか」
親父につられて、かなり高い位置に空中停止している物体を見上げると、深刻な顔をして親父は俺に手を出した。反射的に、俺の手がその上に収まる。
「お手」
プチ。
親父の言葉に、俺の頭の血管が一本切れたような気がした。少し頬をひくつかせながら、俺は親父に笑いかけた。
「ほ、ほお、いいギャグですねえ、親父」
「は、冗談だよ、冗談。行くぞ」
俺の笑みにおそれをなしたのか、親父は、再び真面目な顔になって空を睨んだ。
「ほえ?・・・」
気がつくと、俺は見知らぬ所にいた。片手から、親父の手の感触が消えている。
(お、親父?それにここは・・・)
周りには、いかにも機械と思われる物が敷き詰めてあり、なんかスペース漫画で言う操縦席が目の前にあった。
「なに?、なんだ?」
「ここは宇宙船。『竜鬼号』です。はじめまして、竜鬼さん」
突然翻訳機を通して機械的な声がしたかと思うと、周りの景色に呆然とする俺によちよちと、一つの生物が近寄ってきた。
白い、ふかふかな毛並みをもち、短い手足でよちよちと歩くそれは、富士さんの本当の姿に少し似ていた。
「な、何だ?あんたは、それにここは」
困惑する俺に、その生物は笑いかけると、腰を低くして、片膝をつく、いわゆる中世の、騎士の挨拶の格好をすると、俺の方を向いて、ゆっくりとまず礼をした。
「ようこそ僕と、貴方の船へ、お待ちしていました」
その後、にっこりと笑うと。ぴょこんと立ち上がって、「堅い挨拶は疲れますね」と、俺の足下に近づいて来る。
「な、何だ?何が、どうなって、お前は、いったい?」
とまどいも加わる俺を上目遣いに見ると、その生物は何とも楽しそうに笑いかけた。
「ああ、ごめんなさい。僕は、貴方の宇宙旅行を快適にサポートする、ゴラドン星人の、フーチュナルティ・テクリティナルーシャンテクト・スマリシャーム・リゼンタリ・アルセイン・ルトマリアン・ムストと、言います」「・・・フー・・・何だって?」
その生物が、富士さんと同じ星の者だと言うことに俺のとまどいは消えた。
しかし、俺は気づいた。いったいこれをなんと呼べばいいのか。
「フーチュナルティ・テクリティナルーシャンテクト・スマリシャーム・・・」
「もういい」
俺は長々と名前を繰り返す生物にお手上げの格好を示した。怒ったのか、顔を膨らませるその生物を見て、俺はある閃きに手のひらを打ち合わせた。
「フっくんってのはどうだ」
「なんですって?」
「フっくん。そうだ、よし決めた。お前のことフっくんと呼ぶ」
俺の身勝手な提案に、その生物、転じてフっくんは、不機嫌をもろに顔に表した。
「でさ、フっくん」
「・・・・・・」
「フっくんさあ」
「・・・・・・」
「フっくん、フっくん♪フっくーん♪」
「・・・なんですか」
とうとうフっくんは、俺の言葉に、渋々と返事を返した。
その声には、まだ不機嫌さが残っていたが、まんざら嫌ではないようだった。
「あのさ、ここ・・・どこ?」
「宇宙船、『竜鬼号』の中ですよ」
何を言ってんだ、と言う目が俺の顔に注がれる。しかし、俺はそうじゃなくてと首を振った。
「俺さ、さっきまで地球にいたわけよ、それがいきなりこんな所に来て、『宇宙船です』なんて言われても・・・」
「つまり、何で自分がこんな所にいるか知りたいんですね?」
それならそうと早く言えばと、ぶつぶつと言いながら、フっくんは俺に外を見るように指で示した。
宇宙船には窓がいくつかついていて、俺はその一つから、外をのぞいた。
「・・・・・・・・・・」
声が出ないとは、こんな事を言うのかもしれない。そこからは、遙か下に自分の家があるのを確認できた。ゴマ粒のように見えるのは、親父と富士さんだろう。
「な、なんで、こんな」
「瞬間移動は、親父さんの得意技ですからねえ」
「瞬間移動?」
愕いて振り向いた俺の目の前で、フっくんは面白そうに笑っている。
「ええ、他人を自分の思う場所に届けたり、自分が行ったり、そんな技です」
「そ、それって・・・」
すごいんじゃあと言おうとした俺の言葉は、あわてたフっくんに打ち消された
「た、大変だ。住民のことは考えてましたけど、軍のことは忘れてました」
その言葉の終わりには、俺の目にジェット機が何機かこちらに向かってくるのが見て取れた。
「うーん、そりゃ自分の国に、見知らぬ物が飛んでたら、調べにくるわなあ」
「ど、どうすんだ?」
「ま、宇宙に出てしまえばこっちのもんです」
あわてた俺を見て、フっくんは冷静に言うと、操縦席にぴょこんと座った。
「マザー、外に出て」
「了解シタ」
妙な機械語の後に、どでかい音を出して、『竜鬼号』と名付けられたそれは、宇宙へと、飛び上がっていった。
「ふう、ここまで来れば、いくら何でも、地球人なら追ってこれませんね」
「おい、これどういう原理で動いてんだ」
操縦席から降りたフっくんに、俺は至極もっともな質問をした。・・・つもりだった。「何を言ってるんですか!」
しかしフっくんは、そんな俺に、少し怒って返事をした。
「竜鬼さん、貴方、テレビがどういう原理で動いてるのか、その部品、原理、ねじ一本一本に至るまで説明できますか?」
「い、いや、できないけど」
「それなら、そんなことは気にしないで、宇宙旅行を楽しんでください」
(よーするにわからないわけだ)
俺は、それ以上質問するのをやめて、窓まで近づくと、そこから外を眺めた。
永遠と続く闇、きらめく星空、静寂。
なぜかすぐ近くを通り過ぎる人工衛星。
(そうだ、ここは宇宙なんだ)
そう思った途端に、俺の胸に、熱い物がこみ上げてきた。
涙とか、そう言う感傷的な事じゃない。なんか、いるべき所に今いるような・・・。
その全てが珍しく、俺は、あきもせず、きょろきょろと辺りを見渡し続けた。
「うああ、宇宙だ、本物だ」
「竜鬼さん、そんなに騒がなくても、これから毎日のように眺められますよ」
初めての宇宙旅行に興奮する俺に、フっくんはそう言いながらくすくすと笑った。
せっかくわくわくしていた気分が、その一言でしおしおと萎んでいく、俺はむっとしてフっくんの方を向いた
「何がおかしいんだよ」
「なんか子供みた・・・」
その言葉が終わらないうちに、俺はフっくんの頭を思いっきりぶん殴っていた。フっくんが頭を抑えてうずくまる。
「痛いじゃないですか」
「人がいい気分に浸ってるときに茶々入れるな、この半妖怪め」
「は、半妖怪とは失礼な」
うずくまっていた体を起こし、手でぐーを作りながら、めいっぱい背伸びして俺を睨むフっくんを見て、俺は急に、自分の不幸を思い出して、腹立ち紛れにわめき立てた。
「へん、お前みたいのを地球では妖怪って言うんだよ。同じ星の生物でも、富士さんの方がよっぽどましだ」
「な、なんて失礼な、僕は高貴なるゴラドン星の知的生物ですよ」
「何が知的生物だ。だいたいなんだその肌の色、富士さんの毛並みにはほど遠いじゃないか、どうせお前雑種なんだろう」
「くううう」
「緊急、緊急、危険、接近」
俺とフっくんの言い合いは、突如聞こえた機械の声で中止せざる終えなくなった。
「何だ?そう言えば、この声飛び立つときにも聞こえたよな、確かハザーとかお前呼んでたよな」
首を傾げる俺の横で、フっくんが腹立たしそうに訂正を加えた。
「マザーですよ、竜鬼さん。この船の、中枢コンピューターです。・・と、こうしちゃいられない、マザー何が危険なんですか?」
「宇宙船接近、船ノ構造カライッテ、ニメア星人ノモノト識別。コチラニ向カッテイマス」
マザーと呼ばれたそれの、機械的な言葉に、フっくんの顔色が見る見ると
真っ青になっていった。その目が信じられない聞いていることを俺に教えている。
「何だ?ニメア星人ってのは、そんなに危ないのか?」
「二、ニメア、星人がこの付近に現れることは滅多にありません。しかし、現れたと言うことは・・・」
俺の言葉にフっくんが押し黙る。俺は、その行動のせいで、よけい不安になって、フっくんの肩をがくがくと揺らした。
「何なんだよ、そのニメア星人ってのは。そんなにやばいのか?」
「ニメア星人」
突如マザーが言葉を発し、愕く俺に、そのまま解説を始めた。
「ニメア星人、第千六星雲ニ生存中。別名、『永久娯楽の星』生活水準が極メテ高ク、死亡率モ、年々低下シ続ケテイル。ソノタメ、コノ星ノ生物ハ、娯楽ヲ求メル。日々他星ニ娯楽ヲ探シワタル者ガ多イタメ、コウ呼バレル。近頃ハ、地球トイウ星ノ、TVトイウモノニ関心ヲ寄セ、電波ヲキャッチシテ、一ツノ娯楽トシテイル。特徴トシテ、自分ノ趣味ニアッタ格好ヲスルコトガ多イ、不定形態生物トモ呼バレル」
「何だ、別に怖いところじゃないじゃん、地球が好きなら、逆に歓迎してくれるかも」
「甘いですねえ」
楽観視する俺の横で、フっくんは意味ありげなため息をついた。俺は、少しその態度にかちんときながらも、外を見た。
「さて、どんな宇宙船に乗ってるのかな?」
そんなことを思いながら宇宙船を探し、そして見つけた俺は、フっくんの言葉の意味がわかる気がした。
顎が落ちそうになるまで愕く俺の横で、フっくんはしみじみと言った。
「ニメアの奴らは、みんな頭のねじが一本抜けてんですよ」
「何なんだ、アレは!」
俺が見たのは、俺の目がいかれてないのなら・・・SLだった。そう、地球で言う昔の蒸気機関だ。
どこかで見た覚えがあるそれは、宇宙空間でありながら、上手に動き、こちらに向かっていた。
その、正面についているプレートを見た途端、俺は一つのアニメを思い浮かべた。
そのプレートには三つの同じ数字が書かれている。俺は、背筋に嫌な物を感じて、フっくんの方を向いた。
「に、逃げるぞ、フっくん。なんか、アレは近寄ってはいけない物のよう中がする」
「だから言ったでしょう。マザー全速、前進」
俺の言葉に、フっくんはうなずくと、すぐにマザーに指令を出した。
しかし、動き出す直前に、マザーは一つの映像を映しだした。
「アノ宇宙船カラ、通信映像ガ届キマシタ」
見たくなかった。見たくなかった。そう俺は心底思った。いや、俺だけではない、フっくんもそう思ったことだろう。
「ほーほほほほ」
映像に映し出されたのは、とうに三十は軽く越えてるだろうと思われる、比較的地球人に近い、宇宙人だった。
「おや、今回は地球人の格好をまねているようですね」
フっくんの嫌そうな言葉から、どうやら地球人似とは限らないらしいと判断した。
たぶん、いろんな姿を持っている宇宙人なのだろう。
専門知識がないので、男か女かはわからなかったが、たぶん女だろう、いや、女であって欲しい。
その人物は、とあるアニメに出てくる人物そっくりの服装をしていた。
黒い細長い帽子をかぶり、黒いローブをすっぽりと肩からかけていたその姿は、すさまじく怪しさを醸し出していた。
「ほーほほほ、私の名はメーテ・・・」
名前の最後を聞く前に、フっくんが通信スイッチを切った。俺はその決断のすばらしさに、思わずその手をがっしりと握りしめた。
俺の目がありがとうと言っていることが、わかったのだろう。フっくんは少し照れると、真面目な顔でマザーに言った。
「マザー、全速力で逃げて」
ごうっと、音をたてて、竜鬼号は発進した。どんな原理だがはわからないが、光の速さは完全に越しているに違いない。
「お、追って来るぞ」
のほほんとしかけた俺は、外の状態にすぐに自分を取り戻した。
彼女(?)は叫んでいた。フっくんが通信を切ったはずなのに、およそ声が届くはずがないこの宇宙空間で、彼女は完全に自分の言葉をこちらに届けることに成功していたのだ。
両手を広げ、叫ぶ姿は、さながら、死に神が招いているように俺には見えた。
「お待ち、鉄郎。私と一緒にアンドロメダに言って、ネジになろう。さあ」
「じょ、冗談じゃねえ」
こうして、俺達は、それからずっと逃げる羽目になったのだった。