宇宙戦鬼 その2


∧参∨広野の死に神

「ほーほほほほ」

 宇宙中に響きわたりそうな声を聞きながら、その声から逃れようと、『竜鬼号』は跳び続けた。

「フっくん、もっとスピード出せないのか?」
「駄目です、これ以上出したら、エンジンが爆発してしまいます」

 竜鬼号と、SLの距離は、広がるどころか、逆にだんだんと狭まっていった。

「ほーほほほ。こちらの船は、今話題の最高エンジン積んでいるのよ。いい加減観念おし」
「くそ、あんな奴に捕まったら、なにされるかわかんねえ。フっくん、頼むから、もっとスピード出してくれ」

 勝ち誇った声を聞きながら、俺は操縦席に座り、真剣な目つきになっているフっくんに、必死で頼みこんだ。

「こ、これ以上のスピードは無理です」
「そこをなんとか」
「心配しなくても、ニメア星人は生き物を殺すことはほとんどありませんから。たぶん捕まっても平気ですよ」

 フっくんは、もうあきらめて、操縦席からぴょんと降りてしまった。

「お、おいフっくん」
「マザー。オート運転」
「ハイ、オート運転開始」

 フっくんは俺の言葉には答えず、マザーに指令を下すと、いきなり床に寝転がった。

「おい、フっくん、何をそんな・・・」
「のほほんとしてるのかって言うんですか?だって、それ以外に何もできないじゃないですか。・・・後は、運を天に任せるだけ」

「簡単にあきらめるなよ、まだなんか手はないのか?」
「ないですね」

 俺の困惑した言葉にきっぱりと答えると、フっくんは俺に背中を向けた。

「・・・俺の旅行を快適にアシストするんじゃなかったのか」
「・・・・・・」

 フっくんの肩がぴくっと動くのがわかった。

「ここであきらめたら、旅が続けられなくなるだろう。やってみなきゃ、わからないじゃないか」
「・・・・・・」

「なあ、フっくん。」
「・・・わかりました」

 フっくんはいきなり起きあがると、俺の目をじっとのぞき込んだ。何か、暗く、考え込んでいる顔、そんなフっくんの目を、俺もじっと見つめ返す。

「く、くくくっくく・・ふはははは」
「ふ、フっくん?」

(壊れたか?)

 そう思ってしまうほど、いきなりフっくんは笑い出した。顔中に笑みを浮かべて、何ともおかしそうに。

「くくくくくく」

 笑いを抑えて、じっと俺を再び見つめるフっくんは、さっきまでの暗い雰囲気は消えていた。何か、こう、今まで見たことのない一面をのぞいたような、そんな感じがした。

「そうですね、やってみましょう。やって見なきゃわかりません」

 フっくんの顔は、いたずらを思いついた少年のように輝いている。
 ぴょんと操縦席に着きながら、フっくんがつぶやいた一言は俺には聞き取ることはできなかった。

「・・・なるほど、さすがはあの人の子供だ。まさか同じ言葉を二度聞くとは」

 くすりともう一度笑うと、フっくんはマザーを見上げた。

「マザー後方より近寄る飛行物体の移動速度は、それと、船との距離」

 ピット音がして、すぐにマザーの声が返ってくる。

「移動速度ハ5000リラス。距離ハ6000レルク。」
「・・・このままでは、三分で接触か・・・十分な距離だね」

 腕を組んでにやりとほくそ笑むと、フっくんは、俺の方を向いた。

「これから何がおこっても、愕かないでくださいよ」
「誰がこれ以上愕くってんだ。もう感覚が麻痺しちまってるよ」

「そう・・・。ではマザー、これより、船は飛行物体に攻撃を仕掛ける。センター砲から、第三ミサイル発射」
「センター砲カラ、第三ミサイル発射」

 俺は目を見張った。SF小説の中でしか体験することができない宇宙内爆撃戦を、まさかこの目で見ることができるとは。
 ごうっと唸りもあげることも、派手な爆発音も響かせることもなく、ミサイルは目標まで発射された。ここは真空の海、通常なら音がするはずがない。

(でも、やはり、派手な方がいいなあ)

「きいい、まさかこのあたしに攻撃してくるなんて、見てなさい、こんなもの、全、機関室は、ただちにシールドをはるのよ」

(なぜ、あの声は真空でも聞こえるんだろう?)

 そんな俺の疑問をよそに、ニメア星人のSL宇宙船は、青白い光を発しはじめた。
 二つの船は、すさまじいスピードで、宇宙で追いかけっこをしている、そんな中で前の船がいきなりミサイルを撃ち込んできたら、まず逃げることはできない。

(なるほど、ただの変態ではないわけか)

 とっさの判断のスピーディさ、一言で、ばかでかいSLの中全てに指令を与えるところから言って、並大抵の実力者ではないはずだ。

(いや、変態だからと言って、馬鹿だとは限らないわけか?)

 勝手に理論づけた答えに、満足げにうなずく。

(地球にいれば今頃のんびりと着替えて、歯磨いて、学校いって・・・て、学校!)

 突如、嫌な固有名詞が頭に浮かんできた。
 俺は本気で頭を抱えた。

(おいおい、出席日数合わなくなって、留年とかねえだろうな)

「竜鬼さん!」

 耳横でフっくんがあわてて叫んでいる。

「なんだよ」

 うるさそうにそちらを向いた俺の目に、バージョンアップした暗い顔でこちらを見つめるフっくんの顔があった。フっくんは言った。「駄目でした」
 ミサイルは、その直撃の瞬間に、バリアーによって、SL船に、何のダメージも与えることもできないまま消し飛んだ。

(な、なにいいいい)

「ほーほほほ、観念おし」
「駄目です、竜鬼さん、打つ手ゼロです」

 フっくんの絶望的な顔と、SLからの勝利の雄叫びに、俺はとうとう観念した。
 二分後、竜鬼号は、あっけなく、ニメア星人の変な女(?)の船に捕らえられることになった。

 ああ、俺ってなんて不幸なんだ。


「おや、まあ、まあ、まあ、まあまあまあまあまあまあまあまあ」
「うっせー耳元でうるさく喋るな」

「おや、まあ失礼、なんせあんまりにも感激しちゃったものだから、さあ、もっとくつろいで良いのよ」
「ほー、どうやって、この格好でくつろげるって言うんだ」

 俺は、ニメア星人の、『アニメのコスプレをする奇妙なおばさんと』ご対面をさせられていた。ただし俺の身体は縄でがんじがらめに縛られている。
 周りににフっくんの姿が見えないのは、俺とは別の場所に隔離されたからだ。
 他の宇宙人、しかも、自分の船に攻撃を仕掛けてきた奴を入れるのだから仕方がないとは思うが、ここまでがんじがらめにしなくても・・・。

「おや、それは気づかなかった。部下にも困ったものだね、あたしは生きてるんだから、それで良いじゃないかね。・・・それにしても」

 そいつは、俺の顔をうっとりと見つめると、動けないのを良いことに、その手で、俺の頬をなで始めた。

「や、やめろ、な、何のつもりだ」
「照れなくても良いじゃないか、鉄郎」

「俺は鉄郎じゃねえ」
「待ってたんだよ。前から地球の外に出てくるのを、必ずお前は私に会いに来てくれると」

(聞いちゃいねえし)

 俺は、我慢できずに首をぶんぶんと振ると、そいつに向かって、声を張り上げた。

「俺は鉄郎じゃねえって言ってんだろう。だいたい、俺のどこが似てやがんだ。あんた、目が腐ってんじゃないのか?」
「お黙り、私のことはメーテルとお呼び」

 め、メーテルと呼ばれたいらしきそいつは、そう言わなければお前の話は聞かない。と言うようにぷいっとそっぽを向いた。
 俺は、全てのプライドを捨てる、一歩手前のような気分でその生き物に向かって、名前を呼んだ。

「メ、メーテル」
「・・・なんて、すてきな響き、やっぱりあんたは鉄郎だよ、今まで、ここまでうまくあたしの名前を呼んでくれた物はいなかった」

「他の奴は、翻訳機を通した声だからだよ」

 親父からもらった翻訳機では、生の肉声になることは絶対になかった。どこかしら、機械っぽい声になる。しかし、今俺が言った言葉は、訳されることなくそのまま相手に届いたのだ。地球人の、日本人だからこそできるとも言えるかもしれない。

 手を握りあわせて陶酔に浸りきる生物に、俺の怒りは頂点に達した。しかし、身体が縛られているためその生物を殴ることはできない。

「なぜ、なぜお前は鉄郎ではないと思う?」
「俺のどこが鉄郎だああ」

 怒鳴ったひょうしに、縄がぎしぎしとなる。顔を真っ赤にして怒る俺に、その生物は、『何を馬鹿のことを、言っておらっしゃるのやらご隠居さん。ご飯はさっき食べたでしょう?』という瞳で俺をじっと見つめた。

「何を言っているの、鉄郎。お前は地球人で、私の名前をしっかり言えて、しかも、顔も鉄郎そのものじゃないか」
「俺のどこが似てるんだあ」

 俺ははっきり言って、自分の顔があの猿人似の男と同じとは思っていない。俺の顔は、自分のランク付けでも、中の上には入ってるはずだ、それを、それを・・・
 俺の怒りの目線に、生物が一歩二歩後ろに下がった。それでも、その生物はすぐに、俺の頬に愛おしそうに触る。

「この瞳の輝き。もう、これは鉄郎と言っても良いほどじゃないかい。純情な、夢を持っている少年の、はじめてみる色々な物に感動している少年の・・・」
「宇宙に初めて出たら、誰だってこんな目じゃー」

 似ていると言っておいて、目の輝きだけという落ちに少し安心しながら、とうとう俺は我慢の限界を迎えた。

「この、若作り婆ああ」

 怒りの声と共に俺は全身の力をフルに使って縄を引きちぎった。ブツリ、ブツリ、と音がして、身体を縛っていた縄が足下へ落ちる。「はあ、はあ、はあ、はあ」
 息を苦しそうにつきながらも、自由になった体をさすって俺は目の前の生物をきっと睨んだ。   

「て、て、鉄郎」
「いい加減にしろ、テメエがあくまで俺を鉄郎に仕立て上げてえんなら・・・」

 俺の言葉はそこでとぎれた。胸に、突如強い痛みを感じてひざが地面に付く。上半身が崩れていくその時に、俺が見たのは、アノ生物が両手に銃を握りしめている姿だった。

「あたしの星につくまで、お休み・・・」

(ああ、俺は死ぬんかな・・・)

 思考が停止しはじめる中で、俺の意識の中に最後まで強く浮かんでいたのは、親父の笑い顔だった。


∧四∨大脱出

「竜鬼さん、竜鬼さん」

 誰かが耳元で呼んでいる。その声で、俺の薄れていた意識は少しずつ正常さを取り戻してきた。どっかで聞いたことがある声だ。
 俺は自分の目を開けるのがうっとうしくて、そのまま目を閉じたままにしていた。

「竜鬼さん、竜鬼さん」

(眠い、だるい、静かにしてくれ)

「・・・・・・おたんこなす」

 プチ、再び薄れはじめた意識が、一気に戻ってくるのを俺は感じた。

「馬鹿、あほ、ボケ」

 俺の意識は完全に復活を遂げた。もちろん、俺に向かって言葉を発し続けている者が、誰かも思いだした。だが俺は、拳を握りしめると、そのまま寝たふりを続けた。

「頭悪いくせ、態度でかいんだよ。変な婆に捕まって、さらに、麻酔銃で撃たれるし、運が悪いですね、全く。どこかおかしくなってたら、見捨てますよ、本当」
「だっれがくそったれだーーーー」

 俺は、こん身の怒りを込めてフっくんの頭を殴りつけた。

「言ってない痛いい」

 奇妙な言葉を吐きながら、フっくんはごろごろと転がって、電線のような物に身体をぶつけた。と、刹那その身体が光り始める。

「うげうげうぐごうごうごごごご」
「ど、どうしたフっくん」

 あわててフっくんを助けようと、その身体に触れた途端。いったい何で身体が光ったのか俺もわかることができた。

「ぐはああああ」

 身体が焦げ臭い匂いを出すかと思えるほどの熱、身体中をしびれが走る。

(ま、マジで、電気が通ってやがったのか)

 電線に見えたそれは、本当に電線だった。

「り、竜鬼さん」

 いち早くそこからフっくんが逃げ延びて、俺を助けてくれなかったら、俺は今頃黒こげになっていたことだろう。

「ひゃあ、ひゃあ、ひゅっくん、ありはとう」

 少し、しびれが残る舌を、つっかえつっかえしながら、俺は何とかフっくんにお礼を言った。

「いえ、いえ、そんなことより、ここからどうやって逃げるかですよ」

 フっくんの言葉に、俺は気がついて辺りを見渡した。俺達が入れられている部屋には、トイレが一つ置いてあって、布団が一つひいてあるだけの、後は電線で周りを囲まれている部屋だった。

 「独房」はっきり言ってしまえば、そんな言葉が一番似合っていた。

「上等じゃねえか。あの婆、俺達をどうするつもりだ」
「たぶん、星に連れ帰るんでしょうね」

 憤る俺とは正反対に、フっくんは冷静に辺りを観察しはじめた。

「・・・フっくん、俺があの婆と対面している時、お前はどこに連れてかれてたんだ?」
「初めからここですよ。おかげで色々と知ることができました」

 フっくんの言葉には、悲壮感のかけらも見えない。ただ、怒りのオーラのような物が全身からほとばしっていて、その冷静な口調が、余計に不気味さを見せていた。

「ふ、フっくん?」
「こんな電気の檻で、僕たちを閉じこめたつもりなんですかね」

 フっくんは、そう電線を一別すると、真剣な顔で、俺の方を向いた。

「竜鬼さん。あなた銃を使えますか?」
「使えるわけねえだろ。俺はさっきまで普通の高校生だったんだぞ」

 俺は即座に答えを出した。フっくんの顔が落胆に染まるのがよくわかったが、できないものは仕方ない。だいたい、使えたとしても、銃なんてどこにあるというのだ。

「・・・そうですか。ならば、あの手でいくしかないか」

 フっくんは、そう言うと、自分のお腹の辺りをさすりはじめた。初めはゆっくり、そのうちにだんだんと早く、強く押し上げるようになっていく。

「フっくん?」

 その奇怪な行動に、不安になる俺にお構いなしに、フっくんは最後の仕上げとばかりに、
いきなりのどに指を突っ込んだ。

「お、おええええ」
「だあああ、フっくん!」

 フっくんは、いきなり吐いた。おえおえ、と言いながら、フっくんが吐いた物に、俺は目を丸くした。

「ふう、じゃあ、これは僕が使うことにしますね、竜鬼さんにはこれ」

 目に涙をためながら、フっくんが差し出したのは、卵だった。俺が受け取ったのは、青色の卵で、フっくんは黄色の卵を脇に抱える。 そう、フっくんは、この二個の卵(ラグビーボールほど)を、口から吐き出したのだ。

「何をぼけっとしてるんですか竜鬼さん。早く卵を割ってくださいよ」

 言葉道理ボケッとしている俺の横で、フっくんは器用に卵をこずいて、まっぷたつに割った。

「な、な、なんで?・・・」
「よしよし、成功」

 黄色の卵の中身は一丁の銃だった。そればかりでなく、弾もいくつか入っている。
 フっくんは、その銃を当たり前のように、なで、弾を込めはじめた。

「ふ、フっくん、何だそりゃ、いったいどういうことだ」
「いいから、竜鬼さんは、そっちの卵の中身を確認してくださいよ」

 にべもなく言われて、仕方なく、俺は渡された青色の卵を床にたたきつけた。
 ゴキン、という音がして、卵は粉々に砕け散った。その中に入っていた物を見て、俺は自分の目を疑った。

「こ、これは・・・?」
「おお。成功ですね。まあ、当然ですけど」

 フっくんが喜びの声を上げ、俺は目の前の物を見つめ、首を傾げた。
 それは、石だった。いや、何かの固まりと言った方がいいのかもしれない。石と呼ぶには、その輝きは強すぎる。かといって、銀や、金や、ましてや銅などでもない。その物体は、不思議な輝きを持っていた。

「な、何なんだ?これ」

 困惑する俺に、フっくんはにっこりと笑って、説明をはじめた。

「それは、おのが意志を、伝えることにより、無限の変形を見せる石、エナジーストーンです。その石を持って念じれば、どんな形にもなります」

(おいおいなんだよそりゃ)

 胡散臭そうに、俺は石を見つめた。まさかこれが剣にでもなるとか言うのか?

「・・・フっくん、そりゃ無茶だぜ。物質の限界とか質量の問題とかがあって・・・」
「だまらっしゃい。そんな物、宇宙の神秘に比べたら、ちっこいことです。あなたは、ただ、その石を持てばいいんです」

 疑問の声は、フっくんの迫力でかき消された。(親父と同じ様なことを)
 ふくれっ面になる俺に、フっくんはやんわりとした顔を作った。

「まあ、とにかく、一緒にここから脱出しないと仕方ないんですし、気にせずに、利用できる物は、全部利用しちゃってください」

 それでも、俺が再び口を開きかけると、きっとした目で俺を睨んだ。

「言っておきますけど、卵に何で銃が入ってるんだとか、それが何で口から出てくんだとか、いっさいの質問は受け付けませんから」

 俺は渋々と、石を手にとった。何の違和感も持たせずに、石は俺の手の上に収まる。
 不思議な感覚が、身体中を突き抜ける。石が語りかけてくるような、俺に何かを求めているような。

(こ、この感じは?)

 俺の頭の中に、一つの映像が浮かび上る。赤い柄、白い刀身、燃え上がる闘気を持つ物体、それを振り回す自分。
 それらが重なった瞬間に、俺の手には、頭に浮かんだどうりの物体・・・剣があった。

「こ、これは?」

 石の姿はもう手にはなく、当然のように、その剣は俺の手に握られていた。とても、懐かしい気持ちが身体中を走り抜ける。

(お前は?どこかで・・・)

 まるで、長年会えなかった友のように、俺は剣を愛おしそうに見つめた。

「馬鹿な、あの剣は、まるで・・・」

 俺の横でフっくんが言った言葉も耳には入らなかった。身体中からあふれる力、剣を握りしめて、一振りする。
 そのまま、二振り、三振り・・・・・・。

「竜鬼さん、竜鬼さん、やめてくださいよ」
「は、ああ、フっくん」

 どうやら俺は、知らぬうちにフっくんに向かって剣を振っていたようだった。青い顔をしたフっくんを見て、俺は、自分を正気に戻した。

「竜鬼さん、その剣をどこで見たんですか?」
「何言ってるんだ、頭にいきなり浮かんできたんだよ」
「では、剣を習ったことは?」
「あるわけないだろ?」

 俺が当たり前のように答えると、フっくんは、ううんとうなり声をあげて、考えるように、頭をかいた。しかしすぐにそれをやめると、銃を手にとって、俺を見上げた。

「と、とにかく、ここから出ましょう。竜鬼さんが剣を使えるなら好都合です。まずは壁を破壊して、宇宙船のある場所を探して、それから、船が追ってこないようにしてから逃走します」
「おい、おい、船がある場所なんてわかんのか?」

「大丈夫」

 俺の不安げな言葉に、フっくんはにっこり笑うと付け足した。天使のような微笑みで

「船を片っ端から壊していってれば、その内見つかりますよ」
 

「おらああああああああ」

 俺はかけ声と共に、壁を剣で、ぶっ叩いた。ズガガン、と大きな音を出して、壁が崩れ落ちる。息をつく俺の横で、フっくんがあきれ顔で言った。

「そんな壁、僕の銃でも壊せるのに」
「だああ、それならさっさとそうしろ」
「竜鬼さんが何も聞かないで、やったんでしょう」

 ウウウウウウウウウウウウウ  

 俺達の言い合いは、船の非常信号でとぎれた。すごい音を出して、船の中が赤色の光で染まっていく。

『緊急、緊急、逃亡者、逃亡者、Gニテ逃亡者。直チニ、現場ヘムエ』

「やっぱり、これだけの船ですからねえ、こんなのもついてるってわけですねえ」
「馬鹿、何をのんきに言ってやがるんだ。早く、脱出するぞ」

 フっくんの手を引っ張るように俺は走りはじめた。手を引かれながら、フっくんがぼそりとつぶやく。

「竜鬼さん、ひと殺したことありますか?」
「ねえよ」

「それでは、今回が初めてですか」
「なんだそりゃ?」

「わからないんですか?」

 つい立ち止まる俺に、フっくんは当たり前のように言った。

「相手は、あなたを殺しにかかると思いますから、あなたも、そのつもりでなきゃいけませんよ」
「な、なんだそりゃ・・・」

「い、いたぞ、あそこだ」

 後ろから、いきなり声が聞こえ、反射的に俺はフっくんの手を引っ張って、座席の裏に隠れた。船の中は、牢屋以外は、ほとんどと言っていいほど、SL風に作られていて、隠れる場所には事欠かない。
 俺達が今までいた場所に、銃弾があたる。

「フっくん、ニメア星人は人を殺さないんじゃなかったのか?」
「何を言ってるんですか、そんなもの時と場合によるに決まってるでしょう。こちらからもいきますよ」

 フっくんは、あきれ顔でそう言うと、銃を打ち始めた。

(この嘘つきめ)

 そう言おうとしたが、男の悲鳴で、ついそちらを見る。

「ぐはああ」

 あちら側の誰かが、どうっとゆかに足を着ける所だった。

(何だ、この感じは)

 怖いはずの銃撃戦の場で、俺はなぜか、わくわくしていた。

(戦いたい。そうだ、俺は戦いたいんだ)

 その心が抑えられなくなったとき、俺は物陰から飛び出し、男達の前に姿を見せていた。

「竜鬼さん!」

 フっくんの叫び声と、同時に銃声がとどろく、俺には、その弾の動きがわかる気がした。
初めは左に、次は右、下、上。

「ば、馬鹿な、銃弾をよけるなんて」

 男達の数は、四人。確認した途端に、もう身体は空に飛んでいた。

「おりゃあああああ」

 男達がまた銃を向ける前に、横に一閃を放つ。男達の身体から、鮮血がほとばしる。

「な、まさか・・・」

 男達の顔が死への恐怖にゆがみ、一言二言つぶやいた後、四人ともその場に倒れ込んだ

「ふう、あっけない」

 身体が、心が物足りなさを感じる。もっと強い奴を、もっと強い奴の場へ・・・。

「竜鬼さん、竜鬼さん!」
「は、ふ、フっくん」

「『フっくん』じゃないですよ。ぼうっとして。速く逃げましょう」
「ああ、そうだったな」

 フっくんの焦った顔に、再び自分を取り戻すと、俺はうなずいて、また走り出した。

「竜鬼さん、すごい血ですけど大丈夫ですか?」
「これ?ああ、あの男達の血だ」

 その言葉に、フっくんが青い顔をしたのに俺は気づかなかった。後ろを走りながらフっくんがつぶやいた言葉にも。

「・・・血は争えない・・・か」


「うりゃああああ」

 立ち並ぶ敵を切るごとに、俺は感覚が鋭くなっていくのを感じていた。

「フっくん、船はこっちだ」

 自分達が乗っていた船が、竜鬼号がある場所がわかるほどに俺の感覚は鋭く、高まっていた。そんな俺を、フっくんが心配そうに見つめる。

「竜鬼さん、安心しないでくださいよ、まだアノおばさんが残ってるんですから」
「わかってるよ、だいたい、船がある場所に、あの婆の気を感じる」

 何か、おぞましく、決して夜中一人で道を
 歩いているときには会いたくない人。そんな
 感じが船の近くから感じられていた。

「・・・ほら、どんぴしゃ」
「待っていたよ」

 あらかた船員をかたずけて、船の前までやってきた俺の目の前に、そいつは立っていた。
気のせいか、少しさっきあったよりも顔が厳つくなっている。

(婆、化粧落としたな)

「おい、婆、そこをどいてくれ。俺達は、ただここから出たいだけなんだ」
「そうはいかない。もしお前が逃げるつもりなら、私を倒してからにおし」
「・・・本当に良いんだな」

 剣を握りなおす俺を見て、明らかに女の顔色が変わった。

「たぶん一度言ってみたかった、台詞なんでしょうね」

 フっくんの何気ない一言に、女の顔色が赤く染まった。

「お、お黙りこのわんころめ」
「わ、わんころとは失礼な、僕は高貴なるゴラドン星の・・・」

「フっくん、黙ってろ」

 熱くなりかけたフっくんを、俺は手で制した。途端にフっくんが口を閉じる。

「婆、俺は、女相手に戦いたくはない。・・・なんて、きざな台詞は言わない。俺の平凡な高校生活に支障をきたすおそれがある者は、全て排除する」
俺の言葉に、数秒女は何も言わなかった。

 不審に思う俺の目の前で、女の口が裂け、手が太く膨れ上がる。足が伸び、服が破れ落ち、体毛に覆われた身体を目の前にさらす。(な、なんだ、なんだ、なんだ!お、俺は、ただ普通の言葉を言っただけだぞ。何なんだいったい)

 俺の驚きなど無視するように、今やモンスターとなったそれは、ヒステリックに叫び声をあげた。

「・・・鉄郎、お前とは、もっとよく話し合いたかった。やはり、やはり、お前は鉄郎じゃないんだね。ほかの醜い生物と同じように、あたしを馬鹿にする下等生物、下等生物のくせにいいいい」
「な、何じゃそりゃあああ」

「うわああ、ニメア星人は怒ると、攻撃的な姿になるんでした。こりゃやばいかも」

 やばいと言いつつも、フっくんはわりかしのんびりしている。

「フっくん、ニメア星人は、いろんな形になれるのか?」
「マザーが言ってたでしょう?彼らは、自分の趣味に合った格好をするって。・・・彼らは、不確定形態生物なんですって。今まで倒してきた方々は、きっとこの人によって、元に戻るのを禁じられてたりしたんでしょうね。なんせ、ニメア星人は役割も大事にするんですよ」

「そ、そんなのほほんと言ってる場合か!」

 女転じてモンスターは、奇怪な言葉を吐きながら、俺達の方を、鋭く睨んだ。

「殺す、殺す、殺す、殺す」
「うるさい、お前が死ね」

 俺は覚悟を決めると、剣を両手に握り、モンスター向かって、突っ走った。

「来い、地球の生物よ。お前をいかせはしない。私と共に、お前は死ぬんだ」

 モンスターの目は、すでに正気を保っているようには見えなかった。
 そのゆがんだ思考に吐き気を催す。俺は、そんな嫌な気分を振り払うように、剣を振った。モンスターは、よけはしなかった。

「たりゃあああああ」

 渾身の力を込めた俺の剣が、その身体へと突き刺さる。

「ふぎゃああああ」
「くたばれえええ」

 モンスターの声と俺の声が重なる。耳元にモンスターの息が届き、そのなま暖かさに思わず顔を背ける。

「ひぎゃあああ」

 ふと、目の前にモンスターの鍵爪が迫る。

「危ない竜鬼さん」

 フっくんの声と共に、銃声がしてその鍵爪は撃ち落とされた。モンスターの顔は、怒りと、悲しみでゆがみ、その瞳からは、もうすでに、生への執着が無くなっていた。

 あるのは、ただ破壊だけ。俺は、モンスター、いや、叶わぬ夢を追い求め続けた、一つの生命の狂気に今更ながら寒気を感じた。
 もうこのモンスターに剣を向けることは無駄じゃないか?このままこいつを殺すこともできる。だが、きっとそれでは何も終わらない、自分の心を狂気に染めてまで、夢を求めた物に対して、それではあんまりではないのか?

「おい、もういいだろ!これ以上俺と戦っても、お前が負けるだけだ。いい加減にしろ」
「ぎゃああうああ」

「お前が、いくら探してみたって、鉄郎なんて男はこの世にいないんだよ。無い物ねだりだってのがわからないのか?」

 俺の言葉に、モンスターの叫び声が突然やんだ。そのまま畳み込むように言葉を続ける。

「あんたは、こんなでかい船に乗って、何人もの人物を配下に置いていて、それを、自分の夢のために使って、馬鹿なことだと思わないのか?」
「やっと・・・お前から、私の所へと飛び込んでき・・てくれた。」

 ふと、モンスターの顔つきが変わった。追い求めた全てのものへ別れを告げるときが来たような。そばによる鳥達にまでも最後の挨拶をするような。全ての安らぎを手に入れた瞳。

 モンスターの身体は急速に変化し始め、やがて、腹部を血で染めた、一体の若い女の姿になった。

「鉄郎・・・いや、少年・・・わかっていたさ・・・ば・馬鹿なこと・・だと言うぐらい」

 安らかに言うその言葉とは対照的に、その身体からは、どんどんと血の気が引いていく。俺は、思わず握る剣から手を離し、その身体を腕で支えた。

「私・・・だって・・実在しない・・・こと・・・ぐらいわかっているんだよ、それ・・・でも・・・会いたかった・・・自分達のように・・・作られた娯楽に満足することなく・・・自分の・・・道を・・・自分で・・・切り開く・・・・少年に・・・誰を馬鹿にするこ・・・ともな・・・く、夢・・・を求め、真っ直・・・ぐに生きる・・・者に。私たちには、それ・・・がなかったから」

「・・・・・・・・・」

 女は、身体を支え呆然とする俺の頬に、その指でそっと触れた。なぜだか嫌な気はしなかった。俺は、俺の瞳からは、自分では認めたくもない物が流れはじめていた。

「少年?」

 頬に触れていた女は、俺の異変に気づいたようだった。

「何でもない、何でも無いぞ。見つけたかった物が見つけられなかったことが、かわいそうなんて思ったら、それは、そのことに命を懸けたあんたに対する侮辱になるからな」

 俺の必死な言葉に、女の顔がふっと和む。

「少年・・・私は・・・最後に・・・本当にて・鉄郎を見つけたのかも・・・しれない」
「だから、俺は鉄郎じゃないって言ってんだろう」

 鼻の頭を赤くしながら、俺は、思いっきり否定した。そんな俺に女は少しおもしろそうに微笑むと、俺の耳元へそっと口を近づけた。「お前は・・・に・・・似ている・・・」
「ど、どこがだよ」
「・・・・・・・・」

 最後に小さくそっと俺の耳につぶやいて、そのまま女は目を閉じた。
 あまりにもあっけない、あまりにも弱々しく、女は死んだ。俺は、その瞬間に、自分の罪を初めて自覚した。その場で、俺は自分の頭を抱えた。

「俺は、人を殺した。何人も、何人も。この手を血で染めて、たった一日で、たった一日で、自分に重い十字架を背負わせたんだ」
「竜鬼さん」

「こんな、弱い、弱い心の人を、俺は殺した。何の罪とも思わず、終わった後で気づいたんだ。俺は、俺は、俺は・・・」
「竜鬼さん!」

 フっくんが無理矢理俺の肩を掴み、ぐらぐらと揺らす。そのたびに、おれは揺らされるままに、ただ揺れた。

「竜鬼さん、後悔は、いくらしても良いんです。けれども、自分を卑下するのはやめなさい。罪は背負えば良いんです。貴方は、あの時、自分の一番有効だという手を使った。もしそのことで誰かに責められると言うのなら、それは貴方ではなくこの僕です。貴方を後悔させるような作戦を使ったこの僕に責任があるんです」

「ふ、フっくん」

 フっくんの言葉に、俺はまた自分をとりもどすができた。いったい、何回フっくんに助けられたことだろう?そんなことが頭に浮かぶ。と言うことは、俺の頭はどうやら正常な活動を再開しているらしかった。

「そうだな、全て背負って生きていくか」

 後悔が無くなったわけではない。しかし、ここで後悔することが、どれほどの無駄か、俺にはフっくんの言葉で知ることができた。
 まずは、どこか落ち着けるところを探そう、それからゆっくりと、これからについて考えればいい。

「よし、フっくんいこう」

 立ち上がると、俺はフっくんに手をさしのばした。その手にフっくんが自分の手を乗せる。フっくんの片方の手には、いつのまにもとに戻ったのかわからない、エナジーストーンが握られていた。

「では、竜鬼さん、行きましょうか」

 俺達は、お互いに手を引き合って、宇宙船に乗り込んだ。三分後、竜鬼号は、SL宇宙船から遠く離れた場所にいた。